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第146話 そん時の聖地:ニ


 

View of コルネイ オロ神教 教皇






 普段静かな聖堂内が騒がしい。


 聖地から軍が出立した時でさえもここまで騒然とした空気では無かったが……そんなことを考えながら辺りを見渡していると、私の部屋に飛び込んで来た助司祭が声をかけて来た。


「教皇猊下!こちらです!」


 ……危険があるかもしれない場所に、教皇である私を案内するのは如何なものかと思わないでもないが、私自身がこの目で確かめたかったので野暮なことは言わない。


 無論、この助司祭が以後司祭以上に出世することは無いだろうが。


 私は小走りに進んでいく助司祭の後ろをついて行きながら、ため息を漏らさぬように気を付けなくてはならなかった。


 喧騒が次第に大きくなるのを感じる。


 確か助司祭は空に船がと言っていたが……なるほど、確かに窓の外を指差しながら騒いでいるようだ。


 ……方角は西か。


 嫌な予感が強くなる……いや、もはや確信と言えるだろう。


 この状況で『スルラの影』が誰一人として私に報告に来ないのだ。


 そんな事はあり得ないと断言出来る……『スルラの影』が未だに私の手の者であるのならば。


 ……やはり裏切ったか。


 その可能性は考えていたが、マズいな。


 完全に秘匿して来た諜報員がそっくりそのまま裏切る……考え得る限り最悪の状況だ。


 せめてガルロンドが聖地に居れば……そう思うが、全てはもう遅いのだろう。


 司祭や助司祭達が騒いでいる窓へと近づくと、私に気付いた者達が口を噤みさっと道を空ける。


 教皇としての柔和な笑みを顔に張りつけ、窓を覗くと……なるほど、確かに空を飛ぶ船が聖堂を見下ろす様に浮かんでいる。


 こちらに向かって来ていると聞いたはずだが……あの助司祭が言い間違えたのか、それとも私がここに来るまでの間に到着したのか……。


 ゆっくりとこちらに向かって下降してくる船から視線を外し、周りにいる者達に声をかける。


「すぐに神殿騎士達に聖堂に集まるように通達を。それと聖騎士も全員集まるようにと」


「は、はい!」


 わざわざ命じずとも集まるとは思うが、自主性に任せられるほど暢気な状況ではない。


 いや、はっきり言って時間は全く無い……この命令が届くよりも相手の動きの方が確実に早いと言える。


 勿論、この船の接近にはもっと前から気付いていただろうし、聖騎士も神殿騎士も動いている筈だ。


 だが、私自身の切り札が全てない状況で出来る事は多くない。


 いや、状況はそれ以上に悪い……『スルラの影』が裏切った以上、隠し通路からの脱出も難しいだろう。


 私を逃がすために連中は全ての隠し通路の出入り口を把握している……それが翻れば、全ての出口が敵にバレているという事だ。


 だが、この場に残っていても碌なことにはならないのは間違いない。


 私は踵を返し、ここから一番近い隠し通路に向かおうとして……その直後、けたたましい音と共に窓が……いや、窓も壁も爆散する。


 不思議なことに、強固に作られた壁が粉々になる様な爆発があったにも関わらず、私や周囲にいた司祭達に一切の被害がなかった。


 いや、その事実の方が恐ろしい事なのかもしれない。


 あの爆発を、寸分の狂いもなくコントロールしてみせたという事なのだから。


「流石はウルルねぇ。ピンポイントで目当ての人物がいるわぁ……あの子透視能力とかあるのかしらぁ」


 気怠い雰囲気の声が聞こえて来ると同時に、立ち込める砂埃が一陣の風で吹き散らされ……いつの間にか瓦礫の上に妖艶な姿の女が立っていた。


「「……」」


 腰を抜かし座り込んでいる司祭たちの誰もが声を発することができない。


 彼らも、そして私も知っているのだ。


 彼女の身に纏う圧倒的な空気……それが、聖騎士達の持つそれと同等のものであることを。


「こんなことになってるからぁ、貴方達は信じられないと思うけどぉ……」


 こちらには一切視線を向けず、服についた砂埃を払いながら言葉を続ける女。


 ……聞いてはダメだ。


 少しでも……一歩でもこの女から離れなければ。


 頭ではそう考えているのだが、体が一切言う事を聞かない。


「私はねぇ、これでも結構気が長い方なのよぉ。リーンフェリアとかぁ、ジョウセンみたいにすぐに手が出るってこともないしぃ。キリクやイルミットみたいに陰険な仕返しを即座に実行に移すこともないしぃ」


 独白の様に続けられる言葉は、傍から聞く私達には意味が全く分からなかったが……恐らくこの女にとってそれはどうでも良いのだろう。


「マリーやオトノハみたいに泣いたりもしないわねぇ。でもだからといって、アランドールやサリアみたいにぃ、感情を押し殺して普段通り振舞う事も出来ないけどねぇ」


「「……」」


「まぁそんな気の長い私でもぉ、いい加減我慢の限界なのよねぇ。だからぁ……貴方達全員、大人しく捕まってくれるかしらぁ?」


 真っ直ぐに私を見ながら女がそう言った次の瞬間、突如人影が女の後ろに現れ……剣を振りかぶっている。


 ここは四階だが、そんなことをものともせずに飛び上がってきたのは、改めて確認するまでもなく聖騎士……聖地に残っていた三人のうちの一人……。


「える……っ」


 私はその名を呼ぼうとしたのだが……それよりも一瞬早く、女が後ろも振り向かずに無造作に虫を振り払うように手を動かし……飛び上がってきた聖騎士が紅蓮の炎に包まれる。


「ふふっ……フェルズ様のお陰でぇ、私も随分と手加減が上手になったのよぅ?ほらぁ。今飛び込んで来ようとしてたサルもぉ、ちゃんと生きてるでしょう?」


 爆炎に弾かれるように、焦げた黒い塊が下に落ちていくが……恐らくあれが先程飛び上がってきた聖騎士なのだろう。


 ……本当に生きているのか?


 爆炎とは反対側にいる私の所まで凄まじい熱が届いたのだが……そんな場違いな事を考えてしまう。


 今この場において、何を置いても優先すべきは自分の身。


 だというのに、何の行動も起こせない……いや、目の前にいる女がそれを許さないのだ。


 意思は確かにある。


 だが、その意思を総動員しても……指一つ動かすことができない。


 これは……なんだ……?


 現実なのか?


 先程から……船が飛んでいるという報告を受ける以前から、ひどく現実感が無い。


 駄目だ、未だかつてない程頭が働いていない。


 このままでは……。


「それじゃぁ、そこのおじいさん一緒に来て貰うわよぉ。この聖堂は後で消し飛ばすからぁ、死にたくなければぁ、私達に従った方がいいわよぉ?」


 ゆっくりと私に向かって近づいてくる女……司祭も助司祭も、その歩みを止めようとはしない。


 まぁ、逆の立場だったら私も絶対にこの女の行く手を遮ったりはしないが。


 永遠にも感じられた僅かな時間、口元に笑みを湛えた……目は一切笑っていない女が私の前に立ち止まり、私にだけ聞こえる声で呟く。


「……でもぉ、抵抗してくれてもいいのよぉ?その時はぁ、私も全力でやらせてもらうからぁ」


 底冷えするようなその台詞に……私は一切抵抗しない事を心に決めた。



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