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第283話 温泉界 2nd SEASON:完



 岩で囲まれた窪みに溜まるお湯。


 立ち上る湯気。


 しかし、湿気はその場に留まることなく霧散していく。


 湯を囲む壁や天井が存在していない為、それも致し方なき事。


 ここは、所謂露天風呂。


 この湯殿の名はヴァルハラ温泉。


 傷つき倒れし戦士たちを優しく癒す、露天風呂。


 ここは現世か常世か……それを知るものはおらず、ただ湯に浸かるのみ。


 そして今……湯に浸かっている者は二人……。






「……ザナロア殿の姿が見えないが……消えてしまわれたのか?」


「ザナロア殿ですか?ザナロア殿でしたら……」


「いや、皆まで言うな。我らはいつ湯けむりと共に消えてもおかしくない存在であることは十分理解している。だが、言葉を交わし友となったものが居なくなることに一抹の寂しさを覚えるのは……私もまた全てを受け入れられているとは言えないのだろうな」


「まぁ、そうおっしゃるのでしたら……」


「……ザナロア殿の最後の言葉はなんだった?」


「確か、ちょっといってきますね……でしたね」


「なんと……消えゆく自覚があられたのか。その上でなんとも小気味の良い言葉を……本当に感服する。いや、私も最後の時はかくありたいものだな」


「ザナロア殿の在り方に憧れるのはわかりますが、陛下には難しいかと」


「そ、そんなことはないだろう」


「あの方と陛下の間には、山よりも高い壁が聳え立っているように思いますが……」


「そ、そんなことはないだろう」


「まずは彼我の立ち位置を正確に把握する。それが憧れを成長へと繋げる第一歩ではないかと」


「く、くぅ……た、確かに、私とザナロア殿は大きく違って……いると……いえなくも……ないような……」


「因みにザナロア殿は消えておりませんよ」


「そうなのか!?」


「先程、陛下がよそ見をしている間に戻ってきたドラゴン殿が、なんでも虹色に輝く温泉を見つけたとかで……ドラゴン殿の背中に乗ってその温泉に飛んで行ってしまいましたよ」


「だから、ちょっと行ってくる?」


「そうですね」


「……なら始めからそう言え」


「聞きたくないと自分に酔っていたのがいけないのかと」


「……っていうか、ちょっと待て。ドラゴンの背に乗って飛んで行った?ドラゴンがここに戻ってきたのか?」


「えぇ、陛下がよそ見をしている間に」


「いや、待て!あんな巨体が空からバッサバッサしながら戻ってきたら、いくらよそ見をしていたとしても気付くだろ!」


「それが陛下の恐ろしいところですね」


「え?ほんとにドラゴン戻って来たの?」


「そんなことで嘘をついても仕方ないとは思いませんか?」


「そ、それはそうだが……え?もしかして私……消えかけたりしてたとか?」


「いえ、鼻歌交じりでよそ見しておられましたよ?」


「……お、おい、サルナレ。あそこに人影が見えないか?」


「話題の変え方が唐突過ぎますが……ふむ、確かにアレは人のようですね」


「……」


「そこの御仁、大丈夫ですかな?」


「……これはこれは、お気遣い感謝いたします。私は何の問題もありません」


「……なんか、今言葉がおかしくなかったか?」


「おかしいというか、私の知らない言葉でした。しかしそれ以上におかしいのは……」


「うむ。未知の言語だというのに何を言っているのか理解してしまったな……これは昔私が考案した独自言語の……」


「そういう香ばしい思い出はさて置き……まぁ、今更何が起こったところで驚きはしませんよ」


「……貴方たちの言葉……何故私も理解できているのでしょう?」


「死後は不思議なことだらけということだな」


「死後……?あぁ、そうでしたね。そういえば私は死にましたね」


「……ま、また随分と理解が早いな」


「少し自失していましたが、頭がはっきりしてきました。しかし……何故このような場所に?」


「それは私たちもわかりません。死んだ筈なのに、気付いたらここで湯に浸かっていた次第でして」


「なるほど。まぁ、こんな死後は予想していませんでしたが……悪くないですね」


「……おい、サルナレ。なんかまた大人物が来たぞ?」


「本当ですね。陛下の小物っぷりを見ると安心できます」


「ところで……おや?」


「む?向こうにも人影が……」


「……そうですか。貴方も来てしまったのですか」


「お知合いですか?ご老人」


「えぇ。息子……いえ、孫みたいな子ですかね」


「なんと……」


「……」


「おや?随分と呆けていますね」


「ぶはっ!だ、誰だ!何しやがる!」


「目が覚めましたか?ガルロンド」


「……ジジイ?」


「あのご老人、結構過激だぞ?何のためらいもなくお湯を顔にかけた」


「私としては、そんなことをしながらも穏やかに見えることが恐ろしいですね。あの方……相当な修羅場を駆け抜けてきたタイプですよ」


「う、うーむ。ま、まぁ大人物と話をするのは勉強になるからな!いいことだよな!な!?」


「少し腰が引けているようですが、おっしゃる通りかと。まぁ、今更勉強しても次の機会は永遠にないと思うのですが……」


「そ、そんなことはない!もしかしたらここでの経験を保持したまま、新たな生を得るかもしれんだろ!」


「……まぁ、絶対にないとは言い切れないのが今の状況ですね」


「だろう?」


「すみません、お二方」


「もうそちらの話はよろしいのかな?」


「えぇ。お互いに文句を言いあったのでもう大丈夫です」


「そ、そうか……」


「それで、先程の話に戻りますが……ここは一体?」


「それは我々にもわからないのだ。ただ、ここに来るものは皆死んでいる……ということくらいだな。はっきりとわかっているのは」


「ふむ……あぁ、自己紹介が遅れました。私はオロ神聖国で司祭をしていたコルネイと申します。そしてこちらはガルロンド……私の護衛というか、側仕えのようなことをしてくれていた者です」


「私はルモリア王国十七代国王、ハルクレア=エル=モーリス=ルモリア……だった者だ」


「これは、失礼いたしましたルモリア国王陛下」


「よしてくれ。今は死して温泉に浸かるただの男だ。ハルクレアと呼んで欲しい、司祭殿」


「……本当にそう思うなら王と名乗らなきゃいいでしょうに」


「そこで口から不遜だけを吐き散らかしているのはサルナレ」


「よろしくお願いします。ハルクレア様、サルナレ様」


「敬称は気にせずとも良い。それよりも一つ聞きたいのだが、私はオロ神聖国という国を知らんのだが、どの辺りにある国なのだ?」


「あぁ、やはりご存知ないのですね。いや、使っている言葉が違うのでもしやとは思ったのですが……」


「何か心当たりが?」


「私たちの住んでいた大陸は同じではない……ということです」


「別の……大陸?」


「えぇ。私は我々の住む大陸にある国は全て知っているのですが、ルモリア王国という国は知りませんでしたし、オロ神聖国のことを知らない者もまた私たちの大陸には存在しないでしょう。二大大国の一つですからね」


「な、なんと……」


「まぁ、私はそこでしがない司祭をやっていたに過ぎませんが」


「……サルナレ、どう思う」


「別の大陸……あり得ない話ではないかと」


「いや、そちらもそうだが……それよりもコルネイ殿のことだ。司祭……と言っているが」


「陛下も人を見る目が養われてきたようで何よりです。死後に成長するなんて中々できないと思いますよ?」


「今そういうの良いから」


「……陛下がお考えは間違ってないかと。コルネイ殿は間違いなく為政者……司祭などという地位ではありますまい」


「ふむ……まぁ、こういった状況だからな。警戒するのも無理はないか」


「別の大陸の方のようですし……」


「信じるのか?」


「言葉が違いますからね……」


「確かに……」


「しかし、死後にこんな心地の良い思いが出来るとは……何事もやってみなければわかりませんね」


「……だからといって、じゃぁ死んでみようとはならねぇだろ」


「おや、ガルロンド。貴方はその気であれば生きられた筈でしょう?」


「……ちっ。こんなことになるんだったら、どこぞに仕官するんだったな」


「昔から言っていたでしょう?後先を考えて行動をしなさいと」


「ガキじゃねぇんだよ」


「私から見れば貴方はいつまで経ってもクソガキですよ」


「ちっ……」


「な、なんか険悪じゃないか?」


「そうですかね?私には非常に仲が良さそうに見えますが」


「そ、そうかぁ?」


「っつーか、なんで死んだ後もジジイの辛気くせぇツラ見なきゃなんねぇんだよ」


「酷いことを言いますね。私に会えて嬉しいでしょう?」


「ばっ!てめっ!気色わりいんだよ!」


「ふふっ」


「その笑い方やめろ!」


「……確かに、仲が良さそうに見えなくもないな」


「陛下と違って慕われているようですね」


「……」


「また賑やかになりそうです」






 湯煙の向こうに消えていくヴァルハラ温泉。


 権力闘争に明け暮れた親子を新たに迎え、賑やかさを増しながらもゆっくりと時間が流れる。


 虚栄も野心も権威も謀略もなく、ただ暖かな湯に身を委ねる彼らに訪れたのは虚無かそれとも安寧か。


 水面に移るはただ穏やかな笑顔のみ。



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オッサンのツンデレは需要あるのかな……一部にはあるのか
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