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第157話 一方その頃、あっちの大陸では



View of ライスワルド=スティニア=ランティクス ランティクス帝国第一皇子






 あの戦争……と呼ぶにはあまりにも不適切な何か……エインヘリアの戦いを見せつけられてから半月程の時間をかけて、我々は帝都へと帰ってきた。


 戦場に向かう時よりも早い日程で帰還したのは、当然エインヘリアという脅威に対して一日でも早く国に持ち帰り、その対策を話し合いたかったからだ。


 先行して早馬を送り、あの戦場に来られなかった者たちにも既に情報は届いている筈だが、どの程度理解出来ているかは不明だ。


 勿論、国家の重鎮である我々が急ぎ送った情報だ、受け取った側も真剣にその内容を受け止めただろうが……あまりにも突拍子の無い内容なので、どこまで受け入れられたかが心配でもあった。


 そして我々自身もこの半月あまりの移動時間を使い、毎日のように会議を重ねて対応を話し合って来た。


 あの、会議や打ち合わせ等が嫌いな陛下を含めてだ。


 エインヘリアの怒りに触れているオロ神聖国が滅びる事はもはや間違いない。


 エインヘリア王個人の武力だけでも手が付けられないのに、それに加えとんでもない速さで空を移動する船……そんなものを作り出す技術力に、次から次へと出てくる英雄に小国の一つや二つ簡単に滅ぼせそうな強大な魔物の使役。


 子供向けの英雄譚でも、もう少し控えめな盛り具合ではないだろうか?


 そもそも、エインヘリア王一人でこの大陸に存在する英雄が束になっても勝ち目がないかもしれないと陛下が評価していたからな……そんな英雄の下に更に英雄?


 歯向かうだけ無駄というものだ。


 そうやって諦められれば話は簡単なのだが……そういうわけにもいかない。


 我が国はランティクス帝国。


 この大陸に於いて二大強国として君臨してきた我が国が、別大陸の国に何もせずに屈する……到底認められるものではない。


 いや、戦場に行った者達の心は絶対に敵対しないという方向で統一されているが、それをどうアレを見ていない者達に納得させるか……そこが最大の問題だった。


 しかし、アレを目の当たりにした我々自身……どう説明すれば良いのかわからないというか、理解が及んでいないのだ。


 一つ一つの出来事や感じた事は説明できる。


 だが、あの場で感じた圧倒的な気配、それを目の当たりにした時の絶望感。


 それを伝えないことには理解してもらえないと思うのだ。


 凄かった……その一言で済めばどれだけ楽か。


「お兄様、ため息ばかりつかれると聞いているこちらの気分が悪くなりますわ」


「……すまんな。だが……分かるだろう?」


 隣に座っているミザリーが鬱陶しそうに言った台詞に、私は謝罪しながらも同意を求める。


「気持ちは分かりますが、堪えているこちらの身にもなってください」


「……すまん」


 それは確かにミザリーの言う通りだ。


 頭を抱えているのも、心労で倒れそうなのも私だけではない。


「ですが、真正面からあの国の事を説明するというのは非常に骨ですし、気を抜いた瞬間にため息が出るのは本当によく分かります。結局ここに来るまで結論は出ませんでしたしね」


「情報が少なすぎるのが問題だな。エインヘリア王の防諜能力が高すぎる……もう少しその辺りを緩めてくれた方がこちらとしても動きやすいのだが……」


 情報の一切を遮断する防諜能力……その能力を惜しみなく活用して策略を練るエインヘリア王。


 陛下は敵対さえしなければ問題ないというが……あまりにも不気味過ぎる。


 いや、勿論私自身は敵対する気は一切ない。


 あの光景を見た者達は確実に私と意見を共にするだろうが……はぁ、結局同じところに話は戻る。


「エインヘリアに使者を送り、もう少し情報を開示してもらいますか?」


 これまで徹底的に情報を遮断して来た国に情報開示を?


 およそ現実味のある話ではないと思うが……。


「……」


「今回の戦争の観覧。何故エインヘリアがそんなことをやったのでしょうか?」


 ……なるほど、そういうことか。


 あれ程偏執的なまでに情報を封鎖しておきながら、ここでエインヘリアは情報を大々的に知らしめるように動いた。


 それは、もう隠す必要がなくなったということだ。


 まぁ、本国と合流したのであれば、憂いは何もないということなのだろう。


 ならば、国内を纏める為に、もう少し情報開示して欲しいという要請が通るかもしれないな。


「陛下はどう思われますか?」


「……」


「……陛下?」


 私が再び声をかけた瞬間、馬車が石でも踏んだのか大きく揺れる。


「……んぉ!?おぉ、そうだな」


 明らかに寝ていたといった様子で返事……のようなものをする陛下。


 いつものことではあるが、こちらは頭を悩ませ続けているというのに、どこまでも暢気な様子にイラっとする。


「……ではそのように進めます」


「責任は全て陛下が取ってくれるそうなので、後顧の憂いはありませんね。派手に行きましょうお兄様」


「……え?」


 私の言葉に即座に乗ってくるミザリー。


「そうだな。かなり無茶だと思うし、まず失敗するだろうが……陛下が同意して下さった以上問題あるまい」


「そうですわね。以前自分を上手く使えとおっしゃってくださいましたし、普段は何かとさぼる事ばかりに力を入れる陛下ですが、やはりいざという時には頼りになりますわ」


「……」


 これ以上ないくらいに顔を顰める陛下の前で、私は暫くミザリーと話を続ける。


 中身のある話ではないが……それでも陛下にダメージを与える大事な会話だ。


 止める必要はない。


「……あぁ、まぁ、そうだな?だが……あれだな?なんかこう……代案……いるんじゃないか?」


「代案?必要ですか?」


「お兄様の言う通りですわ、陛下。もう帝都に入りましたし……この件に集中した方が良いでしょう」


「……よし、城に着く前に再度確認するか」


 妙な笑顔を見せながら陛下が言う。


 一言、何も聞いていなかったというだけで話は終わるのだが……こういう時、何故か絶対に自分から折れようとしないのはどういう精神構造なのだろうか?


「必要ですか?」


「必要だろう?何事にも絶対はないのだからな」


「なるほど。確かに絶対はありませんね」


「陛下のおっしゃる通り、絶対はありませんわね。例えば、国の行く末に関わる大事な打ち合わせの最中に居眠りをする人なんて絶対にいない……そう思っていましたが、絶対なんてありませんものね?」


「い、いやいや、その絶対はあるぞ?その状況で寝る奴なんて絶対いない……間違いない。皇帝の座とか賭けるわ」


「それは賭けないで下さい。誰も要りませんので」


 というか、負けが確定しているテーブルにいらないものを乗せて処分しようとしないでほしい。


「……まぁ、いいでしょう。陛下、エインヘリアに情報開示を求めようと思っていますがどうでしょうか?」


「情報開示だ?……あぁ、なるほど。跳ねっ返りを抑える為か」


「エインヘリアに対する無知。ここを解消できれば話は早いかと……」


「まぁ、そうだなぁ」


 口では肯定しているが……その態度には含みがある。


「他にも御懸念が?」


「懸念っていうか、普通に無理だろ」


 私の問いに肩を竦めながら陛下が答える。


「情報開示がですか?」


「いや、そっちは問題ない筈だ。俺たちにあんな風に見せつけておいて今更秘密も何もないからな。まぁ、隠し玉の一つや二つ……いや、十や二十くらいはあるかもしれんが、アイツが開示しても良いとした情報だけでも十分過ぎる程威力はある」


「であれば、エインヘリアに協力を要請して大々的にその情報を開示してしまえば……」


「わざわざ要請する必要はねぇよ。あの陰険な野郎のことだ、そう遠くない内に次の手を打って来る……間違いなくな」


 確かにエインヘリアからすれば、ここでさらに動くという判断は常道といえる。しかしそれは……。


「エインヘリアに対して受け身でいろと?」


 完全に主導権をエインヘリアに渡すということだ。


「帰って来るまでに散々話しただろう?俺達はエインヘリアと対等の関係を結べる立場にないってな」


「はい。だからこそ……」


「その原因は何だ?」


 私が続けようとした言葉を遮り、陛下が問いを投げかけてくる。


「プライドと権力だけを肥大化させている貴族たちです」


 ランティクス帝国は間違いなく強国で、その自負は強国であり続けるために必要な物であったことは間違いない。


 今はそれが逆に足かせとなっているが……。


「そうだ。だが、連中の力は必要だ……それは何故だ?」


「我が国はいつ終わるとも知れない戦争を継続しているからです。魔物や魔王国との戦い……そしてオロ神聖国。多くの貴族の協力が無ければ、支え切れるものではありません」


 我が国は大陸中央から北側にかけて、多くの土地を西側の森に接する形で領土を持っている。


 元々その地にあった小国が魔物の群れや魔王国によって滅ぼされた為、自国を守るためにその地を得るしかなかったのだが、放置すれば今以上に厄介なことになっていただろう。


 それ故仕方が無かったとはいえ、広い範囲で戦線を抱え込まなければならなくなった。


 その結果、国の西側に領土を持つ貴族は貧しく、国や東側の貴族はその支援を最優先で行わなければならないのだが……喉元に剣を突きつけられるまで危機感を覚える事が出来ない者は少なくない。


 無論、東側の連中も支援をしないというわけではないし、西側の連中も魔物や魔王国との戦いに対し一枚岩で手を取り合っているというわけではない。


 バラバラの方向を向き、自らの利権を第一と考える貴族達……それが悪だとは口が裂けてもいわないが、もう少し優先すべきものを考えて欲しいものだが。


「今後、南側を気にする必要はない。オロ神聖国はそれどころじゃないだろうしな。アイツがこの後どう動くかは分からねぇが、オロ神聖国は間違いなく潰される。南側にもさかなければならなかった戦力は西側に向けられる」


「それはそうですが……だからといってギリギリの綱渡りだったのが、多少一息つけるといった感じではありませんか?」


「結局貴族連中の力が必要というところに変わりはないかと。それとも、エインヘリアに援軍を求めるので?」


 私とミザリーがそう口にすると、陛下がニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる。


 この表情は……もう少し考えれば分かるだろ?そう如実に言っている。


 エインヘリアに援軍を求める訳ではない?


 だがこの状況で新たに戦力を捻出できるのは……。


「……ヒエーレッソ王国」


 ミザリーがぼそりと呟いた言葉が耳朶を打つ。


 ヒエーレッソ王国?


 どういうことだ?


「あの戦争の観覧……ヒエーレッソ王国の者達もいましたわ。少し不自然ではありませんか?」


「不自然?何がだ?エインヘリアとヒエーレッソ王国は同盟を結んだ……あるいは、同盟を結ぶつもりだったのだろう?神聖国派の貴族共にエインヘリアという存在を見せつける……あるいは親エインヘリア派に旨みを思い知らせる。十分な理由だと思うが」


 ミザリーの言葉が理解出来ない私が首をかしげると、陛下が笑みを深める。


 駄目だ、馬車の中で向かい合わせにいるせいで、ミザリーの方を向いても陛下のムカつく顔が嫌でも視界に入ってくる。


「そうでしょうか?あのエインヘリアですよ?ヒエーレッソ王国の神聖国派……放っておいてもオロ神聖国と共に潰れますよ?」


「……」


 確かにそうだ。


 頼るべきオロ神聖国はもう既に先が見えている……エインヘリアと盟約を結んでいるであろう者達からすれば、自分達が国を掌握するのが早いか遅いかの違いしかない。


 魔王国軍が次に攻めてくるまでまだ時間がある……エインヘリアのあの強さがあれば、恐らく侵攻が再開されるよりも早く結果が出ているだろう。


 それは火を見るよりも明らか……であれば、ヒエーレッソ王国をあの場に呼んだのは……。


「我々にヒエーレッソ王国の存在を認識させる為?」


「あの野郎が好みそうな陰湿な手だ」


 エインヘリアはヒエーレッソ王国を庇護下に置く……つまり次の季節には魔王国と事を構えるということに他ならない。


 そういうことか。


「こちらの面子を潰さず、しかしそれと分かるように手を貸す……それがヒエーレッソ王国をあの場に呼んだ理由だと?」


 魔王国との戦線を抱えるヒエーレッソ王国を助ける……それはつまり、エインヘリアは自ら魔王国と事を構えるということ。


 であれば、同じように戦線を抱える我々と協調して事に当たる……それを暗に伝えて来たのだ。


 エインヘリアが対魔王国戦において力を貸してくれるとなれば、貴族以外にも当てにできる戦力が生まれる……。


「さぁな。だが、それが今俺たちにとって都合の良い状況を作っている。でだ、俺が無理だって言ったのは……」


「……エインヘリアがどれだけ情報を公開してくれたとしても、貴族連中は納得しない」


「ってことだな」


 ……私やミザリー、そして今回の観覧に参加した者達、そして現在我等の帰りを待っている帝国上層部の重鎮たち。


 皆に共通していえることは現実主義であるということ。


 国家運営の為ならばありとあらゆる清濁併せ吞む覚悟があるが、理想やくだらない見栄の為に堅実な道……安全な道からそれることを是としない性分。


 そんな我々からすれば、貴族達のプライドは百害あって一利なし……恥辱に塗れようと生き抜いてこそ勝利を掴みとれるのだ。


 誇りと実益ならば実益を取る……軟弱だなんだといわれようと、それが私達中央にいる者達の……二大強国であるという自負。


 無論連中にも言い分はあるのだろうが、理解出来ない……だからこそ、我々と連中は分かり合えないのだろうが……利の重なる部分では協力し合えた。


 だが……エインヘリアという名の嵐によって、この大陸の情勢は大きく動く……。


「反エインヘリア派の貴族を潰しても……今なら支障がない」


 確かに、ランティクス帝国は二大強国という地位を失い、その権威は落ちるだろう。


 だが、国家そのものは倒れることなく存続することができる……。


「お膳立てが出来すぎていて気持ち悪いですわね……」


 確かに……。


 エインヘリア王……一体どれほど先を見て策略を巡らせているのか。


 二手や三手どころではない。


 神聖国と開戦した時点で、次の……全く別の相手との戦争への手を打っている。


 こちらが渡された食材をどう調理しようか悩んでいたら、既に調理を終えているどころか配膳まで済んでいて……後はそれを食べる以外道はないといった状態。


 エインヘリアのあり得なさを、私はまだまだ理解できていなかったということだろう。


 そんな風に戦慄を覚えていると、向かいに座っている陛下が一瞬目を細めた後に舌打ちをする。


「……ちっ。本当に性格の悪い野郎だ」


 先程までニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながらこちらを見ていた陛下が、窓の外に視線を向け……嫌なものでも見たかのように表情を歪ませている。


 何が……そう思って窓の外を見た瞬間……見えてしまった。


 帝都の街壁……その遥か向こうの空に浮かぶ……空を飛ぶ船の姿を。



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