第240話 とにかく早い覇王
View of リキュ=エンネア 魔王国 夢見の識者 最弱の超越者
エインヘリア王……フェルズ。
涼し気で何処までも自然体と言った立ち姿に反し、他者を圧倒するような凄まじい気配をまき散らしている。
陛下も貴族たちとの会議や謁見、民の前に立つ時とかは非常に威厳に満ちた立振る舞いをされるけど……エインヘリア王のような、その場に立つだけでその空間ごと制圧するような凄味はさすがにない。
これが、イルミットさんたちが心酔する王様……。
「私が今代の魔王だ。此度は我が国の為に色々と骨を折ってくれたこと感謝する」
「くくっ……気にすることはない。これは貴国の為という訳ではないからな。俺には俺の理由があって、この国の災厄を討伐することに決めたのだ」
「例えそうであったとしても、国難の際に助けてもらった礼くらいは受け取ってもらいたいものだ」
「それもそうだな。貴国からの礼、確かに受け取った」
少し苦笑するように陛下が言うと、エインヘリア王も小さく笑いながら応じ、お互いに手を伸ばし握手を交わす。
二人の王が握手をした瞬間、広場で歓声が上がり祝福するように拍手が広がる。
そしてその歓声に誘われたのか、大通りの方でも歓声が上がりここまで聞こえてきた。
「友誼を深めたいところではあるが、俺はこの後現地に向かうつもりだ。そちらの……『夢見の識者殿』の予知夢では、もういつ災厄が出現してもおかしくはないのだろう?」
「はい。おっしゃる通りです、エインヘリア王陛下」
さすがに直接問われてしまっては、言葉を返さない訳にはいかない。
まぁ、この程度であれば会議中に問われることもあるし、問題はない……と思う。
な、ないわよね?
そんな心の動揺を表に出さないように苦心しつつ無表情を貫くと、エインヘリア王が小さく口元を歪ませる。
ば、バレたかもしれない。
そんな風に内心うろたえたのが伝わったのか、陛下が穏やかな口調でエインヘリア王に話しかける。
「そのことだが、エインヘリア王。私と貴族を数名同道させてもらえないだろうか?」
「ほう?王自ら戦地に赴くのか?それなりに危険だぞ?」
驚いたような口調でエインヘリア王はいうけど……その表情は変わることなく余裕のあるもので、恐らくこの陛下の申し出を予想していたのだろう。
「他国の王である貴殿に全てを任せ、自身は安全な王都で震えながら待つというのは、魔王として正しい在り方とは言えないのでね」
肩を竦めながらそんなことを言う陛下。
公私をしっかりとわけている陛下にしては珍しい姿だけど、エインヘリア王への対応としてはしっくりくるもののように感じる。
「俺は剣を手に最前線に向かう。貴殿の相手はできんぞ?」
「無論構わないとも。邪魔にならないように後方で大人しくしている。それに、もしもの時は捨て置いてくれて構わない」
「くくっ……そう言われてもな。貴殿の身に万が一があれば、今後の両国の関係に問題が出るだろう?」
「ふっ……その場合、私はもう死んでいるからな。次の魔王と上手くやって欲しい」
随分と不謹慎かつ無責任なことを……まぁ、私とエインヘリア王以外には聞こえてはい無さそうだけど。
「と言いたいところだが、私たちは周囲の守りについている軍に合流する。戦場からは距離があるしそちらに迷惑は掛かるまい」
「ふむ、それでいいのか?」
「何もしなかったなどと陰口を叩く様な連中がいるからな。安全な後方にいるだけでそれを抑えられるのだから割のいい仕事だ」
安全な場所にいるだけってことだと、王都に居るのと大して変わらないのでは?
私はそう思ったけど、恐らく陛下が自ら戦地に赴いたという事実が必要なのだろう。
「……戦場が見たいのであれば、飛行船を使わせてやろうか?船は後方で待機させる予定だが、飛ばせば甲板から戦場は見える筈だ」
エインヘリア王の提案を聞いて、私は先程まで遥か遠くに浮かんでいた飛行船を思い出す。
距離がかなりあった為、飛行船というものがどんなものなのかあまりわからないけど、船の甲板……落ちたりしたらとんでもないことになりそうね。
風で飛ばされたりとか……?
「そこまで世話になるのもな……」
「この程度大したことではない。それに、災厄を取り逃がすような愚を犯すつもりはないが、戦場では何があるかわからないからな。後方が安全とも限るまい。だが、飛行船の上ならば絶対に安全だ」
「……」
「いざという時は馬などよりも速く離脱することが出来るし、高度を取ることもできる。それに、何かあった時に戦場にいる我々がそちらを気にする必要もなくなるしな。後方に控えるそちらの軍の所にいるというのも悪くはないが、戦いの場から離れすぎて肝心の討伐が見えないというのもつまらないだろう?」
そういって先程までの微笑とは違う……皮肉気な笑みを見せるエインヘリア王。
確かに、落ちたりしなければ空の上の方が安全だろう。
しかし、面白いかどうかで判断するのはどうなのだろうか?
いや、エインヘリア王に限ってそれはないか……多分陛下が戦いを目撃することに何らかの意味がある……のかな?
「……せめて我が身が超越者であれば、戦場で己の身程度は守ることが出来たかもしれんが……」
「くくっ……王自ら戦場に立つ俺の方がおかしいのだから気にするな。それくらいの自覚はある。それに、肩を並べて戦うだけが友誼の結び方、誠意の見せ方ではないだろう?」
「今結んでいる条約だけで、その借りを返せるとは思わないのだがな」
今結んでいる条約……関税がどうのってのと、有事の際の相互支援、それから魔力収集装置の設置。
どれもお互いに益のある話で、とてもじゃないけど災厄討伐の対価として釣り合っていないってストラが言ってたっけ。
「それこそ気にするな、こちらから申し入れたことだ。これ以上このことを恩着せがましく言うつもりはない」
「そこは信用しているつもりだ。だが、我々が貴国に感謝してもしたりないと思っていることもわかって欲しい」
「その気持ちを否定するつもりはない。だが、その気持ちだけで十分だ」
そっけなく言うエインヘリア王に陛下は苦笑してみせる。
エインヘリア王の気にするなという言葉が、本心から来るものなのは理解できるけど……陛下が言うことも間違っていない。
しかし、恐らくこの話は平行線にしかならないのだろう。
「さて、俺はそろそろ現地に向かおうと思うのだが……」
エインヘリア王も私と同じようなことを考えたのか、少し強引に話を終わらせる。
「少しばかり時間を貰えないか?私が災厄討伐後に赴くことを民に告げたい。時間にして……一時間ほどでどうだ?」
一時間……エインヘリアから贈られた時計とより細かい時間の概念。
まだ一般に広まってはいないけど、これがあるお陰で色々と動きやすくなったのは間違いない。
今までは物凄く大雑把に会う約束をしていたんだなぁとしみじみとしてしまう。
特に宰相が……会議の開始時間をより正確に、目で見てぱっとわかるというのは画期的過ぎると大興奮だった。
まぁ、宰相はエインヘリアが何をしても大絶賛するんだけど。
「くくっ……贈った時計を活用してくれているようで何よりだ。一時間程度なら問題あるまい……俺は飛行船で待つとしよう」
「いや、待って欲しい」
申し入れに承諾したエインヘリア王が踵を返そうとした瞬間、陛下が慌ててエインヘリア王を引き留める。
「なんだ?」
「民の前で並び立ってはくれないか?」
「……」
陛下がそう言った瞬間、常に微笑を浮かべていたエインヘリア王が顔を顰める。
「今後の為にも、エインヘリアとの友好を民に示しておきたいのだが……無理にとは言わない」
「……いや、確かに姿を見せておく価値はあるな。あまりそういった催しは好まんが……」
今までの泰然とした様子が鳴りを潜め、どこか面倒くさそうに言うエインヘリア王……その姿は、なんとなく陛下に似ているように感じた。