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第273話 元・スルラの影から見るエインヘリア



 View of ペペル 元スルラの影頭領 外交官見習い






 我々『スルラの影』はオロ神教の教皇に雇われていた諜報集団だった。


 その活動内容は敵対派閥への諜報に工作、暗殺……それと北側の大国、ランティクス帝国への諜報活動。


 その中でも教皇が一番力を入れていたのが敵対派閥への諜報と工作だった。


 オロ神教の上層部にとって身内こそが最大の敵。


 血生臭さという点で言えば、到底彼らは聖職者などと呼ばれるような存在ではないだろう。


 まぁ、胡散臭い笑みと保身、それと信者を扇動する話術という点を見れば正に聖職者といえる連中だったな。


 そんな連中も綺麗さっぱり片付けられ、ついでにオロ神教という宗教ごとエインヘリアに叩き潰された。


 そう、エインヘリアだ。


 今『スルラの影』……いや、俺たちが仕える国。

 

 あの日……レグリア地方で外務大臣であるウルル様に叩きのめされた後、気付けば俺たちはエインヘリアの庇護下に入ることになっていた。


 そしてそれと同時に俺たちは『スルラの影』という名は捨てた……年寄り連中は嫌がったが、選択の余地はなかったと言える。


 年寄り連中のことは……まぁ、若干面倒ではあったが老人以外が同胞の大多数を占めるからな……その言葉を無視することは難しくはない。


 勿論、ちゃんと納得はさせたが……下手に強引に進めてエインヘリアに対し何かをやらかしでもしたら大問題だからな。


 そんな事もあったが、諜報活動に直接従事していなかった部族の者たちは無事エインヘリアに帰化し、今では老人たちも含め、エインヘリアの民として平和を享受している。


 最初は期待一割疑い九割といった同胞も、今では疑いの目でエインヘリアを見ている者はいないだろう。


 長年我等は苦労しかしてこなかったからな……今の生活は夢みたいなものといえる。


 そして諜報活動に従事していた者は全員、エインヘリアの諜報機関に所属することになった。


 そのうち半数以上が外交官見習いとなり、残りの者は情報部の所属となったのだが……基礎的な訓練……いや、研修はどちらの所属になっても課せられ……壮絶という言葉すら生温い体験をした。


 だがそれでも……エインヘリアに対し不満を持つ者はいない。


 今まで俺たちは同胞以外を疑い、羨み、敵視し……そうやって生きてきた。


 そんな同胞の心を一瞬で氷解させたエインヘリアは、本当に恐ろしい国だと思う。


 教皇に雇われることでギリギリの安定を我々は得ることができていたし、勿論そのことに感謝はしていた。


 だが、教皇の為に働く……そう考えていた同胞は一人もいなかった。


 あくまで雇用者。


 見返りが得られなくなることで同胞が路頭に迷うからこそ捧げられる忠誠心……皆が命を賭して仕事に従事していたのは、教皇の為ではなく同胞の為だし、教皇自身そのことをよく理解していた。


 しかしエインヘリアに対する同胞の想いは違う。


 一年にも満たないエインヘリアの生活で、同胞たちは今の生活を失いたくないという想いに駆られている。


 しかし、それだけではない。


 エインヘリアで諜報関係の仕事に従事するということは、非常に個人の利益に繋がる。


 わかりやすいところで言うならば給金。


 正直言って、この給金が破格過ぎる。


 オロ神聖国であれば一ヵ月の給金で一年程度は苦なく過ごすことができるだろう。


 エインヘリアは神聖国に比べると裕福で物価も高く、さすがに一年を過ごすというのは無理だろうが、それでも相当裕福な暮らしができる。


 これだけ給金を与えてしまっては、任務を放棄して遁走、逐電してしまうのではないかとこちらが心配してしまうくらいだ。


 しかし、今のところ我が同胞で逃げ出した者はいない。


 あの地獄ごと逃げ出しそうな研修と呼ばれる何か……あれを体験しながらもだ。


 正直、俺はすぐに脱落者が出ると思っていたのだが……。


 自身の実力が目に見えて向上していくのが面白かった……いや、そんなことを考える余裕のある者はいなかったな。


 というか、何かを考えること自体あの研修中はなかったか……。


 そういえば研修に比べれば、実戦なんてレクリエーションのようなもの……そんなことを情報部に所属した同胞の一人が言っていたな。


 まぁ、その意見には大いに賛成だ。


 俺は英雄と呼ばれてはいたが、正直エインヘリアにおいてその称号は何の意味もない……いや、寧ろない方が良かった。


 俺がエインヘリアに来ることになった切っ掛けというか……ウルル様に完膚なきまでに心ごとへし折られたあの夜、英雄の部下が欲しかった……ウルル様はそう口にした。


 その時は英雄という存在を自国に組み込むことができる。そういう意味でウルル様が言ったと思っていたのだが、そうではなかった。


 このエインヘリアという国は、右を見ても左を見ても英雄が視界に入る。


 いや、彼ら全てが英雄以上の存在だ。


 俺が何をしようと傷の一つも付けられないような存在が、十や二十ではきかないくらいこの国に仕えている。


 そんな中で俺が特に必要とは思えなかったのだが……どうやらウルル様のいう英雄の部下が欲しかったというのは、エインヘリア以外に所属している……いわゆる標準的な英雄のことだった。


 標準的な英雄という言葉には色々と疑問を呈したいが、エインヘリアに所属している彼らとそれ以外の英雄ではその力に大きな隔たりがあるのだから、この言い方も仕方がないだろう。


 能力的に欲しかったというよりも、色々と英雄という存在を測る為に欲しかった……そういうことだ。


 それにしても……英雄としてはともかく密偵としてはそれなりの矜持はあったのだが、正直言って密偵としての実力は外交官見習いの先輩方に俺たちは大きく劣る。


 まさか、英雄でもない只人にあっさりと背後を取られナイフを突きつけられるとは思いもしなかった。


 さすがに正面きっての普通の戦闘では先輩方に負けないだろうが、そもそも密偵が普通に戦うような事態になっている時点で零点を付けられるのだから全く意味はない。


 潜伏、調査、尾行、護衛、潜入、変装、話術、尋問……様々な技術で未熟さを思い知らされた。


 俺はただ、身体能力に任せて今までの仕事をこなしていたに過ぎなかったという訳だ。


 先輩方はそうではない。


 自身の能力を十全に使い、完璧な情報を集めてくる……まぁ、そんな先輩たちも、俺たちと同じように研修より実戦の方が遥かに楽だと言っているのが恐ろしい話だ。


 しかし、外交官見習いとしてひとまず研修を終えた俺たちではあるが、今のところエインヘリアの存在する大陸は平和なようで、潜在的な敵国すら存在しない状態のようだ。


 しかし、俺たちの出身地である大陸は違う。


 オロ神聖国とオロ神教は現在その名を変えているのだが、教皇を始めとした上層部のこれまでの行いがつまびらかにされ、信者たちが教会に襲撃を仕掛けており、方々の治安が悪化しているらしい。


 その中でエインヘリアは貧民の救済活動や治安維持活動に従事しており、着実に支持を得ている。


 元々、オロ神聖国の民は骨の髄までオロ神教という宗教を盲信していた。


 その信仰が崩れ、新たな頼りになる存在が現れた……信徒たちが何を考えるかは、もはや明確だろう。


 その辺りの話は、既に元オロ神聖国の上層部とエインヘリアの間で進められている筈だ。


 恐らくは、混乱した民を救う為にという形で旧オロ神聖国領を接収することになるのだろう。


 正直、我々を使うのであれば土地勘もある向こうの大陸の方がいいと思うのだが、今のところ俺たちはエインヘリア本国のある大陸で外交官見習いとして従事している。


 実力が足りていないということだろう。


 向こうの大陸は情勢が安定しておらず、エインヘリアに友好的ではない国も少なくない。


 いや、東側の小国群でエインヘリアを警戒していない国は無いだろう。


 二大大国の一つが揺らいでいる今、その地を掠め取ろうと狙っている国も一つや二つではない。


 間違いなくこれから向こうの大陸は騒がしくなる筈だ。


 今日俺がウルル様に呼び出されたのは、恐らく向こうの大陸に関することだろう。


 ……オロ神教に関して色々と聞かれるかもしれないな。


 しかし、そうなると……参ったな。


 俺が知っているのは連中の……上層部連中の弱みになる部分や、派閥関係についてが殆どだ。


 そして、俺が情報を持っている連中のほぼ全てが粛清されて、もはや生きてはいない。


 ……役に立つような情報がなさそうだ。


 そのことで責められたり、理不尽なことを言われたりはしないだろうが……それでも役に立てない自分自身に不甲斐なさを覚える。


 そんな風に悶々としたものを抱えながら、エインヘリアの王城へとやってきた。



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