第156話 はおーと聖王
これから昼食というには妙に気合の入ったエファリアが、うちの食堂に居た。
相変わらずエファリアは自由だなぁ。
他国の城の食堂に現れる別の国の王様ってエファリア以外ありえない……事もない気がするけど、多分ランティクス帝でもやらんで……?
一瞬、よくお茶会をする面々の顔を思い出し、彼女達にも帰還の挨拶をしないとなと考える。
まぁエファリアはなんだかんだで身内みたいなものだし、うちの子たちもそういう認識みたいだし、この場にいることは何も問題ない。
そんなエファリアがにこにこと……どうみても怒っているような雰囲気を漂わせながら俺を見ている。
うん、まぁ、流石に理解していますよ?
エファリアが怒っているのは、色々と秘密にしていたからなのは間違いなく……そして本気で怒っている訳でないこともわかっている。
……まぁ、拗ねているのと喜んでいるのと、後はアレのせいだな。
エファリアの座っている席の正面で体をこわばらせているアレに視線を向けると、ソレが引き攣った表情のままこちらを見る。
「……あ、兄貴」
「……何やっているんだ?エファリア」
救いを求めるようにこちらを見るコレ……オスカーをとりあえず放置してエファリアに声をかける。
まさかエファリア相手にイベント何か起こしてないよな?
無理やぞ?
それは絶対無理やぞ?
「お昼ご飯をご一緒させて貰おうとフェルズ様を待っていたのですが、オスカーさんがいらしたので雑談していたところですわ」
「そうか」
雑談……オスカーの様子はどう見てもそんなお気楽な感じでは無いようだが……まぁ、オスカーだからいいか。
オスカーはエファリアよりも先に俺の不在とその理由を知っていたから……その点を詰められていたのだろう。
ご愁傷さまである。
「オスカーは昼休みか?」
「はい!あ!そろそろ戻らないと!……あ、兄貴!おかえりなさい!無事のご帰還、本当に嬉しいです!」
「あぁ。また会えて嬉しいぞ、オスカー。バンガゴンガから聞いているが、今度また落ち着いて話をするとしよう」
「はい、お願いします!じゃぁ、俺はこれで!エファリア様も……すみませんでした!」
一気にまくし立ててオスカーが食堂を後にする。
その後ろ姿を凄味のある笑みで見送ったエファリアがこちらに向き直った。
「注文に行きますか?」
「あぁ。今日は……うどんの気分だな」
「カレーうどんですか?」
「いや……きつねうどんだな」
今日の俺の服装は……ちょっと白い部分が多い。
この覇王……服にカレーの汁が着いているのがはっきり分かってしまうのは立場上マズいのだ。
「……前から不思議だったのですが、何故油揚げを乗せたうどんがきつねうどんなのでしょうか?」
「……きつねが油揚げを好きだからじゃないか?」
小首をかしげるエファリアに俺が答えると、エファリアはさらに言葉を続ける。
「きつねに油揚げをあげても良いのでしょうか?」
油揚げ……原料はともかく、揚げ物はなんかよくなさそうなイメージだな……。
「……いや、体に悪そうなイメージだな」
「謎ですわ……」
ですよね……。
まぁ、きつねに稲荷寿司とかっておとぎ話ではよく出てくるけど、実際酢飯は……野生動物は避けるんじゃないだろうか?
それに稲荷寿司は砂糖とか入ってるし……少なくともルミナにあげてみようとはならんな。
そんな事を考えていたら稲荷寿司が食べたくなってきたので、きつねうどんと一緒に注文する。
「エファリアは……海鮮丼ともずくか」
「はい。海鮮丼はここでしか食べられませんし……」
「魚の輸送は……専用の魔道具を開発していたと思ったが、まだ実用は厳しいか」
「自分が食べる分くらいは魔力収集装置を使わせて貰えば確保出来ますが……やはりちゃんと流通させたい所ですわ」
ここで食べるのはオッケーで、自分の所で食べるのは流通方法を確保してから……真面目なのか狡いのか判断に困るな。
エファリアの台詞にそんな事を考えつつ、二人でトレイをもって席へと戻る。
「ん?待て、エファリア。それはわさびだぞ?」
エファリアが海鮮丼のたれにわさびを混ぜようとしていたので制止する。
するとエファリアは少し拗ねる様な、それでいて少し得意気にも見える様な……なんとも言い難い表情を見せながら口を開く。
「わさびくらい問題ありませんわ。この風味が結構病みつきになりますの」
そういってわさびを溶かしたタレを海鮮丼にかけるエファリア。
大人になったなぁ……少し前まで全部さび抜きだったのに。
まぁ、見た目は全然変わってないけど。
「フェルズ様……?今何か失礼なこと考えませんでしたか?」
「いや、そんなことはないぞ?月日が経つのは早いものだと思っただけだ。以前はさび抜きじゃなければ食べられないと涙目になっていたからな」
俺が皮肉気に笑ってみせると、エファリアが頬を膨らませる。
よし、微妙に話題を逸らすことが出来た。
そんな風に内心喜んでいると、頬を膨らませたエファリアが俺から視線を逸らしながら口を開く。
「……ふぅ、やっぱりフェルズ様は狡いですわ」
「ん?何かしたか?」
突然の非難に俺は首をかしげるが、エファリアは何も言わずに食事を始める。
勢いよく掻き込んで……わさびの塊でも放り込んでしまったのか、動きを止めてプルプルと震えている。
俺が一緒に持って来ていた温めのお茶を渡すと、物凄く苦し気にもがきながらお茶を飲むエファリア。
「……うぅ」
「くくっ……」
涙目になっているエファリアの姿に思わず笑ってしまうと、恨みがましい目で見られてしまう。
「まぁ、気にするな。慣れている者でもそうなってしまう事は多々あるからな」
「私が気にしているのはそこではないのですが……もういいですわ」
何故かエファリアがプリプリしているが……うん、最初俺が食堂に来た時のような威圧感は綺麗さっぱり消え失せている。
……お腹が空いていたというのもあったのかもしれない。
俺はうどんをすすりながらそんなことを考える。
暫くそんな風に他愛のない話をしながら食事を続ける俺たちだったが、その内エファリアの口数が少なくなり……表情も沈んでしまった。
「……フェルズ様。今日まで、何があったかはフィルオーネ様にお聞きしました」
「そうか」
エファリアにはフィオから事情を話したと聞いているし、特に問題はない。
「フェルズ様の立場上……今回の事を外に漏らすことが出来なかったのは当然だと思います」
「そうだな。一時的にとはいえ、他国に王の不在を知られるのは避けたい所だ」
たとえバレバレでもね。
「はい。他国の王である私に文句を言う筋合いは当然ありません。ですが……」
そこで言葉を切り、申し訳なさそうに俯くエファリア。
確かにエファリアの言う通り、俺の不在を隠したのは国として当然のことだし、それをエファリアに明かすことが出来なかったことも当たり前……そして、その事に対してエファリアが文句を言う事もお門違いだろう。
しかし……。
「そうだな。確かに、俺達は一国の王。個人的な親交がどれだけあろうと、越えてはならない……あるいは踏み込んではならない一線が存在する」
「はい……」
未だかつて見たこと無い程、エファリアが暗い表情で頷く。
理解している。
エファリアは当然というか……間違いなくなんちゃって覇王以上にその事を理解しているのだ。
だというのに、今俺にそのことを漏らしてしまったのは……甘えだ。
恐らく、他の誰にも見せることの出来ないエファリアの甘え……この八か月の間に溜まった不満、寂しさ、怒り、落胆、疎外感……そして、自身への嫌悪感。
ありとあらゆる負の感情が、彼女の心を侵食して……吐き出してしまった。
その相手が……エファリアの立場上、絶対にそんなことを漏らしてはいけないエインヘリアの王である俺だ。
まぁ、オスカーも八つ当たりチックな事はされていたが……アレはさて置き。
弱さを口に出してしまった事で、更なる自己嫌悪に陥りつつあるエファリア……エインヘリアの王としてならともかく、フェルズという俺自身としてそれを捨て置く理由はない。
「エファリア。お前は頭がよく回る……だからこそ、悪い方向にも人の倍以上考えてしまっているぞ?」
「……」
「確かに、王として……国を導く者として、飲み込まなければならないものは多くあるだろう。だがな?俺たちは人である前に王であり、王である前に人だ。どちらも優先されるべきであり、どちらも押し殺すべき……その時々によってな」
俺が普段通りの笑みを浮かべながら言うと、エファリアの陰っていた表情が少し変化する。
「スラージアン帝国皇帝であるフィリアも……当然俺も、公私は自分たちの都合の良いように分けている。そんな俺が……友人であり、妹のように思っているエファリアの想いを受け止められない程、狭量だと思うか?」
「フェルズ様は……狭量なんかではありません。ですが……」
「くくっ……妹分に甘えられれば嬉しく思うのが兄貴分というものだ。難しく考えるな、エファリア。心配した、心配させるな、自分にも教えろ……こうして二人で話している時に何を遠慮する必要がある?」
「……っ」
俺がそう口にした次の瞬間、エファリアの目から大粒の涙がこぼれ始める。
……それはあかん!
幼女を全力で泣かす覇王の図……どう取り繕うと通報案件である!
いや、エファリアは幼女って年齢じゃないけど……ビジュアル的に!
フィオに見つかったら色んな意味でヤバイ!
とめどなく涙を流すエファリアを前に、未だかつてない程の戦慄を覚えた。