第154話 視察記録
View of セルニオス=ソルティオス=レイフォン 元レグリア王国伯爵
エインヘリア王陛下を何と称すれば良いか、私の語彙力ではとてもではないが表現できない。
圧倒的な気配をまき散らしながら、気さくに笑い。
食後の散歩にでも行くかのような気軽さで戦場に向かい。
国の一つや二つ簡単に滅ぼしそうな強大な魔物を友と呼び。
聞いたことどころか想像したことさえなかった技術を有し。
大国どころか、この大陸に存在する全ての英雄の数を上回る程の英雄を従え。
あっという間に敵国を屈服させる。
各地に伝わる英雄譚でさえも、もう少し控えめだと思うが……陛下は紛れもなく現実の存在だ。
そんな陛下が、エインヘリア本国から来た方々と合流して……ほんの数日で、オロ神教およびオロ神聖国はその在り方を変えた。
周辺国は……ランティクス帝国も、ヒエーレッソ王国も東側の小国も大混乱……にはまだならぬか。
余りにも早すぎて、彼らの元まで情報が届くのに一ヵ月か二か月程度はかかるだろう。
その間に私達は、エインヘリアの臣として動かなければならない。
だが、その為にも……我々はエインヘリアという国を自身の目で見て知らなければならない。
陛下にエインヘリア王都への視察を命じられた私達は、転移という技術を使いあっという間に遠く離れたエインヘリア王都へとやってきた。
一日目
陛下とリーンフェリア様、プレア様、バンガゴンガ様……それから何故か属国であるルフェロン聖王国の聖王陛下が王都の各施設を案内してくれることになった。
その顔触れには驚いたが、恐らくエインヘリアに於いてこの程度で驚いていては心臓がいくつあっても足りない筈だ。
最初こそ我々に対し敵意を向けていた聖王陛下だったが、レヴィアナ殿のお陰ですぐに穏やかな面持ちになられた。
本当にレヴィアナ殿は陛下のお傍で成長されたと思う。
実に頼もしい限りだ。
理想に実力が追い付いて来た……今の彼女を侮る者はもういないだろう。
レヴィアナ殿のことはさておき、エインヘリア王都の施設はどれも素晴らしいものだった。
この街並みを四、五年程度で築いたというのだから……エインヘリアの凄まじさは陛下達だけに当てはまるものではないのだろう。
説明をしてくださっているバンガゴンガ様からも、この街に対する強い想いや作り上げて来た自負のようなものを感じた。
学校や治療院、職の斡旋所……それに水道等のインフラ周り。
見るべきところは多かったが、街を歩く人種もまた私達には驚きだった。
緑色の身体をしたゴブリンや腕が鳥の翼のようになっているハーピー。
身長こそあまり高くないが非常に体格の良いドワーフに、矮躯ながらも非常に活発なスプリガン。
そして人族に比べると全体的にやや瘦身気味で耳がとがっているエルフ。
いずれも我々の住む大陸には存在しない種族だ。
それに、私は気付かなかったがパッと見た感じでは殆ど人族と変わらない魔族という種もいたらしい。
今後はそういった別の種の文化等も学んでいく必要があるだろう。
妖精族関係の話はバンガゴンガ様が全て取り仕切っている様なので、今度詳しい話を聞かせて貰えるように頼んでおいた。
各施設に関しては、事前に情報を聞き、かなり身構えていた為……それほど度肝を抜かれるという事は無かった。
このまま何事もなく視察が終われば良いのだが……微妙に、何かを企んでいそうな陛下の様子が気になった。
二日目
本日は王都以外の街や村の視察へと向かった。
魔力収集装置による転移によってどれだけ離れた村であろうと一瞬にして移動が出来るのだが……やはり転移というのは相当危険な技術だ。
これを持たない国は、絶対にエインヘリアを出し抜くことが出来ない……いや、エインヘリア以上の軍事力を持っていたとしても、この技術一つであっさり状況をひっくり返されかねない。
まぁ、エインヘリア以上の軍事力を持つ国がこの世界に存在するとはどうしても思えないが……いや、その決めつけこそ危険なものだろう。
少なくとも陛下はあれ程の力を有していながらも、慎重さを失う事は無かったし、敵を軽視することはけしてしなかった。
エインヘリアという国が存在する以上、似たような事が出来る国が存在しないとどうしていえようか?
そう縛めはするが、現時点でエインヘリア以外の国が他所の大陸から進出してきていないことからその可能性は限りなく低そうではあるが。
仮にこの技術を得た国が何処かの大陸にあったとして……他の大陸に進出しないというのは考えにくい。
手にした力を振りかざし他者を制し自らの国を富ませるというのは、至って普通の考え方だ……力を有していながらも行使しない陛下の方が異常なのだ。
まぁそれは今どうでも良いか。
案内された街や村は王都と遜色ない……というのは言い過ぎだが、レグリア地方のそれらとは比べ物にならない程発展しており、更にどこもかしこも活気があった。
私達が向かった先々でも新規道路の敷設や様々な建築が行われており、今現在の姿がエインヘリアという国の完成した形というわけではなく、今後もどんどんと発展していくということを如実に表していた。
同時に二日目にして、王都でもかすかに感じた違和感の正体に気付くことが出来た。
街に住む民も村に住む民も……非常に綺麗なのだ。
肌や髪、服に至るまで……とても平民の姿とは思えない程小奇麗な姿だった。
全ての民が貴族の使用人のような身綺麗な姿で……道路工事や畑仕事をしているのだ。
いや、勿論作業中は汚れても良い服装だし、泥や汗で汚れているのだが、仕事が終わると各所に設置されている公衆浴場に向かいしっかりと体を洗うとのこと。
治療院等の施設と同じように公衆浴場も各地に設置して……なんと無料で開放しているらしい。
それにかかる費用を考えると眩暈がするのだが……陛下が推し進めている施策だそうで、反対するものは皆無だそうだ。
ただ陛下が綺麗好きだというだけなら、とてもではないが納得できない施策だが……どうやら、体を清潔に保つ事で疫病の蔓延を防ぎ、街や村そのものへの清掃意識を高め、更には犯罪の抑制にも一役買っているらしい。
全然関係ないように見える一手に多くの意味を持たせる。
なるほど、確かに陛下らしい施策といえるな。
なるほど……十分、理解出来ているつもりだったが、私はまだまだエインヘリアという国を……そして陛下という存在を甘く見ていたようだ。
昨日の陛下の悪戯を思いついた様な様子は……こういうことか。
明日からの視察は農業や漁業……それから鉱山といった第一次産業となっている。
海に面していないレグリア地方で漁業は関係ないと思っていたが、どうやらエインヘリアでは生簀というものを使い、海が無くても漁業を産業の一つに出来るとのことだったのでしっかりと確認しておく必要がある。
農業に関しても、見たことのない道具を使っている可能性があるし……見るべき場所は多いだろう。
当初の予定では明日一日で全て回るという話だったが、バンガゴンガ殿が陛下に進言して一日で一つの事業を視察……しかも予定していなかった場所を一か所追加することになった。
恐らく時間をかけてゆっくり見るべきということだろう。
陛下と違い、バンガゴンガ様は非常にこちらに気を使ってくれるというか……豪快な見た目と違い繊細な気配りをされる方だ。
ゴブリンの中でも非常に体格に恵まれた方だが、仕事としては文官……。
しかも陛下は臣ではなく友人であると公言しておられる……エインヘリアに於ける重鎮……重要人物なのは間違いない。
明日からの視察も大変有意義なものになる筈だ。
五日目
アレはない




