第160話 フィンブル、覚えてた
「久しぶりね」
「あぁ、息災だったか?」
城の中庭で俺は友人と会っていた。
友人の名前は、フィリア……あー、あんにょ、ふぉ……フィンブル!
フィリア=フィンブル=スラージアン。
この大陸の二大強国の一つスラージアン帝国の皇帝だ。
皇帝としての顔と私人としての顔を上手く使い分けているというか、皇帝として振舞っている姿はとても覇王の参考になるのでとてもありがたい存在であると同時に、私人としてはかなり気さくな感じで人当たりの良いタイプだ。
まぁ根が真面目なので偶にエファリアにからかわれたりしているが、フィリアが優しいのかエファリアの度胸があり過ぎるのか……。
とはいえ、油断できない部分も多いけどね。
内政方面に特化しており、先代皇帝がはっちゃけまくって広げた領土を何とか安定させた女傑……キリクやウルルたちがいなかったら間違いなく俺には無理な話だ。
いや、キリクたちがいる時点で、俺がやるんじゃなくってキリクたちがやるだけなんだけどね。
それはさて置き、大陸最高峰の権力と能力を持つ女性……それがフィリアだ。
「それで?顔を見せなかった間、何をしていたのか聞いても?」
フィリアが手にしていた紅茶をテーブルに戻し小さく笑みを浮かべながら尋ねてくる。
この質問が来ることは想定済み……というか、今日は帝国からの面談の申し入れについて確認することと、何故それが今日まで出来なかったのかを伝えるつもりだったからね。
「あぁ。とりあえず厄介事は片付いたからな。実はな、先日まで別の大陸にいた」
「別の大陸……?それって以前船で来ていた?」
「いや、別口だ。そちらへの対応は……まだもう少し後だな」
一つ仕事が片付いても既に次の仕事が待っているって思うと憂鬱になるよね……。
インターバルが欲しいよ。
「別の……?どういうことかしら?」
眉を顰めながら言うフィリアに俺は普段通りの笑みを見せる。
まぁ、そうなるよね……。
「くくっ……これがまた突拍子もない話でな……」
俺はそう前置きしてから召喚されたこと、そこから俺がどう立ち回り何をしたかを説明していく。
その話の初っ端から頭が痛そうに顔を顰めていたフィリアだったが、なんやかんやとあってオロ神聖国をイルミット達が叩き潰したと話し終えるまで黙って聞いていた。
「……と、まぁそんな感じだ」
「……ツッコミどころが多すぎるわね。まずその……召喚されて即日その国を落としたの?」
「まぁ、そうなるな」
まぁ、アホが襲い掛かってきたから致し方なくだけどね。
「無茶苦茶ね」
「全くだな。召喚などという技術は後世に残すべきではないが……一度生み出された技術は中々制限が難しいからな」
うちが今後は管理しないといけないけど……非常に厄介な代物だ。
「……私が無茶苦茶っていったのはそっちじゃなくて貴方のことなのだけど」
「……なるほど」
確かに結果だけ聞けば無茶苦茶な事やってきた気もするけど、本人的には中々ひやひやものでしたし……頭抱える程のことじゃないよ?
初っ端のレグリア王国の件はともかく、その後は特に……。
「まぁそれはそうと、召喚という儀式魔法は危険すぎる。今回召喚されたのが俺だったから良かったものの、仮にフィリアが召喚されていたら恐らく発見は不可能だった筈だ」
「……確かにそうね」
「今はまだ召喚の対象がランダムだから博打みたいなものだが、今後もし狙った相手をピンポイントで召喚できるような魔法に発展でもしてみろ。誘拐は勿論、暗殺だって自由自在。この世界の秩序が崩壊するかもしれんぞ?」
「……」
「それに比べれば、俺一人の所業なぞ大したことは無かろう」
「そうはならないわよ」
俺の主張をばっさりと切って捨てるフィリアさん。
流石皇帝……流されないな。
「でも召喚という技術が秩序を崩壊させる危険性があるのは確かね。それを制限することも難しい……研究するなと言われれば隠れて研究するのが人ってものだし」
「そうだな。今はまだレグリア地方にある聖域と呼ばれる遺跡でしか儀式が出来ないらしいが、研究が進めばどうなるかわからん」
実際に召喚されてしまった身としては、この件は放置することは出来ない。
向こうの大陸ではレグリア王国がその技術を有しているということが広く知れ渡っているわけで、当然周辺国はその技術を得ようと動いたことがある筈だ。
俺たちが認識していないだけで、他の国で実用段階に入っている可能性はけしてゼロではない。
「……規制は無理ね。となると……」
「俺達の方で研究を進め、対抗手段を得る……それしかないか」
本末転倒というか……その研究した技術が流出するかもしれない危険を常に孕んだやり方になってしまう。
「無防備でいるよりはマシだと思いたいわね」
「毒を克服するにはその毒に精通する必要がある……広く知らしめたくはないが、法整備をする必要があるな」
「確かに法整備を進めれば、召喚という事柄を広めてしまうことになるけど……少なくともフェルズが召喚された大陸では、召喚という魔法その物は知られてしまっている訳だし、その辺りは仕方ないわね」
本当に面倒な話だ。
召喚への対策、対策への対策、対策への対策への対策……そんな感じでいたちごっこにならなければ良いけど……。
そんな事を考えながら緑茶を一口……うむ、向こうの大陸では何故か発酵済みの紅茶しかなかったからな。
お茶は緑に限る。
そんな風に、ワインは赤に限るみたいな雰囲気でお茶を楽しんでいるとフィリアがこちらをじっと見つめているのに気付いた。
……そろそろ本題に入りたいってことか。
「そういえば、俺がいない間会談の申し入れをしていたそうだな?」
「えぇ……フェルズが召喚される直前、別の大陸から船が来たでしょう?」
「あぁ」
今の所ほぼ放置状態だけど、忘れてはないですよ?
「偶々エインヘリアの領内に現れたから迅速に対応出来たけど、他の国に来ていたらどうなっていたかとね」
「ふむ。スラージアン帝国であれば問題は無かっただろうが、北方の小国に来ていたら少々面倒なことになっていたかもな」
フィリアのとこなら慌てはするだろうけど、船の連中に対応することは難しくない。
勿論、迎撃という意味でだけど。
だけど、北方の小国とかだと……恐らく普通に侵略されていたんじゃないだろうか?
勿論、その事実に俺達がいつまでも気付かないってことはないだろうけど……うちに来た時よりも問題が大きくなっていたのは間違いないだろう。
相手の本国の方にも連絡がいっていただろうし、今頃本国の連中が大挙として押し寄せていた可能性も……否定はできないね。
「だが、それは仕方ないだろう?別に俺達が面倒を見ている訳でもないし、別の大陸からの侵略だろうと、小国同士の争いだろうと国の興亡に大した違いはあるまい?」
「……そうかしら?私としては、小国同士の争いで淘汰されるのと、別の大陸から侵略されるのとでは結構違うように思えるのだけど」
「くくっ……そうか、フィリアでもそう思うのか」
「私でも?どういう意味?」
少し不快げにフィリアが眉を顰める。
まぁ、俺のせいだけどね。
「いや、誰しも余所者が嫌いだという話だ。例えばだが、隣の家に住んでいる者が壁を越えて自分の家に突然上がり込んできたら嫌だろう?」
「……」
「その一方で、同じ村に住む者が家の前を歩いていても気にならない。しかし、他所の村に住む者が我が物顔で自分の村を歩いていたら……やはり嫌な気分になるだろう?」
「……なるほど、そういうことね。確かに今、私はこの大陸と別の大陸とで身内かそうでないかを線引きをしたわ」
「自国の外まで身内として考える……だが、けして身内とは言えない相手の筈だ」
「そうね……帝国の中でさえ、完全に身内といえないような相手がいるっていうのに」
フィリアにとって大事なのはスラージアン帝国であり、精々従属国くらいまでは身内と考えても良い範囲だったはずだ。
だというのに、別の大陸という外勢力が現れた途端……身内の範囲が大陸全体にまで広がっている。不思議な感覚だよな……。
まぁ、同じ大陸だから身内というよりも……外勢力への嫌悪感か。




