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第275話 元・スルラの影から見るエインヘリア:参



View of ペペル 元スルラの影頭領 外交官見習い






 呼び出された部屋に行くと、まだそこにウルル様は来ていなかった。


 壁際にある時計に目を向けると、指定された時間の十分前……問題ない時間だな。


 エインヘリアで過ごした期間はまだそれほどでもないが、すっかり時計に視線を向けることが習慣となったな。


 今までは日の傾きや、鐘の音で凡その時を把握していたのだが……。


 この時計という物は本当に凄い。


 作戦開始のタイミングを寸分違わず合わせることができるし、こういった呼び出しの時も非常に細かく時間を指定することができる……これは非常に大きなアドバンテージだ。


 見えない相手との連携を完璧に行う……俺自身の能力で今まではそれを成してきたが、我が能力が及ぶ範囲は同胞のみ。


 しかも頭痛を伴う為、作戦時には必ず連絡用の要員を手配しておかなければ思わぬミスを誘発しかねないという危うさがある。


 それに比べれば、一瞬の確認で全員が時を共有できる時計という存在はどんな場面においても非常に有益なツール足り得る。


 無論、これだけではない……エインヘリアの技術や文化は非常に凄まじいものが多く、どれか一つでも世界を一変させかねないものが次から次へと出てくるのだ。


 こちらの大陸全てがそういう技術を有しているのであるなら、我々の大陸は随分と遅れていると嘆くところだが……そうではない。


 周辺国、そしてなによりこちらの大陸の大国であるスラージアン帝国と比べても、エインヘリアの保有しているアレコレは突出し過ぎている。


 同じ大陸でこれ程差があるというのも不思議な話だ。


 大陸を二分する大国で、片方だけがこれだけ凄まじい国力を持つ……明らかにバランスが取れていない。


 エインヘリアは数年で国土をこの大陸で二番目に大きくしたと聞いているが……何故そこで侵略を止めたのだろうか?


 現状を見る限り、領土を広げることに不都合は無さそうなんだが……。


「……時間通り……だね」


 一瞬前まで誰もいなかった筈の部屋の中で突然聞こえて来た声に、俺は今までの思考を破棄して畏まる。


 このくらいで驚いていては外交官見習いとしては落第だろう。


「ウルル様、お呼びとのことで参上しました」


「……うん」


 ドアも開いていない筈なのに部屋の中に突然現れた黒髪の小柄な女性……エインヘリアの外務大臣であるウルル様。


 英雄と呼ばれた身から見ても理不尽の権化といえる彼女は、初めて会った時と変わらず極々自然体で扉から少し離れた位置に立っている。


 初めて会った時は恐怖しか感じなかったが……今は畏怖だろうか?


 そんなウルル様が部屋の中央に置いてあるローテーブルに書類を一枚置いた。


「……要請がきた……今日から……開発部に……出向して……」


 開発部に出向?


 一体何故そんなことに?


 そんな疑問は抱いたが、ここでその質問は必要ない。


「承知しました。書類を確認しても?」


 俺が確認を取るとウルル様はコクリと頷く。


 それを確認してから俺はテーブルの上に置かれた書類を手に取る。


 基本的に外交官見習いである俺たちは紙の書類は殆ど扱わない。


 命令も報告も基本的には口頭……他の部署等への報告は俺たちから直接することは殆どないしな。


 つまり、この書類はウルル様が用意したものではなく、恐らく出向先の……。


「王妃殿下と開発部長オトノハ様の連名で、魔道具開発支援とありますが……」


 とんでもない方からの要請……無論誰からの命令であろうと断るという選択肢はないのだが、それにしてもこれは……。


「うん……新しい……魔道具を作るのに……手伝って欲しいって……」


 何でもないことのようにウルル様は頷くが、魔道具作成に役に立てるとは思えない。


 何かを調べてこいとか、資料や素材を集めて欲しいということならわかるが……この書類を見る限り俺を指名している。


 調査や素材集めであれば俺に限らず人を指名する必要性はない……となると俺でなければならない理由か……。


 英雄……は俺である必要はないから、俺の能力か?


 俺には、遠くにいる同胞と短い会話のようなものができるという能力がある。


 同胞を中継することで国を跨ぐような距離であってもやり取りをすることができるのだが、この能力を使うと頭が痛くなるのが欠点だ。


 無論、『スルラの影』時代は非常に重宝した能力ではあったが……。


「うん……それであってるよ……」


「……なるほど」


 俺の考えていることに当たり前のように同意してくるウルル様。


 これもいつものことなので、理不尽さは感じても驚きはしない。


 しかし、俺の能力を魔道具で再現するという試みはともかくとして、問題は俺の出向を求めているのが王妃殿下ということだ。


 エインヘリアの民となり、外交官見習いとして働いているとはいえ、俺はオロ神教の教皇に雇われていた諜報員。


 勿論、王妃殿下に危害を加えるつもりなど全くないが、国として……そんなリスクを背負う必要は全くないと思う。


 それに何より、王妃殿下の前に出られるような身分でもないのだが……。


「大丈夫……問題ないよ……」


「……承知いたしました。これより開発部に出向します。」


 ウルル様が問題ないというのであれば、そうなのだろう。


 そもそも外交官見習いに過ぎない俺に否はない……ならばややこしく考えずに体を動かすべきだ。


 俺は頭を下げてから部屋を出る……普段は書類を持ち歩いたりはしないが、今回は別部署への出向。向こうでこの書類を見せる必要があるかもしれないからな。


 何をやらされるかは分からないが、解剖されたりはしない……筈。


 しないよな……?


 ……訓練所に連れて行かれたらどうする?


 常識という言葉が完膚なきまでに消失しているあの場所では、死は終わりではなく日常的な通過点でしかない。


 手を擦りむくのも、手首を捻るのも、手首が落ちるのも、首が落ちるのも同程度の認識で処理できてしまうあの地には、この状況で絶対行きたくないと言える。


 拒否したい。


 拒否したいが……相手が相手だ。拒否なんてできる筈もない。


 いや、エインヘリアを信じろ。


 そういう人を人と思わぬ所業を、何よりも忌避するのがエインヘリアだ。


 大丈夫だ……研修とは違う。


 内心そんなことを考えながら開発部に辿り着く。


「あ、早速来てくれたのかい?」


 俺が開発部の扉を開けると、威勢のいい声が部屋の奥の方から俺に投げかけられる。


 この声は……開発部長のオトノハ様だろう。


 そう認識して視線を向けると、部屋の奥でこちらを見ながら大きく手を振っているオトノハ様が居た。


 エインヘリアの最重鎮の一人、開発部長のオトノハ様。


 役職持ちと呼ばれる最重鎮の中でも、オトノハ様は特に気さくな方だろう。


 俺は軽く頭を下げてから、オトノハ様の下へと向かう。


 部屋ではゴブリンやドワーフ、そして人族の技術者たちが言い争いのようなやり取りを繰り広げながら、凄まじい熱量で様々な道具を開発していた。


 なんならドワーフたちは言葉と共に拳も繰り出しているが……ここでは日常のこと……誰も気にした様子も見せず自分たちの開発研究に取り組んでいる。


 ここで作られたり研究したりしている物は、魔道具だけではない。


 民が生活で使えるような便利な道具や農耕や建築で使う様な大型の装置、大量輸送を可能とする大型の馬車や船……そして新たな魔法に魔道具。


 他国の者が見たら泡を吹いて倒れそうな新技術の数々が、ここから生まれ世に放たれていく……エインヘリアの中でも最重要な場所の一つと言えるだろう。


 雑然とした野卑た空気は、下町の市場並に賑やかで纏まりがないものではあるが、エインヘリアでも最高峰の腕を持つ職人や研究者の集まりには違いない。


 俺がオトノハ様の所に辿り着くと、そこには王妃殿下とオトノハ様、そして宮廷魔術師のカミラ様がいた。


 今日はとにかくお偉方に会う日だな。


 王城に来ているのだからお偉方に会う可能性が高いのは当然なのだが、こうも立て続けに……しかもエインヘリア王陛下と王妃殿下のお二人に会うことになるとはな。


「すまんのう、外交官見習いの任についておるお主を呼び出して」


 柔らかく微笑みながらも若干申し訳なさそうな雰囲気を見せる王妃殿下に、俺は頭を下げる。


「いえ、フィルオーネ王妃殿下のお役に立てるのであれば、これに勝る喜びはありません。どこまでお役に立てるかわかりませんが、全力で取り組ませて頂きたく存じます」


「うむ、よろしく頼むのじゃ。とりあえず、席についてくれるかの?今回作りたい魔道具の説明をしたいのじゃ」


「はっ、失礼します」


 エインヘリアの方々は、こういった時に恐縮したり遠慮を見せたりすることを好まない。


 俺が素早く王妃殿下の真向かいに座ると、オトノハ様が口を開く。


「じゃぁ、簡単に説明させてもらうよ。今あたいたちが研究している魔道具は、個人で携帯できるサイズの長距離通信用魔道具なんだけど、ペペルはそれに近い能力を持っているんだろ?」


「はい。あくまでスルラの一族に対してですが、遠方にいる者と短いやり取りをすることが可能です」


「それは魔法とは違うのよねぇ?」


 オトノハ様の問いに答えると、今度はカミラ様から質問が飛んでくる。


「はい。私は魔法を使うことはできません。これは……上手く説明できず恐縮ではありますが……なんとなくできるような気がしたからできたといったものでして……」


 この能力を説明するのは本当に難しい……感覚でやってしまっているものだしな。


 自分自身でさえ上手く説明ができないこれを、技術に落とし込むことが本当に可能なのだろうか?


「お主本人としても、どうやってその能力が使えているのかわからないということじゃな」


「申し訳ございません」


「気にする必要はないのじゃ。そういったものを解明することが、我々にとっては必要なことじゃからな」


 そうじゃろう?と王妃殿下が隣にいるオトノハ様に言うと、非常に楽しそうな表情でオトノハ様が頷く。


 カミラ様も無言で頷いているが、その目からはこちらに対する好奇心の色が見える。


「最終的にはフェルズの力を魔道具で再現したいのう」


 陛下の御力?


 この流れからすると、俺と似たような能力を陛下が使われるということだろうか?


「た、大将の……?」


「それって、フェルズ様と一緒に研究ができるってことですよねぇ?」


「アヤツも魔道具開発とかには興味津々じゃからな。喜んで協力してくれる筈じゃ」


 王妃殿下は確信があるように頷いているが、オトノハ様とカミラ様は明らかに喜色を浮かべている。


 ……最初から俺ではなく、陛下の方に協力して頂いた方が良かったのでは……いや、不敬だな。


 最重鎮とはいえ、オトノハ様やカミラ様がそれを提案で来たとは思えない……エインヘリア王陛下は臣下の方々から神の如く敬われているしな。


 いや、臣下だけではないか。


 民の間でも神聖視されている……というのは、多かれ少なかれ何処の国でもあるものだが、属国の貴族や民の中にもエインヘリア王陛下を心酔している者がいるらしい。


 そういった属国支配の仕方をしているのならばわからなくもないが、エインヘリアに於ける属国支配はそういったものは一切ない。


 いや、先程お会いした陛下であれば……煩わしいから止めろとさえ言いそうだ。


 本人は尊崇されることを好んでいないというのに……凄まじい話だ。


「っと、すまんの。今はお主の力を解明することに注力しよう。今日のところは聞き取りをさせてもらうのじゃ。明日からは色々と検査装置を使いながら実験をしていく予定じゃが、確かお主の能力は頭痛を伴うのじゃったな?」


「はっ。おっしゃる通り、私と受け手は交信中に軽い頭痛を覚えます」


 この辺りのことは正直に伝えておかねばなるまい。


 俺がその問いを肯定すると、少し難しい表情を見せる王妃殿下。


「ふむ。ではお主ともう一人には苦痛を強いることになるのう……」


「我々のことは気にされずとも問題ありません」


「そうはいかぬのじゃ。ポーションと魔法による治癒……それから肉体的、精神的苦痛に対する謝礼として、私にできる限りの保証をさせてもらいたいのじゃ。金銭でも構わぬが、何か他にして欲しいことがあるのであれば何でも言って欲しい」


「それは……」


 可能な限りとはおっしゃっているが、王妃殿下にできないことの方が少ない……つまり、望みは全て叶えると言われているのも同然だ。


 俺が唖然ととしていると、王妃殿下はすぐに話を進めていく。


「オトノハ、今の内容を契約書に落とし込んでもらえるかの?ペペルの分と、スルラの民で協力してくれるものに対して……とりあえず二セット」


「草案はあたいが作って、イルミットに正式なものを用意して貰うって形でいいかい?」


「うむ、よろしく頼むのじゃ」


 とんとん拍子に保障に関する話が決まっていく……本当にそこまでして貰う程辛いものではないのだが……いや、それをしっかりと説明するべきだな。


「王妃殿下。お気持ちはありがたく存じますが、本当にそこまでして貰う程の苦痛ではないのです。少し顔を顰める程度の……しかも交信が終わればすぐに頭痛は引きますし、お気になさらずとも……」


「そうはいかんのじゃ。肉体的、精神的苦痛を強いる以上、こちらにはそれに報いる義務がある」


 真剣な表情でいう王妃殿下に俺は頭を下げる。


 これ以上固辞する意味はない……いや、礼を告げるべきだろう。


「ご高配頂き感謝いたします」


「当然のことじゃ。では早速じゃが色々と聞かせて欲しいのじゃ……」


 そう口にした瞬間、王妃殿下の表情が一変する。


 先程までが国母に相応しい慈愛に満ちた表情であれば、今のそれは獲物を前にギラついた表情を見せる狩人のような……。


 その後会話をするだけだったにも拘らず、未だかつてない程の疲労を覚えた。


 こ、これが研究に参加するということか……。







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