第183話 レポート・一枚目
View of ドラン=セラ=セリオール ヒエーレッソ王国子爵 西方将軍副将
またなのか。
また私なのか。
いや、わかっている。
以前もそうだった。
私が一番適任なのだ。
この森に詳しく、援軍であるエインヘリアに対して非礼とならないだけの身分と地位……。
残念ながらそれを満たしているのは西方将軍であるエラティス侯爵か、副将で子爵である私くらいだ。
最激戦区と呼ばれるこの地に望んで来る者は殆どいないし、貴族であれば尚更。
特に、先日までオロ神聖国に全力で媚を売っていた連中がここに来ることはありえないだろう。
だから、私がサリア殿と共に森にやってきたことに不満は……全く無いとは言わないが、納得はしている。
隣にいるサリア殿は鼻歌でも歌いそうなくらいご機嫌だが……果たしてこれからどうなるのか……エインヘリア王陛下の凄まじさは、今でもこの目に焼き付いているが……。
一日目
三千の兵を森の外に置き、七千の兵が森の中へと入っていく。
粛々と命令に従い森へと入っていく兵は、生き生きとしたサリア殿と正反対というか……失礼だが死人か人形のようにも感じられる。
生気が感じられないのだ。
若干不気味……いや、援軍に来てくれた軍に向かって失礼にも程があるが……それでも恐れも高揚も誰一人として見せないあり方は、兵を率いる立場として多くの者たちの姿を見て来た私からすると異様に見える。
サリア殿が非常にはハキハキした方なので、兵達の無機質な感じが際立っているのだ。
それに装備にも不安がある。
我々が森に入る時は動きやすい革の鎧を着用し、武器もショートソードやナイフ、短弓といった取り回しのしやすいものを中心に用意していた。
しかし、サリア殿は芸術品のように華美な装飾のされた槍。
他の兵達も長槍とまではいわないが、それでも身の丈より多少長い槍を手にしている。
森の中で取りまわすのは非常に厳しいサイズだが……ざっと見た感じ一万の兵、その全員が槍を手にしていた。
輜重隊や後方支援の者もいなければ下働きの者すらいなかったし、そもそも物資は何処に……?
結局森の外に野営地も造らなかったし……いや、恐らくあの飛行船に戻れば問題ないということだろう。
ということは兵糧もすべて船の中か。
ぞろぞろとあり得ない数の兵が船から降りて来たことでそんな単純なことに、私もエラティス将軍も気付かなかったようだ。
しかし、これは良くないな。
明らかにエインヘリア軍と我々の打ち合わせが足りていない。
少しサリア殿と話をした方が良いだろう。
一日目・その二
サリア殿と話したが、どうやらこのサリア殿麾下の一万は槍を専門に扱う部隊らしい。
エインヘリアでは各将が率いる兵は全員が一つの武器を専業しているとのことで、他の武器を扱うことはないらしい。
戦場であれば、用意した武器だけではなく落ちている武器を拾いがむしゃらに戦うこともあるだろうが……将の下に単一の兵種が揃うというのは……運用しにくいのではないだろうか?
いや、臨機応変に対応するのではなく特化させることで役割を限定し、単純化することで部隊運用を簡単にしているのかもしれない。
しかし、一万もの軍で同一兵種しかいないというのは……正直厳し過ぎないだろうか?
一万ともなれば、盾、槍、弓、魔法兵、騎兵……この辺りをバランスよく編成して輜重隊を付ければ、一方面を任せることが出来る軍と成る筈だ。
しかし、槍兵だけでは……遠距離に一切対応出来ないし、魔法にも無力だろう。
サリア殿と話しながらそんな風に考えた。
一日目・その三
森の魔物と言えば、民からすれば絶望的な存在の代名詞。
我々西方軍の者からしても一人で相対するのは恐ろしい相手だし、仲間とともに相対したとしてもけして油断してよい相手ではない。
森での戦闘に適した動きやすい装備、取り回しに優れた扱いやすい武器、狭所に応じた連携……それらを駆使してなお命を懸けて戦う相手だ。
例え表層の魔物相手であったとしても、万全を整えてなお怪我、中層の魔物ともなれば死を覚悟しなければならないのが森で魔物と戦うということなのだが……私の目の前でそんな中層の魔物が次々と槍で貫かれていく。
それがサリア殿の成した事であれば、あぁ、やはりあのエインヘリア王陛下の下で将となる人物なのだなと納得できるのだが……今、狼の魔物を貫いたのはサリア殿の率いている兵の槍だ。
獰猛かつ俊敏な魔物の動きに一切の恐れを見せず、的確に槍を突き出す。
恐れず、躊躇わず、忠実に命令をこなすその姿は……いち兵卒として理想的な姿だ。
連携も完璧、膂力も相当強い上、攻撃も正確無比。
しかも判を押したように全ての兵が同じレベルで動き……ん?
いや、動きや強さどころか体格さえも判を押したように同じような……?
い、いや、そんな馬鹿な……。
いくらエインヘリアでも全く同一の体格の者を一万人も集められる筈がない……よな?
一日目・その四
エインヘリア軍の進軍が止まらない。
いや、森の中に入ってすぐ部隊は細かく分けられたため、全軍に於いて問題がないかどうかはわからないが、少なくともサリア殿が直接率いる五十名の部隊は破竹の勢いで中層まで進軍して来た。
しかし、七千もの兵が森に入ったとは思えない程森の中は静かだ。
サリア殿の話では七千の内四千は表層に残し、魔物が森の外に出ないように守らせており残りの二千の侵攻部隊と千の予備兵で森の奥へと進行しているとのこと。
中層の魔物といえば、単体で強力な魔物から集団で襲い掛かって来る魔物まで、幅広い種類の魔物が生息している危険地帯だ。
我が軍の精鋭であっても中層の魔物はある程度開けた場所でなければまともに戦うことすら出来ないのだが……エインヘリアの兵はその手にした槍であっさりと屍の山を築き上げていく。
更に殺した魔物を予備兵が森の外へと運んで行く……魔物の素材が我が国の貴重な収入源であることを以前エインヘリア王陛下に伝えていたが、まさかサリア殿たちが倒した魔物まで我々に提供して頂けるとは思っていなかった。
とはいえ、流石に無償で譲り受ける訳にはいかないのだが……。
いや、もしかしたら上層部の方では話が済んでいるのかもしれない……というか、話がついていて当然だな。
エラティス将軍が砦に戻ってこられてからすぐ……王都でのことを聞く前に森に来てしまったからな。
戻り次第、細かい部分を聞いておかねば……。
……そういえば、今日はどのくらい奥まで潜るのだろうか?
先程は目の前のことでいっぱいいっぱいで、そこまで頭が回っていなかったな。
一日目・その五
引っ切り無しに魔物が現れているが、サリア殿が手にした槍を振るうまでもなく、エインヘリア兵の手によってどんどん魔物が倒されていく。
既に中層から深層へと辿り着きそう場所までやってきた。
以前エインヘリア王陛下と共に深層に来た時よりも些か時間がかかっているが……あの時は大侵攻の直後、魔物の数も今とは比べ物にならぬ程少なかった。
それに流石にエインヘリア兵一人一人の強さは、エインヘリア王陛下の連れていたメイド程では無いようだ……いや、兵よりメイドの方が強いっておかしくないか?
……まぁ、それはいいか。
それにしても、思っていたより中層の魔物が増えている。
あの大侵攻の後、縄張り的に空白地帯となったこの辺りに他の場所から魔物が移動してくることはわかっていた。
この地には魔物が集まる様な魅力的な何かがあるのかもしれない。
それが何なのかは知らないが、表層に比べると中層は魔物の数が多かった。
深層も同様なのだろうか?
中層と深層の魔物では強さの格が異なる……数こそ減るが、その脅威度は跳ね上がる。
今日はこの辺りにした方が……そう思ってサリア殿に話しかけた。




