【26*】アルヴィンとララの決裂《王太子視点》
僕は苛立っていた。国王陛下である父上が、僕を疑っているからだ。
ついさきほど、僕は父上に呼びつけられた。
「アルヴィン。お前はクローヴィア公爵邸で、エリーゼに婚約の破棄を迫ったそうだが、それは真実か?」
――死んだ女のことなんて、なぜ今さら話題にするのだろうか? 内心ではいぶかしみながら、僕は涼やかに笑って見せた。王太子たるもの、心の中を隠して顔に笑みを浮かべるくらいは簡単だ。
「父上、何をおっしゃっているのでしょうか? エリーゼとのことは、既にお伝えした通りです。……数か月前、僕はクローヴィア公爵より『長女エリーゼの聖痕が消え、次女ララに聖痕が現れたようだ』と連絡を受けました。聖痕騒ぎの前後から、僕はエリーゼとはまったく会っていません。エリーゼはすでに精神を病んでおり、療養に入るのだとクローヴィア公爵より聞かされていました」
父上は、無感情な視線を僕に向けている。
「その後も、すでにお伝えした通りです。次女ララの聖痕が本物であることが中央教会で証明されたため、国法に従いララが僕の妻となりました。父上もご承認いただいたはずですが?」
「そうだ。長女エリーゼが死亡し、次女ララ嬢が聖痕を宿しているのであれば、ララを王太子妃にするより他にないからな。だがそれは、お前の話に『嘘偽りがなければ』という前提だ」
父上が、底冷えのする青い瞳で僕を見据えた。
「聖痕が他人に移り変わるなど、ほとんど前例のない異常事態だ」
「まったく前例がなかったわけではありません。王家の年代記には、数百年前に数例の聖痕移動があったことが記されております。もちろん、父上もご存じのはずですが」
父上は視線を切らず、ずっと僕を睨んでいた。僕を疑っているのは、明らかだ。
「アルヴィン。エリーゼの聖痕消失に、お前が何か関与していたのではあるまいな?」
――来た。
即座に否定してはならない。うろたえるのも、無反応すぎるのもダメだ。自然な感じで、少し戸惑った感じにするのがちょうどいい。
「……父上のおっしゃることが、僕には理解しかねます。一体どうやって、僕が聖痕に関与できるというのですか? 僕は魔術師ではありませんし、そもそも聖痕をどうこうする魔術など、あるのでしょうか?」
父上は口をつぐみ、それ以上責めてこなかった。僕は内心、安堵した。
聖痕を奪って他の女性に移し替える魔道具が古代に存在したことを、知っているのは僕だけだ。そして僕が古代魔道具を再現してエリーゼの聖痕を奪ったのだということも、父上は知らない。
「まぁ、良い。ともかくお前の為すべきことは、王太子妃の教育だ。国母となるララがあのように教養のない女だと、臣下の反感を招くからな。……幸い、大聖女の神託については、今後はララに任せる必要がなくなった。国中の混乱も、今後は沈静化していくだろう」
「……と、言いますと?」
「エリーゼが生きていたのだ。聖痕を失ってもなお、エリーゼは持ち前の才能と経験を活かして活躍していた。だから今後は、大聖女の実務の代行を、エリーゼに任せることとした」
エリーゼが生きていた!? 驚きのあまり、顔がわずかに引きつってしまった。
そんな僕を見て、父上が意味ありげな口調で言った。
「どうした、アルヴィン。元婚約者が生きていたことが、そんなに不愉快なのか?」
「いえ……」
「もう、よい。話は済んだから下がって良いぞ」
父上に言われるままに、僕は謁見の間を後にしたのだった。
*
――まさか、エリーゼが生きていたとはな。
当初は監禁予定だったエリーゼが、魔獣に喰われて死んだと聞いていたから、好都合だと思っていたのに。まさか、無事だったとは。
僕が聖痕を奪ったことを、エリーゼは覚えてないはずだ――『聖痕移動の古代魔道具』の効果で、記憶が残らないようになっている。
(しかし、もしエリーゼが思い出したら、僕の身が危ぶまれる……)
僕はあの古代魔道具を作るために、ひとつの『禁忌』を犯した。禁忌を犯したことを父上に知られたら、僕の身分が…………
焦りと恐怖感で心を乱していたそのとき、ララの侍女が僕を引き留めてきた。
「アルヴィン殿下!」
「……何だ。僕は忙しいんだが」
「ララ様が、アルヴィン殿下をお呼びです!! 急いでお越しいただきたいのです」
ちっ。あの女、またヒステリーを起こして、僕に甘えようとしているのか! あんな頭の悪い女に、聖痕を与えたのが間違いだったな。大聖女なんて、どんな女でも務まるお飾りだと思っていたのに……ララは無能すぎたようだ。
「僕にはそんな暇はない。失礼する」
冷たく言い放って立ち去ろうとしたが、侍女は引き下がらなかった。
「ララ様は、絶対に殿下をお連れするよう仰せです。『もし来なかったら、聖痕のことをバラす』とのことでしたが……?」
「……なに?」
あの女、何を考えているんだ!? よりにもよって、『聖痕のことをバラす』だと? バレたら自分も無事では済まされないのに、理解できていないのか!?
妻にするならエリーゼみたいな生意気女より、無知なララのほうが従わせやすいと思っていたのに。どうやらララは、頭が悪すぎたらしい。イライラしながら、僕はララの部屋に向かった。
「おい、ララ! 一体なんの用だ! 僕はお前なんかに構ってる暇は……」
「アルヴィンさま!!」
だらだらと涙を垂らし、真っ青な顔でララは僕にすがりついてきた。美しさのかけらもない、惨めな姿だ。ドレスもぐちゃぐちゃに着崩して、胸元まで大きく開いてしまっている。
「聖痕がおかしいの! 見て」
ララは左胸の聖痕を僕に見せた。赤いバラのように美しかったはずのアザが、腐ったような黒に変色している。……どういうことだ!?
「すごく痛いの! 何とかしてよ! アルヴィンさまがくれた聖痕なんだから!!」
「おい、黙れ……」
聖痕を移植したことは、絶対に言ってはいけない秘密だと教えていたのに。ララはパニックに陥っていて、僕の制止に従おうとしない。
「アルヴィンさまが作った魔道具、壊れてるんじゃないの!?」
「黙れ!」
頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。愚かなララにも、腐りかけている聖痕にもイライラする。何が起きている? 僕が再現した古代魔道具が、作り間違えていたとでもいうのか?
「……う、うるさい! 僕に間違いなどあるもんか!!」
僕はララを振り払い、きっぱりと言い放った。
「ララが無能すぎたのが悪いんだ! きっと、お前みたいな無能な女に耐えきれず、アザが拒否反応を示しているんだ!」
「なんですって!?」
ララが、憎悪をたぎらせて睨みつけてくる。狂気じみた態度が恐ろしい……醜い、どうしようもない!
「僕の計画の邪魔をするな! お前がきちんとしていれば、聖痕だって元に戻るはずだ。僕の妻であり続けたいと思うのなら、もっと王太子妃らしくふるまえ! 聖痕移動のことも魔道具のことも、もう二度と言うな!! 狂った発言をこれ以上くり返すなら、お前を療養所にぶちこむぞ」
僕はララを突き放して、部屋を出た。
*
「あぁあああああああああ!!!」
ひとりきりになった部屋で、ララは癇癪を起して暴れた。
部屋の外で控えていた侍女が、慌てて駆け込み、ララをなだめようとする。
「今すぐ、お父様とお母様を呼びなさい!」
ララは侍女にそう命じた。
「アルヴィンなんて、役に立たない!! わたしを愛してくれてるのはお父様とお母様だけなのね。……お父様たちなら、全部なんとかしてくれる!」
頭を掻きむしりながら、狂ったように叫び続ける。
「許せない、わたしだけこんな目に遭うなんて許せない! 全部エリーゼがいけないんだ。エリーゼの奴、わたしにアルヴィンなんかを押し付けて、自分だけあんないい男と幸せになっちゃって……。エリーゼの大事なものは、全部ぐちゃぐちゃにしてやる!!」








