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『初対面』

定期的にボナペティ家を訪れる諏訪部。

今日は、作成した資料をコックに渡す為に。

いつもと何も変わらないと、諏訪部は思っていたのだがーー。

 翌日ーー。

 諏訪部は今月分の食事内容と食材一覧をリストアップした資料を手に、ボナペティ家を訪れた。

 異世界アレバルニアは、ヨーロッパ系の中世から近世の時代をモデルにしたような世界だった為、諏訪部は普段の営業用スーツを着ても平気だという謎の安心感を得ていた。


 いつものように庭の手入れをしている庭師に挨拶し、少しでも印象を良くする為に和菓子を会う人会う人に手渡して行く。

 配っていたのは、ぼんち揚げ。

 諏訪部の大好きなお菓子の一つである。


 醤油の風味と香ばしさ、噛んだ時の食感も楽しんでもらいたいと思った一品だ。

 せんべいほど硬くなく、ほぼ一口サイズのお手軽なおやつ感覚で食べてもらえるだろうと考えた。


 個包装のぼんち揚げを渡して、秘境ジパングで有名なお菓子ですと補足する。

 案の定、簡単に食べられるものだから目の前で個包装のビニールを破って中身を取り出すや、そのままひょいと口にする庭師のおじさん。

 やはり年配だからか、香ばしい味と食感が気に入った様子だ。

 残念ながら販売はしていないことを告げ、近い将来どこかで口に出来る日が来るかもしれない、と口添えする。

 これは以前、ボナペティ夫妻の前で話した一件にも繋がることだった。

 上司命令、更にはグロモント伯爵のたっての希望により、完全に健康を取り戻したマーヤにはグロモント伯爵の権利の下、レストラン経営をしてもらう予定なのだ。

 その為の、先だっての営業という目的で諏訪部はジパング産のお菓子やおつまみなどを、時々ボナペティ家で働いている侍従達に無償で提供していた。

 ゆくゆくは、その美味さを堪能する為にお店を訪れてもらうように。

 評判は上々のようだ。

 ご満悦な諏訪部は満面の笑みを浮かべたまま、いつものように玄関ノックを叩いてボナペティ家を訪問する。


「どなたかしら?」


 若い女性の声がしたので、女中さんかなと思い諏訪部は改めて名乗った。


「おはようございます。私、マーヤ・ボナペティお嬢様に食材を提供させていただいている諏訪部という者です。本日はお嬢様の今月の食事内容と食材リストを、調理担当のコックさんに目を通してもらうお約束をさせてもらっているのですが……」


 しばし沈黙が続く。

 いつもなら「あら、そうですか」と簡単にドアを開けて迎えてくれたものだ。

 それはボナペティ夫妻から諏訪部のことを前もって聞いているから、という前提の話。

 もしかしたらこの女中さんは、新人さんか何かで自分の話を主人から聞いていないのだろうかと、そう簡単に考えていた。

 するとほんの数秒でドアは開けられる。


 困惑していた表情から、すかさず営業スマイルへと切り替える諏訪部。

 そして新人の女中さんにも、宣伝用のぼんち揚げを渡す準備をしていたところで「あっ」と小さく声を上げた。

 少し驚いて、手に持っていたぼんち揚げを落としてしまいそうになる。


 目の前に立って諏訪部を出迎えたのは、青い長い髪の……マーヤに瓜二つの少女だった。

 美しく艶めいた髪に、凛とした顔立ち。

 品のある洋服に身を包んだその姿は、どこからどう見ても良家のお嬢様にしか見えない。


「ご機嫌よう。それから、初めまして……かしら。私はマーヤの双子の姉で、カーラ・ボナペティと申します。どうぞお見知りおきを」

「マ、マーヤさんの……お姉さん、でしたか。どうも、初めまして。私、諏訪部正太と申します。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 驚きだった。

 話には聞いていたが、諏訪部がマーヤの姉に会ったのはこれが本当に初めてだった。

 諏訪部は主にマーヤとコックにしか会いに行かないので、時間帯なども関係していたのかもしれないが。

 マーヤの姉弟と顔を合わせたことすらない。

 営業マンとして顧客の家族には挨拶を、と思っていたのだが。これがなかなか見つからなかった。


 そう、まるで彼等がわざと避けているようにすら感じる程に。

 不自然な程に……。

 バッタリ会うことすら、ただの一度もなかったのである。


 それが今、まさかこうして不意打ちを喰らうとは思っていなかった諏訪部は戸惑う。

 営業スマイルが崩れそうになるところを、必死で保とうとする。


 そんな動揺がカーラにも伝わったのか。

 くすりと笑ったかと思うと、スッと片手を屋敷の中へと促すように差し出した。

 強気な、自信のある笑顔で諏訪部を招く。


「立ち話もなんですから、少しお茶でも一緒にいかがかしら? 妹の状態をあなたの口から聞いてみたいわ」


 ***


 気付くと諏訪部は、カーラの言うことに逆らうことなく、大人しく応接室でお茶などをしていた。

 アンティークの調度品が目に入る。

 お茶はカーラ自らが淹れてくれているようで、諏訪部はただじっと椅子に座って周囲をきょろきょろと見渡すことしか出来ない。


(おいおい、こんなことしてる場合じゃないんじゃないか? もう少ししたらコックさんが、マーヤさんにお昼ご飯を作る時間に……)


 しかし顧客の家族を無下にするわけにもいかず、諏訪部は丁重なおもてなしに喜んでいるフリをした。

 実のところ、諏訪部はマーヤの姉弟に関して少なからずではあるが、コックから事情を聞いていたのだ。


『姉と弟には気を付けた方がいいかもな。多分あれ、マーヤのこと何とも思ってない』

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