第218話 舐めたらあかん
「さっきの口ぶりからして、魔王国の連中の動きは把握していたんだろ?」
おっさん少女の言葉に俺は肩を竦めてみせる。
「まぁ、そうだな。ランティクス帝国に向かった使節団のこと、それに連中が何を求めて帝国に行ったか、表向きの話も裏向きの話もほぼ把握できているし、そもそも魔王国の内情もおおむね把握している」
「……ほんと、お前のところはどうなってるんだ?本国が合流してまだ半年も経ってねぇぞ?」
「さっきも言ったが、敵対する可能性のある相手を調べるのは当然だろ?」
「それをこんな短時間で成し遂げているのがおかしいと言っているんだがな」
俺もそれは激しく同意するところだけど、ノーフェイスが気合を入れて探ってくれているからね。
魔王国の情報は、それはもう温泉を汲み上げるよりもじゃぶじゃぶと集めている。
魔王国の表向きのあれやこれやから裏のあれやこれや、そして貴族や商人等のスキャンダラスなあれやこれやまでばっちり網羅している。
仮になんか問題が起こったとしても……情報の暴力で一方的にぼっこぼこに出来るだろう。
俺は小心者ですからね。
そのくらい相手のことを知っておかないと、とてもではないけど事を構えたくない。
「大事なことだからな。まぁ、流石に向こうの内情をお前に教えてやるつもりはないぞ?」
「ちっ……いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇだろ?」
「いや、減るな。情報の価値なんてもんは知られれば知られるほど減っていく……そういうものだろ?」
「……ケチくせぇやろうだ」
「情報を得るのにどれだけ費用が掛かるかわかって言っているよな?」
俺がそう言って睨むと視線を逸らしながら空笑いをするおっさん少女。
言ってる本人も本当に教えてもらえるとは思っていないだろう。
精々、教えてもらえたら儲けもの……その程度。
まぁ、それでも踏み込んでくるところがこのおっさんって感じだよな。
「そもそもお前、うちに魔王国を押し付けただろ?今お前らに余裕がないのはわかっているが、だからといって厚かましいにも程があるってもんだ」
「それについては悪いと思って……」
「ないだろ?」
言葉を遮るように言うと、おっさん少女が肩を竦める。
「どうせ、エインヘリアのせいで状況が変化したのだから、押し付けても問題ない……そんなとこだろ」
「間違ってねぇだろ?それに、連中の目的がうちにないことはすぐにわかった。なら正しい相手に届けてやるのは親切ってもんだろ?」
「厄介事を押し付けておいて親切とは、泥棒でももう少し謙虚じゃないか?」
「少なくとも魔王国の連中は感謝してたぞ?」
そりゃそうだろうね。
このおっさんの読み通り、連中の目的はうちにあるのだから。
「俺たちよりも連中に恩を売るべきだと?」
「訳わからん連中よりもお前の方が話が通じる……それに、魔王国の連中をいつまでもうちに置いとくのは危険だったしな」
なるほど。
魔王国以上に身内の動きが問題だったと。
確かに、魔王国と手を組むとか、魔王国をエインヘリアにぶつけて共倒れを狙うとか……そういった意見も少なからずあったみたいだしね。
このおっさんとしては、うちに対して余計なことをして欲しくなかったのだろう。
うちのことをまだ甘く見ている連中からすれば、山の向こうの魔王国よりも国境を直接接しているエインヘリアの方を抑え込みたいと考える。
まぁ、その気持ちはわかる。
脅威は遠い方が安心出来るし、近場には弱い勢力が居てくれた方が良い。
問題の先延ばしにしか思えないけど、人ってそういうもんだしね。
でも為政者がそれでは駄目だ。
一般人よりも十歩先を見て、二十歩先へ備える。
それが出来なければ、とてもではないけど国などという巨大なコミュニティを運営することなぞ出来ないだろう。
まぁ、エインヘリアのトップは一歩目くらいは見えていると信じたいってレベルだが、キリクやイルミットが百歩先くらいまで見てくれているので問題ない。
「貴族の統制は時間がかかりそうか?」
「二年程であらかた話はつけられると思うが……」
「先程の話も関わってくるだろうしな」
「あぁ」
ランティクス帝国がどういう政治体系にしていくのか、皇帝はどうなるのか……その辺りを決めないと、地方をどうするかなんて軽々には判断できないだろう。
勿論それを織り込んで、中央をどうするかを決めるってのもありだとは思うけど。
「それにしても、魔王国を俺たちにぶつけるね……それは舐めすぎというものだ」
「それでどうにかなるような相手なら、俺たちもそこまで頭を悩ませないんだがな……」
「くくっ……俺たちのこともそうだが、魔王国のことも舐めすぎだぞ?」
「……」
正直、俺たちが得ている情報から考えれば、魔王国は国として帝国の一回りも二回りも格上の国だ。
彼我の力の差も理解せずに利用しようとすれば、間違いなく痛い目を見ることになるだろう。
……やっぱ情報って大事だよね。
相手のことを知っているからこそ、対応を決められるってもんだ。
相手によって態度を変えるなんて……みたいなことを言う奴もいるけど、相手によって態度を変えて当然だと俺は思う。
別に媚びへつらうという意味ではない。
なんちゃってだろうと俺は覇王。
自国の民には威厳のある態度で対応しないといけないし、フィリアのような同盟国のトップ相手には丁寧な対応をしなければならない。
そもそも、力がないのに強者相手にイキって当たれば……この世界では普通に死ぬ。
まぁ、下手に出ても死ぬときは死ぬが……それでもイキった奴より死ぬ確率は低い。
うちの国にはいないけど、貴族相手に調子に乗れば普通に無礼打ちとかありそうだし……平民の方がしっかりその辺は理解しているだろうね。
逆に特権階級にいる連中は互いの地位と権力、派閥や周囲のあれやこれやまで考慮して態度を決める。
そこを如才なくやれないようでは貴族としては失格だろうし、中途半端な地位の貴族なんかは上の者には下手に、下の連中には強気に出る……それは自らの権威を示す為にも必要なことだろう。
正直偉ぶりたいとは全く思わないけど、俺が舐められるってことは俺個人の問題ではないからね……。
権威だなんだって本当に面倒な代物だと思うけど、うちの子達のことを思えば蔑ろに出来るものでもない。
……って何の話だっけ?
あぁ、ランティクス帝国が魔王国のことを舐めすぎって話だったな。
「十数年小競り合いを続けた相手……帝国は別に負けてもないし、毎年のことで脅威を感じる心も麻痺しているのだろうな。だが、連中は十年以上帝国と神聖国相手に山を越えて遠征を続けて来た国だぞ?」
「軽く見ていたつもりはないが……」
「人口だけ見ても帝国の数倍できかないくらいいるぞ?」
人が多いってことはそれだけ経済規模が大きく、軍に回せる人も多いってこと。
そして何より英雄……向こうの連中の言うところの超越者が見つかる可能性も高いということだ。
それに何より……予知夢に災厄。
災厄はともかく、予知夢の方は……正直俺たちでも対処が思いつかない。
夢見の識者が居る限り、予知夢を見ることは止められないしね……。
暗殺や誘拐なんて計画しただけでバレそうだし……バレれば当然友好関係なんて不可能……いや、完全な敵国ならともかく、同盟国としては中々怖い相手だね。
「交渉だけなら、そこまで手強い感じはなかったんだがな」
「連中には明確な弱みがあったからな。それに、明言はしていないがあまり時間もない。それゆえの焦りだな」
「焦りか……確かにそれは感じたな」
交渉で焦りを見せるのは悪手……足元を見られるのがオチだろう。
だからこそ、帝国の連中は魔王国のことを組みやすしと思ったのかもしれないね。
コールリン伯爵が交渉下手って訳ではないと思うけど、帝国の連中はいくつもの国と接している分外交経験が豊富。
対する魔王国は百年単位で外交をしてないからね。
勿論、国内での色々な交渉はしてきているのだろうけど、国内の相手と外の相手とじゃやり方が変わる。
関係性が異なる以上、妥協のラインが全然違うし……何より文化や思想の違いが大きい。
そこへの理解が無く、国内の相手と同じように交渉をすれば……こちらが与えたい印象と向こうの受取る印象は乖離する……魔王国の甘い部分があるとすればそのあたりだろう。
「山の西側を統一した単一国だ。外交は拙くとも、簡単に手玉に取れるような相手ではない。特に諜報力は相当なものだぞ?」
「……そうなのか?」
「少なくとも、ランティクス帝国のことはかなり把握していただろう?うちは密偵狩りをして、連中の密偵を狩りつくしていたから情報は漏れていなかったがな」
「……」
諜報力は勿論、英雄の数でも倍くらい違うから……間違いなく相手にならんよ?
それを教えてやるつもりはないけどね。
まぁ、教えずともこのおっさんは迂闊なことはしないだろう。
「なんだったら、うちの視察は連中と一緒に回るか?演習までは三日ある。明日明後日はお互いの国と比較しながら回ってみてもいいんじゃないか?」
仲良くしておいて損はないぞ?
ランティクス帝国が独立独歩で進んでいくためにはね。
「俺だけでもそうするか」
「いや、皇帝だけとかありえないだろ……」
いくら姿を変えられるからって流石にそれは許されないと思う。
マグコミ内にてコミカライズの告知記事が出ていたので転載します!
第一話の配信は今週……25日の金曜日!
マグコミ
https://magcomi.com/article/entry/newseries/haouni




