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第189話 仕事モード



View of モルド=コールリン 魔王国伯爵 使節団団長





 森を抜けると、遠くの方にランティクス帝国の砦が見えた。


 ……そうか。


 私の勝手なイメージだったが、森を抜けたらすぐに砦があると思っていたのだが……なるほど、まだかなり距離があるようだ。


 よく考えてみれば、この地は我が国とランティクス帝国の戦場となるわけで、砦のすぐ傍に森があったら非常に守り辛い……少し距離があって当然だな。


 礼装に身を包み、その上から埃避けのマントを羽織り……森の中より遥かにマシではあるが、荒野を砦へと進む……億劫ではあるが、足を進めねば永遠に辿り着くことはない。


 ……ということもないか。


 我々が森から出てきたことは既に捕捉されている筈。


 そう遠くない内に迎え……もしくは捕まえに軍がやってくるだろう。


 森を出てすぐに軍旗ではなく国旗を掲げ、こちらの国々で使われる使者の証となる旗も掲げた。


 手荒な真似は……されない筈だ。


 初手でもし手荒なことをされれば……任務は失敗となる公算が大だな。


 ……あぁ、生きた心地がしない。


「コールリン卿、大丈夫ですか?」


 にこやかな様子で尋ねてくるベルルト子爵に私は頷いて見せる。


「そういえば、ベルルト卿はこちらに来るのは初めてではないのだったな?」


「えぇ、今回で五度目になります」


「交渉が上手くいったとして……帰りは本当に大丈夫なのか?こちらに来る時はまだ雪は大丈夫だったが、戻る頃には相当凄いのだろう?」


「えぇ。まぁ、慣れていますので。コールリン卿は、他の使節団の方々と共に雪解けの季節までこちら側でのんびりお待ちください」


「のんびり……か」


 確かに雪山越えをするベルルト子爵は命がけの移動となるだろうが……私たちとしてものんびりできる状況とは言い難い。


 なにせ、関係は最悪ともいって良い敵地に少人数で滞在するのだ。


 交渉が上手くいった時点で国主導で我々を害することは無いだろうが、個人的な恨みは山の様に買っているだろうし、自分が破滅しようとも……といった感じで我々の命を狙ってくる輩もいるかもしれない。


 勿論、ランティクス帝国としても外交の使者が害されたなどという失態は避けたいだろうから、その辺りは力を入れて統制するとは思うが……後継者争いや派閥争いに利用される可能性も否定はできないだろう。


 仕入れた情報によると、ランティクス帝国の皇子や皇女はそれなりの年齢で人格的にも能力的にも問題ないようだが、何故か誰も皇太子にはなっていない。


 そこに何らかの意図がある……恐らく派閥争いか何かが。


 面倒なことこの上ないと思うが、権力を求める者は少なくない。


 皇太子とそれ以外の皇子や皇女では動かせる金も力も文字通り桁が違う。


 国を良くしたい……そういう想いで権力を求めるのであればまだ理解できるが、ただ自身の欲を満たすために権力を求める者は……権力というものの本当の恐ろしさを知らない愚か者といえる。


 これから国交を結ぶ国の後継者が愚かでないことを願うばかりだ。


 ……いや、それ以前に現皇帝やその周りの上層部だな。


「あぁ、出ましたね」


 そんな事を考えていると、砦の方を見ていたベルルト子爵が何やら呟く。


「出た?何が出たのだ?」


「砦から兵が出てきました。この距離なので正確な数は分かりませんが……百以下ということはないでしょう」


「そうか……」


 我々が掲げているのは軍旗ではなく国旗……その違いを相手に理解してもらえるかどうかわからないが……いや、理解してもらえるとは考えない方がよい。


 山を隔て言葉も文化も違う相手だ……今は、相手方の文化である使者の旗の効果を信じるしかない。


 ……矢とか飛んで来たらどうしたらいいんだ?


 勿論、使節団の護衛はいる。


 しかし、使節団として不自然にならない程度の人数しか連れて来ていない……いや、寧ろ少ないくらいだろう。


 敵対する意思を見せないことを優先したのだが……心細すぎる。


 いや、分かっている。


 軍をぞろぞろと連れて来てしまっては、交渉を成功させるどころか始まりすらしないだろう。


 可能な限り、敵意は見せるべきではない。


「非常に警戒していますね」


「それはそうだろうが……良く見えるな?」


 指で四角を作り、それを覗き込みながら言うベルルト子爵に私が問いかけるとこちらを向いてにやりと笑みを見せる。


「そういう訓練をしていますからね。数は二百強といったところです。我々の人数は二十足らず……制圧するには十分過ぎる数ですね」


「こちらに握手の文化はあったかな?」


「捕虜から聞いた限りではあるようですね」


「友好の証でいいんだよな?」


「左で握り合って右で殴るという文化ではないようです」


「それはよかった」


 山で隔てられていても共通する文化はあるようだ。


 安心出来る話のような……やはりそうでもないか。


 砂煙を上げながらこちらに向かってくる二百強の敵国兵。


 ……どう見ても安心できない。


 しかし、もう怯えている場合ではない……これから私たちは絶賛戦争中の敵国を、最悪でも国交ある隣国に変えなくてはならないのだから。


 さて……意識を切り替えよう。


 ここから先愚痴を考える余裕はない、私は国の為……全力で事を成さなければならない。


 ランティクス帝国との国交を開く。


 そしてエンネア様の予知夢……それを読み解くカギを、手に入れるのだ。


 ゆっくりと息を吸う。


 森の中とは違う、乾燥した空気が胸に溜まり……それをまたゆっくりと吐き出す。


 先程まで感じていた寒さや疲労、そして恐怖といったものが空気と共に体の内から消えていく。


 残ったものは魔王国レシュトオルグ代表であるという誇りと自信、成し遂げなければならない使命のみ。


「……陛下やエルモーフィン侯が貴方を推すわけです」


「何か?」


 ベルルト子爵が眩しそうにこちらを見ながら何かを呟く。


 聞き取れずにそれを聞き返したが、苦笑したベルルト子爵は近づいてくる帝国軍の方に顔を向ける。


「皆、分かっていると思うが抵抗はするな。武器に手をかけるのも禁止だ」


「「はっ!」」


 護衛の兵士たちの役目は、ここまでの道中の安全。


 ここより先は、我々使節団の仕事だ。



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