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第169話 銀月



View of ???






 荒野。


 空に浮かぶ二つの銀の月。


 ゆらゆらと動き私を睥睨する銀の月。


 あぁ、またか……。


 もはや何度目か分からない夢。


 繰り返される悪夢。


 いつもと変わらぬ明晰夢


 あの二つの銀月がゆっくりと地上に落ち、全てを押しつぶす……ただそれだけの夢。


 それを理解していてなお、私は目覚めることができない。


 悪夢を最後まで見続けなければならない。


 毎回ほぼ同じ悪夢ではあるけど……小さな変化が多分にある。


 それを見逃すわけにはいかない……しかし結果はいつも同じ。


 そんな諦念と共に銀月を見上げていると、ゆっくりと、いつもどおり、月が落ちてくるのが分かった。


 今回は遠くが青く光っている荒野……人工物や木々は見当たらない。


 あぁ、嫌だ。


 夢だと分かっていても嫌だ。


 月が、災厄が落ちてくる……世界が押しつぶされる……。


 嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだ……。


 どれだけ願おうと、この悪夢は変わらない。


 幼き頃より見続けた……永遠に変わらぬ悪夢。


 もしこの悪夢が終わる時が来るなら……それは私が死ぬときか、この悪夢に私自身が潰される時だろう。


 あぁ、もう目の前だ。


 二つの銀月が地上に落ちる……直前、闇が広がり空を塗りつぶし、銀月の片割れが消滅。


 夢の中で呼吸を止める私の眼前で、再び闇が輝き、銀月の残った片割れが真っ二つに切り裂かれる。


 そして闇が世界に広がり……。


 




View of リキュ=エンネア 魔王国 夢見の識者 最弱の超越者






「は?」


 いつもと同じ夢のいつもと違う終わり方に、私は間の抜けた声と共に飛び起きる。


 寝起きの悪い私が、今日は一瞬で目が覚め……今すぐにでも走りだせそうなくらい元気だ。


 ひんやりとする頬を触ると……濡れている。


 クリアだった視界が歪んでいる……涙が止まらない。


「あはっ……」


 思わず笑ってしまう。


 原因は……先程まで見ていた夢だ。


「はははっ……」


 止まらない。


 涙も。


 笑い声も。


 止められない。


「あはははははははははははははははははっ!!」


「リキュ様!?」


 壊れた様に笑い声をあげてしまい、寝所の護衛とメイドが血相を変えて部屋に飛び込んできた。


「あはははははははははははははははははははははははははははははは!!」


 それでも私は笑いを止められない。


 あぁ、最高だ。


 最高の悪夢だ。


 生まれてこの方、こんな爽やかな朝を迎えたことはない!


「……登城する」


 笑いを止めて呟いた言葉に、メイドは即座に反応して私の身支度を始め、護衛はすぐに寝所から出て行った。


 早く、早く登城して、伝えなくては。






 城の廊下を未だかつてない程急ぎ足で歩く。


 いや、自分では物凄く急いでいるつもりだけど、もしかしたら案内してくれている近衛からすれば、なんか無駄にバタバタしているなくらいにしか思われていないかもしれない。


 まぁ、それも仕方ない。


 私は生来運動が苦手だ。


 史上最弱の超越者と呼ばれたりもする……不名誉と思わなくもないけど、苦手なものは苦手だし仕方ないとも思う。


 でも、今そんなことはどうでもいい。


 とにかく逸る気持ちに背中を押されながら、バタバタと近衛についていく。


 案内してくれている近衛には急いで、至急、可及的速やかにと伝えているので、彼も急いでくれている筈だ。


 まぁ、彼の全力移動に私はついていけないだろうけど……いっそのことおんぶでもしてもらって連れて行ってもらいたい……。


 案内してくれている近衛はイケメンなので、年頃の乙女としては抱っこしてもらうというのも吝かではないが……そんなことをされたら夢の内容を忘れてしまいそうなので自重する。


 そんな妄想でもしていないと倒れてしまいそうになる行程を経て、ようやく目的地に辿り着く。


「陛下。エンネア様をお連れしました。緊急だそうです」


「入れ」


 扉の向こうから入室を促され、近衛の開けてくれた扉をよろよろと潜る。


「どうした?リキュ?」


「ぜひっ……ぜひっ……ぜひっ……」


「……」


「ぜひっ……ぜひっ……ぜひっ……」


「……」


「ぜひっ……ぜひっ……おぇ……」


「そこの馬鹿が床を汚す前に水をやってくれ」


 呆れた様な陛下の命で、部屋の隅に居たメイドがコップに水を入れてくれる。


 城のこんな高い位置に執務室を作るとか、馬鹿の所業だと思う。


 なんとかと馬鹿は高いところが好きというから、陛下は間違いなく馬鹿だ。


「……呼吸もままならないくせに、悪態だけはブツブツと聞こえるように言えるのはなんでだ?」


「なんのことでしょう?」


 水を飲みほし、しばらく深呼吸をして息を整え、ようやくまともに会話ができるようになった私は、さっそく嫌味を飛ばしてくる陛下の言葉を受け流す。


「まぁいい。それで、何があった?」


「もう少し体の小さい種族の事を考えた城にしませんか?」


「……緊急の要件がそれか?」


 スプリガンという他の種族よりも一回りも二回りも矮躯な私にとっては、かなり重要な案件ではあるけど……本題はそんなことではない。


「夢を見ました」


「であろうな」


 私が端的に告げると、陛下は鷹揚に頷く。


 私が持つ超越者としての能力。


 それは予知夢と呼ばれる能力だ。


 未来に起こることを暗示する夢……はっきりとした形で未来に起こることを夢に見るのではなく、暗示なので解釈に失敗すると全く役に立たないのだけど、後から照らし合わせればそういった意味だったのかと分かることが多く、信ぴょう性が高い。


 少なくとも、国のトップ……魔王陛下が直々に夢の内容を聞いて吟味するくらいには私の夢はこの国で重要視されている。


 私のことを様付けで呼ばないのは陛下と他の超越者の何人かくらいと言えば、どれだけ重要視されているか分かるだろう。


 今も、執務室で仕事をしていた陛下が手を止めて私の話しを聞こうとするくらいだ。


「銀月が……」


「待て」


 私が夢の内容を一言口にしたところで陛下から制止された。


 さすがの私も陛下の命令に逆らうことは偶にしかしないので、大人しく口を閉じる。


「……よりによって災厄か。精査に何回も聞く必要があるとはいえ……あまり、な。とりあえず宰相と軍務大臣を呼ぶからそれから聞かせてくれ」


「……別に構いませんが、いいのですか?」


 今回の夢はいつものように悪い話ではないですよ?


 という台詞は飲みこむ。


 こっちはいつも憂鬱になるような夢を見せられて朝から気分が最悪なことが多々あるというのに、一回くらい多く夢の話を聞くくらいなんだと……。


 そんな風にイラっとしたので、夢の内容を陛下に語るのは止めておく。


 私は執務机の傍に置いてある応接用のソファに腰掛けて、メイドにお茶と軽食を頼む。


 食事もとらずに登城したから随分お腹空いてたのよね。


 目が覚めた時はテンションが上がって慌てて登城したけど、陛下の憂鬱そうな顔を見たら冷静になった。


 私はメイドが用意してくれたお茶を飲みながら、食事がやって来るのを待つことにした。



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覇王様は遂に他人の夢にまで覇王してしまいましたか……
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