第174話 教皇と聖騎士
View of コルネイ オロ神教 元教皇
一切の抵抗をしない。
あの凄まじい気配と怒りをまき散らす英雄に降参して以降、私はエインヘリアの作った流れに身を任せた。
大聖堂は地上から姿を消し、オロ神教の上層部はその派閥を問わず一掃された。
唯一残ったのは、処分したはずのドルトロス大司教だけ……まぁ、彼自身生き残れるかどうかは五分五分かそれ以下といったところだろうが。
それに又甥である現ハイゼル家当主のソルトンも、神聖国の代表を押し付けられたようだし……二人はこれからかなり辛い立場となるだろう。
私は己が望みのままに生きて来たし、その割にかなり長生きもした。
私としては暗殺か謀略による死か……もしくは突発的な暴力による死……そのあたりが自分の最後だと思っていたのだが、まさか裁判にかけられてからの処刑による死とは全く予想出来なかったな。
自分の死ではあるが、予想すら出来なかった結末に少し面白くなってしまう。
最近……いや、最近といってもエインヘリアが現れるより以前となるが……あまり物事に感情を動かすことが無くなっていたように思うが、エインヘリアがこの大陸にやって来てから予想すら出来ないことが起こり過ぎた。
それが面白くなかったと言えば嘘になる。
まぁ、その上で私が勝った方が面白かっただろうが……いや、それもどうだろうか?
読みを全部外され、思い通りにいかなかったからこそ面白いと感じたのかもしれない。
「ふふっ……」
思わず笑い声を漏らしてしまったが……まぁ、この部屋には誰もいない。
別に気にする必要はないだろう。
私が軟禁されているのはとある貴族の屋敷の一室……窓には格子が付いており、とりあえずといった感じで逃走防止策をとっているようだが、部屋の中に監視はおらず外に出られないことを除けば非常に快適な生活をさせてもらっている。
周りの目を気にしなくてよい分、今の方がストレスのない生活といえるかもしれないな。
そう思うと再び笑いが……と思ったタイミングで扉がノックされる。
なんだろうか?
食事にはまだ早い……というか軟禁相手にノックをして、わざわざ返事を待つ必要もないと思うが……。
「なんでしょうか?」
「面会の方が来られています。お通ししてもよろしいですか?」
「えぇ、構いません。ありがとうございます」
私がそう返事すると、扉が開かれ……なるほど、今更私に面会など疑問でしたが……貴方でしたか。
「……思っていたよりも遥かに元気そうだな」
「えぇ、非常に良くしてもらっていますよ。貴方も無事でしたか……ガルロンド」
「あぁ」
仏頂面のまま部屋に入ってきたのガルロンド……聖騎士ガルロンドだ。
『スルラの影』と聖騎士ガルロンド。
この二つのカードがあったからこそ、私はこの歳まで生きながらえることが出来たと言える。
二つの切り札の内、一つにはあっさりと裏切られ、もう一つは……最後まで付き合おうとしてくれている感じだろう。
「おい、ジジイ。逃げるか?」
仏頂面のガルロンドは部屋をゆっくりと見まわした後、おもむろに呟くように言う。
「ふむ……」
私は立ち上がり、部屋の隅に用意されているテーブルへと近づく。
テーブルの上には茶器と、二人分のティーセットが置かれている。
何故二人分の用意があるのかと思っていたが……この時の為に?
相変わらず部屋の中に監視はいない……ガルロンドが英雄であることを知っているにも関わらず。
油断……ではないのだろうな。
「逃げられますか?」
「ジジイ一人を逃がすくらいなら……なんとかしてやる」
二人分のお茶を用意しながら問いかけると、真剣な表情でガルロンドが答える。
「なるほど。貴方は?」
「……無理だな。ジジイを逃がすので手一杯だ」
「そうですか……では止めておきましょう」
私がそういうと、ガルロンドがきょとんとした表情を見せる。
たしか四十は越えていた筈ですが……まだまだ子供みたいな表情だ。
私の半分程度しか生きていない英雄のあどけない姿に笑みをこぼすと、再び憮然とした表情に戻るガルロンド。
「あんだよ」
「いえ、少し懐かしさを覚えましてね」
「……ちっ、そんなこと言ってる場合かよ。明日処刑されるんだぞ?」
舌打ちをしながら忌々しげにガルロンドが言う。
そう。
明日は私の処刑日……そして今日は私を含めたオロ神教上層部の公開裁判が行われた。
裁判は私が想像していたものと違い、集められた証拠に不正は一切なく、罪も功績もでっち上げられたものは一切なかった。
下される判決は裁判が始まる前から決まっていると思っていたし、私自身傍聴しているような気分で裁判を眺めていたのだが、正直かなり面白い見ものだった。
当然判決は公開処刑……まぁ、一国の王を誘拐してそれ以外の判決はありえない。
傍聴人として来ていた各国の者もさぞ満足したことだろう。
悪あがきをする者達もいたが、エインヘリアの揃えた証拠や証言が完璧すぎた。
傍聴していた者達からすれば、連中の悪あがきする姿は面白いものだったことだろう……私も見ていてかなり面白かったしな。
「私の最期としては穏やかな方と思っていますが」
「公開処刑を穏やかと言える奴はジジイ以外いねぇよ」
私がお茶をテーブルに置きながら言うと、先程よりも不機嫌そうにガルロンドが応える。
「……なんで逃げねぇ?ジジイだけなら逃がせるって言ってるだろ?」
「一人で逃げたところでどうしようもありませんよ」
「……」
「こう見えても私、教皇だったんですよ?」
「……そりゃ、知ってるが……」
私の言葉に、意味が分からないといった表情を見せながらガルロンドが応える。
その姿に再び笑みが零れそうになるが……拗ねられては話が進まないのでその笑みは噛み殺した。
「成人する前から教会に入り、世俗から離れて生きてきました」
「……」
「謀略は得意ですが、自身の手でお金を稼いだことはありません」
「……」
「政争は得意ですが、料理をしたこともありません」
「……」
「一人で逃げたとしても、数日で死んでしまいますよ。歳も歳ですし」
「……あー、そりゃぁ」
「せめて貴方も一緒に逃げてくれるなら、身の回りの世話諸々を任せられるので逃げても良かったのですが」
「へっ……ジジイの介護なんてやってられっかよ」
「でしょう?」
私は肩を竦めながらお茶を一口飲む。
カップをソーサーに戻し……暫く静寂が部屋の中を支配する。
「エインヘリアの英雄は強かったですか?」
「……化け物だな。身体能力も俺の毒も技も、何一つ届かなかった。百回やろうと千回やろうとかすり傷すら与えられねぇかもしれねぇ」
「……それでどうやって私を逃がそうと?」
「……」
精神論でどうにかなるような相手ではない……分かっていても、私に足掻かせたかった……私の為に暴れたかった……そんな感じだろうか?
……殉じる必要はないのだが。
「貴方はこれからどうするのですか?」
「……俺は英雄だ。引く手数多って感じだな」
「……それなら良かった。英雄である貴方はまだあと数十年は現役で戦えるでしょうし、各国も放ってはおかないと思っていましたが……」
ですが、あなた自身がそれを望むかどうかは別問題でしょう?
引く手はいくらでもあれど、引かれるかどうかは貴方次第……そして、どう見てもあなたはこの先どうするか決めてしまっている。
「ジジイが隠していたから他国での知名度は他の連中には劣るが、神聖国内では有名だしな。他国の連中もすぐに俺の優秀さに気付いたって訳だ」
「貴方が優秀なのは私が一番知っていますよ」
少し温くなってしまったお茶を一口飲み……小さくため息が出てしまう。
「……本当に良いのですか?」
「当然だ」
「そうですか……」
その返事を聞いてもう一つため息が出そうになったが、今度は飲みこむことに成功した。
そんな私を見ながらガルロンドがお茶を飲む。
「……うめぇ。何も出来ないって言ってなかったか?」
「私にも助司祭だった頃がありましてね。お茶の淹れ方はその頃に覚えたのですよ」
「百年くらい前の話かよ」
「そこまで長生きではありませんが……」
「……本当に逃げないのか」
「えぇ。もう十分です」
「そうか……分かった。じゃぁ……俺は行くぜ」
「えぇ、今までありがとうございました……長生きしてくださいね?」
「へっ……ジジイより長生きしてやらぁ」
そう言ってガルロンドが立ち上がる。
「……茶」
「はい」
「……ありがとよ」
「えぇ」
View of フェルズ 会議中の覇王
「オロ神教の上層部の公開裁判および公開処刑は滞りなく完了しました。それと処刑終了後、聖騎士が一名自決。神聖国領の報告は以上です」
キリクの報告に首を傾げる。
「ん?聖騎士が自決?」
「はい」
「そうか……あー、公開処刑した連中も自決した聖騎士も晒さずに埋葬してやれ」
「はっ」
刑が執行されたならそこで禊ぎは終わりだからね。
これで厄介事は多数あれど、オロ神教関係はとりあえずひと段落……なのかな?




