第261話 覇王様のおしごと
「ところでお主、フィリアたちのことはどうするんじゃ?」
「……」
ルミナのブラッシングをしていると、おもむろにフィオがそんなことを言いだした。
全力で聞こえなかった振りをしたい……だけど、いい加減答えを出さなければならない問題でもある。
「えっと……」
答えに瀕し、手も止まってしまったが……催促するようにルミナが首だけで振り返る。
ゆっくりとブラッシングを再開しながら、俺は必死に頭を回す。
エインヘリアによる大陸の統一。
それはエインヘリアの為というよりも、この大陸全土の未来の為にフィリアやエファリアに望まれたものだ。
確かに、エインヘリアのことだけ考えるのであれば、この大陸統一にそこまで旨みはない。
勿論大陸統一をすれば、エインヘリアの国力は激増するし、スラージアン帝国や他の国のことを気にしなくても良くなるといったメリットはある。
しかし同時に面倒を見なければならない領土が二倍強になってしまうし、何より肝心の魔石収入自体は今の倍になるということはない。
現時点で、スラージアン帝国や北方の小国にはそれなりの数の魔力収集装置が設置されているからね。
面倒は増えるけど、収入は……微増。
まぁ、収入に関しては今でも十分なものが手に入っているからそこはいいとしよう。
でもさ、大陸統一国家って……色々と停滞しそうなんだよね。
技術とか経済とか思想とか。
そういう物って他者というか……外から与えられる刺激がやっぱり大事だと思う。
現に鎖国してたとある島国は、三百年近く然したる発展もせずに過ごしてしまったからね……。
いや、一応この大陸は統一されても向こうの大陸や魔王国という刺激はあるし、完全に停滞するということもないか。
まぁ、なんにしても俺が思いつけるようなメリットやデメリットは、氷山の一角でしかないだろう。
なんせ、大陸統一に向けての動きはキリクやイルミットがノリノリで進めているからね。
……うん、この際大陸統一はやむなき事と考えよう。
この大陸に於いて、エインヘリアはずば抜けて強い国だ。
北方の小国連中はスラージアン帝国とエインヘリアは同格とみなしているけど、その帝国自身が白旗を上げている状態だし、スラージアン帝国や属国を含めたこの大陸の全ての国がエインヘリアに反旗を翻したとしても負けない自信はある。
ほんとに反旗を翻されたら勝ちきるのも難しいと思うけどね。
っていうか、北方の連中がうちを侮っているのは、キリクたちの策略だけど……。
とはいえ、単純な戦力だけではどうにもならないのが人の心だ。
だからこそ、平和的にスラージアン帝国を併合した上で他の国に圧をかけ、自分達の意思でこちらに降そうとするやり方はもっとも犠牲を出さず、最も混乱を招かないやり方なのだろう。
たとえ他に選択肢が無かったとしても、自らが選んだという事実が大事なのだ。
……でだ。
そんな平和的な大陸統一の第一歩として……スラージアン帝国皇帝であるフィリアとの結婚……子供を作ることを求められているのだ。
俺としてはそんな子供ができたら、寧ろスラージアン帝国皇帝とエインヘリア王の血を合わせた子供こそ次期エインヘリア王に相応しい、ってなことを言い出す奴が出るんじゃないかと思ったけど、逆にその血を利用することで上手く処理するらしい。
生まれてきてすらいない子供を、そういう風に利用するのはあまり気分が良いとは言えないというか……寧ろはっきり悪いと言えるけど、フィリアからはしっかりと皇族に相応しい教育を施し、妙なことは絶対にさせないので任せて欲しいといわれているんだよね。
何より……フィリアから、私人として真摯な想いを告げられてしまっている。
国だとかなんだとか……フィリアの立場からしてそれは無視できない話ではあるけど、それを抜きにしても、俺との子供が欲しいと……そう言われているのだ。
俺がエインヘリアの王でも何でもなければ……フィオという伴侶が居る以上、俺はその想いに応えなかった。
しかし、現実として俺はエインヘリアの王様であり、覇王フェルズだ。
子供にのびのびと自由な人生を歩んでほしいとは思うけど、それが許される立場ではない。
そして同時に、政治的な婚姻や側室を迎えたりすることも……避けられない立場なのだろう。
それは多くの国を滅ぼし、多くの民を巻き込み、エインヘリアの国土を広げていった俺の責任だ。
行動には責任が付きまとう。
それは王であろうと民であろうと変わりはしない。
勿論、立場に応じた責任の大きさや取り方があるわけで……なんちゃってだろうとなんだろうと王である俺には、平和な国を作り、富ませ、そして繁栄させなければならない責任と義務がある。
その為の道筋をここまでお膳立てされておいて、個人の感情で嫌だとは……言えないよなぁ。
しかし、フィリアのことを受け入れるにしても……もう一つ大きな問題がある。
今、俺の目の前で微妙ににやにやしながらこちらを見ているうちの嫁さんだ。
「フィオは……俺がフィリアから話を聞く前に相談されていたんだよな?」
「まぁ、相談というか……確認というかといった感じじゃな」
「気分は良くない……よな?」
本当は気分悪いだろ?と断定したかったのだけど、微妙に自信のなさが出てしまった。
そんな俺の考えに気付いたのだろう……フィオがにんまりと底意地の悪そうな笑みを浮かべる。
俺はそんなフィオから視線を逸らし……手にしていたブラシを置いて両手でルミナのお腹を揉むように撫でる。
「まぁ、そうじゃな。お主が私以外の女子と仲良くする程度ならともかく、そういったことをするというのは面白くはない」
だ、だよね!?
全然気にしないとか言われたら、ちょっと立ち直れなかったかもしれない。
「じゃが、お主の立場を考えれば、それは必要なことだと納得してもおる。それはフィリアのこと以外もそうじゃ。私たちの寿命はまだまだ相当長いが、それを知るものはおらん。当然、人はお主の後継を求める。エインヘリアという国に皆満足しておるじゃろう?だからこそ後継がおらなんだら、民が不安に思うのは当然じゃな」
まぁ、それはそうだろう。
今に不安がないのなら、未来に不安を覚えるのが人だ。
余裕があるからこそ覚える不安だが、けして放置して良いものではない。
エインヘリアという国の中心に俺が居ることは疑いようがなく、その後継は俺の血筋でなければならないのだろう。
そして、その為には……側室などを娶り、より多くの子供を作らなくてはならない。
長子相続よりも、より優秀な者こそ後継となるべき。
ソラキル王国とかはそんな方針だったけど、その考えは悪くないよね。
長子が国を継ぎたいかどうかもわからんし……優秀かつ自分の意思で継いでくれれば、それがベストだろう。
まぁ……子供なんて一人もいないんだけど。
「フィリアとの子は、エインヘリアの後継にはならないのだろう?」
「フィリアはそう言っておるがのぅ。しかし、お主としては産まれる前から子の将来を決めたくないのではないかの?」
「まぁ……それはそうだな。勿論、要らぬ波風を立てぬようにというフィリアの意思は尊重すべきだとは思うが……」
「納得出来ぬか」
「……いや、これに関しては俺が間違っていると思う。今の俺の立場を考えれば、将来に禍根を残すべきではないし、それを許容していいはずがない」
大陸をエインヘリアが統一すれば、この地に住む民は平和を享受できるし、大陸統一国家の後継者……継承権は厳格に決めるべきだ。
「……」
「……あー、フィオが申し訳なく思う必要はないからな?俺がやりたい事をやった結果だ。責任は全て俺にある」
「……うむ」
フィリアの覚悟は受け取った。
フィオの正直な想いも聞けた。
いい加減腹をくくるべきだろう。
「フィリアの話を受けようと思う」
「うむ。それがいいじゃろう」
色々と複雑な想いは有るけど、それが一番いい判断なのだろう。
「……ところで、ちゃんとプロポーズはしてやるんじゃぞ?」
「……え?」
ぷ、ぷろぽーずですと?
「それと、エファリアにもな」
「……え?」
え、エファリア?
なんで?
「彼女も先日成人したからのう」
え?
エファリア成人したの?
……ルミナがブラッシングを催促して来た。




