第220話 爽やかに酷い
View of ストラ=エルモーフィン 魔王国レシュトオルグ侯爵
「魔王国レシュトオルグの重鎮である貴殿にお目にかかれたこと、光栄に存じます」
黒ずくめでフードを被り、顔の見えない人物が不思議な声音で挨拶をして来る。
その姿を認識した瞬間、悲鳴も殺気も上げなかった自分を褒めてやりたい。
いなかった。
行商人風の男がその名を口にしたその瞬間まで、ソファには一人しかいなかった。
なのに、その黒ずくめはさも当然のようにソファに座ってこちらに顔を向けている。
だが、フードの奥の顔は見えない。
先程の声から男なのか女なのかすらわからない。
机を挟んだだけ……こんなにも近くにいるのに、何一つわからない存在。
今日何度目かわからない戦慄……私はそれを全力で抑え込み口を開く。
「初めまして、ノーフェイス殿。でも、驚いたなー」
「驚かせて申し訳ない。僕は見ての通りの風貌なので……紹介状があっても中々会ってもらえないと思ってね」
「うーん、確かにその恰好じゃ厳しいかなー」
お互いに砕けた口調で会話を始めるが……公式の会談ではないという意思表示、というよりも、こんな来訪の仕方をしておいて礼儀も何もあったものではないだろう。
「うんうん、だからこうやってちょっと趣向を凝らしてみたんだ」
「心臓に良くないねー、サプライズが下手って言われない?」
「あはは」
朗らかに笑いながらフードの上から頭を掻くノーフェイス。
否定をしないということは、恐らく言われたことがあるのだろう。
見た目の怪しさに反して随分と人間味のある仕草……空気を醸している。
「せめて顔くらいみたいなー」
「申し訳ない。僕の素顔はフェルズ様……エインヘリア王陛下の許可が無ければ晒せないので」
「へぇーエインヘリア王陛下か……どんな方なのかな?」
「筆舌に尽くしがたいほど、凄い御方だよ。でも、そうだね……名君と呼ばれ、仁政を執っている魔王陛下とは相性がいいんじゃないかな?」
「それは興味深いねー」
「フェルズ様に関しては、使節団の方から聞いた方がいいんじゃないかな?その功績とかは語れるけど……為人は、僕の口から語るよりも理解しやすいと思うしね」
そういって肩を竦めるノーフェイス。
臣下からみた王の姿……あるいは臣下が王に対して何を思っているか。
そこを確認したかったのだけど、はぐらかされたか。
いや、短い言葉の中に深い敬愛を感じた……少なくともノーフェイスが王に心酔しているのは間違いなさそうだ。
「じゃぁ、使節団の皆が帰って来るのを楽しみにしておくかー」
「フェルズ様やエインヘリアのこと……色々と教えたいのは山々なんだけど、今はそれ以上に伝えないといけない話があってね」
「ふぅん?」
「貴国にとって……一番大事な話だと思うよ?」
わずかに見える口元が笑みの形を見せる。
我が国にとって一番大事……恐らくその内容は……。
使節団……コールリン伯は、それを話すことを是と判断したということか。
「災厄の討伐とその影響について……。災厄についてはね、少し我が国も思うところがあって討伐には合意したよ。ただ、少し懸念事項があってね……それはこの資料だよ」
ノーフェイスがそう口にすると、気配を殺していた行商人風の男が紙の束をテーブルの上に置く。
その資料……我が国の言葉で書かれた資料に目を通した私は、軽いめまいのようなものを覚える。
書かれた内容に眩暈を覚えたのか、この資料を出してきたエインヘリアという国そのものにめまいを覚えたのか、我がことながらはっきりしなかったが。
……いや、今はこの内容について尋ねるべきだろう。
「あくまでも推測とのことだけどー、エインヘリア的にはどのくらいの確度で考えてるのかな?」
「災厄を倒せば、間違いなくそうなると」
「……つまり、少しでも早く国内の意見を纏めろってことね」
使節団の持ち帰ってくる情報よりも早く動けと……確かにこれだけの話、簡単には国内は纏まらない。
少なくとも予め陛下たちに話を通し、意見を固めておかなければ……いや、そもそもこの情報そのものを周囲には隠したほうが……。
「エルモーフィン侯爵だったら、どの道を選ぶにせよ……上手くやれるでしょ?」
こともなげにノーフェイスは言ってくれるが、この情報の扱いは慎重にしないと、間違いなく国の存亡に関わってくる。
少なくとも浅慮な連中に触れさせるわけにはいかない。
「ま、やらなきゃ大変なことになるしねー。それで、この書類の最後に書いてある署名……これはエインヘリア王陛下の?」
「うん。エインヘリアという国、そしてその書類を信じて貰えなかったら、貴国は大変なことになるからね。その保証としてフェルズ様直筆の署名を入れて頂いたんだ」
王の直筆の署名による保証。
仮にこれが嘘ではなくとも内容に間違いがあれば、エインヘリアという国と王の名に大きな傷を残すことになる。
これは臣下に対する王の絶大な信頼。
そしてその信頼に応えられるという自負。
公文書ではなく、研究資料とも呼べるようなものに王の署名……信頼関係も凄まじいけど、それと同時にそれだけこの資料の内容を危険視しているということでもある。
「……一つ聞きたいんだけど、どうしてエインヘリアはこのことをそんなに重視してるのかな?言ってしまえば、他国の……別の大陸の話だよね?」
エインヘリアが我が国を侵略するつもりであるなら、魔力収集装置の設置は凄まじい効力を発揮するだろうが……そんなあからさまなやり方をするだろうか?
たとえ何らかの理由でエインヘリアと戦争状態になったとしても、魔力収集装置を使った転移を使い侵攻することは絶対にしないと、エインヘリア本国のある大陸の大国やランティクス帝国と連名で誓約するとまで言っているが……。
この制約を破れば、エインヘリアは三つの大国の信頼を失うことになる。
「魔王の魔力による被害を許容しない……それがフェルズ様の御考えだからね。フェルズ様がそう望まれるのであれば、僕たちはそれを全力で実現する。それだけだよ」
「……」
それをスムーズに行う為であれば、諜報員の姿を相手に晒させても構わないと……。
諜報員の存在は……潜り込んでいて当然だとは思うが、それでも入れられている側からすれば面白くはないし、見つければ徹底的に排除する。
理解はしても納得はしない……関係を悪化させかねない存在にも拘らず、こうして諜報員を表に出す。
それほどまでにこの件を重要視している……。
少なくともこの行商人風の男やノーフェイスは、我が国では二度と諜報員としては動けない。
……この二人の実力を考えると平気で働きそうな気がするけど、それはこの際無視する。
「災厄の討伐も、その後に予想される問題への対応も、エインヘリア王陛下がやりたい事だからエインヘリアは全力でそれをやる……凄く信じたい話ではあるけどー、無邪気に信じるにはことが大きすぎるよねー」
「当然の意見だね。でもそこはほら、フェルズ様の名前を信用してもらう他ないね」
そういって口元だけで笑みを見せて来るノーフェイスだけど、その姿に私は今日一番の寒気を覚える。
王の名を出したのだから問答無用で信じろ。
絶対的な忠誠心……あるいは狂信。
それを底冷えするような殺気と共に、その想いを押し付けてくる。
というか、気配を殺したままノーフェイスの横に座っている行商人風の男が、笑みを浮かべたまま顔面蒼白になって固まっているのが……妙に滑稽に映る。
その姿を見ることが出来たからこそ、こうして落ち着いていられるのだから感謝しかないが。
「うん、理解したよー。魔王陛下や宰相にはしっかり伝えておくね。この資料のおかげで、こっちもすぐに動けそうだし助かるよー」
「それは良かった。災厄の出現もそう遠くない話みたいだし、早く話を進めたいところだったからね」
その情報すら知っているのか……いや、これに関しては既に使節団の方から知らせているとも考えられる。
情報に携わるものとして、裏取りもとれていない情報を基に動くことはけして許されないが、時間が無いのも確か。
精査を並行させながら動く必要があるけど……この情報の精査には研究機関の協力が必要だし、一日や二日で答えが出る様なものではない。
参ったな。
ここまで後手に回ることがあるなんて……屈辱以外の何物でもない。
でも……同時に、どこか清々しさを感じている自分もいる。
長年に渡り潜入をしていた部下、新たに送り込んだ部下……その全てから音信が途絶え、南側……エインヘリアの防諜力が桁外れであることは理解していた。
しかし……それにしたって、ここまで完膚なきまでに打ちのめされるとはね……。
でもその上で……私にはやらなければならないことがある……この国とエンネア様を守らなければならない。
それ以上に優先することなんてものはない。
恥辱を飲みこみ、何よりも優先しなければならない使命を胸の中心に置き……私はノーフェイスに笑顔を見せる。
そんな私に顔を向けながら、ノーフェイスが小さく「あっ」と言った後に懐に手を入れる。
「そうそう、最後に……これ、どうぞ」
「これは?」
「レシピだよ」
「レシピ……?」
まさか毒や薬とは言わないだろうが……一体何の?
「最近、リキュ=エンネア殿が嵌ってる王都のお菓子があるでしょ?」
「っ!?」
「アレの……もっとおいしい奴をこのレシピで作れるよ。因みにエインヘリアでのこのお菓子の名前はプリン。エルモーフィン侯爵も是非食べてみてね」
最後にとんでもない話を投げつけられた。
本日7/25はコミカライズ版はおーの第一話公開日です!
公開されるのはマッグガーデンさんのWeb漫画サイトマグコミです!
マグコミ
コミカライズ版はおーも皆さんの御力で盛り上げて頂けると幸いです!




