【19+α話】「他の女など、顔の見分けもつかない」
第19話で、エリィとギルがクレハ市内を観光していたときのワンシーンです。
「ねぇ、お兄さん! 一人なんでしょ?」
「私たちのテーブルにいらっしゃいよ、一緒にお食事でもしましょう?」
「ステキな方ねぇ。うっとりしちゃう!」
ギルベルト様が、見目麗しいご婦人たちに取り囲まれている。……どうしよう。
*
私とギルベルト様は今、クレハ市内に日帰り旅行をしにきている。ひと休みしようとカフェに入ったあと、私一人でしばらく席を外していたのだけれど。戻ってみたら、ギルベルト様が3人の女性客に言い寄られていた。……あれはいわゆる、女性側からの「ナンパ」というものなのかもしれない。
私は咄嗟に物陰に隠れて、ギルベルト様たちの様子を観察していた。……気マズすぎて、のこのこ顔を出す勇気なんて私にはない。
艶やかで色っぽいこの婦人達は、たぶん近くの歓楽街で働く「夜のご職業」の女性だと思う……物腰が、いかにもそれっぽい。昼間はお仕事がないから、カフェに息抜きにきたのかもしれない。
(ど、どうしたらいいのかしら、私……)
ギルベルト様は涼しげな顔で、婦人達を無視し続けている。目の前にいる彼女たちを視界に入れる気もないようで、無反応を決め込んでいた。でも眉間に少ししわが寄っているから、たぶん不機嫌なんだと思う。
(ギルベルト様、不機嫌そう。きっと、騒がしいのが嫌なんだわ……ギルベルト様は物静かな人だもの)
私がこそこそ観察している間にも、婦人達は艶やかに笑ってギルベルト様を誘惑し続けていた。
「お兄さん、夜は空いてるの? うちの店にいらっしゃいな」
「そうよ! お兄さんなら安くしとくわ。タダでも良いくらい!」
どうしよう! このままではギルベルト様が誘惑されてしまう!? 慌てふためいた私が、物陰から飛び出そうとする直前にーー
「不愉快だ。客引きなら他を当たれ」
と、ギルベルト様が彼女たちを睨みつけた。軽蔑するような鋭い視線に射抜かれて、女性達がひきつった悲鳴を漏らす。
「立ち去れと言っているんだ。俺は人を待っている。貴様らなんぞと関わっているところを彼女に見られたら……」
「ギルベルト様」
私が姿を現すと、ぎくりとした様子でギルベルト様は私を見た。
「……エリィ!」
一瞬だけ気まずそうに顔をしかめていたけれど、次の瞬間、彼は席を立っていた。
「店を変えよう。この店は客の質が良くない」
「は、はい……」
ギルベルト様は私の手を引いてカフェから出た……すごくイライラしている。私が席を外していたせいで面倒ごとに絡まれてしまって……申し訳ないわ。
でも、私が謝る前になぜかギルベルト様が先に謝ってきた。普段見せてくれるのと同じ、優しい表情で。
「ーーすまなかったな」
「え?」
「面倒な女たちが来た瞬間に、さっさと追い払っておけば良かった。……君は、不愉快だっただろう」
「いえ……」
「だが、君はとても困った顔をしているじゃないか。せっかくの旅行なのに、すまない」
困った顔? そんな顔、しているのかしら、私……
「……あの。さっきのご婦人たちに魅了されて、ギルベルト様がどこかに行っちゃったらどうしようかと心配していただけです」
「魅了? さっきの女たちに?」
「ええ。だって、どの方もとても美人だったから」
なにがおかしかったのか、ギルベルト様は小さく吹き出して笑っていた。
「あんな女たち、顔の見分けもつかない」
「そ、そうでしたか? どの方も個性があってきれいでしたよ?」
「そうか? 彼女らに限らず、俺は世の女性を美しいと思った経験がない。……ただ一人を除いて」
……ただ一人。
それは誰ですか? と聞きたくなったけれど、口から出る直前に我慢した。たぶん、子供の頃にギルベルト様と星を見たという少女のことだ。……恩人だと言っていたし。
本当に焦がれているんだろうな……そう思ったら胸の奥がちくりと痛んだけれど、私は痛みを顔に出さずに微笑んだ。
「そんな素敵な方がいたんですか?」
「……あぁ。君だけが色鮮やかに映る」
さらりと言われた言葉の意味がよく分からず。私は、きょとんとしてしまった。
「…………エリィ、次はどこに行く?」
ギルベルト様は私の手を取り、穏やかな笑顔で尋ねた。私たち二人の旅行は、まだまだ続く。





