第27話 もう一度会いたい人
この回だけノヴァsideです
「う…っ」
その頃、ノヴァは必死に生き延びていた。
ノヴァが居るのは体長20m程もあるヴェクサシオンの背の上だ。
首に近い位置で、ギリギリ牙も爪も届かない死角になる部分に糸を巻き付けしがみ付いている。
しかし、ノヴァを仕留めようとヴェクサシオンは容赦無く暴れ回っていた。
彼女の細腕では長くは保たないだろう。
(このままじゃ…落ちちゃう…っ)
糸を召喚しての更なる体の固定を試みるが、ヴェクサシオンの激しい動きで上手くいかない。
時折木の枝が身体にぶつかり、それが更に手の力を奪っていく。
こんな強い魔物と戦う力など無いノヴァにとって、背から落ちるという事は即ち死だ。
(もう少し…だったのに…)
限界に近い状態の中で、まるで走馬灯のようにこれまでの事が過っていた。
時は4年前に遡る。
「え?村から出ちゃいけない…?」
孤児院を出て迎えられた村で聞いた言葉に、ノヴァは耳を疑った。
ショックを受けている様子のノヴァに、親戚の1人である老人は慌てて付け加える。
「いや、何も一生出るなと言っている訳ではないぞ!?あくまでシルク族の秘術を全て覚えるまでの間だけだ!」
その言葉に戸惑いながらも質問を返すノヴァ。
「えと…その秘術って、どのくらいで覚えられるものなんですか…?」
「人それぞれだが…なかなか難しいモノも多いから、全てとなると10年くらいだろうか」
「そんなに…!?」
ノヴァにとってそれは受け入れ難い掟だった。
そもそもノヴァは自分がシルク族であるという事さえこの村に来て初めて知ったのである。
村にいる人々は自分にとてもよくしてくれるが、外部と遮断され隠してあるこの村には誰も訪ねて来る事もない。
そう…再会を誓った幼馴染が訪ねてくる事だって出来ないのだ。
「どうしても…ダメなんですか?」
涙を浮かべるノヴァを見て親戚一同はまた焦った。
きちんと説明しなければと言葉を紡ぐ。
「聞いてくれノヴァ。これは君を守る為でもあるんだ!シルク族狩りがあったから我々は隠れ住んでいるという話はしただろう?」
それを聞き、ノヴァはこくりと頷いた。
「実はな…そのシルク族狩りによって君も一度は連れ去られているんだよ」
「!」
全く身に覚えのない話にノヴァは目を見開く。
真剣な顔をしている老人に嘘は見えない。
「ノヴァはまだ1歳になったばかりの頃だったし、覚えてはいないだろう。君を含め、まだ秘術を何も会得していない小さな子ども達がとある貴族の手の者に集団で拉致されてしまったんだよ」
子どもを狙うという非道な行いに、言葉を失うノヴァ。
更に次に聞く言葉に衝撃を受ける。
「その貴族は交換条件を出してきた。子ども達を返してほしければ、最も上質なシルク生地を作れる者を差し出せとね。そして君の両親は本家の血筋の者として子ども達の為…いや、君の為にその身を差し出したんだ」
「そんな…」
「君の両親はその貴族の下で酷使され…2人とも命を落としたそうだよ」
「…!!」
両親が自分の身代わりになったという事実に、悲しみと涙が溢れた。
まだ10歳のノヴァには受け止めきれない。
涙を流すノヴァの頭を優しく撫でながら、老人は話を続けた。
「君の両親が救い出したノヴァを、また貴族の手に落とす訳にはいかない…そう考えて、我々は君を隠す為に孤児院へ預けたんだ。そして敢えて目立つように行動し、遠くへ移り住んだ。上手く貴族から君の存在を隠す事には成功したが…やはり秘術を使えない者から次々と命を落としたよ」
「わたしの…せい?」
「それは違う!ノヴァが生きていてくれる事が、我々にとって希望になっていたんだ!でなければ、とっくに生き残る事を諦めていたよ」
その場にいる全員が、事実だというように頷いて同意する。
自分が希望だと言われ、ノヴァもなんとか顔を上げた。
「幸い1年前に王家がこの事態に気づいてくれ、関わった貴族達を粛清してくれた。それでも直ぐには信用出来ず暫くは様子見をしたけれどね。だがこの1年狙われる事は無かったから、徹底的に処理してくれたんだろう。それで安全だと判断して君を迎えに行ったんだよ」
「そう…だったんですね」
孤児院の院長からいずれ迎えが来る事、糸を召喚できる事を誰にも言わない事など聞かされていたが、その理由を漸く理解する。
それから老人は再び顔を引き締めた。
「だがな、ノヴァ。またいつ危険が迫るか分からない。だから身を守る為にも…どうか秘術を会得してほしいんだ。それが君の両親の願いでもある。…分かってくれるね?」
彼女の身を案じての言葉だとわかり、ノヴァは辛くも頷く。
嫌だなんて我儘を言える筈が無かった。
「わたし…頑張ります。頑張って早く覚えるので、よろしくお願いします!」
ノヴァの決意の言葉を聞き、皆が顔を綻ばせる。
秘術を全て会得するまで村を出られないならば、せめて短期間で覚えられるよう頑張ろうとノヴァは心に決めたのだった。
幼馴染と、出来るだけ早く再会できるようにと。
それからのノヴァは凄かった。
泣き虫だった彼女が、弱音も吐かずに毎日毎日秘術を習得する為に努力する。
時には力の使い過ぎで倒れる事もあり、周りの人達が心配したくらいだ。
(全部覚えたら…会いに行ける…!)
心が折れそうな時はそう自分に言い聞かせ、前を見続けた。
ずっと自分の手を引いてくれた彼に、今度は自分の足で追い付くのだと。
自身がシルク族だと知る前から糸を使い熟して刺繍を施す程に筋が良かったノヴァは、大人達も驚くような早さで次々と技を覚えていった。
そして本来なら習得するまで10年掛かる筈の秘術を、たったの4年でマスターしてしまったのだった。
「うむ、これで全てを覚えたな。凄いぞノヴァ!お前はもう一人前だ!」
「ありがとうございます!」
皆んなから囲まれて褒め称えられ、笑顔を見せるノヴァ。
その日は祝賀会まで開かれ、お祭り騒ぎだった。
これまで支えてくれた皆んなに心から感謝する。
そしてそれとは別で、ノヴァはとても嬉しかった。
全ての秘術を覚えられた事や皆んなが祝ってくれる事は勿論だが、何より一人前と認められた事がだ。
これで漸く、村を自由に出入りできる許可を貰える。
彼に会いにいく事が出来る。
そう…思っていたのだ。
だが、いよいよ許可を得て旅立てると思っていたノヴァを悲劇が襲った。
ヴェクサシオンによって村の皆んなはあっという間に殺されてしまい、自身も今危機に瀕しているのだ。
たった1人残されてしまった自分を、助けにくる人など居ない。
こんなに強い魔物が相手では、勝ち目はおろか逃げ切れる見込みもない。
「う…もう、ダメ…っ」
しがみ付くノヴァの腕にも、ついに限界がきた。
力が入らなくなり、ズルリと滑り落ちてしまう。
「あう…っ」
地面には草が多く生えていたものの、かなりの高さから落ちたノヴァは体を強打してしまった。
だがヴェクサシオンの方は好機とばかりにノヴァに襲い掛かる。
「…っ、戯糸召喚 護法球陣!」
痛みに耐え、ノヴァはとっさに秘術の1つを使用した。
ノヴァの周りに沢山の光が浮かび上がり、そこから頑丈な無数の糸が飛び出す。
まるで繭のような半透明の防御の膜が張られた。
《ガァァアア!!》
しかし、ヴェクサシオンは凄まじい爪攻撃を繰り出す。
ドラゴンの爪さえ防ぐ筈の糸が、引っ掻かれる度にブチブチと切られていった。
この防御膜が破られては、もうノヴァに為す術はない。
「ぅ…」
ここに来て、ついにノヴァは死を覚悟した。
どうしようもない状況に涙が次から次へと零れ落ちる。
(せめて…もう一度だけでも会いたかった…)
今も、この4年間も、思い浮かぶのはたった1人。
ノヴァがピンチの時は、いつだって彼が救ってくれた。
手を差し伸べてくれた。
死を覚悟した筈なのに、どうしても心が縋ってしまう。
(…助けて。助けて…)
最後の糸が切られる瞬間、ノヴァは叫んだ。
「リオルくん…!!」
と、その時だ。
「天流剣技 疾風 レイヴン!!」
まるで巨大な鳥のような形になった風が、ヴェクサシオンを弾き飛ばした。
驚き目を見開くノヴァの前に、繭を手でこじ開けながら一人の人物が現れる。
「大丈夫か!?ノヴァ!」
そこに居たのは、ずっとずっと会いたかった相手。
ノヴァのピンチに駆けつけ、手を差し伸べてくれたのは見間違える筈もない…リオルだった。
あの頃よりもずっと成長したけれど、変わらないその眼差しに一気に安堵が湧いてくる。
(あぁ…やっぱり)
安心感から意識が遠のく中、ノヴァは心の中で呟いた。
(わたしを助けてくれるのはいつだって…リオルくんなんだ)
そのまま意識を失い倒れゆくノヴァ。
そんなノヴァを、リオルは優しく抱き留めたのだった。
リオルくんはノヴァちゃんのヒーロー




