第21話 ミッションインポッシブル
「お、じいちゃん達何急いでるんすか?」
会場の近くまで走った辺りで、こちらに気付いたクヴァルダさんが声を掛けてきた。
なんか更に会場グレードアップしてるぞ。
祭壇の後ろに壁みたいなの増えてるし、舞台に囲いも追加されてるし、柱とかもいっぱい装飾されてる。
大工さん達は神でも見るような目でクヴァルダさんを見てるじゃん。
そんな会場を作り上げたクヴァルダさんに、リュデルさんの背中からジーゼさんが告げた。
「クラーケンが近付いてきてるみたいよぉ」
「えっ、ホントっすか!?」
慌ててクヴァルダさんもこちらに合流する。
すると、先の方からシュルツさんも向かってきてるのが見えた。
…なんか後ろにいっぱい付いてきてない?
「本当に!あなたは命の恩人です!」
「おかげで助かりました!ありがとうございます!」
「何か!何かお礼を…!」
「いえ、もう充分伝わりましたから…いい加減帰って安静にしてください」
困った様子のシュルツさんは俺達の姿を見て少しホッとした顔をする。
よく見たらみんな大部屋で寝てた人魚さん達じゃん。
もう動けるようになったのか。
てかクヴァルダさん、シッシ!って犬みたいに追い払わないであげて。
「やはり、この気配クラーケンですか?」
「そうじゃ。あそこじゃの」
既に気付いていたシュルツさんの質問に頷きながら、膜の外を指し示すリュデルさん。
すると確かに、20mくらいの大きな影が近付いてきてるのが見えた。
そうなると、流石に人魚さん達も気付き始める。
「く、クラーケンだぁぁあ!!」
「キャァァアア!!」
悲鳴を上げながら逃げ惑い、危険を報せる鐘がカンカン鳴り始めた。
「え、クラーケン!?」
と、後ろから聞こえたミナスさんの声。
直ぐにクヴァルダさんが口を開く。
「あ、ミナスも来たんすね」
「うん、けど…失敗だったかも」
少し焦った様子で視線を横に向ける。
そこには顔を真っ青にした姫様の姿があった。
あ、これはマズい。
「い…いやぁぁあ!クラーケンがぁあ!またっ、また全部台無しにされちゃうんですぅう!やっぱり天罰なんですよぉお!!」
数日前の悲劇を思い出し、絶望して叫び出す姫様。
このまま希望を失われてはいけないと、慌ててミナスさんが取りなす。
「ちっ、違うわミーヤさん!これは…そう!神様が指輪を返す為にクラーケンを再び連れてきたのよ!!」
「神様が…?」
「ええそう!大丈夫よ!さっさと倒して指輪も取り返しちゃうから!!」
神様万能。
神様ありがとう。
そうこう言っている間に、クラーケンが泡の中へと入ってきた。
破れてしまうのではとヒヤッとしたけど、クラーケンのぬめりが良い感じに作用して割れる事なくするりと侵入してくる。
巨大なバケモノが入って来たのを目の当たりにし、更にあちこちから悲鳴が上がった。
余程空腹なのか、直ぐに人魚達へ狙いを定め始めるクラーケン。
「これ以上被害を出させるな!絶対に討伐しろ!!」
と、人魚の兵達がトライデントを持って向かってくるのが見えた。
その中にはシビルさんの姿もある。
「! シビル…!」
立ち向かおうとするシビルさんを見付けて、姫様は再び青褪めた。
もしこれでシビルさんが怪我でもしようものなら、神の力を持ってしてもどうにもできなくなるかもしれない。
「これは、先に倒しちゃった方が良さそうっすね」
「そうだな」
即座に判断してクヴァルダさんとシュルツさんが動き出そうとする。
しかし、それをリュデルさんが止めた。
「お前達は休んでおれ。そろそろワシとリオルも活躍せんとな」
あ、俺も!?
いやでも確かに何もしてないから了解です!
「一撃で決めるぞ。ジーゼ頼む」
「はーい」
返事をしながらジーゼさんが俺に身体強化を施す。
うん、これなら俺も役に立てそう!
リュデルさんと息を合わせ、同時に跳び上がった。
――タンッ
「天流剣技」
クラーケンの真上で、リュデルさんと一緒に剣を振り上げる。
「雷鳴」
雷を纏わせ、クラーケンを見据えた。
絶対一撃で決める!
「「スリュムヘイム!」」
稲妻をイメージしてジグザグに斬りつけながら地面へと到達する。
二本の雷が落ちたかのようになり、辺りに雷鳴が轟いた。
《ギォォォォオオオオ…ォォ…》
何も出来ないまま、叫び声だけを上げてクラーケンが倒れていく。
それを見て、兵を含めた人魚さん達が驚愕した。
「はぁぁあーー!?」
「あ、あの人間達何者だ!?」
「く、クラーケンが一瞬で倒されたぞ…!!」
因みにクラーケンは傷だらけの黒焦げだ。
「やり過ぎよ…」というミナスさんの言葉に、リュデルさんと一緒に頭を掻く。
ちょっとオーバーキルだったかもしれない。
中の指輪無事だと良いな⭐︎
「ゆ、勇者一行とは聞いてましたが、ここまで強かったなんて…!こんなにアッサリ倒してしまうなんて思いませんでしたよ!」
そう言いながら駆け付けてきたのはシビルさんだ。
そんなシビルさんを見て、瞳を潤ませる姫様。
「もう…シビル、クラーケンに立ち向かうなんて無茶な事しないで…!心配したじゃない」
「ごめん。どうしても君との結婚指輪を取り返したくて」
「シビル…」
お、なんか雰囲気良い感じだぞ?
これはもう万事解決じゃない?
あとはクラーケンから指輪を取り戻すだけだ!
「シュルツ、どうじゃ?」
「やってみます。蘇生術式 アナリュシス」
クラーケンに近づき、手を翳して指輪を探し始めるシュルツさん。
「…ここだな」
どうやら見付けたらしく、メスでクラーケンの体を切り開いた。
流れるような手捌きで胃まで切り、腕を魔力の薄い膜で覆いながら刺し入れる。
そして、ドロドロに溶けて変形した箱を取り出した。
…ん?
いや、まさかね。
みんなの顔が引き攣り始めた中、蓋の部分だけをスパッと切って開けるシュルツさん。
中には綺麗な金色のリングが2つ並んでいた。
そのリングの台座の上には…濃いオレンジ色のデロンデロンで歪な何かが乗っている。
「ミ…ミナス。ヴァーミリオンパールって変わった形してるんすね…?」
「気持ちは分かるわ。でも見たまんまよ…消化液で溶けちゃってる」
やっぱりそうなの!?
ワンチャン実は元々こういう形って事は無かった!
「ね、ねえシビルさん。ヴァーミリオンパールってまだ在庫はある…?」
恐る恐るミナスさんが聞くという事は、余程稀少なんだろう。
案の定、首を横に振るシビルさん。
「いや…ここ50年で見つかったのはこの2つだけです。少なくとも、この国にはもう残っていません」
ひえぇ、まさかそこまで貴重な物だったとは!
修復不可能な状態になってしまったパールを前に、立ち尽くす事しか出来ない俺達。
そして、予想通り1人が震え出した。
「ひぐ…う…」
あ、あ、姫様が!
姫様がマズい!!
「うあぁぁぁあん!やっぱり、やっぱり私達は婚約破棄するしかないんですよぉぉお!!」
そう泣き叫びながら亀に乗って宮殿に飛んでいってしまう姫様。
せっかくここまで良い感じで来たのに…まさか最後の最後にこうなっちゃうなんて。
「ミ、ミナス!何とかならないっすか!?」
「え!?さ、流石に…」
「ミナスさん!」
「うぅ…」
クヴァルダさんと俺に詰め寄られ、頭を抱えるミナスさん。
そして、散々悩んでからバッと顔を上げた。
「こうなったら…新たに見付け出しましょう!ヴァーミリオンパールを!」
え!?
2つ見付けるのに50年掛かったパールを!?
ついにミナスさんがヤケクソになった!
「ほう!それは面白いな!」
ミナスさんのその無謀な提案に、楽しそうに誰かが言った。
え、この声って…やっぱり女王様!
「良いぞ良いぞ!ワレはそういうの大好物だ!深淵樹の真珠貝はどうせ来年も実るからな!全部むしってハゲにしてしまっても構わん!」
うわわ、女王様ノリノリじゃん!
まさか許可が下りるとは!
「こ、こうなったらやるしかないっすね!」
「見付けるわよヴァーミリオンパール!」
「お…おー!」
もうここまで来たらやってやる!
奇跡起こしてやんよ!
と、そんな感じで勢いづいていたのだが、そんな俺達の前にシビルさんが立った。
「あの、待ってください!」
急にストップをかけられ、思わずキョトンとしてしまう。
何か問題あったかな?
「その役目…俺にやらせてください!」
「「え!?」」
つまり、シビルさんが真珠探しをするって事?
「貴方達は…会場を直し、司祭様も治療してくれ、ケーキのレシピも再提供してくれたと聞きました。あまつさえ、クラーケンまで倒してくれた。俺は…俺は何も出来てないんです。ミーヤの夫となるのは俺なのに…」
確かに、シビルさんから見れば急にやってきた他人の俺達に全部持ってかれたような形だ。
不甲斐なく感じてしまってもおかしくない。
ちょっと申し訳ないな…。
「せめて…せめて真珠だけでも俺の手で見付け出したい。だから、どうか俺にやらせてください!」
必死に言い募られ、俺達は顔を見合わせた。
断る理由なんて一つも無い。
「素晴らしい意気込みじゃな」
「格好いいわぁ」
「オレ達も応援するっす!」
賛成する俺達に「ありがとうございます!」と律儀に頭を下げるシビルさん。
そして、シビルさんのヴァーミリオンパール探しが始まったのだった。
――パカッ
「あぁー!今度は青っす!!」
「これはこれで珍しいんだけどね…」
シビルさんがヘラを差し込んで開けた真珠貝の中を見て、クヴァルダさんとミナスさんが嘆く。
あれから何時間くらい経っただろうか。
濃いオレンジ色をしたヴァーミリオンパールを見付け出す為、シビルさんは1人でずっと必死に貝を開け続けていた。
「やっぱりなかなか出てこないですね。ほとんど全部白…」
「あぁ、こればかりはな…」
まだ開けてない貝を抱えてシビルさんの元に運びながら、シュルツさんと肩を落とす。
貝を開けるのはシビルさんがやるけど、俺達はそれ以外の事をお手伝い中だ。
人魚さん達が深淵樹から採ってきてくれた貝をシビルさんの元へ持っていき、開けた貝の片付けや出てきた真珠の仕分け作業を手分けしてやっている。
全然関係無いけど、海に入る時に人魚さん達が服を脱いだのにはビックリした。
水着を身に付けてるとはいえ、男の人は良いけど女の人が脱ぎ出した時はドキッとしたよ。
いや、俺達だってそうするし、考えてみれば当たり前なんだけど…なんとなく俺のイメージではそのまま行くと思ってた!
「つ…っ」
と、シビルさんがまた貝で指を切った。
「だ、大丈夫っすか!?」
「痛そうじゃのう」
「一旦治療してもらったら良いんじゃないかしら?」
「いえ、どうせまた切るでしょうから」
「ハァ…厄介な風習ね」
ミナスさん曰く、この国では女性に真珠を贈る際、手袋をして貝を開けるのは失礼に値するらしい。
お陰でシビルさんの手は傷だらけだ。
なんなら少し震えてる。
うぅーん…やっぱりこうやって頑張ってる姿見ると、シビルさん本気で姫様と結婚したいようにしか見えないなぁ。
「…ねぇシビルさん。ミーヤさんに迫られて、最初は断ってたってホント?」
「え!?あ…ミーヤから聞いたんですか?」
「はい」
あ、ミナスさんも気になったんだ。
シビルさんは少し顔を赤くしつつも、貝を開ける手は止めずに話してくれた。
「その…別に嫌だったとかではないんです。正直に言うと、俺自身も一目惚れしたくらいで…。けど、ただの護衛である俺では、やっぱり姫の相手には相応しくないんじゃないかと思って」
なんと!
シビルさんも一目惚れだったのか!
姫様朗報ですよ!
居ないけど!
「でも、そんな俺にミーヤはずっと一途に真っ直ぐ気持ちを伝え続けてくれました。それで気付いたんです。身分を言い訳に、自分は向き合う事から逃げてるだけなんじゃないかって。例え自分は相手として相応しくなかったとしても、まずは向き合って現状と戦わなきゃって。諦めるのは、その後でも出来ますから」
おぉ…なんかシビルさんがすごく格好良く見えてきた。
姫様見る目あるよ。
「まぁ、そしたら案外トントン拍子に話が進んで結婚まであっという間に決まっちゃったんですけどね。本当…クラーケンさえ出てこなければ…」
ううん…不憫。
「でも、これも俺に課せられた試練だと思って頑張ります!どんどん持ってきてください!」
そうしてまた気合を入れ直すシビルさん。
なんかこっちも頑張んなきゃって気がしてきた!
最後まで付き合うぞー!!
夜も更ける中、シビルさんの為に俺達はまた手伝いに精を出したのだった。
「つ…ついに、残り2個っすね」
「そうね…」
一晩中真珠探しを続け、徐々に辺りも明るくなってきた。
あれからも、水色やピンクは出たけれど肝心のヴァーミリオンパールが出てくる事はなく、深淵樹の真珠貝も稚貝以外全て持ってきてしまった。
本当に、これがラストチャンスだ。
「それじゃあ…いきます」
シビルさんがそう告げ、俺達もゴクリとしながら見守る。
最後の2個ということで両方にヘラを差し込んで開けられる状態にしてから、同時に開く事にした。
真剣な表情で貝を掴むシビルさん。
頼む頼む…奇跡よ起きろ!!
――パカッ
「…!!」
そうして全員が願いながら開かれた貝の中身は…
どちらも白色だった。
「うわぁあー!マジすかぁ!」
「ウソでしょお!?」
クヴァルダさんが天を仰ぎミナスさんも顔を覆う。
うぅ…そんな…。
こんなに頑張ったのに、1つも見つからないなんて…。
シビルさんは、力が抜けたように肩を落として微笑んだ。
「仕方…ないですね」
「え!?諦めるんですか!?」
「もうこれ以上は…どうしようもないですから」
そんな!
じゃあ本当に婚約破棄しちゃうの!?
そう思ったけれど、シビルさんの目には光が灯ったままだった。
「でも、ミーヤを諦める訳じゃありません。来年もまた探しますよ。何年掛かっても…必ず見付け出して、今度は俺から口説いてみせます」
そんな風に笑って言うシビルさんから、俺達はそっと距離を取る。
ある事に気付いたからだ。
急に俺達が遠ざかって首を傾げるシビルさんの手が、優しく包まれた。
「…! ミーヤ!?」
そう、その手を両手で包んだのは姫様だ。
ポロポロと涙を溢しながら、シビルさんの手に顔を寄せる。
「もう…花婿がこんなに傷だらけになってどうするの」
「え…花婿って…」
耳を疑うように聞くシビルさんを、涙ながらに真っ直ぐ見つめる姫様。
「ごめんなさい…本当に、ごめんなさい。シビルも…こんなに私の事を想ってくれてたのに…ちゃんと信じられなくてごめんなさい!」
「ミーヤ…」
泣きながら謝る姫様を、シビルさんは優しく抱きしめた。
「不安にさせて…ごめん」
「シビルは何も悪くない…!私が…勝手に…!」
「…真珠も、用意できなくてごめん」
「もう…何言ってるの…!」
姫様は、シビルさんが一晩中かけて探した真珠に目を向けた。
「ちゃんと…あるじゃない」
「え?」
言いながら、その内の青い色の物を手に取る。
「私…これが良い。ううん、寧ろこれ以外は嫌。これは…シビルの色だから」
それを聞いて目を見開くシビルさん。
それから笑みを溢し、水色の真珠を拾い上げた。
「なら…俺はこれにする。ミーヤの色だからね」
そうして笑い合う2人。
どうやらもう心配要らないようだ。
俺達も安心して、顔を見合わせて笑った。
まぁクヴァルダさんは笑うより泣いてたけどね。
こうして、無事に結婚式が行われる運びとなったのだった。
ふわぁ…ホッとしたら急に眠気がきたぞ。
結婚式までにひと眠りさせてもらおうっと!
後々この2人の影響で、アビシフィカでは相手の色の真珠を贈るっていうのが流行したという。




