第1話 勇者の子孫(自称)
「ラスト1匹!」
剣を横に構え、イノシシに似た小型の魔物に向かって地面を蹴る。
怒って突進してきた魔物をその勢いも利用して大きく斬り裂いた。
――ズバァンッ
《ガァァ…》
致命傷を受けて、倒れ込んだ魔物が完全に静かになる。
倒したのを確認し、剣を鞘に納めた。
「よし、討伐完了!」
「おぉおっ、ありがとうございます!」
「これで安心して家畜を飼育できます!」
そう依頼主達に褒められたのは俺、リオルだ。
14歳で、現在冒険者をやっている。
て言っても、資格とか要らないから自称なんだけどね。
究極的な話「俺は冒険者だ!」と名乗ればもう誰でも冒険者な訳よ。
そんな感じだから冒険者なんて知名度のある奴は本当にごく一部の人間。
依頼を受けての報酬も微々たるもんで、食い繋いでいくのがどれ程大変か…!
だがそんな中で、俺はある活路を見出したのだ!
「流石は勇者の子孫様じゃ!」
そう、コレだ。
俺は勇者の子孫なのである!
自称だが。
取り敢えずここで勇者について説明しよう。
勇者、と言ってもこの世界に魔王とかがいる訳じゃ無い。
昔、国中のあちこちを廻り人々を魔物の脅威から救い歩いた冒険者がいたのだ。
それを「まるで物語に出てくる勇者様のようだ…!」と皆んなが言い出した為、結果的にただの冒険者が勇者と呼ばれるようになったのである。
今でも伝説として語り継がれ、誰もが聞いたことがある程に知名度のある冒険者だ。
おぉ、てかこの村にも銅像建っとるやんけ。
勇者の銅像もたまに見かけるんだよな。
ここのは二人組か。
なんかこの勇者、1人って話もあれば男女二人組って話もあるんだよな。
昔の事だから曖昧なんだろう。
はてさて話を戻そう。
俺が勇者の子孫と名乗っている事についてだ。
俺だって、別に最初からそう名乗っていた訳じゃない。
孤児院で育った俺は就ける職業なんてそれこそ冒険者くらいしか無かったのだが、まぁまぁそりゃもう稼げない!
命掛けて魔物と戦ってんのにこんだけ!?と叫びたくなるほどに。
そんな生活を送っていたある日の事だ。
「魔物に畑をやられて困ってたんで助かりました!若いのにお強いんですね!」
と、依頼者の村人に褒められた時、本当にただの冗談のつもりで言った。
「いやぁ、実は俺勇者の子孫なんですよ」
もちろん、誰も信じないと思ってたさ。
勇者の子孫がこんなとこ居るわけないじゃん。
でも現実は違った。
「なーんて…」
「なんと!勇者様の子孫!?」
「そ、そう言われればよう似とるんじゃあ」
「勇者様の子孫とあってはこのまま帰す訳にはいかん!皆もてなせ!!」
と、あれよあれよという間にご馳走が並んで飲めや歌えやの大騒ぎ。
報酬も本来の5倍くらい貰ってボロ儲け。
そうです。
俺は味を占めました!!
だってさ、今までと同じ事してるだけなのに、勇者の子孫だって名乗るだけで報酬爆上がりなんだよ?
そんなん辞められないじゃん?
俺がそこそこ腕が立って、勇者と同じ金髪碧眼で顔も良いからか、誰も疑わないし?
勇者様マジでありがとう!!
そんなこんなで多めの報酬を貰ってホクホクしながら歩いてたのだが…なんか騒がしい。
森のそばの小さなお店の前で、女将さんが大声をあげてる。
「やめときなって!今この森はエントが多く出て危ないんだよ!悪いこと言わないから引き返しな!」
「止めるんじゃない!ワシゃぁばあさんの為にもこの森を抜けねばならんのじゃ!」
「いやお婆さんの為を思うなら尚更やめとき!?死ぬよ!?」
よく見たら、禿げた爺さんと言い合いをしてるようだ。
てかあの爺さん、白髪の弱った婆さん背負ってない?
そりゃ止められるだろ…
因みにエントとは樹の魔物だ。
地味に危険なヤツで、あんな老人が遭遇したらひとたまりもない。
なーんて他人事のようにヤベェなと思いながら見ていたら、女将さんと目が合った。
やっべ。
「あぁ、ちょうどいいところに!」
手招きしないで!
絶対面倒臭いやつじゃん!
あぁけど勇者の子孫を名乗ってるからには無視する訳にはいかない…!
「どうしたんですか?」
「いやぁね、この老夫婦が森に入るって言って聞かないんだよ。頑固すぎて止めても無駄な感じだし、アンタ護衛してやってくれないかい?」
「はぁ」
「護衛なんて必要無いぞ!魔物なんてワシに掛かりゃあチョチョイのチョイじゃ!」
「自分の歳を考えておっしゃい!ごめんねぇ。アンタの腕なら私も安心だからさ。ほら、報酬も多めにあげるから」
「わかりました!護衛引き受けます!」
お金貰えるならやりますとも!ええ!!
「こんな子供を護衛になんてせんぞ!」
ああん!?
「子供だからって馬鹿にしないでください。俺は、勇者の子孫なんです。あなたよりずっと強いですよ」
俺がそう言うと、禿げジジイも目をパチクリさせた。
フフ、驚いてる驚いてる。
「勇者の子孫、とな?そりゃあ凄いのう」
「でしょう?だから安心して護衛任せてください」
「ふむ。それならお願いしようかのう?」
勇者ブランドすげぇ!
この頑固な爺さんすら納得させるとは!
そんな流れで、俺は瀕死の婆さんを背負った爺さんの護衛として森を抜ける事になった。
「天流剣技 疾風…」
剣に集まる風。
それを斬撃として飛ばす技。
「レイヴン!」
俺の技で、飛びかかってきた鳥型の魔物が一刀両断される。
その後ろで拍手をするお爺さんとお婆さん。
「おぉ〜天流剣まで使えるとは凄いのぅ。流石は勇者の子孫様じゃ」
「本当ですねぇ。若いのにすゴホッゴホッ!カヒューカヒュー」
「ねぇそのお婆さん大丈夫なの!?」
因みに、天流剣とは勇者のみが扱えるとされるオリジナルの剣技だ。
つまり!
俺が使っているのは勇者が使ってた剣技を多分こんな感じって予想でやってるエセ天流剣である。
まぁこういう技を使ってたって話だけで皆んな聞いてるから、バレる事も無いのだ!
「お婆さん連れてこの森抜けるとか無理があるんじゃないですか?あ、もしかして名医を尋ねるとか?」
「いんや、この森を抜けた先にある職人の村『トヴァリーチェ』に行きたいんじゃ」
「トヴァリーチェに?何でまた」
マジで病院行こうよ。
「ばあさんは寝るのが大好きなんじゃがな、人生の最期は最高のベッドで眠りたいそうなんじゃ。それを叶えてやりたくての」
「そう…なんですね」
それ帰れって言えないじゃんんん!
まさか終活で旅してるとは…。
「わかりました。それなら村までしっかり護衛します!絶対離れないでくださいね」
仕方ない。
俺が一肌脱いでやろう!
まぁ既に報酬貰ってるんだけどね!
それにしても、何か森の様子がおかしい感じするな。
禍々しいっていうか…何か出てきそうな…
《ギキャァァァア‼︎》
「うわマジで出た!」
突然現れたのは大きな蠢く樹。
ウロ部分が顔のようになっていて、枝や根はまるで手足のようにウネウネと動いている。
女将さん言ってたエントじゃん!
バッチリ遭遇しちゃったよ!
「クッ、やるしかな…うお!!」
剣を構えた途端に伸びてきた枝。
慌てて避けると、それは地面に鋭く突き刺さり穴を空けた。
え、待って。
コイツやけに速くない!?
あれ喰らったら死ぬぞマジで。
そんな鋭い攻撃を、今度は連続で繰り出してくるエント。
「ぐっ!この!くそ!」
なんとか剣でいなし、時折横から斬りつけてみるのだが、やけに硬くて全然斬れない。
「もしかして、特殊個体か…!?」
たまに居るのだ。
同じような魔物に見えて、他と一線を画した特殊個体が。
エントくらいなら何とかなるだろうと思ってたのに…これは結構ヤバいかも。
「アイツ強いのぅ。大丈夫かー?」
「お爺さんは危機感持って!?」
「頑張ってくださガフガフ!」
「お婆さんは気をしっかり持って!!」
必死に戦う俺と能天気な爺さんと瀕死の婆さん。
何このカオスな状況。
「こうなったらあの技を…!取り敢えず2人は危ないから下がってて!」
お爺さん達に離れるよう指示を出し、集中力を高める。
我流で編み出した(エセ)天流剣の中で最強の技。
もうこれを使うしかない。
エントの攻撃を避け、少しだけ距離を取り剣を脇で構える。
「天流剣技」
低い姿勢で脚に集める魔力。
「暁」
それを一気に放出して、スピードをつけ横一線に斬る。
「アナラビ!!」
――ギイン!!
どんなに強い敵でも真っ二つにしてしまう剣撃をエントにお見舞いした。
これでコイツはもう動けない筈だ…ったのに斬れてない!?
「そんな…!」
いや、正確には斬れてないわけじゃない。
ただあまりにも浅すぎて、思った以上のダメージになってないのだ。
《ギギャァァァア‼︎》
「ぐっ…!」
怒ったエントの攻撃速度も上がる。
あの技が効かなかった時点で、もう俺に打つ手は無い。
これはもう…逃げるしかない!
「…っ、お爺さんお婆さん!ここは一旦…って何してるんですか!?」
逃げる為に2人の方へ目を向けると、お爺さんは程よい大きさの石にお婆さんを下ろして座らせていた。
「フー」と息を吐きながら腰をトントンしている。
何故今下ろす!?
でもってよく見たらお婆さんのこと剣の上に座らせて背負ってたの!?
その大きな両手剣を椅子代わりにお婆さん背負い続けてたってお爺さんなかなか体力あるな!
ってそうじゃない!
「なな何してるんですか!?一息ついてる場合じゃないですよ!逃げないと…!!」
「いやぁー、なかなか良い剣だったぞ」
「それ敵を倒した後に言うセリフ!!」
もしかして目が悪くて見えてない!?
倒したと思ってる!?
が、そう思ったのは俺の勘違いだった。
「じゃが、もう少し修行が必要そうじゃのう。どれ、ワシが見本を見せてやろう」
「え?」
敵を全く恐れる様子も無く、剣を手にするお爺さん。
「むっ、無理ですって!お爺さんじゃアイツは倒…」
言い掛けて、俺は言葉を詰まらせた。
お爺さんから突然発せられた闘気のせいだ。
何だ…これ…。
エントの方へ歩いてて、こっちには背を向けてるのに…身体が震えて動かない。
「さて…覚悟せぇ」
姿勢を低くし、脇で構える。
まるで居合斬りのようなアレは…まさか!
「天流剣技 暁 アナラビ」
お爺さんがそう呟いた直後、光がエントを通り越した。
一拍置いて、胴体が真っ二つになったエントが倒れる。
「…!!」
倒れたエントの先で、剣を鞘に納めるお爺さんを見て理解した。
先程の閃光は、エントを斬ったお爺さんの剣撃なのだと。
そして、目にも留まらぬ速さで敵を斬り伏せたのは…
「勇…者、リュデル?」
こちらの方へ向き、ニッとお爺さんは笑う。
「自己紹介がまだじゃったの。ワシはリュデル、そしてばあさんがジーゼじゃ」
「よろしくねぇ」
リュデルとジーゼ。
それはあまりにも有名な冒険者…勇者達の名前だ。
「え…えぇぇぇえええ!!?」
叫んでしまった俺は悪くないと思う。
まさかこんなところで本物の勇者に会うなんて思うわけがない。
というか勇者って故人だと思ってましたすみません!!
「あ…の、その…俺…」
そんでもって、本人を前に勇者の子孫だとかほざいていた俺。
し…死にたい…!!
だが混乱と羞恥と罪悪感で戸惑いまくる俺の頭を、リュデルさんは優しくポンと叩いた。
「お主の腕、なかなか悪くなかったぞ」
嘘をついていた俺を怒るような事もなく、どちらかというと嬉しそうに褒めてくれる。
そしてリュデルさんは続けた。
「じゃがどうせなら、ワシの名を語るんじゃなくワシを超えてお前が次世代の伝説になってみぃ」
「…!」
そんな事…考えた事も無かった。
勇者を超えるなんて。
でも、勇者本人に言われたら何だかそれは不思議と現実味を帯びてくる。
「まぁ、まだまだ若いもんには負けんがのー」
カッカッカ、と余裕そうに笑うリュデルさん。
そうしているとただのハゲ爺にしか見えない。
それがまた、強者としての凄さなんだろうか。
くそぅ…なんか悔しい。
今の俺じゃ、何もかも全然敵わないや。
「…わかりました!俺、いつかアナタを超えてみせます!」
取り敢えず、悔しさを紛らわせる為に虚勢を張ってみた。
勇者に宣言って割と自分でもヤバい気がするけど。
「おう!その意気じゃ!若いってええの〜」
「本当ですねぇ。ところで貴方のお名前はなんてゲフンゲフン!!」
「リオル!リオルです!!ジーゼさんはあまり動かないで!!あぁもう心配だから護衛は続けますよ!!」
「よろしくねぇ〜…」
こうして、何だか変な流れで俺は勇者達と行動を共にする事になったのだった。