婚約者
結婚なんかしたくない。
一生独身で森で小鳥や動物達と暮らした方が何倍も幸せか。心からそう思う。
「ベル、いつかは貴方も結婚しなくてはならないのよ。」
ベルの様子に気付き、アニシスが優しく話し掛け始めた。
「私もリルも、今のベルの歳にはもう相手がいたわ。いつかはわからないけど、貴方にも近々その時がくるでしょう。覚悟をしなくてはだめよ。」
「……………」
ベルは黙って聞いていた。そんなベルをアニシスは髪を撫でると、そっと抱きしめた。
姉様達の言ってる事はわかる。いつかは直面する問題だ。
15歳なら、とっくに嫁に行ってもおかしくない歳である。リルアは14で嫁いだ。アニシスは継承問題があった為17と少し遅めで結婚したが、10歳の時にはもう婚約者は決まっていた。
「貴方は良き縁談に恵まれますように。」
姉達は政略といえど二人共夫は穏やかな人で、色々問題はあれど夫婦仲は円満だった。願わくばベルもそんな相手であればありがたい。
けれど、やっぱりまだ結婚なんて考えられないっていうのが、正直な気持ちだった。
パーティーも終盤を迎えた。
アメジスト国王が上座に立つと、ベルを呼び寄せた。
「皆様本日は誠に有り難うございます。今日は重大発表があります。」
国王はベルを隣に立たせると、おもむろに話始める。
――重大発表!!?――
フォルト公が言っていたやつかな!!?
「我が国アメジストがここまで平和にいれたのは」
長々と話始めた。こうなっては誰も止められない。あまりの話の長さで、殆ど何を話していたか聞いてなかったけれど、最後に聞きづてならない言葉が耳をかすめた。
「―――と言う訳で、第三王女の結婚を表明する。」
――――――――――――――――――――何!!?
「………父様?」
父親の顔を覗き込みながら、こそっと話しかける。
「今何とおっしゃいました?」
ベルとは裏腹に、アメジスト国王の上機嫌はさらにパワーアップしていた。パーティーが終えると、ベルは直ぐさま、国王の元に詰め寄った。
「父様!一体どういう事ですか!?」
ばんっと思いっ切りドアを開き、バタバタと国王の部屋の中に駆けていく。今にも噛み付きそうな剣幕で詰め寄るので、慌てて使用人達が制止した。
「ベル様落ち着いて下さい!」
「落ち着いていられますか!」
『結婚表明』それは姉達の予想を遥かに越えていた。相手探しでなんてレベルではなかったのだ。ベルにはいつの間にか婚約者がいたらしい!!
相手は『イルフォード』の国王だった。
『アメジストの姫』と『イルフォードの国王』の結婚。そんな重大な事、昨日の今日で決まるはずがない。
「いつから決まっていたの?前もって言ってくださっても」
「お前にそんな事前もって話したら、森から帰って来ないだろう……はぁ」
ため息まじりに答えた。
………ごもっともデス(えへへへ
先に知ってたら、絶対!絶対!絶対!パーティーなんかでるものか。父様め!!私の性格よくわかってる。
「急に、一方的に決められても困ります。縁談は白紙に戻せませ……「それは出来ん!!」
ベルが話し終るか終らないか位の所で、国王が言葉を遮った。
一瞬、空気が張り詰め、ピリッとする。さっきまでにこやかにしていた国王の表情が、険しくなっているに気づいてしまった。
「……と……父様…?」
「すまないが、儂にはどうしようもない事なんだ。ベル、国の為だ。許しておくれ…。」
仕方のない事―?
国の為――――?
政略結婚なんてそんな物だろうけれど、国王のこれほどまでに暗い表情。政略結婚の裏に何かが隠されている気がした。
「何があったんですか…?」
「何もない。イルフォードの王は優れた御人だ!だから、安心して嫁ぎなさい。」
国王ははぐらかすけれど、ベルにとっては、それが余計に怪しく感じた。
「私にも関係のある事です!教えて頂けないのなら考えがあります!」
ベルのその言葉に国王の重い口が開いた。
「わかった。逃げられては困るからな。ベルとフォルト公以外は部屋の外に出なさい。」
国王が人払いをかけると、パタパタと使用人達は部屋の外に出て行った。そして、三人だけが部屋に残ったのだ。
「さて、どこから話すか。」
息を飲み、話しを待つベル。国王は遠い昔を思いだすかのごとく、天井を見上げ深く考え始めた。
そう。
あれは忘れもしない、『15年前』のあの日。
あの日は打たれるような大雨の日だった。