第182話 エインヘリアの援軍
View of カウルン=テオ=エラティス ヒエーレッソ王国侯爵 西方将軍
私は長年最激戦区と呼ばれる場所で西方将軍として砦の指揮を執ってきた。
政治に疎かったというのもあるが、中央から離れ絶えず魔物との戦いに明け暮れる日々の方が性に合っていたのだろう。
何より、一度この地を目にしてしまっては……どうしてもここを他人任せには出来なかった。
森に入り魔物を間引く。
砦に攻め寄せる魔物を撃退する。
幾度となく部下の死を見送り、新たにやってきた若者を死地へと向かわせる……他人任せにはどうしてもできなかった。
だから私は常に最前線の砦に詰めて指揮を執る。
幸い、エラティス侯爵家の跡取りは既に息子がいるし、私と違って王都で上手くやってくれるだろう。
決意や使命などと大仰なことを言うつもりはないが、私はこの地に骨を埋めるつもりだ。
そんな終の棲家と決め、慣れ親しんだ堅牢な砦も……上空から見ると随分と小さく見えるのだな。
私は今、エインヘリアの空を飛ぶ船……飛行船に乗って王都から最激戦区の砦へと帰ってきている最中だ。
「そろそろ到着であります!エラティス将軍」
甲板で地上を見下ろしていると、エインヘリアより援軍の将としてやってきたサリア殿が声をかけて来た。
「ありがとうございます、サリア殿。空から見る風景は実に興味深く、時間を忘れて見入ってしまいました」
「楽しんでいただけたようで何よりであります!ところでどのあたりに着陸すればよいでありますか?」
晴れやかな笑顔を見せるサリア殿。
その外見はとても一万の軍を預かる将には見えないものだが……サリア殿が只人ではないことは、武人として平凡に過ぎない私であっても理解できる。
しかし……エインヘリア王陛下も似たような雰囲気はあったが、非常に気さくな方だ。
「既に早馬にて伝令を出しております。砦のすぐ傍……東側に着陸して頂けますか?」
「了解であります!では、一度船内に戻っていただけるでありますか?着陸の際は多少揺れるので船内で座ってお待ちくださいであります!」
「畏まりました。お手間を取らせてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、それではまた後程!」
サリア殿の後ろ姿を見送ってから私は船内に戻る。
……やはりわからないな。
サリア殿はエインヘリアからの援軍。
そしてエインヘリアから送られてくる援軍は一万。
しかし、どう見てもこの船に一万の兵は乗っていない。
このサロンも……サリア殿とメイドの姿しか私は見ていないし……いや、将はサリア殿だけとのことだったが、上級士官もいないということだろうか?
エインヘリア本国の軍編成がどういうものなのか……サリア殿にお聞きしたい所だが、変に探っていると思われるのは避けたい。
いや、今後エインヘリア軍と連携を取っていかなければならない以上、ある程度情報の共有は必要だ。
けしてエインヘリアという国が、エインヘリア王陛下がどのような軍を運用しているのか知りたいという訳ではない。
そう結論付けた私がサロンの椅子に腰を掛けると、飛行船がゆっくりと降下を始めた。
……まさか私が椅子に座るのを待っていたのか?
いや、サロンには誰もいない……偶々タイミングがあっただけだろう。
地面に降り立った直後、なんとなく足元がふわふわするというか地に足がついていない感じというか……何とも言えない不思議な感覚を味わった。
しかし、今ほど現実感が無かったとは言い難い。
「……」
私の横で同じ光景を見ている副将も……茫然というか、なにか遠い目をしている。
私たちの目の前ではエインヘリアからきた援軍が……ぞろぞろと列を成して私の乗ってきた飛行船から降りて来ているのだ。
あの船の一体どこにあれ程の人数がいたのだ?
海に浮かぶ船と同じであれば、どれほど詰め込んだとしてあのサイズには二百人くらいが限界……。
「お待たせして申し訳ないであります!もう少しで全員出てくるでありますが……揃い次第西の森に向かうであります」
「……あ、サリア殿……え?もう森に行かれるのですか?」
「その為に来たであります!」
「少し休まれた方が良いのでは?それに拠点の設営も必要かと。勿論我々もお手伝いさせて頂きますが……」
「拠点でありますか?この砦以外に作るでありますか?」
「えっ!?申し訳ありません、サリア殿。事前に砦は使われないと聞かされていたのですが……」
マズい……砦は使わず、兵糧も宿営施設も必要ないと聞いていたのだが……連絡の行き違いか!?
降りて来た兵も整列するだけで野営地の設営を始める様子もない……私は内心冷や汗を、隣の副官に至っては顔面を蒼白にしている。
この砦は戦闘用の砦で収容人数はそこまで多くない。
例え砦に詰めている西方軍を全員外に出したとしても、一万もの兵を受け入れることは難しい……いや、入るだけなら可能だろうが、砦としてはおろか宿泊施設としてもとてもではないが機能しないだろう。
もし行き違いだとすれば……どう対応する?
そんな風に私が肝を冷やしていると、サリア殿がきょとんとした表情を見せる。
「砦は使わないでありますが……あ、そういうことでありますか!我々は特に拠点は必要ないと事前にお伝えしていたでありますが、もしかしてお聞きでなかったでありますか?」
「い、いえ。宿泊施設も兵糧も用意は必要ないと聞いておりますが……」
「それで間違いないであります!」
ハキハキと答えるサリア殿。
……その答えも明朗快活なものだが、本当に大丈夫なのだろうか?
一万規模の野営地の設営、それなりに時間はかかるし……何よりここはいつ魔物の襲撃があってもおかしくない地。
ただ天幕を用意する程度の拠点では、危険過ぎて休むこともままならないだろう。
「三千はここに置いて魔物が森の外に出ないように備えさせるでありますが、残りは私と共に森に入って魔物を倒し運び出させるであります。そのまま森の中で戦う部隊と森の表層で警戒する部隊に分けつつ南下して魔物を削っていくであります」
「……南下されるので?」
「この地の魔物は数を大きく減らしたと聞いているでありますが、森の他の場所にはまだ多くの魔物がいるとも聞いているであります。特に深層や最深層には軍でも手こずるような魔物がいると。なので、その辺りの魔物を間引いて来ようと思うであります!」
「お、お待ちください!サリア殿。確かに深層や最深層の魔物が森の外に出てくれば、下手をすると国が亡びる可能性もあります。ですが、深層でも年に一度現れるかどうか、深層の魔物に至っては伝説と言われるほど目にすることはありません」
「おっしゃりたいことはわかるであります!わざわざ藪をつつくなということでありますな?ですが、滅多に現れないからと放置するのは良くないであります!」
「それはそうですが……」
しかし、魔物は……この森に棲む魔物はそこらの害獣とは違う。
森という環境は、個々の身体能力に劣る我々にとって連携という強みを十全に生かせぬ危険地帯。
平地であれば難なく処理できる相手でも、森に入ればその脅威度は一気に跳ね上がる。
勿論、我々も森に入って魔物の間引きを行う。
しかしそれは表層の魔物が殆どで、中層より奥の魔物はたとえ遭遇したとしても、討伐計画を立て事前に準備をしている時以外は逃げることを優先している。
一万の軍が十分にその力を発揮できる環境ではないのだ。
確かにサリア殿であれば、森の魔物も脅威ではないのだろう。
しかし、その部下は違う筈だ。
あの一万の兵も深層の魔物と遭遇してしまえば……そしてそこが森の中であるなら、恐らく誰一人生き延びることは出来ないだろう。
「心配無用であります!」
……どうしたものか。
援軍に来てくれた相手に対し、危険だからそれは止めてくれとも言えないし……せめてこちらからも人を出し、状況に応じて撤退の進言だけでも出来るようにしておくべきだな。
しかし、問題は人選だが……私は隣に立つ副官を見る。
申し訳ないが、また彼に頼まなければならないか……。




