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【5】ザクセンフォード辺境伯領へ

「私を、あなたのところに連れて行ってくれませんか? 必ず、あなたのお役に立ちます。絶対にあなたを困らせません。だから、お願いします……どうか私を助けてください!」


私は必死で、ギルベルト・レナウ卿に訴えた。レナウ卿は少し驚いたように、目を見開いて私を見ていた。


「貴女を『助ける』とは? クローヴィア公爵家や王都に送り届けることは、貴女を守ることにはならないのか」

……どう答えたらいいだろう、と戸惑っていると、彼はさらに問いを重ねてきた。


「王太子の婚約者を、俺に連れ去れというのか?」


そう問われて、私は改めて自分の浅はかさを恥じた。見ず知らずのレナウ卿に、こんな恥知らずなお願いをしてしまうなんて……。レナウ卿にしがみついていた手をそっと離して、私は彼から距離を取った。血の気の失せた手は、真っ白になってしまっている。


「……無茶苦茶なことを言ってしまい、すみませんでした。いま私が言ったことは、全部、忘れてください」

私は座ったままで淑女の礼をとり、レナウ卿を見上げた。本当は立ち上がりたかったけれど、痛めた足がズキズキする。


「……それでは私を、クローヴィア公爵領に……お送りいただけますか?」

笑顔で感謝を伝えよう。……でも、私は笑顔を作れているかしら。これまで何度も、『氷みたいに冷たい作り笑顔で、気持ち悪い』と殿下や家族に言われていたもの……

「レナウ卿。あなたのご配慮に、……心より感謝いたします」


「誰かが君をおとしめたのか?」


――え?

レナウ卿は大きな手で、不意に私の頬に触れた。

「……ボロボロだな、クローヴィア嬢。俺には分からないことだらけだ。なぜ君はこんな森に独りでいる? 何に怯えて、誰に脅かされている?」

「――もう結構です。これ以上、聞かないでください」

私が退こうとしても、彼は問うことをやめなかった。


「なぜ君は傷だらけなんだ。髪も掻き切られたようだし、足の負傷も軽くない。……高貴な身分である君が、なぜ。出会ったばかりの男に『救ってほしい』とすがらなればならないような悲惨な状況に、どうして追い込まれてしまったんだ」


……答えたくない。

家族からも婚約者からも見放された出来損ないの自分のことなんて、誰にも言いたくない。


「クローヴィア嬢が俺の庇護を求めるのならば、俺は拒まない」


――え?

私は、耳を疑った。


彼は私の前にひざまずき、手の甲に唇を寄せていた。――敬愛を示す、騎士の口づけだ。

「……レナウ卿?」

「クローヴィア嬢が望むなら、俺は君を守り抜こう。俺のもとに来るか?」

「……本当に良いんですか?」

真剣な顔で、彼がうなずいている。でも……どうしてだろう? 


「どうして私を助けてくださるんですか……?」

ためらいがちに尋ねると。レナウ卿は、言葉を選ぶように沈黙していた。やがて返ってきた答えは、意外なものだった。


「思い出さなくてもいいが。君は、かつて俺を救ったことがある」


私が、この人を救った? ……何のことだろう。

「レナウ卿。人違いなのではありませんか? 私はあなたに会ったことはありません」

「ならば、人違いということにしてくれ。俺は自己満足で、君を救いたくなった」


それ以上の質問を拒むかのように、彼は立ち上がっていた。

「長居は無用だ。今すぐザクセンフォード辺境伯領へ戻る」

「はい……。あっ」

私も立ち上がろうとしたけれど、足の痛みによろめいた。倒れかけた私を支えてくれたのは、レナウ卿だ。恥じらいで、顔が赤くなってしまう。


「ごめんなさい……レナウ卿。大丈夫です、私歩けます……」

「足の靱帯を痛めているようだ。無理をすれば後遺症が残る。――失礼する」

「あっ」

彼は私を抱き上げて、横抱きにして立ち上がった。


「な、なにをなさるのです……」

「魔獣が来るのも、他人の目に触れるのも厄介だ。一刻も早く出発したい――こんな場所で人に出くわすことは、そうそうないだろうが。君をさらうからには、念には念を入れたい」


引き締まった太い腕が、私を軽そうに抱えている。誰かに抱きかかえられるなんて、生まれて初めてのことだ。


「最後にもう一度問うが。本気で俺にさらわれる覚悟があるのか? 自分で選べ。魔狼騎士おれが怖いなら、逃げた方が賢明だ」

「……あなたと行きます。助けてください」


レナウ卿は洞窟を出て、馬の背に私を乗せた。荷物を整え、彼も私の後ろに乗った。

「辺境伯領へ向かう。怪我が痛んだら、すぐに言え」

私はレナウ卿の腕の中で、小さくこくり、とうなずいた。


私達を乗せた馬は、ザクセンフォード辺境伯領へ出発した。


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