表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
808/902

第170話 災厄



View of リキュ=エンネア 魔王国 夢見の識者 最弱の超越者






「……満足したか?」


「お茶のおかわりをくれますか?」


 陛下の問いかけをスルーして、私はメイドにお茶のおかわりを頼む。


「おい」


「……パンももう一つ貰えますか?」


「その小ささでどれだけ食う気だ」


「は?」


 小さい?


「今私のこと小さいって言いました?妙齢の女性に向かって小さいって言いました?あれ?種族差別ですか?魔王陛下ともあろう御方が今種族差別的な発言しました?」


「……」


「あれ?おっぱいですか?おっぱいみながら小さいって言いました?法的措置を取りますか?訴えますよ?」


「……いや、すまん」


「は?済むわけないですよね?乙女心を傷つけてそんな一言で許される筈がないですよね?あと謝ってる割に頭が高すぎません?」


「……」


「そもそもですね。私の夢の重要性知ってますよね?気が重いからって後回しにするってどうなんですか?私緊急って言いましたよね?いいんですか?滅びますよ?滅んでもいいんですか?魔王国」


「ほ、滅びるのか!?」


「滅びませんけど」


「滅ばないのか!?」


「多分?」


「多分!?」


「リキュ様、私からも謝罪いたしますのでその辺で……」


 陛下の隣で申し訳なさそうにしていた宰相が頭を下げる。


 涼しげな頭頂部が私に向けられて……仕方ありませんね。


「宰相のもの悲しい頭頂部に免じて矛を収めましょう」


「……訴えてもいいですか?」


「宰相、収拾がつかないのでどうかその辺で……」


 宰相の隣に座る軍務大臣が宰相を宥め……私は話を始める為に居住まいを正す。


「今朝、夢を見ました」


 厳かに私がそう口にすると、陛下が鼻を鳴らす。


「口元にパンのカスが付いているようだが?」


「ちっ」


 舌打ちをしながら私はナプキンで口元を拭い、陛下を一睨みしてから話を続ける。


「夢に出てきたのは空に浮かぶ銀の双月」


「「……」」


 私がそう口にした瞬間空気が一変、三人の表情が苦々しいものになる。


 その気持ちは私も嫌という程理解している。


 銀の月とは災厄の代名詞。


 実際の姿は銀色ではないし、月とは無縁の姿をしているのだけど何故か私の夢では必ず銀の月として現れる強大な魔物のことだ。


 百年程前突如として現れたこの魔物は、この大陸を恐怖の渦へと叩き込む。


 人も動物も魔物も。


 建築物も自然物も。


 災厄の魔物は全てを飲みこみ食らいつくした。


 かの災厄が通り過ぎた後には何も残らない。


 そんな災厄が突如二匹も現れたのだ。


 どこからやってきたのかも、そして今どこに居るのかもわからない災厄。


 前触れもなく突如現れ周囲を呑みこみ消える。


 百年の間、幾人もが災厄の研究をしたが有益な成果は一切得られず。


 百年の間、幾人もの戦士が災厄の討伐を試みたが何一つ成果は出せず。


 百年の間、十数名の超越者と呼ばれる人ならざる者たちが災厄に挑み、その命を失った。


 打撃も斬撃も刺突も火も水も魔法も……一切を物ともしない二つ災厄。


 有効的な手段は逃げること。


 この百年で我々が手にすることが出来た唯一の対抗手段がそれだ。


 しかし、突如として出現する災厄に対し、ただ逃げるだけであっても困難を極める。


 災厄の出現位置が近ければ、逃げるも何もない。


 災厄が少し離れた位置に出現すれば、進行方向次第で生き延びることが出来る。


 逃げた先にもう一匹の災厄が現れないとも限らない。


 これらが有効的な手段といえるのであれば、そうなのだろう。


 しかしここ二十年あまり、災厄による人的被害は格段に減っている。


 夢見の識者と呼ばれる私の力と、陛下たちによる迅速な避難支援の結果だ。


 無論百の被害が十や二十で済むようになったというものではない。


 精々が四十から六十程度の被害にまで減らせているといったところだろう。


 私の夢見の力は、災厄の出現時期や場所をある程度特定することができる。


 勿論、災厄がくるからと確実に夢を見る訳ではない。


 しかし、夢を見れば確実に災厄はやってくる。


 大体が二か月から三か月後、最長でも半年程度で夢は現実のものとなる。


 国としては場所や被害規模の特定ができたら一ヵ月程をかけて住民を避難させるのだが、この避難が中々簡単にはいかない。


 避難が出来れば人的被害は最小限に抑えられるのだけど、住民が避難した後に必ず現れるのが泥棒だ。


 住民が避難する際、その財の全てを持って逃げることは難しい。


 そして取り残された財を狙って泥棒が避難地域に入り込む……国としては避難指示は出すが、好んでその場に残ったり入り込んだりする者まで面倒を見るつもりはない。


 被害はけしてゼロにはならず、また私が夢を見ずに災厄が出現することもある……それでも確実に被害は減った。


 救えなかった数を嘆いていては、恐らく私はとうの昔に限界を迎えていただろう。


 いや、実際そうなりそうだった時期もあった……それを支えてくれたのは陛下であり、宰相であり……共に国の為に働く皆だった。


 俯いていては、嘆いていては、救える筈だった者まで取りこぼしてしまう。


 それだけは絶対に嫌だと歯を食いしばって改革を進めた。


 その結果が、今の魔王国だ。


 避難した民は国によって保護され、当面の生活を保障される……勿論一時的なものではあるが。


 復興の支援にも金や物資が必要だし、何より災厄は年に数度現れることもありその被害は甚大……支援金も無限に捻出できる訳ではない。


 二百年程前にこの大陸が統一されていなかったら……恐らく全ての民が災厄に飲み込まれていただろう。


 群雄割拠の状態では、支援どころか避難さえまともに出来なかったに違いない。


 その点、魔王陛下と宰相が作り上げた政策は救った命を可能な限り取りこぼさない素晴らしいものと言える。


 性格は最悪だけど優秀であることは認めてもいい。


「銀の双月はゆっくりと地上に向かって降下……」


「「……」」


 夢を語りながら様々な想いが去来するが、私は可能な限り感情を交えずにただ目にした光景だけを語る。


 ここまでは普段通りの夢。


 後は地上に落ちた月が大地を蹂躙して消える……大事なのは、月が何処に落ちるか。


 夢の端々に散りばめられているヒントをかき集め、過去の夢と事実から大体の時期や場所を類推しなくてはならない。


 その為には何度も夢の内容を検証しなくてはならず、だからこそ陛下は今後何度も聞かなければならない夢の話に辟易とした様子を見せたのだ。


「そして月が地上に落ちる直前、空が闇に塗りつぶされ、銀月の片割れが消滅」


「……は?」


「続いてもう片方の銀月も真っ二つに切り裂かれました」


「なんだと!?」


 陛下が目を見開きながら勢いよく立ち上がり、宰相と軍務大臣も目を丸くしている。


「災厄が……倒されたのか!?」


「私はそのように感じました」


「おぉ……」


 陛下の問いに私が頷くと、宰相が感嘆の声を漏らしながら目に涙を浮かべる。


 軍務大臣も目を瞑り……誰かに黙祷捧げているように見える。


 そして陛下も拳を握り喜色を浮かべていたが……何故か突如憮然とした表情になり私を見た。


「おい、なんでそんないい話なのに黙っていた?」


「黙っていたとは?」


「暢気に飯食ってただろ?」


「陛下が、聞きたくないから後回しにしたのでは?私は執務室に来てすぐ話をしようとしましたよ?」


「……」


「……陛下」


 宰相たちの視線が陛下に突き刺さる。


 実にいい気味だと思う。


「いや、それは……早急に処理しなくてはならない書類があってだな?お前たちが来るまでの時間を有効活用したいと思って……」


「その早急に処理しなくてはいけない書類というのは……これですか?」


 宰相が立ち上がり、執務机の上に置いてあった書類を手に取って応接テーブルの上に置く。


 そこには、城内のネズミ駆除に関して五日後に食堂や倉庫周りに業者を入れるという書類だった。


「……ネズミは……危険だろ」


「「……」」


 書類から視線を逸らしながら言う陛下に私を含む三人の視線が刺さる。


「申し訳ありません、リキュ様。陛下のことは後でこちらでシメておきますので、続きをお聞かせ願えますか?」


「陛下をシメるっておかしくない?」


 宰相の言葉に私は頷き、続きを話す。


 何か同時に戯言も聞こえたけどそっちは無視だ。


「銀の双月は消失、大地は闇に照らされます」


「闇に照らされる……想像が難しい表現ですね」


「私もそう思います。ですが、闇が光のように降り注ぎ大地が照らされていると夢の中の私は認識していました」


 起きている状態では物凄く矛盾を感じることでも、夢の中でならそれが当たり前だと受け入れることができてしまう。


 しかし、そんな荒唐無稽な夢を精査して何を表しているのかを考えなくてはならないのは……いつものことながら頭の痛い話といえる。


「ふむ……闇……闇ですか……」


「パッと思いつくのは、ディーロですね」


「ディーロか……」


 軍務大臣の挙げた名を陛下が難しい表情で呟く。


 ディーロ……超越者ディーロ=ホフマン。


 私とは違い戦闘に特化した超越者で闇を使った魔法を操る男だ。


 しかし……。


「ディーロの魔法は別に直接的な攻撃ではないよな?」


「そうですね……姿を隠したり、闇を見通せたりといった補助的な魔法でどちらかといえば直接武器を使って戦うタイプかと」


「……」


「一か八かで超越者をぶつけるのはリスクが高すぎるな……」


 過去少なくない数の超越者が災厄の魔物に挑み死んでいる。


 この国の現状を思えば、超越者の数をここで減らすのは避けたいだろう。


「再来年には山の向こうへの本格的な侵攻を始めますし、確信を持てない限りディーロを災厄にぶつけるのは避けたいですね」


 軍務大臣と陛下の会話に宰相も補足するように乗る。


 確信がない限り超越者を災厄の獣にぶつけないと三人とも意見を共にしているのだろうけど……私だってこの情報だけでディーロに災厄の獣を倒してこいとは言いませんよ?


「リキュ。他に情報はないのか?」


「大まかな流れは以上です。後は細かい情報になりますが……所管ではありますが、あの闇は何かの暗喩であるように思えます」


 ディーロの操る闇の魔法というよりも、もっとこう……別の何か……そんな気がする。


「……暗喩か。過去の予知夢を考えればそうなのだろうが……もう少し分かりやすい夢を見て欲しいものだな」


「は?」


 なんで陛下はこう……神経を逆なですることしか言わないんですかね?


 これが本当に巷で名君と言われている魔王ですか?


 口を開けば嫌がらせしか飛び出してこないんですけど?


「んんっ!大まかな部分は分かりましたし、これから細かい部分を確認していきましょう」


「そ、そうですね。その中で闇に関することも何か思い付くかもしれません」


 咳払いをした宰相と軍務大臣が取り繕う様に言いますが……陛下への印象は既に地の底にめり込むくらい落ちているので、今更どうフォローしても変わりませんよ?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
もしかしてその「闇に呑まれた」って「同化した・取り込まれた」って意味ですかね? だとするとこの前の魔王軍の連中決死隊か何か?
……侵攻する前に友好的に覇王様に接触しないと、対処どころか国が無くなりそうです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ