第13話 ペシュメルガとローザ
《みんな!やるわよ!!》
そう指揮し動き出したローザさんの攻撃は本当に凄かった。
縦横無尽に飛び回り、本気のゼノと互角に爪をぶつけ合い壮絶な空中戦を見せる。
危機を感じたリュデルさんがジーゼさんを回収して戻ってきた程だ。
よくあんな動きをするドラゴンから回収してきたな。
「ありがとうねおじいさん」
「当然じゃよ。ばあさんはここに座っていると良い」
「ええ。あ、敵も強くなったみたいだし、みんなの強化もう一段階上げるわね〜」
わ!
またなんか身体が軽くなった!
クセになりそう!!
更なる支援も受け、俺達はローザさんに加勢すべく再びゼノに目を向けた。
いくらドラゴンといえど、アークデーモン相手に一対一では部が悪いようで徐々に押されてきている。
――ダンッ ギィン!
《! リュデル!》
「任せぃ!」
今まさにローザさんにゼノの爪が刺さりそうな場面で、一瞬でそこまで跳んだリュデルさんがそれを弾いた。
今度は目にも止まらないような速さで剣を振り下ろし、ゼノを地面へと叩き落とす。
《グっ、ァアア!》
今の攻撃だけでもかなりのダメージを受けたらしく声を上げるゼノ。
「流石じいちゃんっす!」
「行くぞ!」
「はい!」
下まで落ちてきた事を受け、俺達3人もそれぞれゼノに斬りかかった。
ジーゼさんの強化のお陰で、本来の姿となったゼノにも刃が通る。
《グ…っ、調子に…乗るなぁ!》
あちこち斬られ叫んだゼノが、全ての腕を振って血の刃を飛ばしてきた。
うわ!
腕が増えたから数がヤバい!
「く…っ」
尋常ではない数に、避けきれず刃が体を掠める。
くそ、また少し回復された!
《足りない…足りないぞ。もっとだ!》
それぞれの腕をブンブン振り回し、飛ばされる刃と戻ってくる刃で辺り一帯が紅くなる。
これはマズイかもしれないと思っていると、リュデルさんが声を張り上げた。
「全員退避じゃ!仕留めるぞ!」
その声で、咄嗟に俺達は後方へ退がる。
いくらか刃を受けてしまったが、恐らく問題無いと何となくわかった。
「天流剣技」
再び上空へ跳び上がっていたリュデルさんが、剣を振り上げる。
「帳」
纏わされた魔力で剣が黒く大きく変化した。
「カリニフタ!」
夜の帳を下ろすかの如く真下に真っ直ぐ落とされる黒い一閃。
無数に飛んでいた血の刃までもが弾け飛び、アークデーモンは大きく切り裂かれた。
《ギャァァァアアァア!!》
明らかな致命傷を負い、悲鳴を上げるゼノ。
それでもまだ息はあり、ふらつきながらも立ち上がろうとする。
けれど、俺達は動かなかった。
トドメを刺すのは、俺達の役目では無いからだ。
《あの時の私と同じ苦しみ…アンタも味わうと良いわ》
そう言って口内に魔力を溜め込むローザさん。
命の危機を感じたゼノは逃げようとするが、ダメージが大き過ぎて動けない。
《待…て…。やめ…ろ…!》
《問答無用!》
ついに口内に集まりきった魔力が焔を纏う。
そしてゼノに向け、一気に放たれた。
《フレイムブレス!!》
とんでもない威力の火炎放射がゼノを包み込む。
ゼノだけではなく、辺り一体が火の海だ。
――ギアァァァアァァァ……
と叫び声を残しながら、アークデーモンは骨も残さず消えていった。
無事倒した事を確認し、安堵して座り込む。
今回は疲れた…。
皆んな討伐成功にホッとしている中、ゆっくりとローザさんも降りてくる。
《ふぅ、清々したわ》
そんな風に言うローザさんにジーゼさんが問いかけた。
「それにしても驚いたわ。ローザちゃん、国王様の婚約者だったの?」
そうそれ。
俺も凄い気になってた。
《ええ。まぁ、前世の話だけどね〜。どうりで曖昧にしか思い出せない筈よぉ》
曖昧でも思い出した時点で凄いと思う。
それに前世の仇であるアークデーモンを倒したのも不思議な因果だ。
《さて、折角思い出した訳だしペシュメルガに会いに行こうかしら!》
「そうしましょう!」
「直ぐ行こうっす!」
その言葉にクヴァルダさんと共にハイテンションで大賛成する。
が、ローザさんの背に飛び乗ろうとした俺達はシュルツさんに首根っこを掴まれた。
「待て。先に治療だ」
「「…ハイ。」」
大人しく正座し、あちこちの切り傷を手当てしてもらう。
因みにリュデルさんだけは無傷だったよ。
あの刃の嵐を切り抜けたってすご。
さて、国王様はどんな反応するかなー?
楽しみだ!
《ななな何でドラゴンがここに!?ちょ、タンマ!食べないで!!》
ワクワクしながら城へ帰還し、早速玉座の間に乗り込んだ際の国王様の反応。
椅子の陰に隠れながらガクブルになっている。
ソリャソウダヨネ。
「いや、国王様…」
「このドラゴンはっすね…」
慌てて俺とクヴァルダさんで説明をしようとする。
と、後ろで息を吸い込んだローザさんが急に怒鳴った。
《ペシュメルガ!なんて情けない姿を晒してますの!?それでは民に示しがつきません!王族としての自覚が足りないのではなくて!?それに、言葉遣いも気を付けなさいといつも言っているでしょう!?しっかりなさって下さいませ!》
わ、すごい。
見た目はドラゴンなのに、何故か令嬢の姿が目に浮かんだ。
これがきっと前世のローザさんなんだろう。
怒鳴られた国王様も、目を見開いて立ち上がった。
《まさ…か…。ローザ、か…?》
《ええ。久しぶりね、ペシュメルガ。…本当に》
確信した国王様は、ぶわりと涙を溢れさせる。
それと同時に、姿も10代後半くらいへと変化した。
恐らく、ローザさんと共に過ごした頃の姿なんだろう。
《…っ、ローザ!すまなかった!!私は…私はお前を救えなかった!私が殺したようなものだ…!お前を、愛していたのに…私は…!》
泣き崩れる国王様に近付いていくローザさん。
その顔には愛しさが溢れている。
《馬鹿ね。もしあそこで私を選んだりしたら、軽蔑してぶっ飛ばしてましたわよ?ちゃんとあなたは王族としての義務を果たした…。日々教育した甲斐がありましたわね》
《教育って…ハハ、変わらないな》
《ふふ、貴方もね》
そう言って笑い合う2人に、こちらまで心が温かくなった。
千年という永い時を経て再会できた2人。
姿は亡霊とドラゴンだけど、すごいロマンチックだ!
「うぅ…良がっだっすぅ…。アークデーモンも倒したし、最高のハッピーエンドっすね!」
涙を流しながらクヴァルダさんも拍手している。
と、突然何かを思い出したようにハッとした。
「そうだリオルくん!アレ!聞いてないっすよ!」
「アレ?」
「宝石の家紋っすよ!国王様に見てもらおうっす!」
…今!?
絶対今じゃないよソレ!!
空気を読まないクヴァルダさんと「さぁさぁ!」「無理無理!」といった押し問答をする。
すると、国王様がこちらへと歩いてきた。
《さて、そなたらには本当に世話に…どうしたのだ?》
俺達のやり取りに気付いた国王様が首を傾げる。
「今っす!」と背中を押されて国王様の御前に出てしまった俺。
こうなると後に引けない。
クヴァルダさんめぇえ!
もし俺が王族だったら不敬罪にしてやる!
「あ…の、実は見てもらいたい物があって…」
《ん?何かね?》
「こ、これです!」
俺は小袋から宝石を取り出し、家紋が見えるようにして国王様の前に出した。
それを覗き込む国王様。
《む、コレは…!》
え、何、まさか、本当に…!?
《ピンク色とは珍しい石だな!ほぉ、なかなか見ないモノだぞ。この模様も良いな!》
…。
あれ。
「あの、この家紋って見た事は…?」
《ん?ふぅむ…仕事柄この国の家紋は全て把握しているが、見た事がないな。これがどうかしたのか?》
「いっ、いえ!何でもないです!」
《リオルくんはこの国の王族の子孫かもって思ってたのよね〜》
何で言うのローザさん!!
《それは…なんかすまんな》
謝らないで国王様!!
因みに後ろではリュデルさんとジーゼさんが「残念じゃったのぅ」「本当ねぇ」と和やかに呟いている。
うわぁーなんか無駄に恥かいた!!
クヴァルダさん何「あれぇ?」って顔してんの!
アンタが元凶でしょ!
あとシュルツさん!
顔だけ背けてプルプルしないで!
逆に恥ずかしいからいっそ思い切り笑って!!
赤面してしゃがみ込んだ俺は、暫くその場から動かなかった。
「おぉ、これが天空庭園!」
「凄いっすね〜」
俺が復活した頃にやってきた天空庭園。
玉座に隠してあった鍵を国王様が取り出して連れてきてくれたのだ。
因みに何の変哲も無さそうな壁に鍵穴があり、回すとカシャカシャと天井から半透明の階段が降りてきてメチャクチャかっこ良かった。
「本当に色々な植物がありますね」
《うむ、どれもこれも地上では育たない特殊なモノだぞ。だがそなたらへの礼だ。好きなだけ取っていってくれ》
シュルツさんの言葉に頷きながら答えた国王様は、それだけ言うといそいそと玉座の間へ引き返していく。
体が大きすぎて入れないため玉座の間でお留守番してくれているローザさんの所へ戻ったのだ。
積もる話もあるだろうし、2人にしてあげよう。
「よし、まずはマローナをゲットしたっす!これで枕を作れるっすよ!」
早速クヴァルダさんはマローナの花を摘んでいた。
虹色の花弁が本当に綺麗だ。
錬金しちゃうのが勿体無い感じするよ。
鮮度が落ちないよう直ぐにマジックバッグに仕舞うクヴァルダさん。
性能の良いマジックバッグなら入れた時の鮮度をそのまま保てるのだ。
流石クヴァルダさんお金持ち。
因みにシュルツさんのマジックバッグも高性能なので中の医療器具は常に清潔に保たれている。
流石シュルツさんお金持ち。
「んじゃあ次はエーテルコットンっすよー」
と言いながら、クヴァルダさんは庭園の中心の方へ歩いていった。
そこにあった、10mくらいの円形状に咲き乱れる真っ白い綿花。
綿の部分が本当にフワフワで大きくて、まるで雲がそこにあるようだ。
「わぁ、すごい!」
「驚くのはまだ早いっすよー?このエーテルコットンは絶対に潰れない不思議な性質なんす!だからこんな事…も!」
「うわ!?」
いきなりクヴァルダさんに持ち上げられ綿花畑に投げ込まれる。
潰れて花がダメになると慌てたが、そう思ったのも宙にいる間だけだった。
――ポワン
うわ何コレ!?
柔らかい通り越して体が浮いてるみたい!
支えている筈の茎も折れそうな気配がない!
「わ…ヤバい。これは寝る…」
無重力ってこんな感じなのかな。
なんかもう凄い気持ちいい。
すると、それを見たジーゼさんがリュデルさんの背で暴れだした。
「ワタシも!ワタシもあの上に乗りたいわ!おじいさん乗せて早グガッハ!!」
「お、落ち着くんじゃジーゼ!!」
興奮して吐血するジーゼさんに慌てふためくリュデルさん。
シュルツさんも慌てて嗜めているが、落ち着く気配が無い。
ジーゼさん寝る事に関してだけ歯止めが効かないな。
「まぁ、本当に浮いてるみたいだわ」
リュデルさんにそっと優しく降ろされたジーゼさんが隣で嬉しそうに微笑む。
すぐに目がトロンとしてきた。
「おじいさん、少し寝てもいい?」
「あぁ、ええぞ」
「ありがとう。おやすみなさぁ…い」
と言いながら直ぐにスヤスヤ眠り出した。
可愛い人だなぁ。
「ジーゼの寝顔を近くで見ていいのはワシだけじゃぞ?」
「ごめんなさいすいません直ぐ退きます!!!」
勇者の殺気超怖い!!
殺気で死ぬかと思った!!
「ジ、ジーゼさんって本当に寝るの好きですよね!あっという間に寝ちゃうなんて!」
エーテルコットンの上から慌てて飛び退いてリュデルさんへ誤魔化すように話しかける。
すぐに機嫌を戻すリュデルさん。
「そうじゃなぁ。出会った当初からそうじゃったからのう」
「へぇ。どういう出会いだったんですか?」
「うむ、16歳くらいだったかの。ワシは最初は1人で旅をしとったんじゃがな、たまたま魔物に襲われているジーゼを見付けて助けたんじゃ」
おぉ、なんかドラマチックな出会い!
「その直後にも魔物の群れに襲われてしまっての、支援魔法が得意なジーゼの手を借りつつなんとか倒した。お互い満身創痍で、どうにか街の宿まで辿り着いたんじゃ」
ほうほう。
「折角だからと2人で宿の晩ご飯を一緒に食べたんじゃがな、疲れたのか食べながらジーゼがコクコクし始めてのぅ」
リュデルさんは懐かしむように回想を続けた。
********
「大丈夫ですか?ジーゼさん」
「は…い…」
答えながらも時折首がカクンとなるジーゼ。
このままでは食事に顔から突っ込むかもしれないと心配したリュデルが慌てて体を支える。
「疲れたんじゃないですか?無理しないで、部屋で休みましょう?」
「そう…しましゅ。すみましぇん…」
だんだん呂律まで回らなくなってきたジーゼを支えて部屋の前までリュデルは連れていく。
こんな美人な人が簡単に連れて来られて大丈夫かと別の心配までしてしまったくらいだ。
そんなリュデルの心配を他所に、さっさと自分の取った部屋に入るジーゼ。
一先ず大丈夫かな?とリュデルが安堵していると、扉が閉まりきる前にジーゼはトロンとしたままの顔を覗かせた。
「リュデルさん…今日は本当にありがとうございました。おやすみなさい」
――ズッキュゥゥウウン!
「お、おやすみ…」
リュデルが挨拶を返すと、今度こそ扉を閉めるジーゼ。
廊下に残されたリュデルは心臓を押さえる。
(なっ何だ今のおやすみ!!可愛すぎる…!!!)
鼓動が高鳴り、今のジーゼの姿が頭に焼き付いて離れない。
リュデルがジーゼに惚れた瞬間である。
その日、リュデルは全く眠る事ができなかった。
********
「なんて事があってのぅ。ワシはその時絶対にこの子を離さないと心に決めたんじゃ!次の日なんとか一緒に冒険してくれるよう言いくるめてのぅ…そんなこんなで今に至るんじゃよ」
「へぇ〜!」
まさか勇者達の出会いの話を聞けるなんて!
これは貴重な気がする!
が、そう思いながら視線をずらすとシュルツさんは僅かに距離を取りクヴァルダさんは耳を塞いでいた。
何で?
「なんじゃお前ら失礼じゃな。リオルを見習ったらどうじゃ」
「いやもう耳タコっすよ!オレはもういいっす!」
14年失踪してたクヴァルダさんが耳タコって…。
俺はそっとシュルツさんに同情の目を向けた。
そんなこんなでジーゼさんを起こすのも可哀想なのでエーテルコットンの採集は翌日にする事になり、その日は城の客室に泊めてもらったのだった。
因みに客室は国王様自ら整えてくれてた。
ありがとう。
勇者達の過去話を書くのは初々しさがあって新鮮で楽しいです。




