第20話 ウエディングミッション
「うわ…」
「これは、酷いわね」
姫様と共にやってきたのは宮殿より更に奥の方にあった広場。
恐らく特設会場だったであろう建造物は半壊し、瓦礫が未だにあちこちに散乱していた。
沢山の人魚さん達が片付け作業に追われている。
それと同時に切り出した白い石を並べて会場を造り直しているらしき大工さん達の姿。
それを指揮している大工さんも、困り果てた様子で頭を掻いた。
「あっしらも急ピッチで修繕作業は進めてるんですが、ご覧の有様で…。床の方はほぼ修繕できたんで、最悪屋根は諦めても、せめて祭壇だけでも直せれば形になるんですが…」
そっか、海底の国だし石造建築になるんだ。
重たい石は運ぶのも加工するのも時間が掛かるだろうな。
みんな必死にやってるけど、とても間に合いそうなペースじゃない。
その状況を改めて見た姫様はまた涙ぐんだ。
「うぅ…やっぱり、これを明日までに直すなんて無理ですよぅ」
うん、普通に考えたら無理だって俺も思うよ。
この人が居なければ。
「どう?クヴァルダ?」
「んー、そうっすね。設計図はあるっすか?」
「え?あぁ、これです」
クヴァルダさんに聞かれ、戸惑いながらも差し出す大工さん。
受け取った設計図をクヴァルダさんはジッと確認した。
「うん。まぁやるだけやってみるっす!」
ステージのように高くなった壇上前に立ち、金槌を取り出すクヴァルダさん。
「変質加工 金槌」
金槌が巨大化し、それを持ったまま壇上へと跳ぶ。
「クラッシュ!」
――ズガァァン!
そして横に回転するようにそれを振り、壇上の半壊していた祭壇を全壊させた。
え?
「「「は…はぁぁぁああ!?」」」
声を上げたのは勿論大工さん達だ。
みんな顔を真っ赤にしてクヴァルダさんに詰め寄る。
「おっ、お前なんて事してくれてんだ!!」
「残ってた部分まで壊す奴があるか!!」
「え?だって中途半端に残ってたらやりづらいじゃないっすか」
「だからって、一から造るんじゃ余計に間に合わなくなるだろ!!」
ひえ、みんな大激怒で血管が切れそう。
姫様も気絶しそうになってるよ!
それでも、マイペースにクヴァルダさんは続けた。
「まぁ見ててくださいっす!」
そうして大きな石の前に立ち今度はノコギリを取り出す。
「変質加工 鋸 カット!」
石を切り易い形に刃が変形したかと思いきや、一瞬で石が3m四方に切り出される。
続け様に今度はノミを手に持った。
「変質加工 ノミ スカルプチャー!」
クヴァルダさんの動きに合わせるように刃が変化し、金槌も使わずにどんどんと石を削っていく。
色んな部位を組み合わせるという事はせず、たった1つの石から削り出す形であっという間に繊細な模様のある祭壇を造り出した。
「…!!」
これには大工さん達も口をあんぐりと開けて固まる。
そして出来上がった祭壇を両手で掴むクヴァルダさん。
「よいしょおっ」
え、それ持ち上げられるの!?
普通に自力で運んでる!
そのままクヴァルダさんは壇上まで軽々と運び、ドスンと真ん中に祭壇を設置した。
「す…すげぇぇえーー!!」
「祭壇が一瞬で出来ちまった…!!」
「こ、これで式も出来るぞ!!」
一度は激怒した大工さん達が一転して歓声を上げる。
しかし、クヴァルダさんは手を止めなかった。
「まだまだいくっすよー!」
再び戻ってくるや否や、地面に置いてあった巨大な珊瑚の柱を次々ぶん投げる。
それが落下する前に木槌を取り出しながら自身も跳び上がった。
「変質加工 木槌 プロッド!」
空中で4本の柱を叩き、正確に舞台の四隅の地面に突き立てる。
「よし次!」
更に別の巨大珊瑚を柱より上空へと投げまたジャンプした。
「変質加工 鋸 カット!」
今度は空中で少し扇形になるよう次々切り、柱を土台にそのまま珊瑚を重ねてアーチ状の屋根を造っていく。
正直もう凄すぎて頭が追いつかない。
「折角だからこれも使うっすね〜」
と、更に瓦礫となった石を1mくらいの長さで同じ形の柱に沢山加工していく。
それをまた投げては突き立て投げては突き立て、仕上げに細長くした石を組み合わせて階段の両側に手摺りが設置された。
すごい!
階段だけでも悪くなかったけど、なんか更に良い感じになった!
「ついでだからオマケっす!」
終いには、余った珊瑚や石を利用して参列者が座る長椅子を大量に作って並べるクヴァルダさん。
たった1人で、特設会場を完成させてしまった。
これには、姫様も目を輝かせて喜び出す。
「す…凄いです!!なんか壊される前よりも素敵になりました!!」
「お、そんなら良かったっす!時間あるし、もうちょっといじるっすね!」
まだやるの!?
大工さん達なんかよもや泡吹いてるよ!
取り敢えずクヴァルダさんが満足するまでやらせる事にし、俺達はまた別の方へと移動した。
「う…」
「ここも結構酷いわね…」
次に俺達がやって来たのは病院だ。
ここに司祭様が居ると聞いてやってきたのだが、想像以上に負傷者が多くて驚いた。
大部屋に沢山のベッドが並べられ、クラーケンの襲来によって怪我をした人魚さん達が寝かされている。
外は活気があるし女王様の言い方からそんなに怪我人とかはいなかったのかと思ってたけど…死者が出なかっただけで重傷者は結構いたんだな…。
「司祭様はこちらになります」
看護師さんの案内で、大部屋の奥にある個室へと通される。
そこには立派な白い髭を蓄えたお爺ちゃん人魚が、包帯グルグル巻きの状態で寝かされていた。
「う…うぅ…」
すごく苦しそうに呻き声を漏らしてる。
これはかなり重傷そうだな…。
心配そうにリュデルさんとジーゼさんも口を開く。
「辛そうじゃのう」
「本当ねぇ。大丈夫かしガッファっ」
いや俺にはどっちが重症かわからない。
「司祭様は、クラーケンが襲ってきた時祭壇近くに居た為、飛び散った石の破片が多数刺さってしまったんです。勿論こちらでも手術は行いましたが…依然としてとても苦しんでいる状態で…」
そう看護婦さんが状況を説明してくれた。
話を聞いただけでもとても痛々しい。
姫様もこの惨状を目にし、また泣き出してしまった。
「ふえ…こんな状態の司祭様にお願いするなんて絶対に無理ですぅぅ!死んじゃいますよぉ」
これは…いくらシュルツさんでも厳しい気がする。
治療は出来ても、長期入院とかになるんじゃないだろうか。
「…蘇生術式 アナリュシス」
直ぐに状態を確認するシュルツさん。
それから顎に手を当てた。
「まだ…体内に破片がいくつか残っているな。直ぐに摘出した方が良い。オペ室は?」
「あ、えっと、現在他の患者様を手術中で…」
「なら、ここで行う。補助を頼む」
え!?
ここで!?
普通の病室だけど大丈夫なの!?
「蘇生術式 ヒール コーロス」
と、室内がシュルツさんの魔力で覆われた。
何となく空間が浄化されたのがわかる。
そしてマジックバッグからマスクと帽子を取り出して身につけるシュルツさん。
うわぁ初めて見た!
なんかすごい先生って感じがする!
「蘇生術式 ヒュプノーティカ・パルマカ」
手袋もしながらそう呟くと、苦しそうにしていた司祭様が眠り始めた。
ヤバい、見てるこっちも緊張する!
「…リオル」
「ひゃはい!?」
マジックバッグからメスなどを取り出したシュルツさんに名前を呼ばれ、思わず変な声が出た。
何でしょうか先生!
「見ない方が良い」
…あ!切り開くんですね!?
了解です見る勇気ありません!!
俺は慌ててみんなと共に部屋から退散した。
それから看護師さんのお手伝いをしつつ、大部屋で手術が終わるのを待つ。
「こういう手術って、どのくらいの時間が掛かるんですかね?」
「そうね…状態にもよると思うけど、やっぱり数時間は掛かるんじゃないかしら?」
ミナスさんの答えにそうだよなぁと頷く。
気長に待つしかないか。
しかし、時間の経過と共に沈んでいく人物が1人。
「うぅ…ダメですお終いですやっぱり私への罰なんです」
ヤバい、姫様の絶望度が上がっていってる!
せっかく会場が修繕されて希望を持ち始めてたのに!
「だっ、大丈夫ですよ!絶対手術も成功しますから!」
そう励ましてみるが、首を振る姫様。
「さっきの状態見たじゃないですか!成功したところで、明日の式を執り行うなんて絶対無理です!それとも、手術が終わった途端『治ったぞー!!』って言って出てくるとでも言うんですか!?」
「それは…」
「治ったぞー!!」
「「「えぇぇぇええ!?」」」
両手を振り上げながらトドに乗って登場したお爺ちゃん人魚に全員で目を疑った。
待って待ってまだ30分も経ってなくない!?
もう終わったっていうか元気になったの!?
と、司祭様の後ろから慌ててシュルツさんも出てきた。
「ですから!まだ治った訳じゃありません!大人しくしてください!」
「はえ?じゃが全然痛くないぞ?なんなら腰痛まで治っとる」
「それはついでに治しましたが、傷も魔力治療で付着させてるだけです!激しく動けばまた開くかもしれません!少なくとも、明日までは安静にしてください!」
ついでに腰痛まで治したの?
血が滲んだ包帯まで取ってるし、パッと見は完治だよ。
「え?え?司祭様…元気になったの?」
目をパチクリさせたまま、姫様がシュルツさんに質問する。
フゥと息を吐きながら答えるシュルツさん。
「完治した訳ではありませんが、激しく動かず、アクアバディからも降りなければ式場に立っても問題ありません」
その言葉を聞き、瞳を輝かせた。
「凄い…凄い!本当に奇跡みたい!!」
口元を手で覆い、興奮してヒレをピチピチ動かす。
因みに手術に立ち会っていた看護師さんも尊敬の眼差しでシュルツさんを見ている。
…尊敬だよね?
目がハートになってるのは気のせいだよね?
「さて…」
言いながら、部屋を見回すシュルツさん。
「ついでに、ここに居る全員治療します」
その言葉に、一通りの出来事を見ていた患者さんや看護師さんは歓声を上げた。
「うぉおー!マジか!」
「ぜっ、是非お願いします…!!」
治療が行き届いていない人も多く居たから見過ごせなかったんだろうな。
やっぱすごい。
尊敬する。
取り敢えず司祭様の無事は見届けたので、患者さんに対応するシュルツさんを残して再び俺達は移動した。
「うわぁ…」
「ある意味ここも酷いわね」
続いて俺達がやって来たのは宮殿の厨房だ。
そこでは、沢山の料理人達が明日の式の為に忙しくしていた。
そんな戦場と化している厨房の一角で、真っ黒くなったレシピを囲うように数人のパティシエが頭を抱えている。
ずぅぅぅぅん…という効果音が聞こえてくるようでそこだけ空気が重い。
「ダメだ…どう頑張っても解読出来ない…」
「やはり諦めて、海フルーツの盛り合わせでいくしかないのか…?」
それはそれで食べてみたいけど、ケーキ入刀とか出来なくなっちゃうよ。
そう思っていたら姫様も悲しみに暮れ始めた。
「ウエディングケーキ…本当に楽しみにしてたのに…。特別なケーキで、シビルと初めての共同作業するの夢見てたのに…」
うわわ、さっきまであんなに喜んでたのに!
一気にシュンとなっちゃった!
しかし、頼もしきミナスさんが胸を張る。
「大丈夫よ!あたしに任せて!あの、どこの国の誰にレシピ提供してもらったか教えてもらえます?」
困り果てているパティシエ人魚さんに質問するミナスさん。
少し戸惑いながらも、パティシエさん達は思い返すように答えてくれる。
「えっと…使者の方の話ではスウィトピア国のデラハーゲンという方に提供してもらったと…」
「ふむ、なるほどね。一応材料も見せてもらえるかしら?」
「は、はい」
そうして出された物を見て、ミナスさんはコクリと頷いた。
「うん、オッケーわかったわ!」
え!?
そんなアッサリと!?
外国のケーキのレシピまで把握してるとか脳内情報量えげつなさ過ぎない!?
驚く俺達の前で、紙を取り出しサラサラと書き込んでいくミナスさん。
あっという間にレシピを書き出してしまった。
「はい!この通りの分量と手順で作れば大丈夫よ!」
「「「おぉー!!!」」」
一瞬で解決してしまい、パティシエ達も喜んでレシピを掲げる。
姫様も一転して嬉しそうだ。
鼻高々なミナスさんに俺とリュデルさんとジーゼさんも拍手を贈る。
が、レシピを覗き込んだパティシエが首を傾げた。
「ん?スウィト卵を割って混ぜる…?」
「どうやって…?」
???
その言葉に、何が分からないのか分からずこちらまで一緒に首を傾げてしまう。
パティシエの1人が、箱を抱えて持ってきた。
「卵ってこれですよね?レシピのようにするにはどうすれば…?」
そう言われて、俺達は箱を覗き込んだ。
その箱の中で歩き回る、小さくて可愛いたくさんの桃色ひよこ達。
…孵化しとる!!
「保管方法…!!」と叫びながらミナスさんが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
何で温めたの?
「鳥がお腹の下に置いてたと言ってたんですが…」
「違うんですか?」
「海底に鶏が存在しない弊害…!!」
取り返しのつかない状況にダンッと地面を叩くミナスさん。
え?
本当にどうしたら良いの?
普通の卵なら王都から取り寄せもできそうだけど、それじゃダメなんだよね?
姫様も「ピヨピヨ…」って呟きながら現実逃避してリュデルさん達と一緒にひよこと戯れ始めたよ?
「ふ…ふふ…」
と、笑いながらミナスさんがユラリと立ち上がった。
「ここで諦めたら情報屋の名が廃るわ…!絶対解決してやるんだから!」
名が廃るって事は無いと思うけど、これを解決できたならすごいと思う。
ミナスさんはタブレットを取り出し、空中に沢山の画面を映し出した。
「この海底にある物で…スウィト卵の代用品を見つけられれば…!」
画面をスライドさせたり増やしたり重ねたりしながら、膨大な情報を必死に絞り込んでゆく。
内容を覗いてみても、難しすぎて俺には何が書いてあるのかさっぱりわからない。
この難しい内容をこんな一瞬で読み込んでるの?
すごすぎる…。
そして、暫く画面と格闘していたミナスさんがついに答えを導き出した。
「…うん、これならいける筈!今から言う材料を揃えて!」
そう言って紙に書き出しながらパティシエに告げる。
「ホヤホヤ豆を3つ・ミルク蟹の味噌を10g・ツキノワ鮫のキャビアを7gに昆葡萄を…」
すごい!
全部聞いた事ない!
でもパティシエさん達は馴染みあるようで、コクコクと頷いた。
「これなら全部揃えられます!」
「他の材料は問題なさそうだし、後は任せてください!」
どうやら無事にケーキも作れそうだ。
内容を伝えたミナスさんは、余程集中力を使ったのか疲れ果てたように「はあぁ〜」と言いながら近くの椅子に座った。
今度こそ解決した事が分かり、ひよこと戯れていた姫様も現実へ帰ってくる。
頬を上気させながらミナスさんに抱きついた。
「わぁ、ミナスさんありがとうございます!これでシビルと初めての共同作業できるんですよね!?」
「ええ!もちろんよ!」
「ふえぇん!嬉しいです!」
涙を流しながら喜び、それをミナスさんが抱きしめ返しながら頭を撫でてあげている。
うんうん、嬉し泣きなら問題ない。
よかったよかった。
そう思いながら見ていたら、急にリュデルさんに名前を呼ばれた。
「リオル、外へ出るぞ」
「え?」
「来たようじゃ」
来た?何が?
と思ったが、この状況でそう言う相手なんて限られる。
…クラーケンか!!
一拍遅れて意味に気付き、慌てて外へと飛び出した。
ご都合主義万歳!




