第248話 もう、いいかい?
俺の心配をよそに、カミラが両手をばっと広げると周囲に十個くらいの光の玉が生み出された。
光属性のボール系魔法だな。
その数が半端ないけど……。
生み出された光の玉は一気に銀色のマネキンに殺到し……。
「逃げたな」
「逃げましたね」
「逃がさないわよぉ!」
先程雷の矢を「今何かしたか?」くらいの雰囲気で吸収してみせた銀のマネキンが、押し寄せる光の玉群から脱兎のごとく逃げていき……カミラが光の玉を操り追尾させる。
「カミラ。逃げたということは、お前の『シャイニングボール』が脅威ということだ。当てるのは一発だけにしろ」
「はぁい!」
いまだかつてないくらい気合の入ったカミラの返事に一瞬不安がよぎったけど、マネキンを追尾する光の玉が一つを除きマネキンの動きを阻害するように周囲を取り囲む。
アレで一気に全部が襲い掛かったら最悪だけど……そんな物騒なことにはならず、追尾していた光の玉がマネキンに直撃すると同時に他の光の玉は搔き消えた。
「今度は効いたようだな」
「いちいちうるさいわよぉ」
シュヴァルツの漏らした感想にカミラが噛みつく。
俺も同じこと思ったけど、口に出さなくて本当に良かった。
なんにしても、シュヴァルツの言う通り光の玉の直撃を受けたマネキンは盾の部分が消し飛んでおり……一切吸収できなかったのか、吸収しきれなかったのかはわからないけど、カミラの魔法が効いたのは事実。
「……属性が違うから吸収できなかったのか、それとも純粋に許容量を超える威力だったのか」
「……ご、ごめんなさぃ。属性は揃えるべきだったわぁ」
カミラが恐縮した様子で謝ってくる。
まぁ、実験という意味で言うなら揃えてくれた方が良かったけど、今は実戦中でもあるからね。
そこまで目くじらを立てなくてもいいだろう。
……実戦だからこそって意見もあるかもしれないけど、もう一発撃てばいいだけだしね。
「くくっ……気にするな。次は雷属性を……」
そう口にしようとしたんだけど、それより先にマネキンが動き出した。
消し飛んだ盾は一瞬で再生し、こちらに対し堂々と構えてみせる。
さっきカミラの魔法から逃げ回っていた姿からは想像できないくらい堂々としている……と思ったら、次の瞬間突然氷が溶けたかのようにばしゃりと音を立てて形を失くす。
「融解したのか?」
「……また形が変わるのではないか?」
首を傾げるシュヴァルツに俺が答えると、予想通りというか案の定というか……地面からにょきにょきと銀色の柱が三本立つ。
柱はすぐに人の形となり、先程のように盾を構えたリーンフェリア風マネキン三体が爆誕する。
「……不快です」
その光景に、再びリーンフェリアがそう口にする。
しかし三体か……攻撃を仕掛けたシュヴァルツとカミラ、それからリーンフェリアの三人ってことかな?
何もしてない俺は戦力外的な?
まぁ、災厄の考えなんてわからないけど……増えた割には襲い掛かってこないのも訳がわからん。
攻撃を受けるだけで自分からは動かない……?
いや、木の時は普通に攻撃仕掛けて来ていたか。
「やはり、災厄と呼ばれる割にはおとなしいな?」
「こちらを観察している風に見えるわねぇ」
「どうする?主。まだ様子を見るか?」
カミラとシュヴァルツの言葉に俺は少し考える。
こちらが観察しているのと同じように、相手もこちらを観察しているか……。
確かにこちらの動きと同じ動きで返してきているけど……模倣も中途半端だし、あまり意味があるようには見えない。
シュヴァルツの矢もリーンフェリアの盾捌きも完コピには程遠いし……技術とかを学んでいる様には見えない。
ただ似たような動きをしている……それだけに感じるんだよね。
いや……もしあの振動攻撃が過去の超越者の模倣だとしたら、技術というか、特殊な能力を学習しようとしている?
「カミラ、何か気になる事はあるか?」
「攻撃力に耐久力……それと魔法耐性。後は知能の程度も大体分かったかしらぁ。後は体の一部を持ち帰るだけでいいわよぉ」
「……アレを一体持ち帰るか?」
「可能であればそうしたいわねぇ」
「倒したら溶けるのではないか?」
……確かに。
そう思ったのだけど、シュヴァルツのツッコミに俺が頷くより一瞬早く、カミラがシュヴァルツに噛みつく。
「地面に染み込まなければ回収できるでしょぅ?いちいち細かいわよぉ?」
「ふっ……」
余計な一言って程でもないと思うけど……女の子の大半が、何故かシュヴァルツに厳しく当たるよな。
ディオーネは同類だからそうでもないし、サリアとかマリーとかは普通だけど……イルミットとかは特に冷ややかなんだよね。
勿論、余り酷いようなら注意するつもりだけど、シュヴァルツ自身あまり気にしていないみたいだしな……。
「でもカミラ。固体として残ってくれないと回収の手段がないわよ?」
「う……そ、それはそうだけどぉ」
リーンフェリアの言葉にカミラが気まずそうに答え……シュヴァルツが勝ち誇ったようにリバーシブルコートをはためかせる。
俺は咳払い……はできなかったけど、空気を入れ替えるつもりで口を開く。
「災厄と呼ばれるだけの所以は確認出来なかったが……まぁ、いいだろう。あまり長引かせても仕方ない」
「じゃぁ、終わらせましょぅ。リーンフェリア、回収用の袋と箱は任せるわよぉ?」
「了解だ」
「袋は適当でいいけどぉ、箱は大事に扱ってねぇ」
カミラの言葉に頷いたリーンフェリアが、背中に背負っていたカバンから畳まれた袋と片手に乗るくらいの箱を取り出した。
袋は何の変哲もないただの革袋だけど、箱の方は複雑な装飾が施されている。
詳しくは知らんけど、その箱はなんかの魔道具で、災厄の体の一部を回収する為に色々と細工をしているらしい。
革袋の方にも入れるんだけど……わざわざ回収用の入れ物が二つあるってことは、色々災厄について予想しているってことだろう。
開発部はフィオも含め、皆研究大好きっ子ばかりだけど……頭の回転が凄いよねぇ。
キリクたちとは違う方向性だけどね。
俺が暢気にそんなことを考えている間に、リーンフェリアたちは動き出す。
「シュヴァルツ」
「任せろ」
リーンフェリアの声掛けにシュヴァルツが応え、弓をやや斜め上方向に構え即座に放つ。
光を帯び、凄まじい勢いで飛んで行く矢は、どう考えてもマネキンたちを越えて遥か彼方に飛んで行きそうだけど……光の矢は途中で急激に角度を変え、マネキンたちに向けて急降下。
しかもその途中で光が弾け、無数の光の矢となりマネキンたちに降り注いだ。
マネキンたちは盾を掲げて防ごうと……あるいは弾こうとしていたみたいだけど、今度のシュヴァルツの攻撃は、先程までのそれとは威力の桁が違う。
先程までの矢がゲームで言うところの二桁から三桁ちょいくらいのダメージで、今回の攻撃は五桁とか六桁のダメージが出るくらい違う。
当然マネキンたちの防御行動は何の役にも立たず、無数の矢に貫かれ爆散していく。
そんな地獄絵図といったマネキンたちの下に、リーンフェリアが凄い勢いで接近……降り注ぐ光の矢を受けて弾け飛んで行くマネキンの部位を回収しながら、ついでとばかりに盾でぶん殴る。
矢で穿たれて、盾でぶっ叩かれて……中々悲惨な目に遭ってるよね……あのマネキン。
若干の憐憫を覚えたけど、まぁ災厄に同情なんかしたら魔王国の人に怒られるか。
そんな事を考えていると、袋と箱に災厄の一部を回収したリーンフェリアが平然と戻ってきた。
因みに、先程までマネキンのいた場所はクレーターだらけになっており……災厄の姿は何処にも残っていない。
ものの見事に消し飛んだな……。
何か予想以上にあっけなかったというか……やっぱり災厄って名前負けじゃない?
余りの手ごたえの無さに色々と腑に落ちないものを覚えたけど、まぁうちの子たちが強すぎるだけか。
それにしても災厄がこのくらいの強さだったら、ジョウセンたちの方はもうとっくに終わってそうだね。




