第2話 主治医シュルツ
「リュデルさん!俺に稽古をつけてください!」
「嫌じゃ」
「そんなアッサリ!?」
森を進む中、湖の畔で休憩中に頼んだところこの即答。
もう少し思案してくれたって良いと思う。
「な、何でですか!?」
「ワシはばあさんの為にベッドを作らんといかんのじゃ。それ以外のことに時間は割けん」
「そ、それはわかってますけど…少しくらい」
「それに、急がんとアイツが来てしまうかもしれんからの」
「? アイツ?」
何だろ。
見つかったらマズい相手でも居るの?
勇者様に恐れる相手が??
――ガサッ!
「見つけましたよ!!」
「うわぁ!?」
あ! やせいの
イケメンが とびだしてきた!
じゃなくて!
「え!?だ、誰!?」
「くっ、もう追いついたか」
「追いついたかじゃありません!瀕死のジーゼさんを連れ出すなんて、何を考えてるんですかリュデルさん!」
あ、この人すごいまともだ。
恐らく40歳手前、藍色の髪と青い目に眼鏡を掛けたイケメンの男性。
スラっとした長身で白衣を纏ってて…ん?白衣?
「もしかしてこの人って…」
「うむ。ジーゼの主治医じゃ」
あー、お医者様かぁ。
なるほど逃げるわけだぁ。
駄目だけど。
「まったく…ほら、帰りますよ」
「ダメじゃ!ワシはジーゼの願いを叶える為に旅をせんといかんのじゃ!」
「だったらリュデルさん1人で行けば良いでしょう!?ジーゼさんも連れて行くなんてあまりに無謀すぎます!」
「おじいさんと離れ離れなんて嫌よ!ワタシ達を引き離すつもりゲッホゴッホ!!」
「あぁほら言わんこっちゃない!」
「ワシは絶対お前を離さんぞ!」
「ゴフッ…おじいさん…!」
「純愛劇場を繰り広げてる場合じゃないんですって!」
このおじさん苦労人なんだな…。
てか、なんか医者と患者のやり取りと少し違う気がするのは気のせい?
「すみません、本当にその人ってただの主治医さん?」
「あぁ、コイツはな、婆さんの主治医でありワシらの孫じゃ」
「お孫さん!?」
通りで親密な感じだと思った!
お医者さんの目がこちらに向く。
「ところで…この子は?」
「ワシらの子孫だそうじゃ」
「ごめんなさい!!反省してるんでその恥ずかしい紹介はやめてください!!」
よりによって本物の子孫の前で!
赤面して顔を覆う俺の横で大体の経緯を聞き、直ぐに理解するお医者さん。
「成る程、2人の護衛をしてくれていたのか。ありがとう。申し遅れたけれど、私はシュルツだ」
「あ、リオルです。よろしくお願いします」
何この人すごいまとも。
なんやかんやで冷静さも失ってないし。
イケメンで医者で本物の勇者の子孫とか正直いけ好かないけど。
と、急にリュデルさんがポンと手を打った。
「そうじゃ!シュルツよ、リオルと手合わせしてやってくれんか?」
「「は!?」」
あ、シュルツさんとハモった。
じゃなくて。
「いやいやいや何言い出すんですかリュデルさん!」
「なぜ私がこの子と手合わせなんて!」
「稽古つけてほしいそうなんじゃがなぁ、ワシはばあさんに構うのでいっぱいいっぱいじゃから相手する暇が無くてのぅ」
「いえ、そういう事ではなく…!」
「じゃあアレじゃ。ジーゼを連れ帰りたかったらソイツを倒してみろ!ってヤツじゃ」
そこは俺を倒してみろじゃないの!?
てか『じゃあ』って完全に取って付けた理由じゃん!
そんなのシュルツさんだって納得する訳…
「はー…まったくこの人はまた無茶を言って…」
あれ!?
シュルツさんの口振り、了承してる!?
「悪いねリオルくん。この人は言い出したら聞かないし…少し付き合ってくれるかい?」
「は、はぁ」
なんかよく分かんないけど、シュルツさんと手合わせする事になった。
戸惑う俺の前でシュルツさんは腰のベルトからメスを抜き取る。
え、メス?
すると、そのメスが魔力によって伸び剣のようになった。
いやメスて!
やっぱお医者さんと戦うとか気が引けるわ!
「あの、こう見えて俺結構強いですよ?おじさん本職お医者さんで戦士じゃないんでしょ?怪我とかさせちゃったらまず…」
――ピタッ
「心配ご無用。怪我しても自分で治せるよ」
「…!」
正直、見えなかった。
目の前で刃先が止められている。
俺は慌ててそれを弾き、本腰を入れた。
さすがにお医者さん相手に負けるわけにはいかない。
…のだが
(…っ、速い!!)
いや、速いだけじゃなく無駄な動きが1つもない。
一体どうなって…!?
俺の攻撃をほとんどその場から動かずにいなし続けるシュルツさん。
それを続けながら、丁寧に説明まで始める。
「医者というのはね、たった1ミリのズレが患者の命を奪いかねない…精密な職業だ。だが、それは戦闘においても同じ。ミリ単位のズレで結果に大きな差が生まれる」
――キィン!
ついに、俺の剣が弾かれた。
宙を舞い、地面に突き刺さる。
「君のように雑な動きが多い人間では、私にも勝てやしないよ」
(負けた…!!)
圧倒的力の差に、俺はその場で崩れ落ちた。
そ、そんな…戦士でもないお医者さんに負けるなんて…!!
「や、やっぱり伝説の勇者の子孫は違いますねー」
負け惜しみじゃないやい!
そう、これは事実なのだ…!
「あぁ。一応言っておくけど私の妻が彼らの孫娘であって、私自身は全く血の繋がりは無いよ」
「ゴハァ!」
まさかの追い討ち。
俺はもう立ち上がれないかもしれない。
「ほれ頑張れ〜。ワシを超えるんじゃろー?」
「俺の心にトドメ刺しにこないでください!!」
ここでそのセリフは鬼畜すぎると思う。
ガクリと挫折状態になる俺に背を向け、何事も無かったかのように話し始めるシュルツさん。
「さ、余興は終わりです。ジーゼさんの事を考えるなら、大人しく帰りましょう」
まさかの余興扱い。
「いいえまだよ!リオルくんのリベンジマッチを要求するわ!」
「ジーゼさんまで何を言い出すの!?」
俺はもしかして2人のオモチャにされてるんだろうか。
驚く俺に反応せず続けるジーゼさん。
「リオルくんとシュルツさんで追いかけっこしましょう。貴方から3分間逃げ続けられたらリオルくんの勝ち!どう?」
「…はぁ…これが最後ですよ?」
やるんだ。
そして俺の意見は聞かないんだね。
そんな絶望する俺の背中を、いつの間にかそばに来ていたリュデルさんがポンと叩いた。
「大丈夫じゃ。お前ならやれる。それに、ジーゼは凄いぞぅ?」
そう言って誇らしげに笑う。
瀕死の状態しか見てないけど、ジーゼさんもやっぱり強いんだろうか。
でも、あの状態じゃ下手に動けないよね?
「リオルくんリオルくん」
ちょいちょいとジーゼさんに手招きされ、呼ばれるがままにそばに行く。
ジーゼさんは視線を合わせた俺の頭をナデナデしながら言った。
「いーい?スタートと同時に思いっきりジャンプしてみて?あとは適当で良いわ」
と、俺の身体が僅かに光った。
ん?何かされた?
「さ、始めますよ。…2秒で終わらせます」
眼鏡のブリッジを軽くクイッと上げながら断言するシュルツさん。
ヤダこのお医者さん怖い。
俺もうガクブルなんだけど。
でも楽しんでいる風なリュデルさんとジーゼさんは容赦なくスタートをかける。
「そんじゃいくぞー?はじめ!」
「…っ」
とにかく、言われた通りやるしかない!
思いっきり地面を蹴って…跳ぶ!
うわぁ、木が下に見える。
すごい跳んだーっていうか…
「飛んでる!?」
いや、ジャンプだ。
宙に浮いてるとかじゃない。
ただ、たったのひと蹴りでとんでもない高さに俺はジャンプしていた。
あり得ない高さに困惑していると、下からリュデルさんの声が届く。
「ジーゼの支援魔法はえげつないからのー。身体能力10倍に上がっとるぞー」
ジーゼさんSUGEEE!!
普通は良くて3割増しとかだ。
こんなに凄い強化初めて見た。
これなら楽勝で逃げきれそう。
「まったく…ジーゼさん面倒な事、を!」
「うわぁぁあ!?」
そう思っていた時代が俺にもありました。
待って待って!
身体強化10倍の俺にこの人ついて来てる!!
凄すぎない!?
本当に勇者と血繋がってないの!?
慌てて着地と同時に木々の合間を縫うように走るが、寸分の狂いなく木を避けついてくるシュルツさん。
「3分逃げるとか…無理だろ…っ」
まったく逃げ切れる気がしない。
そもそも、リュデルさんがやったら良かったじゃんと思う。
あの2人は一体何を考えて…
「!」
チラッと2人を見て、急に気付いた。
目を離す事なく2人はしっかりと俺の事を見守ってくれている。
今にも負けそうなのに、肩を落としそうな素振りもない。
それどころか…期待すらしてるんだ。
よく考えれば、リュデルさんがやれば負ける筈がない。
でも、敢えて俺を選んだ2人。
オモチャにしてるとかじゃない。
リュデルさんを超えるという宣言を、本気で捉えてるんだ。
なんだ、なんだよ。
「そんな顔されたら…やるしかないじゃんか!」
俺は一番近くの木の幹を蹴った。
出来るだけ軌道を変え、シュルツさんを撹乱する。
「これは…意外と厄介だな」
急に動きを変えた俺に、シュルツさんも呟く。
この後動けなくなったって良い。
倒れたって構うもんか。
絶対に…逃げ切る!!
「ハァっハァ!捕まる…かぁ!」
「…くっ」
本気で逃げ、徐々にシュルツさんと距離が空いてくる。
このまま行けば勝てる!
が、一瞬の油断だった。
――グキッ
「…!」
角度が悪かったらしく、上方の太い枝を蹴った瞬間に捻ってしまった足。
バランスを崩し、地面の方へと頭から跳んでしまう。
慌てて加速するシュルツさんの顔が見えるが、多分間に合わない。
リュデルさん達なんて見えない程遠くに居るから尚更だ。
あ…死んだかも。
が、ギュッと目を瞑った俺を風が通り抜けた。
「3分、経ったぞ。リオルの勝ちじゃな」
その声が降ってきたことで、目を開ける。
俺は落下する事なく、リュデルさんの腕の中に収まっていた。
…何で!?
「え!?リュデルさんいつの間にここまで!?」
「お主が変な動きをしたから危ないと思ってのぅ。ジーゼに身体能力20倍をかけてもらって跳んできたんじゃ」
「10倍じゃなかったの!?」
「50倍までかけれるわよ〜」
「ご…!?てかジーゼさんまでどうやって!?」
「お主が落下してる間にここに座らせて、それからキャッチしたんじゃ」
いやどこまで凄いんだこの勇者達!
舐めてたつもりはないけど舐めてたよ!
「どうじゃどうじゃ?リオルはなかなか見込みがあるじゃろ?」
「〜っ、それは認めますが、貴方達とは関係ないでしょう?いい加減こんな事やめて…」
「あの!俺からもお願いします!」
気付けば、俺も口を出していた。
ぽっと出の俺が言うなんておかしいかもしれないけど、こんな俺を認めてくれる2人の力になりたい…そう思ってしまったんだ。
「ジーゼさんに旅をさせるなんて危険だっていうのはわかります!でも…この2人ならやれると思うんです!認めてあげてくれませんか!?」
「そうじゃそうじゃ!いい加減諦めい!」
「ワタシ達を引き離す事なんて神様でも出来ないわゴッフゥ!」
そこで吐血しないでジーゼさん!
全てが台無しになる!!
シュルツさんは額に手を当て、それはそれはもう深い溜息を吐いた。
「はぁーーーーー……。わかりましたよ。その代わり、私も同行します。ジーゼさんの治療は続けないといけませんからね」
「なんじゃあ、最初からそうすれば良かったのに」
「本来は!絶対安静!なんです!」
シュルツさんの気苦労が伺える。
なんかすみません。
と、思考を読んだかのようにシュルツさんがこちらを向いた。
「君、動かないで」
「えっ、あっ、はい!」
なになになに!?
このおじさん怖いが俺の中に刷り込まれている。
「蘇生術式 ヒール ディアストゥレマ」
そうシュルツさんが唱えた途端、魔力がまるで包帯のようになり俺の挫いた足首を包み込んだ。
おぉ!全然痛くない!
「あ、ありがとうございます!」
「完全に治った訳じゃないから無理はしちゃいけないよ。それと…」
長身の為、見下ろしながら僅かな笑みを作る。
「完治したら、徹底的に扱いてあげるからね」
「ひえっ」
怯える俺と、良かったなぁと喜ぶリュデルさんとジーゼさん。
こうして、鬼強いお医者さん兼俺の師匠がパーティーに加わったのだった。