第14話 昔話
「よし、ここまでにしよう」
「ハァ…。え、もう終わりですか?」
翌朝、メルフローラでも変わらず行っていた朝稽古をシュルツさんが早めに切り上げた。
首を傾げる俺に、シュルツさんはメスを縮小して仕舞いながら答える。
「昨日の戦闘の怪我もまだ治っていないからね。腕も見せてごらん」
言われて火傷した腕を差し出した。
確認して頷くシュルツさん。
「うん、問題無さそうだな。まだ時間もあるし休憩しよう」
「やたー!」
因みに他のメンバーはというと、リュデルさんは寝ているジーゼさんの為に城の厨房で朝食の支度中。
クヴァルダさんはエーテルコットンの採集と、ベッドフレームとなる木材加工がいよいよ大詰めという事で仕上がるまでやると部屋の一室を借りて籠っている。
さてさて、俺は折角だからこのメルフローラを楽しむか。
どうせなら天空の大地でしか出来ない事しよう。
そう思いメルフローラの陸の端っこまで行って膝から下を空に投げ出す形で腰掛ける。
おー!
やっぱこうすると浮いてるって実感する!
雲が下に見えるのとか感動!!
「…君は案外危ない事をするね。落ちたらどうするんだ?」
「平気平気!そうそう落ちませんって!」
「はぁー…まったく」
余程俺が落ちないか心配したのか隣に腰掛けるシュルツさん。
大丈夫なのに。
「それにしても…年齢もあるんだろうが、リオルくんは成長が早いね」
「え?そうですか?」
全然実感できない。
リュデルさんどころかシュルツさんの足元にも及んでないのに?
「昨日の戦闘だって、充分戦えていたよ。そうだな…分かりやすいところで言うなら、最近はリュデルさんの動きを目で追えるようになってるだろう?」
…言われてみれば。
最初は全然見えなかったリュデルさんも、ほとんど見失わなくなってきてる。
ていうかシュルツさん、よく見てるな。
「なんか…たまに思うんですけど、シュルツさんってすごい俺のこと気に掛けてくれますよね?」
「え、そう…か?」
「うん。今もそうだし」
俺の言葉を受け、少し逡巡するシュルツさん。
それから、少しだけ遠くを見た。
「もしかしたら…君を息子のように思っているのかもしれない」
「え!?」
やだ!
何それ照れるむず痒い!
「ま、まぁ確かに、親子くらい歳離れてますもんね」
「いや、勿論それもあるんだが…」
一度言い淀んでから、シュルツさんは静かに口を開いた。
「…前に、妻が魔物に食い殺されたという話はしただろう?」
「…はい」
「実は…彼女のお腹には私との子どももいたんだ」
「…!!」
驚いて言葉が出てこなかった。
何も言えない俺に当時の事を語り出すシュルツさん。
「私と妻…アリアはとある村の外れの一軒家に住んでてね。あの日は、本当は私も休みを取っていて1日中一緒にいる予定だった。けれど、どうしても私じゃなければ手に負えないという急患の連絡が入って…アリアを1人残して家を出たんだ」
確かに、以前の話でもそうだった。
その間に、魔物に襲われたって。
「診療所まで駆け付けると、そこに居たのは魔物の爪で大きく身体を抉られた患者だった。本当にギリギリで生きている状態で、私はその場で緊急オペをしたよ。幸い患者は一命を取り留めて、怪我をした理由を話し始めた。ここから北の方の森で、大きな魔物と出会し襲われたと」
「! もしかして…」
「あぁ。その北の方というのは、私達の住む家がある方向だった。嫌な予感がして、急いで帰宅したよ。けれどその時点で、家を出てから数時間が経過していた。無事でいてくれと願いながら戻ったが…着いた時には家は半壊していたんだ」
そんな…まさかシュルツさんが処置した患者さんと同じ魔物に襲われてたなんて。
「でも、家の中はもぬけの殻だった。外に置いてあった三輪魔導車が無くなっていたから、アリアはそれで逃げたんだと気付いたよ。アリアだって勇者の孫だ。戦えばかなり強かったが…お腹の子の為にも逃げるという選択しかできなかったんだろう」
そっか…。
魔物と激しい戦闘なんてしたら、お腹の子がどうなるかわからない。
「きっと逃げ切っていると信じて、タイヤ痕を追った。だが…魔導車に追い付くほど魔獣が速かったのか、途中に魔導車が乗り捨てられていて少し離れた所に血痕が落ちていたんだ」
一瞬希望を持っただけに辛い。
家を壊すほどの力があり、魔導車に追い付くほど速いなんて恐ろしい魔物だ。
「その場所には…テレポートした魔力の形跡があったんだ。恐らくだが、魔導車では無理だと判断してテレポートで逃げようとしたんだろう。本来妊娠中にテレポートは使わない方が良いが、どうにかして子を守りたかったんだと思う。けれど、テレポートするより…魔物がアリアに噛み付く方が早かったようだ」
使える人も少ない珍しい魔法、テレポート。
それは、例えば誰かと手を繋いで使うとその人も一緒に飛べると聞く。
つまり…魔物がテレポート前に噛み付いたならば魔物も一緒に飛んでしまったという事だ。
「私達は必死でアリアを探し回ったよ。どうか生きていてくれと願いながらね。けれど数日後…50km離れた地点で大量の血痕と髪や身体の一部だけが見つかったんだ。状態から、事件当日に食われたと見て間違いなかった」
あまりに悲惨すぎて吐きそうになる。
それでも、僅かな希望を持って質問した。
「その…見つかったご遺体が別人って事はないんですか?」
「私もそれは考えたよ。けれど、魔力型が一致したから…アリアで間違いなかった」
一縷の望みも消え失せ絶望する。
魔力型は一人一人違っているものなので、それが一致したという事は疑いようもない。
神様は…シュルツさんの事が嫌いなんだろうか。
奥さんと子どもを同時に失わせるなんて酷過ぎる。
「因みに…その魔物はどうなったんですか?」
「そちらも勿論探したんだけどね…本来なら直ぐに見つかる筈の魔物も、遠くにテレポートしてしまったせいで未だに見付かっていないんだ」
「! 未だに?」
「あぁ」
悔しそうな顔をするシュルツさん。
もしかしたら、シュルツさんの大事な人を殺しておきながらその魔物は今ものうのうと生きているのかもしれない。
許せない…モヤモヤする。
なんとか見つけ出せたら良いのに。
「…すまない。暗い話をしてしまったな」
「いえ…」
話を聞いているだけの俺でも辛いのに、シュルツさんはどれだけ辛かったのだろう。
正直想像もつかない。
俺に出来ることってないのかな。
少しでも元気付けてあげられたら良いんだけど…。
…よし!
「そういう事なら、俺のこと息子だと思ってくれちゃって良いですよ!」
「え、リオルくん何を…」
「いや、いっそ養子にしてもらって本当に息子になっちゃおうかな?シュルツさんみたいに強くて格好いい父親とか最高だし?あれ?我ながら良い考えな気がするぞ?」
立ち上がってそんな風にふざけて言う俺に目をパチクリさせるシュルツさん。
それから、少しだけ下を向いて笑い出す。
「ふ…はは。それも、良いかもしれないな」
おぉ、シュルツさんのこんな柔らかい笑顔初めて見た。
ちょっとは元気出たのかな?
良かった。
シュルツさんは少し嬉しそうにしつつ「そろそろ戻ろう」と言いながらスックと立ち上がる。
それから、改めて俺を見た。
「…ありがとう。リオル」
初めて、シュルツさんに呼び捨てにされた。
まるでクヴァルダさんを呼ぶ時みたいだ。
もしかして身内認定された、のかな?
けれど、俺は失念していた。
こんなにわかりやすい変化を見過ごす筈がない人が居るという事を。
「ちょっ、何でまた更に義兄さんと仲良くなってんすかリオルくん!?いつの間にか呼び捨てにされてるじゃないすか!!」
そう、クヴァルダさんだ。
ご飯の後の食堂で案の定大騒ぎするので、耳を塞いで聞こえないフリをする。
「お前の事も呼び捨てだろう」
「いや、オレを呼び捨てにするまでもっと時間かかったじゃないすか!こんなに早くなかったっすよ!!」
あ、そうなんだ。
なんか勝った気分。
「リオルくん一体どうやって義兄さんと仲良くなってるんすか!?秘訣は!?」
「え?と、歳の差?」
「そんなどうにも出来ないこと言わないで欲しいっす!!」
だって、それ以外思いつかない。
ごめんね。
頭を抱え込んで絶望するクヴァルダさんに、呆れながらシュルツさんは質問した。
「そんな事よりクヴァルダ、部屋から出てきたという事は出来たのか?」
「あ、そうっすそうっす!じいちゃんばあちゃーん」
「なんじゃ?」
食器の片付けで居なかった筈のリュデルさんが呼ばれた途端にジーゼさんを背負って出てきた。
相変わらず素早い。
「取り敢えずベッドフレームだけっすけど、完成したっすよ!コレっす!」
そう言ってクヴァルダさんはマジックバッグから大きなベッドフレームを取り出した。
「うわー!スゲー!!」
「まぁ!素敵!」
思わず俺とジーゼさんが歓声を上げる。
2人くらい寝られそうな大きさで、繊細な模様が沢山彫り込まれたベッドフレームの完成度は凄かった。
ただの四角いのと違ってなんかヘッドボードとか波打ってる!
足も猫脚っていうのかな?
曲線になっててすごいオシャレ!
木の色合いそのままなのも逆に良い!
なんていうか…お店でお高く売ってそう!!
「ばあちゃんの好きそうな感じにしてみたっすよ!」
「ええ!本当に私好みだわガッハ!」
すると思ったよ吐血!
落ち着いて落ち着いて!
「あ、なんか本当にいい香りがする」
「そう!香り付けした訳じゃないから一生消えないんすよ〜。こればっかりは他の木材じゃ出来ないやつっすね!」
ふわぁ〜なんだろう。
日向ぼっこしてる気分になる心地よい香りがする。
もうこれ嗅いでるだけで眠くなる感じ。
「しゅごい…これ…寝たい…」
あ!
ジーゼさんがベッドフレームに手を伸ばしながらうつらうつらしてる!
硬いからフレームで寝ちゃダメだよ!
慌ててクヴァルダさんがマジックバッグに仕舞い直して事なきを得る。
ジーゼさんは名残惜しそうだけど致し方ない。
と、ドシドシという足音が食堂に近付いてきた。
《ごめんね〜お待たせ!出発しましょうか!》
言いながらやってきたのはローザさんだ。
どうやら一晩中国王様と話していたらしい。
「もうええのか?」
《ええ、充分話せたもの!行きましょう!》
そう促され、俺達は全員外へと移動した。
国王様が見送りに玄関まで来てくれている中、早速ローザさんの背に乗り込む。
「世話になったの」
《それはこちらの方だ。本当に…感謝してもしきれない》
そう言う国王様の顔は幸せそうで…ここへ来て本当に良かったなと思う。
国王様とローザさんは、改めて見つめ合った。
《それじゃあな…ローザ》
《なぁに辛気臭い顔してるのよ!ていうか、いつまでそんな姿でいるつもり?》
それを聞いて首を傾げる国王様。
ローザさんは微笑んで続けた。
《さっさと成仏して生まれ変わってよね。ドラゴンは長生きだから、貴方が生まれ変わるまで待っててあげるわよ》
その言葉に国王様は目を見開く。
それから涙を浮かべ、こくりと頷いた。
《そうか…そうだな》
《フフ。どうせなら、イケメンのドラゴンに生まれ変わってよね〜》
《はは、条件が厳しいなぁ》
言いながら、お互いに笑い合った。
そして迷う事なく翼を広げるローザさん。
手を振る俺達に振り返していた国王様は、距離が開くと共に透明になって消えていった。
ちゃんと生まれ変われると良いな。
こうして少しだけ名残惜しさを持ちつつ、俺達はメルフローラを後にしたのだった。
ここいらで魔物フラグをポイっ
無意識にリオルくんを一番気に掛けてあげてるシュルツさんなのです。




