15年前
―――――――
雨の降りしきり、空には縦光り、雷鳴は轟く。
そんな日だった。アメジスト王『ロベルト』と奥方『マリー』の間に三人目の子が生まれた。
王宮の奥からは、元気な産声が聞こえて来る。
外は沈んだ空気なのに、アメジスト王宮の中だけは華やいでいた。
「マリー!!よくやったぞ」
嬉しそうに自分の奥方に近付いて行く。王妃の隣では、淡い栗色の髪で薄紫の瞳の子が元気に泣き叫んでいた。
「陛下ごめんなさい。また王女みたい。」
後継ぎがいなく、次は男の子と望まれていたが三人目も女の子だった。
「安心しなさい。後継ぎはアニシスにする。元気に生まれて来るのが1番だよ。かわいい我が姫をありがとう」
「陛下ありがとうございます。」
マリーは生まれてきた我が子を愛しそうに抱きしめ微笑んだ。
そんな姿を見て、国王はマリーの髪をそっと撫で慈しむ様に二人を抱きしめた。マリーの緊張していた表情が緩み、にっこりと嬉しそうに国王に身を委ねた。
「少し……疲れたわ……。ごめんなさい…ちょっと………休んでいいかしら?」
「あぁ。」
子を大事に侍女に受け渡し、マリーは目をつむり眠りについた。
「マリー?」
国王の腕にもたれ掛かる様に力が抜けていく。尋常ではない力の抜け方が伝わって来た。
―――――――!!!!?
「マリーマリー!」
名前を呼びながら、顔を近付けた。呼吸をしていない。
体を揺らすが全く反応を示さない。
「誰か!誰か!医者を」
まだ温かい体。柔らかい肌。眠る様に穏やかな表情。美しい顔。
何も変わらないのに………何故動かないのだろう
「王、申し訳ございませんが御妃様は」
医者が悲しげに言う。周りに集まった使用人達も、声を殺して泣いていた。
元々、体が弱かったマリー。
三人目は体力がもたないかもしれないと、医者から止められたが、どうしても男の子を産みたいと願う王妃に反対できず、出産した。
「あ"ぁぁぁぁぁぁッッッ」
――無理矢理にでも止めればよかった。
叫び声と共に、大粒の涙は滝の様に流れ落ち、枯れ果てる事がない。後悔だけが残り、妻をいつまでも抱きしめた間々動けなくなっていた。
しかし、いつまでも悲しみに暮れている時間はなかった。
酷な事に、王には立ち止まる事さえも許されなかった。
「国王陛下!」
「なんだ?」
まるで、魂の抜けた様な声で返事をする。
「申し訳ありません。取り込み中だと伝えたのですが陛下に会うまでは帰らないと」
「こんな時にか!!」
「はい。イルフォードの遣いの者だそうです。」
「…………………」
国王は亡き妻の傍を離れたくなかったが、きっと妻が目を覚ましたらこう言うだろう。
「陛下、わたくしは大丈夫ですから。行って来て下さい。」
マリーも国王と同様に、同じ目線で『アメジスト』を愛し、国の為にと生きてきた女性だ。
「わかった。すぐに戻ってくるから待ってなさい」
マリーのオデコに軽く口づけをすると、そっとベッドに横にした。
「妃を後を頼む。」
「はい」
そして立ち上がり、客人のいる王座の間に歩き出した。
王座の間の前に着くと、ロベルトは国王としての表情に戻っていた。
ギイィィと重い扉を開け、入って行く。中にはイルフォードの老将が一人たっていた。老将は王に気付くと膝まづき、挨拶を始めた。
「お忙しい所、お時間有り難き思います。イルフォード軍部総隊長『サルド』でございます。」
「サルドして、我が国に何いった様で?」
かのイルフォード。国としての繁栄のピークは過ぎえど、まだまだ他国との力の差は歴然。そんな国が小国アメジストにわざわざ来る理由は普段ではなかった。
胸騒ぎがする――――。
「はい。我がイルフォードは今、水不足による飢饉に苛まれています。御恥ずかしい話し、もぅ自国の力だけでは手の打ち様がなくご相談にあがりました。」
「それで我が国に?」
「雨の国と名高いアメジスト国。お力願いたいです。」
イルフォードの水不足は遠いアメジストまで噂は届いていた。その対策にアメジストを選んだのは、あながち間違いではない。
「では、水の支援をするばよいのか?」
「いえ、それもありますが、『雨露の力』を我が国におゆずり頂きたい。」
「それをどこで聞いたかは知らないが、雨露の力は渡せる物ではない。王家に伝わる力。直系の王族にしか授からないのだ。特に強い力を持てるのは姫巫女である。」
「では、姫巫女を譲り受けたいです。」
「…………!!巫女は物ではない!」
いきなり声を荒げた国王に、サルドは驚いた。
「お気を悪くしましたら、申し訳ございません。失言でした。」
「いや、すまない。こちらこそ取り乱して。残念だが今、雨露の力をまともに使えるのは、一人だけ。我が母上、皇太后のみ。しかし、最近体調の思わしくない母上にはイルフォードの気候に体がついていかないでしょう。」
「そうですか。ただ、我々も引くに引けないのが現状なのです。申し訳ございませんが、日を改めてまたお伺いいたします。」
サルドはその日、大人しく帰っていった。
が、しかしそれで終わりではなく始まりに過ぎなかった。妻を無くし、傷心の心にさらに追い打ちをかける悪夢がまっていたのだ。