第148話 ただいま
オトノハ達が設置した、この大陸初の魔力収集装置が稼働する。
といっても仰々しい式典のような事はせず、オトノハに頼むの一言で起動してもらっただけだが……。
「やっと帰れるな」
俺が思わず漏らした一言にリーンフェリア達は本当に嬉しそうな笑みを見せ、レヴィアナやランカークは申し訳なさそうな表情を見せた。
顔色一つ変えないのはレイフォンだけだな。
まぁ、当て擦るつもりは全く無いので、レヴィアナ達もレイフォンくらい堂々としてくれていても……いや、やっぱそれはそれでムカつくな。
「レヴィアナ」
「はい」
俺が声をかけると、少し離れた位置にいたレヴィアナが一歩前に出る。
「暫くこちらは任せる。ランティクス帝やヒエーレッソ王国の件もあるが、俺自身がこの地に来ることは暫くないかもしれん……まぁ魔王国次第だがな。何にせよ、レグリア地方はこの大陸における我が国の玄関口にして顔だ。このレグリア地方を見て、他の国の連中はエインヘリアとはどのような国なのかを判断するだろう」
「はい。陛下のお心を煩わせるような真似は二度と致しません」
「くくっ……お前には何度か話しているが、エインヘリアの常識はこちらの大陸のそれとは大きく異なる。だからレヴィアナにレイフォン、ランカークにエリストン……後は辺境守護もだな。折を見てお前達を向こうに呼ぶ……そこでエインヘリアを自らの目で見て学べ。なに、そう待たせはせん」
恐らく数日もすれば向こうは落ち着くだろうし、そうなればすぐにでも呼ぶことになる。
「ありがとうございます、陛下。本国を見ることを楽しみにしています」
少し緊張した様子のレヴィアナがそう答える。
リーンフェリア達とは結構話をしていたみたいだし……それなりに打ち解けていたと思うけど、何に緊張しているのだろうか?
……本国に行く事か?
もしかしたらリーンフェリア達から色々と聞いているのかもね。
「ふむ。今までは便宜上そう呼んでいたが、こうして向こうの大陸とレグリア地方が繋がった以上、向こうの事を本国と呼ぶのは正しくないな、ここも間違いなくエインヘリア本国だ」
基本的に俺達は地方名で呼ぶけど……うちの城がある場所だけちょっと呼びにくいんだよね。
レグリア地方ってのもなんか違うし、王都……って程デカくもないんだよなぁ。
まぁ、でも王都……だよな。
そんな事を考えていると、レヴィアナが頭を下げる。
「未だエインヘリアの臣であるという自覚が薄く申し訳ありませんでした。以降、本国という言葉は使わぬよう皆にも通達しておきます」
「あぁ、そうしてくれ。しかし、レヴィアナ……今まで通り、もう少し肩の力を抜いてくれていいんだぞ?俺自身は何も変わっていないのだからな」
「は、はい。すみません……少し、気後れしてしまっていたようで……」
出会った当初と同じか、下手をしたらそれ以上に硬くなっているレヴィアナに俺が普段通りの笑みを浮かべながら言うと、レヴィアナは少し恥ずかしげに笑みを見せる。
なるほど、うちの子達と合流して……今まで話にしか聞いていなかった魔力収集装置の威容を前にして、エインヘリアという規格外に気後れしていたと……。
まぁ、分からなくもないかな。
あまりにもこっちの大陸の常識と違い過ぎるもんね。
まぁ、魔力収集装置というか、魔道具に関してはレグリア地方も結構独自の技術が発展しているみたいだし……技術力という意味ではうちに近しいものがある気がするけど、やはり違うのかな?
「くくっ……次に会う頃には慣れていると良いな。では、そろそろ行くとするか」
「「はっ!」」
俺がレヴィアナから視線を外しリーンフェリア達に声をかけると、待ってましたと言わんばかりに皆が返事をする。
「それじゃ、いくよ」
オトノハの掛け声が聞こえ、俺はゆっくりと目を瞑る。
転移の際に目を開けたままだと、突然視界が切り替わって脳がバグるというか……なんか気持ちが悪いのだ。
目を瞑っていても、皆が傍にいるし……転移先でいきなり襲われたとしても危険はない。
まぁ、今から行くのはうちの城だし、危険は間違いなくないんだけどね。
そんな事を考えていると、周りの空気が一変する。
オトノハがレグリア地方……城下町に設置した魔力収集装置はそれなりに人通りの多い場所だった。
勿論俺達がそこを使うから治安維持部隊によって通りは封鎖されていたけど、遠巻きに見物客が居て、それなりに騒がしかったのだが……ここは違う。
静寂。
かといって誰もこの場に居ない訳ではない。
誰もが一切の音を立てぬように細心の注意を払っている……そんな感じの空気がここにはある。
俺がゆっくりと目を開くと……そこは、我が国に於いて最重要施設……エインヘリアの城に設置されている魔力収集装置の大本の大部屋。
俺はその装置を背後にして立っており、眼前には……俺を迎えに来た子達以外のほぼ全員が揃って片膝をついていた。
そして示し合わせた様に、リーンフェリア達もその場に片膝をつき頭を垂れる。
そんな中……俺を除き唯一その場に立っていた人物が、ゆっくりとした歩調で近づいて来た。
長い黒髪に黒い瞳……時折赤くも見える瞳は真っ直ぐに俺を見据え、口元には小さな笑みを浮かべている。
黒いドレスは着ている者のメリハリのあるボディラインがくっきりと見え、煽情的なようで、それでいて清楚なようでもあるが……それを着ている人物の容姿や雰囲気も相まって犯しがたい神聖ささえ感じてしまう。
俺は何も言わずに彼女が近づいてくるのを見返す……不思議な色合いの瞳が揺れ……彼女の目が潤んでいるのが少し離れた位置からでも分かった。
「フィオ」
「よく、無事に帰ってきたの……フェルズ。待っておったぞ」
「心配をかけた」
「うむ……っ!」
俺が声をかけた事が切っ掛けとなったか、目に溜まる水の量が増えたフィオが俺から顔を背け目元を手で隠す。
……流石の覇王もこの場でフィオを抱き寄せたりは出来ません。
若干……いや、かなり心は揺れたが、そういうのは二人きりになってからにするべきだ。
色々な衝動をぐっと堪え、俺は頭を垂れている皆に声をかける。
「皆も、長らく不在にして苦労をかけた。ここに居る全員の働きのお陰で、無事帰還することができた……感謝する」
「「……」」
「積もる話はあるが……折角帰って来たのだ、まずは皆の顔を見せてくれ」
俺がそういうと、広間に集まっている皆がゆっくりと顔を上げる。
最前列に居るのは、キリク、アランドール、ジョウセン、サリア、レンゲ、シュヴァルツ。
役職持ちで居残りだった二人と武聖の四人……キリクはこちらを睨む様な力のこもった表情で、アランドールは穏やかな表情でこちらを見ている。
ジョウセン達もそれぞれの気持ちを前面に出した表情を見せているし、その後ろにいるシャイナやロッズにリオ、マリー達……懐かしい顔ぶれに一人一人名前を挙げ、声をかけていきたいところだけど、この場でそこまで時間をかけるのもおかしいだろう。
「皆も知っての通り、俺は海の向こうの大陸に召喚された。その地では色々と制約があり、中々思うように動くことが出来なかったことで。俺がどれだけ皆に頼っていたか思い知らされたものだ。無論、俺と共に召喚されたウルルやプレアの助力があったからこそ……そしてこの地にてエインヘリアをしっかりと守ってくれていた皆が居たからこそ、俺はエインヘリアの王として在り続ける事が出来た。だからこそ、俺は皆に最大限の感謝を伝えたい」
「「……」」
俺の言葉に誰も何も言わない……だが、皆が何も感じていない訳ではないことは、俺にも分かる。
流石に初めてこの世界に来た時のように、滂沱の如く涙を流したりは……いや、してるな。
キリクは下唇を噛んで堪えているし、アランドールも眉間に皺が寄っている……ジョウセンはダバダバと真顔で涙が流れているし、サリアも真剣な表情ながらも一筋の涙が頬を濡らしている。
レンゲの目が潤んでいるのは……あくびを噛み殺しているからかもしれないし、その横のシュヴァルツが子供みたいに泣きじゃくっているのは見なかったことにする。
他の子達もそれぞれのやり方で……耐えたり泣いたり……まぁ色々だ。
因みにフィオは既にすまし顔で俺の横に立っている……目は多少赤くなっているようだ……瞳孔ではなく白目の部分が。
しかし……ここまで喜ばれると、覇王冥利に尽きるというか……いや、そうか……やっと帰ってきたんだなぁ。
ほぼ俺のせいだけど……折角帰って来て皆の顔が見られたのに、泣き顔しか見られないのは……残念でもあり嬉しくもある。
俺は皆が落ち着くまでの暫くの間、何も言わずに一人一人の顔をしっかりと見続けた。