第278話 元王都民の現在
View of モスト 旧レグリア王国王都民
「今日はそろそろ終わりだー!各自使った道具を戻してくれー!」
監督役の声が聞こえてきた。
今日の作業も終わりか……そう思った瞬間、急に疲労が襲い掛かってきたような気がした俺は、腰を伸ばしながら左手で右肩を揉み解す。
うっ……かなり堅くなってるな。
それなりに力を込めて肩を揉んでいるのに殆ど痛みを感じない……母ちゃんにほぐしてもらった方がいいかもな。
そんなことを考えながら、ふと俺は今日の仕事……いや、ここ数日の仕事の成果を見る。
真っ直ぐに伸びた石畳の道。
大きく掘り下げて地面を固め、その上に石を敷き詰めてから砂利や細かい石を被せる。
更にその上を石畳で舗装して完成となるのだが、何でもこうすることで耐久性を上げながら水はけをよくすることができるのだとかなんだとか……。
まぁ、細かい理屈はわからないが……轍ができることもなく、雨の後でも移動が苦にならないのだから、この道が素晴らしいものであることは疑いようもない。
商人連中が絶賛しているし……それを作った一人としては嬉しくもあるし、何より自慢でもある。
以前は中々進まなかった作業も、最近では新たに貸し与えられている数々の道具のお陰で一気にペースが上がり、王都内の全ての道が石畳に変わるのもそう遠くない話だろう。
驚きなのは王都内だけでなく、街の外の道も全てこの石畳に変えるとのことで……十数年……あるいは何十年もかかる様な大仕事になるのかもしれない。
まぁ、王都周囲だけであれば数年もかからずに作業は終わるだろうし、俺は今回の仕事以降は別の仕事に行く予定なので関われないかもしれないな。
そんなことを考えながら出来上がった道を見ていると、後ろから頭をはたかれた。
「モスト、何さぼってんだ!とっとと片付けて飲みに行くぞ!」
「っと、すまねぇドリー。ここまで作ったんだなぁってしみじみとしちまってた」
「完成したって訳でもねぇのに気の早い奴だ……と言いたいところだが、気持ちはわからないでもねぇよ」
そういってドリーは笑いながら作業道具を担ぎ歩き始める。
俺も自分で使っていた物の他に、近くに転がっている道具をいくつか拾って担ぎその後を追う。
道具を所定の位置に戻せば今日の作業は終わり……後は班長の元に向かい日当を受け取るだけだ。
「この瞬間は疲れが吹き飛ぶよな」
「あぁ。酒の一口目の次に幸せな時間だ」
貰った日当を片手に、酒場へと向かいながらドリーとそんな会話をする。
明るい顔をしているのは俺たちだけじゃない。
日当を貰った他の作業員は勿論、買い物をしている主婦、彼女たちに連れられている子供、それらを相手にする商人、巡回する衛兵……いや、治安維持部隊だったか?とにかく、通りにいる誰しもが明るい表情を浮かべている。
一年前では考えられないような明るさだ。
……一年前の比べ物にならない明るさなのは、表情だけじゃないか。
通りには魔道具の明かりが並び、これから日が落ちていくにも拘らず何一つ不自由しない明るさを保てるのだ。
まぁ、通りにこれが置かれた直後、高価な明かりの魔道具を盗もうと街灯に登った連中も多かったそうだが……あっさりと全員お縄についたらしい。
そういったアホな連中はさて置き、概ね今の生活に満足している者ばかりだろう。
俺自身、こんな生活が送れるようになるとは夢にも思わなかったしな。
「とりあえずエールだな」
「おう」
大通りに面した活気のある酒場に入った俺たちは、とりあえずと言いながら最初の一杯と適当につまみを注文する。
すぐに運ばれてきたエールは非常に冷えており、仕事終わりの一口目はどんな料理にも勝る美味と言える。
「今日も働いたな!おつかれ!」
「おつかれさん!」
ジョッキを打ち付け合った俺たちはエールに口をつけ……うんめぇ……。
体に染み渡るというか、頭の先から足の先まで痺れるというか……本当にこの一口の為に生きていると今なら言える……そんなうまさだ。
「かっーーーー!やっぱ最高だな!」
「ほんとな!毎日のことだが、これだけはやめらんねぇぜ」
ドリーの言葉に全面的に同意する。
これに比べたら、以前までの生温いエールなんて腐った水みたいなもんだな。
まぁ、そんな腐った水であっても俺たちにとっては高級な嗜好品だったが……。
「飲み物を冷やす魔道具ってのは凄いよな。ってか、これって本当に冷やしてるだけなのか?絶対味違うだろ」
「本当に冷やしてるだけらしいけどなぁ。ま、俺は旨けりゃなんでもいいが」
「そりゃそうだな」
そう言ってエールを一気に呷ったドリーは二杯目を注文する……当然俺も便乗した。
「しかし、俺たちも金持ちになったもんだな」
「俺たちだけじゃないな。この店も……飲み物を冷やす魔道具を買って大儲け。俺たちは道路の敷設作業で大儲け。商人は俺たちの作った道を使って大儲け。母ちゃん連中も色々仕事を国から貰っているし、ガキどもも同じだ」
「貧民街って言われてた場所もすっかり綺麗になっちまったしなぁ。王様が変わるだけでこんなに変わるもんかねぇ」
一年程前……俺たちの王様が変わって、そこから色々なことが変わった。
貧民街は綺麗になり、貧困に喘ぐ者たちは消え、孤児はいなくなり、犯罪は激減……あっという間にこの世の楽園のような街に変わったのだ。
「王様が変わっただけじゃないだろ?国そのものが変わったんだ。エインヘリア……こんな国が世の中にはあったんだな」
ドリーがしみじみ言うと共に、エールが運ばれてくる。
「最初は窓税だったか?ドリーがアレの廃止を教えてくれて、一緒に窓の封印をぶっ壊したっけ」
「あぁ、そういえばそうだったな……そういえばあの頃のお前は、随分王様に対して否定的だったよな」
「そうだったか……?」
ドリーの言葉に首をかしげてみせたが……まぁ、覚えている。
あの頃の俺はどうにもならない現状に鬱屈としていたし、王様が変わったところで俺たちには何にも関係ない……そう思っていた。
いや、そう思っていたのは俺だけじゃない筈だ。
多くの連中が現状に絶望していたし、だからといってどうやってそこから逃げ出せばいいのかわかっていなかった。
窓税がなくなったのも一時的な……なんというか人気取りのようなものだと思っていた。
どうせすぐに重税が課される……そう思ってびくびくしていたのだが、それどころかこの一年で税はどんどん軽くなっていった。
労役は全面免除になったし、窓税を始めとした租税も殆ど廃止された。
ま、まぁ、まだ一年しか経っていないし、これからいきなり税金が上がるって可能性も捨てきれないが……なんとなく、今の王様はそういうことはしないような気がする。
それが決して楽観ではないことは、今の俺たちの現状が物語っているしな。
「税が殆どなくなったのもありがたいが、一番はやっぱ仕事だな」
運ばれてきた酒のあてに手を伸ばしながらドリーが言う。
「あぁ。前は次も仕事があるのかって不安だらけだったからな」
景気はどん底だったし、少ない仕事を奪い合うような状態だった。
ギリギリのギリギリといった状態で何とか生き延びていた俺たちが、こうして酒を楽しんでいる……一年前の俺が聞いたら絶対騙されているって騒ぐだろうな。
「今は仕事を取り合うんじゃなくって、働き手を取り合うって感じだからな。国から出されている仕事以外にも随分仕事が増えてるらしいぞ?」
「商人がそれだけ儲けてるってことだろうな。建築関係と輸送関係が毎日のように人手を募集してるってよ。特に建築関係はひぃひぃ言ってるそうだ」
「あーそういえば、通りの向こうの……大工のとこが手伝ってくれないかってうちに来たな」
「うちにも来たぞ。世話になってるから手伝ってやりたかったんだが、丁度こっちの道路工事を二週間の契約で受けたところだったからな……」
「俺もだ」
ドリーも同じ状況だったか……まぁ、俺と一緒に道路工事の募集に乗ったから当然か。
しかし、あの大工のところは、辛い時期に色々と仕事を世話してくれたからな。
一応、今回の道路工事の契約が終わったら手伝うって話はしたんだが……。
「俺は今回の工事が終わったら大工のところを手伝いに行くつもりだが……」
「あぁ、俺も行くぞ。あそこにはずっと世話になってたからな。恩は返すべきだ」
「まぁ、給金もかなり弾むって話だったけどな」
ドリーがそういって豪快に笑う。
確かにそう言っていたが……。
「母ちゃんたちも機嫌がいいしなぁ」
「俺たちの収入だけで十分やっていけるしな……まぁ、気分転換に清掃の仕事とか受けてるみたいだが」
母ちゃん連中は街の清掃の仕事を偶に受けて、それでちょっとした贅沢を楽しむのが最近の流行りらしい。
……自分で働いた分を自分で使っている訳だが……なんというか……もう少し俺たちにも小遣いを回してくれてもいいと思うんだ……。
まぁ、口が裂けてもそんなことは母ちゃんに言えないが。
酒がマズくなるし……この思考は捨て去ろう。
「そういえば知ってるか?今度学校ってのが出来るらしいぞ?」
「学校?」
ドリーも話題を変えたかったのか、唐突にそんなことを言いだす。
しかし、学校ってなんだ?
「あぁ、何でも読み書きや計算を教えてくれる施設だそうだ」
「読み書きに計算?誰が教えるんだ?」
「そりゃぁ、お役人様だろ?」
「ん?ってことは、その学校ってのは、国がやるのか?」
「そうだぞ」
俺が首をかしげると、ドリーが頷く。
「今更そんなこと出来るようになってもな……」
今の王様の考えることはよくわからんな。
色々俺たちの為に考えてくれているってのはわかるんだが……。
「俺は教えてもらえるなら是非ともやってみたいけどな」
「そうなのか?」
「あぁ。多分俺だけじゃない筈だ……自分ができるようになれば、子供に教えてやったりも出来るだろう?」
「……」
「俺たちは、体を動かして働くことしかできねぇが、子供たちが読み書き計算をできるようになれば、将来色んな仕事に就けるだろう?」
「なるほど……それは確かにそうだな」
貧民街生まれの俺たちにとって仕事ってのは肉体労働のことだが、体を動かすのが苦手な奴はいるしな……うちの子供もどうなるかわからないし……。
「王様は……俺たちに選択肢を与えてくれようとしているんじゃないか?」
「選択肢……」
今を生きることだけに必死だった俺たちには縁のない言葉だったが……子供たちは……これから先は違うのかもしれない。
「やっぱすげぇんだな、王様ってのは」
「今更何を言ってんだ」
俺がしみじみと呟くと、呆れたようにドリーが言う。
日々を必死に生きる俺たちとは見ているものが違い過ぎる……いや、余裕が出てきた今だからこそ、俺たちも未来を見ていかなくてはいけないのではないだろうか?
少なくとも、ドリーは俺よりも未来を見て学校とやらに行こうとしている。
……王様はともかく、ドリーに負けるわけにはいかないな。
「その学校ってヤツ、俺も行くわ」
「おう。じゃぁ、景気づけに後一杯いっとくか!」
晴れやかな笑顔でそういったドリーは新しく注文を始める。
そろそろ帰らないと母ちゃんがうるさそうだが……まぁ、偶にはいいだろう。
俺とドリーは今後のことをあーだこーだと話しながら酒を飲み続けた。




