第158話 せっかち
View of ライスワルド=スティニア=ランティクス ランティクス帝国第一皇子
帝都より遥か南の上空に飛行船を発見した我々は、帝城までの道を急ぐと同時に戒厳令を発令。
許可が出るまで屋内で待機するように帝都の民に命じ、同時に帝都守護軍と呼ばれる第一騎士団を招集、その一部を戒厳令下にある帝都の治安維持を衛兵隊と協力して行うように任せた。
帝城に到着すると同時に会議室へと駆け込み、招集していた重鎮達と急ぎ情報交換。
アレが攻めて来たのであれば一巻の終わりだが、陛下はそれは無いと判断しているし、私やミザリーも同意見だ。
しかし、だからといって備えをしない訳にもいかないだろう。
現在一部の第一騎士団員は城下の安定に奔走させているが、それ以外の者たちは街壁に向かわせている。
帝城の守護は近衛騎士団だが……守りを固める意味があるだろうか?
空を飛ぶ魔物への対策として大量の矢を高角度で撃ち出す兵器は街壁に設置されているが、設置して以来訓練以外で一度も使われたことはない。
初の実戦がエインヘリアというのは……無謀どころではない気がする。
なにより……英雄に対抗できるのは英雄だけ。
勿論、あの飛来する船に英雄が乗っていない可能性もあるし、騎士団で防御を固める意味が無くはないだろう。
万が一の時の避難誘導も出来るしな。
だが……あの戦争を見ていた者も見ていなかった者も、混乱が凄まじいな。
まぁ、その気持ちはわかるが……。
「ぐだぐだやってる時間はないぞ?」
珍しく会議の場にいる陛下がそう口にすると、会議室の中が水を打ったように静かになる。
「陛下は、あの空飛ぶ船にどう対応するべきだとお考えですか?」
宰相が普段通り落ち着いた様子で尋ねると、陛下は気楽な様子で答える。
「どう対応するも何も、向こうの話を聞く以外ないだろ?いくらなんでも現時点で何をしに来たかなんてわからねぇしな」
「おっしゃる通りですな。では警戒は必要ないと?」
「いきなり人の家にやってきて警戒されない訳ないだろ?向こうだってそのくらい理解してる。そんな事よりも、今ここで決めるべきはエインヘリアに対して俺達はどう出るのか……それだけだ」
確かに陛下の言う通りだ。
既に相手はあの空飛ぶ船でこちらに向かって来ている。
この時点で何らかの対応が出来るのであれば、対策……あるいは相手の出方を考える時間を取っても良いだろう。
だが、今の我々はあまりにも情報と時間が足りていない。
相手の出方が分からなければこちらの対応も決められないとも言えるが、陛下が言いたいのはそういう細かい部分では無く大方針という意味だろう。
確かに私達は帝城に戻って来てから慌てふためくだけで、その事すら決めていなかった。
「確かに陛下のおっしゃる通り、今ここで決められるのはその程度でしょうな。あの戦争を観覧に行った者、帝都に残っていた者……それぞれ熱量は違うだろうが、既に情報は同じものを手にしている。この期に及んでそれを知らないなどというものはこの場には居まい」
宰相がこの場にいる面々を見渡しながら言う。
「エインヘリアと敵対するか、友好関係を結ぶか……」
「それはもう決を採るまでもねぇだろ。それよりも、エインヘリアと俺達は対等か否か……今決めちまえ」
「陛下……」
宰相の採決よりも早く、陛下が口を挟む。
確かにそれを決める必要があるが……流石にそれは議論が必要では……。
「言ってるだろ?時間がねぇ。連中……あの野郎は俺たちに決断を迫ってやがる。俺たちの決断が遅い事を知っているからこそ、こちらに議論の時間を与えずにな」
「「……」」
「どうする?時間はねぇぞ?」
何が面白いのか、普段通りニヤニヤしたまま陛下が言う。
そういう態度だから臣下に嫌がられるのだが……どんな時でもそういった態度を崩さないところに頼もしさを覚えるのもまた事実だ。
特にこういう局面では。
「陛下はどうお考えで?」
「どっちを選ぼうが面倒が付きまとうからな。どっちでもいいんじゃねぇか?」
「……」
こういうところもまた陛下らしいが……正直、時間が無いというのであればさっさとどちらかに決めて欲しいと思う。
いや……馬車の中で話を聞いた限りでは、陛下はもう決めておられる筈だ。
「……エインヘリアへの対応は陛下に任せましょう。エインヘリア王の事は陛下が一番御存知ですし、個人的にも友誼を結ばれていますし適任でしょう」
「それは良いお考えですな。では陛下、よろしくお願いします」
私が発言すると、即座に宰相が乗ってくる。
時間がないのは分かり切っている……ならば滅多に発動しない強権を、陛下には振るってもらおうと思う。
「いや……それはちょっと」
「どちらにせよ、あの船がここに向かっているのは陛下との謁見を求めてでしょう?ならば時間もありませんし、陛下に一任してしまう方がこちらの対応も齟齬が出ることはありますまい。皆、それで良いかな?」
「「異議はありません」」
陛下がげんなりとした表情を見せる中、ランティクス帝国の方針は決まった。
エインヘリアの空を飛ぶ船が帝都近郊まで飛んでくる前に、第一騎士団を使い船が降りてくる場所を用意することができた。
突然の来訪ではあったが、我が国は歓迎の意を示す……恐らくエインヘリア側にもそれは伝わった事だろう。
こちらの誘導に従い船を地上に下ろしたエインヘリア側からは丁寧な挨拶と、突然の来訪への謝罪の言葉を貰った。
そして今、エインヘリアから派遣された使節団の一行は帝城にある謁見の間へとやって来ていた。
「お初お目にかかります、ランティクス帝国皇帝陛下。エインヘリア外交官、シャイナと申します」
「遠路はるばるよくぞ来られたシャイナ殿」
シャイナと名乗った少女。
一国の使節団を率いる立場とは裏腹に非常に幼い……恐らく十五にもなっていない年頃に見えるが、そう見えるのはその外見だけ。
その身に纏う雰囲気は、我が国の重鎮達と比べても何ら遜色ないほど堂々としたものだ。
いや……寧ろその存在感は……。
「いえ、私は海を越えて来たわけではありませんので。レグリア地方からこの地まで一日程度の距離……大したことはありません」
「海を越えて来たわけではない?シャイナ殿はこの大陸の出身ではなさそうだが?」
「はい、私は今も昔もエインヘリア王陛下以外にお仕えしたことはございません」
その事こそが重要だというように、誇らしげに言うシャイナ殿。
なるほど。
確か以前陛下はエインヘリア王の事を人を惹きつけるタイプだと称していたが、シャイナ殿の態度はその言葉を全力で肯定しているように見える。
しかし、それ以上に顕著に見えているのは……忠誠心などではない。
外交官……改めて聞くまでもなく、外交を担当する文官のことだ。
間違いなく、外勢力と交戦する為の武官の略ではないはずだ。
だが……何処からどう見てもただの少女……いや、異常なまでに美しい少女にしか見えないシャイナ殿は……明らかに只人ならぬ気配を身に纏っている。
恐らく……いや、間違いなく彼女も英雄の一人。
陛下がこの大陸の者ではないと口にしたのは、この大陸に存在する英雄の中に彼女の名前が存在していないからだ。
「正確に申せば、海の向こうにあるエインヘリアからここに来たのですが……飛行船を使って海を渡ってきたわけではありません」
「どういうことだ?」
シャイナ殿の言葉が理解出来ないのは陛下だけでなく、今この場にいる帝国の者達全員だろう。
そんな陛下の問いに申し訳なさそうな表情を見せたシャイナ殿が小さく頭を下げる。
「申し訳ありません。実は今回来訪させて頂いたのは、我が国からの正式な挨拶……それとこの件について説明させて頂きたかったからなのです」
「ほう?」
一体何が飛び出してくるのか……あの戦場に行った者達は恐らく私と似たような想いを抱いている筈だ。
聞きたくない。
そんな私の想いは当然届くわけもなく、シャイナ殿は言葉を続ける。
「我がエインヘリアには魔力収集装置というものがございます。その名の通り、魔力を収拾するための装置なのですが、魔力を集める以外にもいくつかの機能を有しております」
「……ふむ?」
突然何の話だとは思うが……当然、この場で何の関係もない話をする筈がない。
「そのうちの一つ、転移機能を使って私はレグリア地方へとやってきました」
……?
転移……機能?
「転移……」
「魔力収集装置が設置してある二拠点間を、どれだけ距離が離れていようと瞬き程の時間で移動することができる機能です」
「「……」」
……は?
「この機能を使うことで、レグリア地方と遠き地にあるエインヘリアの王都は繋がり、瞬時に移動することができるようになっております。私はその機能を使い、先日こちらへとやってきました」
「……なるほど」
エインヘリアの王都とレグリア地方が……繋がった?
「これにより、私だけではなくいくらでも兵や物資をこちらに輸送することが可能となりました。当然、エインヘリア王陛下は既にこの地にはおりません」
「……そうか」
……意味が分からん。
陛下を含め、皆の想いが一致したと私は確信した。