第159話 理解できるようにしてほしい
View of ライスワルド=スティニア=ランティクス ランティクス帝国第一皇子
「エインヘリア王は既にこの大陸にはいないのか」
「はい。あの戦争の後……三日後には王都に戻られ不在の間に溜まった政務を片付けておられました」
「……アイツも大変だな」
陛下が気の毒そうに呟くが……そんな問題だろうか?
我々は今、帝城の謁見の間にてエインヘリアの外交官、シャイナ殿を代表とした使節団を相手に謁見を行っているのだが……言葉は通じる……言葉は通じているのに……話の内容が……意味が分からない。
「この地には、召喚という遠距離から問答無用で人を呼び寄せる邪法が存在していたかと思いますが、人を距離を問わず瞬時に移動させるという意味では似たようなものかもしれませんね」
「ほう」
「勿論、本人の意思によって拠点間を移動する我が国の転移と、相手の意思などお構いなし……略取となんら変わらない召喚では全く違いますがね」
にこやかながらも軽蔑するような雰囲気を滲ませるシャイナ殿。
外交官という立場にはあり得ない程はっきりとした感情の発露。
この場にいる者達が顔を青くしているが……これはある意味付け入る隙とも言える……しかし、ここを突くのは危険だと本能が叫んでいる気がする。
エインヘリア王に忠誠を誓っているエインヘリアの者たちからすれば、召喚という儀式は唾棄すべきものなのは間違いない。
迂闊な事を言えば、それを口実に宣戦布告を受けかねないだろう。
今我々が感じ取ることができている範囲だけでも、エインヘリアとの力の差は明確……危険を冒す必要は何処にもないのだ。
「……それはそうだな。転移というのは移動の為の技術……あの空飛ぶ船でどのくらい時間のかかる距離なのかは知らんが、その距離を一瞬でゼロにする技術。なるほどな。アイツが自信満々な訳だ」
……確かに。
こちらの大陸……レグリア地方はエインヘリアにとって飛び地となり、政策は勿論、人員や兵力の移動にも多大なる労力を必要とすると思っていた。
空を飛ぶ船……アレによって輸送できる兵には限りがあるし、捜索しながらとはいえ数か月もの時間を使いこの地にやってきたことを考えれば、数日でここまでやってこられるような距離ではない筈だ。
エインヘリア王がこの地を去れば……レグリア地方の維持は無理なのではないかとどこかで考えていたのだが……本当に転移というものが可能なのであれば、それも淡い期待でしかなかったということになる。
「皇帝陛下が戦場から帝都まで戻る時間ではまだ統治といえる程のことは出来ておりませんが、レグリア地方の治安回復や食料の供給を最優先に進めております」
「ふむ……何か協力できることはあるか?」
「現時点では特に御座いません。ですが……」
少し口籠る様子を見せるシャイナ殿。
今まで淀みなく言葉を発していただけにその姿に違和感を覚える……そんなに言いにくい事が?
「帝都に戻ってこられたばかりの陛下に参加して欲しいという要請ではないのですが……実は我がエインヘリアは既にオロ神聖国およびオロ神教を掌握しておりまして」
「……ほう?」
え、お、おろ……?
お……あ?
お、オロ神聖国およびオロ神教を掌握!?
「それで、周辺国の方々の前で教皇やそれ以外の上層部を裁判にかけようと考えております」
「……なるほど。それを見に来いと?いつだ?」
混乱する我々を他所に、鷹揚に頷いた陛下が話を進めていく。
その姿を見て確信する。
やはり……陛下の後を継ぐということは、私には出来そうにない。
……次代の皇帝はミザリーか……下の兄弟姉妹たちの中から選出すべきだな。
「申し訳ありません、日程の方はまだ……ですがそうお待たせしないかと」
「そうか。俺が行けるかどうかはわからんが、誰かを向かわせることは約束しよう。場所はどこになる?」
「聖地と呼ばれている地でやります」
「……なるほど。オロ神教の信徒共の前で裁くと」
「はい」
大した自信だ……オロ神教の聖地でオロ神教の教皇を裁判にかけるか。
いや、先程掌握したといっていたが……それを知らしめるためのパフォーマンスということだろうか?
それにしても……あの戦争の様子から、オロ神聖国が戦力的にエインヘリアの相手にならないことは理解出来ていたが、早すぎる。
掌握では無く消し飛ばしたといわれた方がまだ納得できたかもしれない。
あの厄介な宗教国家を掌握……。
上層部の生臭共はともかく、下の敬虔な信徒たちの信仰は本物。
それどうすれば半月足らずで掌握できるというのだ。
「因みに、新教皇はドルトロス大司教が、オロ神聖国の代表には第一位階貴族のハイゼル家の当主が就任しております」
「手際のいいことだな」
「かの国と宗教は大罪を犯しました。我々としては早急に対応しなければ示しがつきません」
それはそうなのかもしれないが……だからといって、あまりにも鮮烈すぎる手管。
示しどころか、まず何が起きたか理解することすら難しいのだが……。
「まぁ、そうだろうな。その事に関して俺達は口を挟むつもりはないが……今後、あそこが混乱するのは捨ておけないな」
「心得ております。レグリア地方と同様にあの地には我々の手が入り監視体制も整えるように進めております。万が一貴国に迷惑をかける様な事があれば……」
「あれば?」
「かの地を如何様にしていただいても構いません。それと我が国からも保障を出させて頂きます」
大層な自信だ。
いちゃもんをつけられる可能性も考えているのだろうが……いや、これはもしや……。
「……それはフェルズが?」
顔を顰めながら陛下が問うと、シャイナ殿はにっこりと微笑む。
「はい」
「……分かった。ならこっちは好きにやらせて貰おう」
陛下がそう言うと満足気にシャイナ殿は微笑む。
「それと……フェルズ様から皇帝陛下に伝言を預かっております。そのまま伝えるように言われているのですが……」
「そのままか……聞こう」
陛下が苦笑するような表情を見せると、シャイナ殿が一度咳払いをしてから声を上げる。
「やっと帰ってこられたが、仕事が溜まっていてな。暫くそっちに顔は出せん。とりあえずオロ神教は片付けた。まぁ、そっちはそっちで忙しくなるとは思うが……あまり臣下を困らせるなよ?それと、暫くすればレグリア地方はエインヘリアに相応しい姿に形を変えるだろう。落ち着いたら……次の魔王国の侵攻が始まる前にどう変化したのか見に来るとよい。それと、こちらの大陸にもその内招待してやるから、楽しみにしておけ……以上となります」
国家のトップが国の代表の口を通じて他国の王に伝えるにはあまりにもな口調ではあったが、陛下は寧ろ喜んでいるように見える。
いや、それだけ気安い関係だというアピールなのだろうが……なるほど、これも暴発するような者をあぶり出す為の一手ということか。
陛下が厭らしいだの性格が悪いだのと何度もいう訳だな。
敵としてみるとこの上なく恐ろしく、味方であったとしても油断できない……しかし、頼もしくもある。
世界は……広いな。
「エインヘリアに興味はあるが、半年やそこらでそんなに様変わりするもんか?」
「こちらの大陸は言葉が違います。なので、向こうの大陸の職人や商人をそのまま使えないこともあり難しい部分はありますが、それなりに変化あるかと」
「ほう。ならばその日が来るのを楽しみにしておくとしよう。後は宰相や息子に任せることになると思うが帰る前にフェルズへの伝言を頼むと思う。その時はよろしく頼む」
「承知いたしました」
陛下はそういうと玉座から立ち上がる。
「ランティクス帝国はエインヘリアとの友好を望む。これに異を唱えることは誰であろうと俺の敵とみなす。良いか?誰であろうとだ。これを周知せよ。俺を敵に回したくば、積極的に異を唱えろとな」
陛下の宣言を最後に、エインヘリアの使節団との謁見は終わった。