第217話 帝国は……
「俺は別に連中に問題を感じてはいないけどな」
「そうなのか?」
俺が肩を竦めながらいうと、少女姿のランティクス帝が目を丸くする。
「他国の情報を集めるのは当たり前だろ?寧ろ情報を集めないでよく十年も戦ってこられたな?」
「……」
俺の言葉に苦虫を嚙み潰したような表情を見せるおっさん少女。
「相手の狙いに、抱えている問題、後ついでに経済力や軍事力、政治に強みと弱みあたりを把握しておけば、どうとでもなるだろう?」
「そんなもん、ちょっと調べたくらいで分かるかよ……」
「情報なんてものは集めようと思わないと集まらないし、隠そうとしているものにこそ暴く価値があるものだろ?」
「陰険……と言いたいところだが、まぁ、その通りだな」
まぁ、隠そうとしているものを暴けるなら苦労はしないし、そもそもおっさんも情報を集めることの重要性がわかっていない訳ではないだろう。
とはいえ、中々投資しにくい分野というのもわかる。
お金をかけたからといって確実に成果が出るものでもないし、成果が出る時は最低限の投資でも成果が出ちゃうしね。
そこにお金をかけるくらいだったら賄賂とかを使って調略した方が……そう考えるのも無理はないだろう。
「帝国のやり方が間違っているとは言わん。山を越えてくる脅威に対して守りを固め、もう一方の脅威に対して睨みを利かせる。予算は無限には捻出できないが、西と南に脅威を抱えている……さぞ苦労して費用を捻出しただろうよ」
「やったのはうちの連中だ。そのことで賞賛を受けるとすればうちの連中で、諜報関係に力を入れず面倒に対処しきれていないのは、指示を出さなかった俺の責任だな」
んー、かっこうぃぃ。
流石皇帝……おっさん幼女だが。
「だが、お前がうちの大陸に来て、なんつーか……時間が一気に加速したって気がする。それがいいことなのか悪いことなのかはまだ分からねぇが、その速度についていけなければ……うちは潰れるんだろうな」
「そうかもしれんな」
このおっさんにはおっさんなりの帝国の導き方……帝国の未来を考えて行動してきたはずだ。
そしてそれ自体は上手く回っていた……俺があっちに現れるまでは。
「……お前ならどちらの道を選ぶ?」
滅びか恭順か……という話ではない。
このおっさんはまだ帝国は踏ん張れると考えているし、その踏ん張り方を悩んでいるのだろう。
そして、そのどちらかというのは……おっさんが皇帝として先頭に立つのか、それとも次代の皇帝に託すのか……ということだね。
「それを俺に聞くか?」
「お前以外に聞ける奴なんざいねぇだろ」
……まぁ、これでもこのおっさんは、表だって動きはしないが求心力の有る皇帝。
相談できる相手が国内には居ないってのはわかるが、だからといって他国の王に相談するのもおかしくない?
「なんせ……お前はうちに乱れて欲しくないと思っているからな」
「ほう?」
「レグリア地方の発展具合、そしてこっちの大陸に来て、エインヘリアという国を視察して良く分かった。お前は国土を広げることに価値を見出していない」
うん、その通りだね。
「何故なら、エインヘリアという国は完璧だ。不足しているものが何もない。土地、水、食料、人材、資源、技術、そして王。全てが満ち足りている。だからこそ、血を流し、戦い、奪う必要が無い。自国の力だけで常に前へと進んでいくだけの力がある」
更にその通りだけど、ちょろっと見ただけでそれを理解できるってのも、相当凄いよね。
なければ奪えが常識の世の中で……やっぱこのおっさんも優秀だわ。
「だからこそ、他所の国は他所の国で頑張って安定させろ。迷惑をかけるなら潰す……面倒だが。その程度にしか思っていないだろ?」
「くくっ……そうだな」
まぁ、潰した後の統治が超面倒だってのを一番思ってるけどね。
「なら、ここで多少相談を受けるくらい、予想される混乱と比較すれば大したことないだろう?」
「……そういう問題か?」
俺が面倒とかじゃなくて、一国の王の進退を他国の王に相談するのおかしくないって話だったんだけど。
「他になんか問題あるか?」
「まぁ、お前がいいなら別にいいんだが……そうだな、俺は今のランティクス帝国に怖さは感じない」
「……」
「そして、第一皇子……今アイツが皇帝になったとしたら、面倒なことになりそうだという予感はある」
「……厄介な相手って意味じゃねぇよな」
「あぁ」
親が奔放だからか、第一皇子は凄く堅実というか真面目というか……平和な世であれば、帝国の掲げる合議制と相まって非常に良い皇帝になると思う。
だけど、今の帝国の状況は安定からは程遠い。
オロ神聖国が潰れたことが最大の原因で、その次が魔王国との関係の変化だ。
良くも悪くも二大大国としてしのぎを削りあっていたオロ神聖国の消滅は、ある意味でバランスの取れていた貴族間の力関係を大きく崩した。
敵対している国同士であっても、地方を治めている貴族達は互いを意識し、国境を越え水面下で交渉をする事も多々あっただろうし、色々な取引もあっただろう。
特にオロ神聖国は教会や信者を使って甘い汁を用意するのが得意だったみたいだし、そこで利益を得ていた東側の貴族と、周囲の援助を受けながら前線を守ってきた西側の貴族。
東も西もそれぞれが対峙していた相手との関係が大きく変わった。
そして中央集権を進めたい中央……帝国貴族の目は今までよりも確実に内側に向けられる。
まぁ、南にエインヘリアっていう異物も現れたけど、そっちはまだ地方貴族達には関係ないしな。
そんな中このおっさんが退位して第一皇子に帝位を譲るのは……正直、良い考えとは言い難い。
第一皇子が地方貴族に強い影響力を持っているならともかく、特にそういう訳じゃないからな。
「ランティクス帝国が安定しているなら、お前よりも第一皇子の方がいい統治をするだろうな。だが、今の帝国に必要なのは安定した統治ではなく、強力な指導者だ。自分という英雄に頼らない国造りをしたってのは見事としか言いようがないが、時期が悪かったな」
一人に頼らない組織づくり……優秀なものが上に行く仕組みと同時に改革をしなければ片手落ちだけど、それを成すにはそれなりの土壌が必要だ。
瘦せた畑から高品質の作物は採れない……おっさんはまず、一人に頼らない仕組みの前に優秀なものを拾い上げる仕組みに着手するべきだったと俺は思う。
まぁ、どちらにしても、エインヘリアと魔王国……本当に時期が悪かったに尽きるね。
「お前が……いや、お前のことが無かったとしても魔王国のことを考えれば失策だったな。敵がオロ神聖国だけであれば問題なかったんだろうが」
まぁ、俺が向こうの大陸に召喚されたのはランティクス帝国とオロ神聖国の主導権争いが根っこにはあるし、おっさんが悪いと言えないこともない。
しかしそれは今更言っても詮無き事。
「自分たちが動いている間に他所も動く。当然だが、時勢ってのは自分たちだけでどうこうできるものじゃない。柔軟な対応を求められる今、速さと決断力を有するトップは必要不可欠だ」
「……ちっ、隠居は当分無理か」
「実権をお前が握ったまま皇帝を譲るって手もあるぞ?」
院政……皇帝って引退したら上皇になるのか?
その辺はよくわからんけど、そういう手もあるよね。
特に帝国は合議制だけど、後ろに退いたおっさんが糸を引くってやり方の方が上手くいくかもしれん。
「息子を傀儡にする趣味はねぇよ。それくらいだったら、嫌がられても権力の座に居座ってやる」
「……いや、どちらかと言えば皇帝の座を第一皇子は嫌がってるだろ」
「……何が嫌なんだろうな?」
「さぁな」
……多分だけど、このおっさんが優秀過ぎるからだろうな。
無能な二代目……って訳じゃないと思うけど、偉大過ぎる親に気後れして、そのポジションが自分に務まる訳がないと思っている。
それともう一つ、第一皇子は、今の帝国のトップに自分が立っても碌なことにならないと理解しているみたいだね。
……まぁ、シャイナが調べてくれた情報だけど。
強かさという意味で……国を率いるという意味では、第一皇女の方が皇帝に向いていると思うけど、合議制のトップという意味では第一皇子の方が向いているって感じだ。
どちらも優秀な人物だと思うけど、これは気質というか性質みたいなもんかね。
ただ……今の帝国にとっては、このおっさんが皇帝としてトップに立つ以上の良案はない。
とはいっても、このおっさんの中では既に答えは出しているのだろう。
俺に相談したのは……俺が同じ考えかどうか、聞いてみたかった……その程度だろうね。
「それより、お前が話したかったのは魔王国のことじゃないのか?」
俺がそう口にすると、ポリポリと頭を掻きながらおっさん少女が頷く。
若干気まずそうにしているのは……俺が考えていることに気付いたからだろう
まぁ、帝国のこれからは……経済的なこともあるし、おっさんが考えているよりもキツイと思うよ?
今それについて論ずるつもりはないけど……っていうか、このままだとヤバいよ?しか伝えられないし、突っ込まれたらうまく説明できる自信もない。
それなら魔王国に関してちょこちょこっと話をする方が安パイだ。
気圧のせいか、ここ数日頭痛が激しく筆が進まないので19日の投稿はお休みさせてください。
頭割れそう……あと咳が出る時頭が爆散しそう……。




