【35*】愚かな王太子の結末《王太子視点》
(……どうして僕が、裁かれなければならないんだ! そもそも古代の高度な魔道具を復元させることの、いったい何が罪だというんだ!?)
地下牢に投獄されていた僕は、両手を枷で拘束され、目を覆われた状態で衛兵たちに連れ出された。王太子に対する扱いではない。くそ、ふざけている。……あの男の邪魔さえ入らなければ、あと少しで国外に脱出できるところだったのに!
魔獣の産業利用は、第一級の重罪とされている。だから、僕の王位継承権の剥奪と廃嫡は避けられないだろう。……不愉快だが、父上の前では従順にふるまって少しでも刑を軽くしてもらおう。自由の身になりさえすればいい。自由であれば、国外に逃げ出すチャンスはいくらでも作れる。僕の頭脳があればいくらでも古代魔道具を復元して、他国でやりなおせばいいんだ!
目の覆いが解かれた――ここは謁見の間。玉座の父に向かって、僕は真摯な態度でひざまずいた。……だが、同席していた二人の男女を目の当たりにして、僕の顔が引きつった。
(エリーゼが、なぜこんなところに? それに隣の男は……僕を殴ったあいつじゃないか!)
僕を殴って踏みつけたこの男は、ザクセンフォードの騎士団長ギルベルト・レナウ。そのギルベルトが、なぜエリーゼに寄り添っているんだ? まるで、愛し合う恋人のように。
「ひどい顔だな、アルヴィン。その腫れはどうした」
冷ややかな笑みとともに、父上は僕を見下ろしてそう言った。
「陛下、俺が殿下を殴りました。殿下の顔を見ていたら、虫唾が走ったもので」
「ははは。そうか、ならば仕方あるまい」
畜生、ギルベルトめ。なんで父上となれなれしく喋っているんだ。憎らしい……
「アルヴィンよ、お前は古代魔道具を用いた儀式により、エリーゼ嬢から奪ったそうだな。エリーゼ嬢の聖痕をきちんと返せ」
父上の指示のもと、僕の手枷が外された。衛兵たちが、破損した短刀を僕の前に置く――これは、聖痕を奪って他の女に移すための古代魔道具だ。短刀の刃が砕けて失われ、柄だけしか残っていない。
「その古代魔道具は、そなたが作ったものだそうだな。欠陥品だったらしいが」
「それは……」
僕の作り方が悪かったのではなく、ララが欠陥品だったのではないだろうか? そう思ったが、口答えするのは危険だ。父上の命令通り、僕は古代魔道具の柄を持ってエリーゼの前に立った。
エリーゼは怯えながらも、襟を解いて自身の胸元を晒した。バラの花弁に似た聖痕が、薄ぼんやりと彼女の肌に浮かんでいる。エリーゼの隣では、ギルベルトが僕に殺意をたぎらせていた。
忌々しい2人の前で、僕は奴隷のようにひざまずいて解呪の儀式を行った。
「……終わりました」
さっきまで薄かったエリーゼの聖痕は、今では彫り込まれたようにくっきりと刻まれている。
(……古代魔道具の実験台にエリーゼを選んだのが、間違いだったな。結婚相手も挿げ替えられて一石二鳥だと思っていたんだが。かえって面倒なことになってしまった)
僕は、心の中で自分の不運を呪っていた。
エリーゼの一件が済んだところで、父上が僕に問うた。
「さて。第一王子アルヴィン。そなたは、魔獣を用いて造る古代魔道具を、独断で復元・悪用しようとしていた。罪は重いぞ。申し開きがあるなら、述べてみよ」
返答次第で、僕の処遇が決まってしまう。……何と答えるべきか。
「正直に申せ、アルヴィン。古代語の解読技能に至っては、この国でそなたの右に出る者はいなかった。……だからこそ、この国を背負うに足る優秀な王子だと期待していたのだ」
父上の口調がわずかに優しくなったので、僕は内心ほくそ笑んでいた――これは、チャンスだ。僕がいかに優秀であり、僕を生かすことでこの国がどれだけ利益を得られるか、きちんと理解させるべきだと思った。
「父上、お聞きください。僕が法を犯して魔獣を利用し、古代魔道具を復元しようとしたのは、すべてこの国のためなのです!」
「ほう。この国のため、と?」
「はい。僕は古代に失われた強力な魔道具の数々を実用化させて、この王国を強大な魔術大国へと発展させるつもりでした……千年前の、この国のように」
僕は幼いころから、さまざまな古代語を学んでいた。王立学院では考古学を専攻し、古王家の岩窟墓地の発掘調査に参加したとき、偶然にも古王家の古文書を手に入れた。
「古文書の解読は非常に大変でしたが、数年かけて、とうとう僕は成功したのです。古カラヤ語とエスタリア神語を一音節ずつ分解して掛け合わせ、邪ルメキア語の文法に当てはめることで、読み解くことができました。その古文書には、数々の古代魔道具の作成法が記されていたのです」
「ふむ……古代語の解読を一人で成し遂げたか。それは大した才能だな」
父上が、興味深そうに聞いている。よし、これは良い流れだ。
「だがしかし、アルヴィンよ。そなたは手に入れた知識を隠し、自分一人のものとしていた。そして、クローヴィア公爵との共同事業という名目で、古代魔道具の材料となる魔獣を飼育していたではないか。そなたの私利私欲としか思えぬが?」
「いえ。成果が出たらすぐ父上にご報告するつもりでした! 魔獣の利用が大陸法で重罪にあたることは理解しておりますから、早期に父上に報告すれば、迷惑になると思ったのです。まずは十分な成果を上げて、この国の利益になると証明してから父上にお渡ししようと思っていました」
「ほう……」
父上は、理解した様子でうなずいている。いいぞ、このまま罪を不問にできれば――
「アルヴィン。そなたを極刑に処す」
「は!?」
思わず、声が裏返ってしまった。
「な……なぜですか、父上! 僕は父上のためにこの計画を……」
「言い逃れと自己保身ばかりのそなたでは、王の座は務まらん。魔獣を用いて違法な魔道具を作成していた罪。ならびに大聖女適任者のエリーゼから聖痕を奪って国を混乱に陥れた罪。これら二つの大罪により、第一王子アルヴィンは断首刑とする」
まさか……そんな!
「僕が極刑!? うそでしょう、父上。廃嫡や追放までは甘んじて受け入れます、でも、いくらなんでも……極刑だなんて!!」
「愚か者が! 千年前に、なぜ古王家が滅びたか貴様は知らんのか。貴様と同様に、魔獣を用いて古代魔道具を作り続け、人の道から外れて破滅に至ったのだ。忌まわしい知識などいらん! 貴様の命ともども、永遠に失われてしまえ!!」
嫌だ。いやだいやだいやだ。
取り乱している僕を、哀れな生き物でも見るような目でエリーゼが見つめている。やめろ、そんな目でこの僕を見るな!
衛兵たちが、再び僕に手枷を嵌めようとする。やめろ、近寄るな、僕は王太子だぞ!?
「嫌だ――!」
僕が叫んだその瞬間、右手が紫色の光を放った――
そうだ。うっかり忘れていたが、僕にはひとつだけ切り札があるじゃないか!
国境付近でギルベルトにつかまる直前、僕は一錠の薬を飲み込んだ。あの薬も、僕が復元させた古代魔道具だ。効果が発現するまで数日かかるのが欠点だが、強力な毒魔法を一撃だけ放てるようになる。
(……この古代魔道具の名は、『王家の毒槍』。王族を守るために、護衛騎士が使う魔道具だ! 掌から光の速さで毒槍を放ち、敵をひとりだけ殺すことができる)
この毒魔法は、たった一人しか殺せない。僕が逃げだすためには、一番強い奴を殺しておかなければならない。誰を狙うべきだ?
――考えるまでもない。
僕はギルベルト・レナウを見てニヤリと笑った。こいつを殺してやる!
「死ね、ギルベルト!! ――『王家の毒槍』!」
僕は右手を掲げて叫んだ。瞬時、禍々しい閃光が手からほとばしりギルベルトを撃った!
エリーゼが悲鳴を上げる。
「ギル!?」
「あはははは! ざまぁ見ろ。苦しみながら野垂れ死ね、ギルベルト!」
周囲の混乱に乗じて僕は駆けだしていた。なんとかして逃げ仰せてやる!!
そう思っていたのだが――
「魔法ごっこか? 蚊に刺されたのかと思ったが」
僕は襟首を掴まれて吊り上げられた。
「……えっ!?」
射殺すような目で僕を睨んでいたのは、ギルベルト・レナウだった。奴は躊躇なく僕を床に叩きつけ、そのまま僕を拘束した。
「何でだよ!? どうして『王家の毒槍』が効かないんだ!?」
「俺は知らん。貴様の存在自体が欠陥品だということだろう?」
「そんなはずがない! 僕は完ぺきなのに……! 『王家の毒槍』は、アスカリテ王家の血を引く者以外を即死させる毒なのに………………うそだ、うそだうそだうそだ、やめろ……」
やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
叫ぶ僕を、軽蔑しきった眼差しで父上が眺めていた。
「お前のような卑劣な息子は、もう見たくない。衛兵、こやつを地下牢に放り込め。裁きの日まで、閉じ込めておけ」
いやだぁ――――――――――――!
僕がどれだけ叫んでも、誰一人救おうとする者はいなかった…………
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