第176話 絶死
書類には、非常に綺麗な字で魔王国の情報が記載されている。
クーガーはその喋り方から下っ端っぽい印象を受けるが、仕事は滅茶苦茶できるタイプだ。
パソコンもないのに……すごいわぁ。
正直俺は真っ直ぐ横に文字を書くことすら苦手だ。
いや、アンダーラインとか引いてあったら書けるけど……段々斜めっていくというか……とにかく苦手です。
「魔王国。今代の魔王はレクト=アスォマ、四代目の魔王で魔族らしいっス」
魔族……アシェラートのところでエルフ耳の魔法使いがいた記憶があったけど、やっぱ山の向こうには人族以外が普通にいるみたいだね。
「山の向こうは魔王国が統一しているらしく国は魔王国のみ。統一したのは約二百年前とのことで、それを成したのは初代の魔王だそうっス」
二百年前に大陸統一か……大陸を統一した初代も凄いが、二百年統一国家をもたせていることも凄いな。
こっちの大陸も二百年くらい続く国は普通にあったけど、外勢力もある状態だったからな。
しかし、統一国家の敵は……内部にいるからな。
崩れる時は積み木のように一気に崩れていくことが多い……。
「今代の魔王は……かなり人気があるみたいで、名君って言われているそうっス。山を越えて侵略を始めたのは、災厄に襲われない新天地を求めて……もしくは災厄を倒すことが出来る何かを求めて……そんな感じらしいっス」
それでアシェラートに目を付けたってことね。
「魔王の下に、宰相を筆頭とした文官、大将軍を筆頭とした武官がいるっス。先ほど言った東征軍ってのは、大将軍の下の東征将軍ってのが率いているっス。そして大陸の向こうには超越者と呼ばれる連中がいるらしいっス」
「超越者……そういえば、連中と戦った時に俺を見てそんなことを言っていたな」
「超越者は、こちらで言うところの英雄のことみたいっス。俺のことも超越者って連中言ってたっス」
なるほど。
俺たち自身は別に英雄ではないけど、この世界の人たちが口を揃えて英雄って呼ぶしな。
そして魔王国の連中から見たら俺たちは超越者ってことか。
「魔王国に所属している超越者は全部で十二人」
結構多いな……フィリアのとこには及ばないけど、エルディオンよりもかなり多い……天然ものだよね?
エルディオンみたいに人工的に超越者とか作ってないよね?
「尋問した奴は超越者のことは殆ど知らなかったっス。でも一人だけ……国民のほぼ全員が知ってる超越者がいるっス」
「ほう?」
有名どころの超越者か。
リズバーンみたいな感じかな?
「リキュ=エンネア。夢見の識者と呼ばれる超越者っス」
「夢見の識者?」
「っス。なんでも予知夢を見るらしいっス」
「ほう?」
予知夢かぁ。
レギオンズにもそんな感じのキャラがいたよなぁ……だからこそクーガーは普通に予知夢自体を受け入れてるんだろうな。
「面倒な能力ですね。精度はどの程度なのでしょうか?」
「百発百中だそうっスよ」
「……ノーフェイスの潜入を見破れるとしたらその者でしょうね」
「殺るっスか?」
「……」
百パーセント的中の予知夢は怖すぎるけど、見破られたからといってノーフェイスが捕縛されたり殺されたりするとは思えない。
勿論、今までに比べたら危険はかなり大きいだろうけど……予知夢でノーフェイスが潜入を見破られたとして、相手の最大戦力である超越者が全員同時に襲い掛かってきたら……うん、普通に全員返り討ちにしそうだ。
まぁ超越者の強さが英雄と同じくらいであればだけど……少なくとも帝国の『至天』十二人にかこまれたとしても、ノーフェイスなら一瞬で離脱できるし、逃げずともさくっとやれるだろう。
「魔王国にどう対応するかは、調査の結果次第で決める。最初から敵対する方向であれば暗殺でも構わんが……」
「魔王国を赦されるのですか?」
俺の言葉にキリクが反応する。
……怒ってはなさそうだけど、ご、ご不満ですかね?
と、とりあえず覇王の言い分を聞いて貰おう。
「アレはただの遭遇戦だ。被害を受けた訳ではないし、そんなことで魔王国に責任を問うつもりはない」
名乗って襲い掛かられたわけじゃないし、目撃者はいないし、襲ってきた奴は死んだか捕虜となったかだし……それ以上はもういいと思う。
まだ今の段階ならうちと戦端が開かれている訳でもないしね。
魔王国に思うところがあるのは俺よりもアシェラートだろう。
……まぁ、あんまり恨み骨髄って感じではなさそうだけど。
「現段階で要人暗殺は避けるべきということですね……」
「……ノーフェイスなら……予知夢で……バレても……大丈夫……」
「そっスね。他の変装すればまたすぐに潜り込めるっス」
……俺とはちょっと心配の方向性が違うみたいだけど、ウルルとクーガーが太鼓判を押している。
二人の心配は情報収集の可否……俺の心配はノーフェイスの身の安全。
でもウルル達はそもそもノーフェイスが害される筈がないと信頼している……俺の方が信頼しきれていないってことになるのか。
「ふむ、そうですね。それに暗殺することを予知夢で見られた場合……その後友好的なやりとりは確実に出来なくなりますし、フェルズ様のおっしゃる通りやめておいた方がよさそうです。申し訳ありません、フェルズ様」
「いや、キリクがそれを口にしてくれたからこそ、俺もそこまで考えることが出来た。参謀としていつも俺を助けてくれているが、くくっ……暫く離れていたせいか、そのありがたみが身に染みるな」
うん……言動こそ細心の注意が必要だけど、レヴィアナたちと居た時みたいに細かいアレコレを考えなくても、物凄く大雑把に方針を決めるだけで最善手を打ってくれるからね……。
いや、仕事丸投げってことじゃない……筈。
「ふぇ、フェルズ様……」
だからキリク……そんな感極まった顔しなくていいんじゃよ?
「勿論、皆にも言えることだ。期待している」
俺はキリクから視線を外し、皆の方を向きながら続けた……別に心が痛くなったからではないよ?
「「はっ」」
皆の返事に、鷹揚に頷いて見せた俺はクーガーに先を促すが、現時点で出せる情報はこれくらいだと言われた。
となると、次は……フィリアの件をキリクやイルミットに聞いてみるか。
……。
いや、なんて聞けば?
スラージアン帝国の併合についてだが……いやいや、これじゃぁ併合進める方向みたいな感じじゃん。
じゃぁ、婉曲的に聞いてみる?
例えば……フィリアから何か聞いてる?
子供を作る件ですか?
はいアウト!
えぇ……どう聞けばいいのん?
相談をする為の質問の仕方を相談したいんじゃが……。
View of リキュ=エンネア 魔王国 夢見の識者 最弱の超越者
「はっ!?」
ベッドから飛び起きるように身を起こした私は心臓が早鐘を打っていることに気付く。
……予知夢……ではない。
でも何かこう……絶対に避けられない死の運命を回避できたような……。
何故かそんな気がしている。
「いいこと……のはずだけど……なんだろう?」
動悸の収まらない心臓。
胸の内に広がる黒い不安感。
私はさっきまでの夢を思い出そうとする。
予知夢ではない……予知夢であれば目が覚めた時にはっきりと詳細を覚えている筈だから。
だとすると、ただ悪夢を見ただけ……それを怖がっているだけ……の筈。
ベッドの上で深呼吸をしていると、だんだん動悸が収まってきた。
それと同時に胸の内に淀んでいた嫌なものも小さくなっていく……。
うん、大丈夫そうね。
最後に大きく深呼吸をしてから、私はサイドテーブルに置いてあるベルを鳴らしメイドを呼んだ。




