第192話 苛立ち
View of リキュ=エンネア 魔王国 夢見の識者 最弱の超越者
夢見の識者と呼ばれる私は、魔王国レシュトオルグにおいてそれなりに大事にされている。
地位や権力があるという訳ではないけど、発言力というか……国政への影響力はかなりあるだろう。
勿論、予知夢に関することだけだけど……。
解釈さえ間違わなければ、未来に起こる危機的な状況を察知できるというのは大きいとは思う。
万能には程遠いし、予知夢を見なかったからといって危機的状況が起こらないという訳でもないけど……。
まぁ、今、私の能力はどうでもいい。
何が言いたいのかというと、私は国に重宝されていて……その住まいも王城の敷地内となっているのだ。
軟禁や幽閉されているわけではないのだけど、気軽に外に出かけたり一般人が尋ねて来たりは難しい。
といっても家族と呼べる人は既におらず、知人や友人は皆登城できるだけの地位にある人たちだし不自由はしていないといえる。
まぁ、仕事の話は基本的に王城で行うので、私を個人的に尋ねて来る人は滅多にいないけど……。
護衛やメイドは、王城から身元がしっかりとしている信頼できる人たちが派遣されているし、生活には一切苦労していない。
元々物欲もあまりある方ではなく、宛がわれた家に必要最低限の物しか置いていないけど……食事はとても美味しいものを用意して貰えるので不満どころか、一生このまま世話をして貰いたいと思う。
そんなものぐさかつ怠惰な生活を満喫している私だけど、流石に先日の予知夢以降は忙しい生活を送っている。
出来れば追加の予知夢があると助かるのだけど……今日まで予知夢を見ることは無かった。
でも、ストラとその部下のお陰で候補地はかなり絞り込めたようだ。
詳しくは聞いていないけど……陛下たちであれば、絞り込めた候補地の何処で事が起こってもいいように対策を取るだろう。
今日はその対策会議があるため、私の方は一日休みとなっているのだけど……珍しい事に、我が家に客が来たのだ。
私が一番驚いたのは……客が来た記憶が殆ど無いにも拘らず、もてなしの準備が滞りなく行われたこと。
年に一度あるかないかといったレベルで客が来ないのに……ちゃんと用意してくれていることを感心すると同時に、税ってこういう風に無駄になっていくのだなぁと思った。
「このお茶美味しいねー。何処のだろ?」
私の向かい側に座る客……ストラが屈託なく微笑む。
しかし……先日会った時よりも疲れているように見えるのは……間違いないだろう。
「さぁ?お茶はあまり詳しく無くて……」
ストラの呟きに私は首を傾げる。
メイドが淹れてくれるお茶はいつも美味しいので、何処のお茶が好きだとか話をしたことが無かった。
私の好みをよく理解してくれていて、不味いと思ったお茶が出てきたことは一度もないので完全にお任せ……。
「じゃぁ、後で聞いとこ―。あ、こっちのお菓子も美味しいね」
「こちらは、王都で今流行りのお菓子です。卵と砂糖を使っているのは間違いないですが、他の材料は不明です。流石にレシピは教えてもらえませんし……色々な人に協力してもらっているのですが、卵と砂糖以外はさっぱり分かりませんし、調理方法も……。それにこの香り。まろやかな甘みがふわりと優しく香ってきますが……この香りの正体も不明です。半年ほど前から目を付けていたのですが、今月に入ってから急に王都の民の間で広まり始めたみたいで……ふふっ……レシピが知れ渡るのも時間の問題ですね」
「お茶とお菓子の熱量の差が凄い」
「勿論、このお菓子を生み出した料理人に敬意を払いたい気持ちは物凄くあります。ですが、同時にこの素敵なお菓子のことを知りたいのです。勿論今まで通りお店でこのお菓子を買って来て貰うつもりですし、その頻度を落とすつもりはありません。ですが、日持ちしないこのお菓子を好きな時に食べるには……やはり作るしかないのです!」
「まだ続くの?」
「もしレシピを手に入れたら……色々とアレンジを加えるのも良いですね。はちみつを試すというのもありかもしれません」
「……今試せば?」
「人気が出てしまって買うのも中々大変だそうです。無駄には出来ない……もしはちみつをかけて美味しくなくなったら……そう思うと気軽には試せませんね」
「……それは残念だね」
「ほんっとうに残念です。この家の料理人はいつもとても美味しいご飯を用意してくれますし、きっとレシピさえ分ればこのお菓子さらに発展させてくれるに違いなく……」
「……終わらないんだけど」
お菓子についてストラと熱く語り合っていると、いつの間にか随分と時間が立っていたみたいでお茶がすっかり冷たくなってしまっていた。
私がその事に気付くと同時に、メイドが新しいお茶を用意してくれたんだけど……気のせいか、何度かその姿を見たような気が……。
「あ、正気に戻った?お菓子の国から戻ってこなかったらどうしようって思ってたところだよ」
「?」
尋ねて来た時よりも若干疲れが増したような表情のストラに首を傾げる。
「そういえば、ストラはどうしてここに?」
「うん、日が暮れる前にそう聞いてくれて良かったよ」
「疲れているみたいだけど、何かあったの?」
候補地を割り出したり、山の向こうの情報を得るために色々と手配したりとそれなりに忙しかったみたいだけど……ここまで疲弊するような内容ではなかった筈。
「うん、いや、それがね……何もないんだ」
「何もないのに疲れているの?」
首を傾げる私に苦笑を見せるストラ……その笑みはいつも見せる晴れやかな笑みとは違い随分と力が感じられない。
「あはは、体力的に疲れてるっていうより気疲れって感じかなぁ」
いつも肩の力を抜き、お気楽な雰囲気を見せるストラの珍しい姿に驚いていると、ストラが自分の頬をぺちぺちと叩く。
「ごめんねぇ、こういうとこあまり他所では見せられないからさー」
「それで、殆ど誰も来ない私の家に?」
「休めるところってあんまりなくってさー」
そういって両手を上げ、背中を伸ばしながら気持ちよさそうな声を出すストラ。
まぁ、ストラにはいつも世話になっているし、ここで休むくらいは全然問題ないけど……。
「ストラがそんなに気疲れするって……何か厄介事?」
「いやー、さっきも言ったけど何もないんだよねー」
「……どういうこと?」
何もないのニュアンスが気になった私がそう尋ねると、ストラは自分の髪をくるくると指で弄る。
「うーん、リキュ様、なんか予知夢とか見てたりしない?」
軽い様子で聞いて来ているけど……ストラがこんなことを言うなんて、相当参っている?
力になってあげたいとは思うけど……。
「いえ、例の件以降見ていないわ」
「そっかー」
「私の予知夢は……」
「あー、うん、ごめんねー」
謝りながら笑顔を見せるストラだけど、その表情は晴れやかとは程遠い。
気遣わしげな空気でも出ていたのか、髪を弄る手を止めたストラが少し表情を真剣なものにする。
「……山の向こうの話は覚えてる?」
「南側にある宗教国家の様子がおかしいってやつ?」
「うん。それも含めてなんだけど……なんかね、やな感じがするんだ」
「嫌な感じ?」
「うん……南側から情報が途絶えた以上、送り込んだ諜報員は狩られたか……身動きが取れないかってところだと思うんだけど、動きが鮮やか過ぎるんだよねー」
「鮮やか?」
「うん。一人や二人に不測の事態があったとしても、別ルートからこちらに連絡は出来るように準備はしてたはず。実際今までは何かあって連絡ができなかったとしても……少し遅れて連絡を寄越してきてた」
「なるほど……」
確かに、ストラがその辺を考えていない筈が無い……。
「二部隊送ったけど……情報が手に入るまで少し時間がかかるしねぇ」
それはそうだろうけど……そこまでやきもきするのは何故?
「こっちの諜報員を刈り取った連中がいたとして……こっちに手を伸ばしてこないとは思えないんだよねー」
「!?それって、山の向こうから諜報員がこちらに送り込まれているってこと?」
「多分ねー。でもその尻尾が全く掴めない。山沿いを中心に防諜には結構力を入れてたから一切何もないってのが信じられなくってさー」
絶対に密偵が来ている筈なのにその痕跡が見つからない……それで苛立っている感じ?
……来てないんじゃないの?
一瞬そう思ったけど、ストラの様子から私のそれは楽観に過ぎないのだろうと思い直す。
「多分、南側の連中と諜報合戦になったら勝てないと思う。だから……少しでもいいから、向こうの情報が欲しいの」
「使節団と一緒に行けばよかったんじゃ?」
私がそういうと、ストラは首を横に振る。
「それも考えたんだけどー、こっちを手薄にしたくなかったんだよねー」
「……」
「因みにー、リキュ様の警備は普段の三倍くらいに増えてるよ」
「そ、そうなの?」
全然気づかなかった……。
「陛下が一番心配しているのはリキュ様だからねー。愛されてるぅ!」
「……無理にテンション上げなくていいですよ?」
「あははー。参ったなぁ」
頭を搔く真似をしながらストラが言う。
「今から向こうに行くのは時期を外しちゃってるし、なによりこっちは今空けられないもんね」
そういってる割に……イライラしてるわよね。
「何かがいるのはわかってる。姿も形も音も匂いもしない……でも確実にいる。こんな厄介な相手は初めてだなぁ」
……あれ?
イライラしてると思ったけど……なんか違う……いや、雰囲気が変わった?
私の見たことのない……普段とは明らかに違う笑みを見せるストラ。
何故かその姿に背筋がゾクリとした。




