第239話 ファーストインプレッション
View of リキュ=エンネア 魔王国 夢見の識者 最弱の超越者
エインヘリアの使節団が我が国に訪れてから一カ月余り、ついにエインヘリアの王がこの魔王国へとやってきた。
エインヘリアからはこの国難の折に式典や歓待は必要ないと言われている。
それどころか、エインヘリアは王都に挨拶に立ち寄るだけで、すぐに災厄の出現予定地に向かうとのことだ。
確かに災厄はもういつ現れてもおかしくはないけど……。
それにしても他国の王様にしては……せっかちというか、動きが早いというか……。
王様や貴族って存在は、色々と格式張って体面を気にするものだと思っていたけど……エインヘリア王はそうでもないらしい。
陛下は裏でぶちぶち文句は言うけど、なんだかんだで式典やパーティの類をよく開くし……お金を使うのも王族としての務めだとかなんとか言っていたっけ?
税金の無駄遣いにも思えるけど……そうやって使ったお金がまた誰かの収入になっていくって話を聞くと、そういうものなんだなぁと納得も出来る。
その話を聞いてから、私も一生懸命お金を使う為にお菓子を沢山食べるようにしたしね!
しかし、エインヘリア王はそういったことはあまり好きではないのかもしれない。
それとも真面目なだけ?
イルミットさんは、エインヘリア王はとても素晴らしい方だとか、とても優しくて聡明だとか、思慮深い方でありながら誰よりも強いだとか……とにかく賛美礼賛が凄い。
どんな人なのかかなり興味はあるけど……少なくとも災厄との戦いが終わるまでは、話をする機会はないでしょうね。
というか、魔王国内の人とは限られた人としか話すことが出来ないけど、イルミットさんたちとは話してもいいって陛下たちに言われたのよね。
まぁ、私は難しい話はできないし……イルミットさんたちとも食事やお茶なんかの話や陛下たちの話をするくらいしかしていない。
イルミットさんは雰囲気が柔らかくて、話も面白いから話していてとても楽しいんだけど……なんか余計なこととか話してないよね?
ストラが必ず一緒に居てくれたから大丈夫だと思うけど……。
「大丈夫か?」
そんな事を考えていると、隣に立っている陛下がこちらを見ずに小声で話しかけて来た。
「はい」
人目もある為私も小声で端的に応えると、陛下は周囲には悟られぬ程度に小さく笑う。
「エインヘリア王については色々聞いたが、本当に実在している人物の話なのかと疑問に思う様な経歴だしな。緊張するのも無理はない」
「……」
大丈夫と言いましたけど?
自分から聞いておきながら、返事をちゃんと聞いてないっておかしくないですか?
……まぁ、心配してくれているのはわかりますが。
私と陛下は今、エインヘリア王を出迎える為に王城の門前広場に並んで立っていた。
ここからはまっすぐ伸びている大通りが一望できるのだけど、普段はこの門前広場に民を集め、陛下は城壁の上から演説をしている。
世間では名君と呼ばれている陛下の演説が行われる際は、この広場を埋め尽くしてなお場所が足りず大通りにまで人が溢れかえり、陛下の一挙手一投足を見逃すまいと皆が固唾を飲んで目を凝らしているものだ。
そんな陛下と並んで立つのは何か妙な感じもするけど、基本的に私はエインヘリア王に頭を下げるだけで、話しかけたりはしない……というかできない。
向こうから話しかけられれば多少挨拶のようなものは言えるけど……礼儀作法にはあまり自信がない……というか付け焼刃だ。
国内の貴族相手にはほぼ無言で良かったし、あまりそういうの教えてもらってないのよね。
「前回と同じだ。『夢見の識者』として紹介はするが、頭を下げるだけでいい。後はこちらでなんとかする」
「……はい」
勿論そのつもりだったけど……改めて言われると、少し引っかかる。
陛下は基本的に頼もしいと思う。
そして優しい……しかし、デリカシーがない。
まぁ、陛下らしいと言えばそれまでだけど……。
そんな事を考えていると、通りの向こうから豪華な馬車がやってくる。
アレにエインヘリア王が乗っているのよね。
大通りの左右には、以前エインヘリアの使節団がやって来た時と同じように見物をしている民、そしてそれを抑えるように配置された王都守備兵がいる。
まぁ、前回私は陛下の部屋に居てこの光景は見られなかったけど、これは壮観ね……。
綺麗に掃き清められた大通りに、整然と並ぶ王都守備兵。
その中央をゆっくりと進んで来る派手な装飾の馬車……非常に絵になるけど……本当に絵になるのは、それから少し時間が経ってからだった。
ゆっくりと近づいてきた馬車が広場に止まり、イケメンの近衛騎士が馬車の扉を開く。
そして、馬車の中から一人の人物が降りてくる。
白銀の鎧に身を包み、輝く様な長い金髪の女性騎士……イルミットさんたちもそうだけど、綺麗すぎない?
エインヘリアって美形しかいないの?
馬車から降りて来た女性騎士のあまりの美人さん具合にそんな事を考えていたのだけど、続けて馬車から降りて来た黒い鎧を着た人物の姿に息をのむ。
その端正な顔持ちもさることながら、雰囲気が尋常のものではない。
ただ馬車から地面に降り立った……ただそれだけだというのに、広場にいる誰もがその姿から目を離せない。
先に降りた女性騎士の様子から、あの黒い鎧の男が恐らくエインヘリア王だろう。
こちらを向いたエインヘリア王の顔は……やはりというか、なんというか……恐ろしいまでに整っている。
「「……」」
門前広場には城の関係者と近衛騎士しかいないけど、それでも百人以上の人がいる。
しかし、その誰もが言葉を発さない……いや、身じろぎ一つできない。
静まり返った広間と遠く大通りから聞こえてくる喧騒……まるで別の世界に隔てられているかのような錯覚さえ覚える。
そしてそんな静寂の中、エインヘリア王が女性騎士を伴ってこちらへと歩いてくる。
大した距離ではない……すぐに二人は私たちの下へとやってきた。
「このような恰好ですまないが、挨拶をさせてもらう。俺がエインヘリアの王……フェルズだ」




