第144話 そん時のエインヘリア ランディ編
View of ランディ=エフェロット エインヘリア治安維持部隊中隊長 元ハンター協会ソラキル王都本部所属四級ハンター
緊急で招集が掛かり、俺は赴任先であるエルディオン地方からエインヘリア王都へとやってきた。
治安維持部隊という、犯罪者や魔物等を相手に仕事をするということは……その動きに応じて緊急で招集等が良く有りそうなものだが、不思議と……いや、外交官見習いの働きを見れば当然という気もするが……こういった事は初めてだった。
それだけに、嫌な予感がする。
エインヘリア各地が安定しているのは間違いない。
以前、大陸の外から敵性国家の船が来ていたが……それも半年以上前の話。
その件で今更緊急招集が掛かるとは思えない。
つまり、何かが起きたという事。
しかもその何かは、海の向こうから敵性国家の船がやってくること以上の厄介事と見るべきだろう。
しかし……おかしいな?
召集と聞いていたのだが、会議室に俺以外の者が来ないのは……どういうことだ?
そんな疑問を覚えていると、会議室の扉が開き……入ってきた人物の姿を見て、俺は慌てて椅子から立ち上がり敬礼をする。
「楽にしてください、エフェロット中隊長」
「はっ!失礼します!」
扉を開けて会議室に入ってきたのは、大将軍アランドール様。
治安維持部隊の総轄にして、エインヘリアの武官のトップ……。
国内の治安と外の脅威への対応。
エインヘリアにおける軍事的な責任者でありながら、治安維持部隊のいち中隊長でしかない俺の直接の上司と言ってよい方だ。
立場上何度もお会いしているし、非常に穏やかな方なのだが……どうしても緊張してしまう。
そんなアランドール様が俺の向かい側に座ったので、一呼吸置いてから俺も椅子に座り直す。
「わざわざこちらまで来て貰って申し訳ないですね。少々立て込んでいたもので」
「いえ、問題ありません……」
穏やかな表情で謝罪を口にするアランドール様に、俺はかぶりを振ってこたえる。
そんな俺を見たアランドール様はにっこりと微笑む。
普段から穏やかで部下である我々の事をけしてぞんざいに扱わない方ではあるが……今日はいつにもまして機嫌が良さそうな印象を受ける。
……緊急事態ではないのか?
頭の中で色々な疑問が生まれてくるが……困惑する俺の内心を読み取ったのだろう、アランドール様がどこか面白がるような雰囲気を見せながら口を開く。
「貴方しかいない事が疑問でしたか?」
「は……その……はい」
「実は、少々厄介な問題でしてね……人数が必要なのですが、問題が問題なので当面は信頼できる方にだけ事情を話して動きたいのです」
「……」
機嫌の良さそうな雰囲気とは裏腹に、話の内容はあまり穏やかなものではなさそうだ。
それに、今までこういった話はされたことが無かったので緊張が拭えない。
「エフェロット中隊長。貴方の働きぶりは私だけでなく代官や参謀であるキリク達も認めるところです」
「ありがとうございます」
それなりに評価されている事は知っていた……そうでなければ中隊長への昇進は出来ないからだが……しかし、俺が思っている以上に評価されているのだろうか?
その事を嬉しく思いながらも、これからも期待に応え続けなければと気を引き締める。
差し当たっては、今回の件だろう。
「それに……貴方はフェルズ様ご自身がスカウトされた方ですし、そういった意味でも信頼できると私達は考えております」
「……」
確かに俺が治安維持部隊に就職したのは、陛下からお誘い頂いたからではあるが……。
「ふふ……フェルズ様が誘ったからこそ優秀……という思いもない訳ではありませんが、それ以上にフェルズ様に救われ、フェルズ様と直接言葉を交わした貴方であるから……というのが一番の理由ですね」
「……」
そう言われると……微妙に納得できる気がする。
陛下には返しきれない恩があり、吹聴したりはしないが絶対に裏切るつもりもない。
……その忠誠心を買ってもらったということだろう。
しかし、何故……。
「前置きはこのくらいにして、本題に入りましょう」
「はっ」
アランドール様の言葉に俺は背筋を伸ばす。
一体どんな話が……。
「実は、エインヘリアの支配地域が増えました」
支配地域が……?
何処かの小国が従属……いや、併合を望んだのだろうか?
大陸南方にはまだいくつかの小国が存在する。
そのほぼ全てがエインヘリアの属国となっているが、属国では無くエインヘリアに組み込まれたいと考えている国は少なくないと聞く。
そういった国との交渉が纏まった……単純に考えるならばそう言う事だろうが、そうであればアランドール様が厄介な等とは言われないだろう。
「そして、その国は海の向こう……別の大陸に存在します」
「っ!?」
海の向こう!?
それはつまり……半年以上前にやってきた船……その本国を落としたということか?
いや、しかし、そんな技術を持つ国が小国とは……。
「ここまでは普通に公表する情報ですので、近い内にこの大陸中に知れ渡る話となります。そしてここからが……少々面白くない話になります」
アランドール様がそう口にした瞬間、全身を鉄でできた壁にでも叩きつけられたかのような衝撃を覚える。
「っ……」
「おっと、失礼しました。大丈夫ですか?」
「……はい。問題ありません」
申し訳なさそうな表情で謝ってくるアランドール様の姿に、一瞬手放しかけた意識を必死に手繰り寄せる。
今のは……アランドール様の怒気、いや、殺気か?
あのアランドール様がこれほど剥き出しの感情を見せるとは……一体何が。
「いや、本当にすみません。どうしてもこの件を口にすると感情的になってしまって……」
「アランドール様がそのようなことになる話……正直、聞くのが恐ろしいですね」
本当に申し訳なさそうなアランドール様の姿に、俺は一瞬にして激しくなった動悸を押さえつけつつ軽口を叩く。
こうでもしないと、先程感じた恐怖を拭えないのだ。
アランドール様の先程の怒り……その小国に関することなのは間違いないが……一体何が起これば、あれ程の怒りを……?
そして、その怒りを向けられた先は……この世界に原形をとどめているのか?
……いや、無理だろう。
アランドール様がこれだけ怒りを見せる事態……エインヘリアを担う重鎮の方々が同等の想いを抱いていないとは思えない。
陛下は恣意によって動く方ではないが……果たして……。
「実はですね、今から八か月前……フェルズ様が誘拐されました」
「……は?」
……フェルズ様……エインヘリア王陛下のことだが……。
「……今何と……?」
音としては聞こえていたが、意味が頭に入ってこず……思わず聞き返してしまった。
「聞こえた通りです。フェルズ様が別大陸の小国、レグリア王国に誘拐されました」
馬鹿な!?
別の大陸の小国が、何をどうやったら陛下を誘拐できるというのだ!
そんじょそこらの王ではない。
たった数年で大陸の半分を支配する大国を生み出した……英雄の中の英雄。
陛下本人の力も、そしてその周囲を守るアランドール様達も……簡単に出し抜ける存在ではない。
何をどうすればそんなことが……。
頭の中が混乱で埋め尽くされるが、アランドール様はそのような冗談を死んでも言うまい。
「召喚と呼ばれる儀式を介した魔法だそうで、フェルズ様を狙い撃ちしたものではなく事故のようなものですが……そんなことは関係ありませんね」
「はい。その……陛下は……ご無事なのでしょうか?」
「えぇ」
にっこりと微笑むアランドール様に、全身の力が抜ける程の安堵を覚える。
良かった……いや、あの陛下がどうにかなるとは思えないが、それでも召喚等という聞いたこともない儀式を行使するような国相手だ、万が一が起こり得ないとも言い切れない。
「召喚された直後にフェルズ様ご自身より我々に連絡がありました。フェルズ様は……即座に場を制圧、召喚を行使した小国を掌握し……召喚より数日後にはレグリア王国は滅び、その地はエインヘリア・レグリア地方と名を改めました」
「……なるほど」
自分でも間の抜けた相槌だと思う。
しかし、そうとしか言えなかったのだ。
陛下が誘拐されたという俄かには信じがたい話……それが未知の魔法によるものだというのは、まぁいいだろう。
しかもそれが事故だというのであれば……陛下が出し抜かれたという話よりもよほど信じられるというものだ。
それはそれとしてだ……今アランドール様は……誘拐された陛下が、数日でその国をエインヘリアに取り込んだと……そうおっしゃったのか?
もしや、陛下は軍と共に召喚されたのだろうか?
普通の軍であれば、突如見知らぬ土地に呼び出されすぐに頭を切り替え一国を滅ぼすなんてことは無理だろうが、エインヘリアの軍であれば……更にその場に陛下が居るのであれば、あっさりとそれを成してしまうに違いない。
そうか……そういうことか。
誘拐という言葉のニュアンスから、陛下御一人で別の大陸に召喚されたのだと思ったが……。
「因みに、召喚されたのは陛下御一人ではありません」
「そうでしたか」
やはりそうか……その事実に少しだけ安堵を覚える。
いや、勿論俺が安堵したのは陛下の身の安全が確保されていたことに対してだ。
自分の常識が守られたことに対してではない。
「外務大臣のウルル、それとメイドのプレアの二人が共に召喚されました」
「……」
メイド……勿論、エインヘリア城に勤めるメイドのことだろう。
……つまり、あの訓練場で凄まじい訓練を日夜続けているメイドの方々の一人。
帝国の『至天』相手に二、三人がかりなら互角以上に戦えてしまう……メイドの一人。
それと、ウルル様は……言うまでもなく大陸屈指の英雄。
陛下も含め……三人もいれば……小国の一つや二つ、潰すのは訳もないだろう……問題はその速度と状況だが……。
いや、アランドール様がやったというのであればそうなのだろう。
「陛下がレグリア地方を制圧して八か月、我々はようやくその地を発見しました。それがつい先日の事です」
アランドール様の機嫌が良かった理由はこれか……。
エインヘリアの重鎮の方々の陛下への忠誠心は凄まじいものがある……待てよ?
もしや陛下が制圧を急がれたのは、重鎮の方々の心情を考えてという可能性もあるか?
陛下が先に掌握し、その地に住む者達をエインヘリアの民であると宣言すれば……どれほど重鎮の方々が怒りに燃えていたとしても民を相手に無体は出来ないだろう。
……いや、重鎮の方々だけではない。
陛下を害した相手を、エインヘリアの民は決して許しはしないだろう。
しかし、真っ先に陛下がその地に住む者達を赦せば……我々も納得せざるを得ない。
「……なるほど、そういうことですか」
そして当然、その地……レグリア地方がエインヘリアである以上、統治をしなければならない。
そしてその統治の、治安部分を担うのは我々治安維持部隊。
「実はですね、陛下の召喚を実行したのはレグリア王国という小国なのですが、その裏で糸を引いていたのはかの大陸に存在する宗教国家、オロ神聖国という国なのです」
「オロ神聖国ですか……」
「その大陸の二大大国の一つだそうでして、流石に陛下も手持ちの戦力だけで相手をするには時間が必要だったようです。まぁ、丁度ケリをつけたタイミングで合流出来ましたが……もう少し早ければ……」
悔し気に最後に呟くアランドール様。
「失礼、少し話が逸れましたね。そのレグリア地方はエインヘリアではありますが、まだ安定しているとは言い難い状態です。現地戦力を使って治安維持部隊を組織しているようですが、人員不足に訓練不足と……上手く回っているとは言い難い状況です。なので、向こうの治安維持部隊は全員こちらに連れて来て研修を、そしてこちらの治安維持部隊を派遣して治安回復をする必要があります」
「……なるほど」
治安維持部隊の新人研修は最低でも数か月は時間を必要とする。
その間、既に研修を終えている現治安維持部隊員を送り込むのは当然といえよう。
「その責任者に貴方を据えたいと思っております」
「中隊長でしかない私でよろしいのでしょうか?」
「問題ありません。向こうへの赴任が決まれば、大隊長に昇進してもらいますので」
アランドール様が事も無げに言ったが……中隊長となるための研修もかなり苛酷なものだった……だというのに大隊長?
「中隊長に昇進してから一年も経っておりませんが……いえ、分かりました。引き受けさせて頂きます」
こうしてアランドール様が俺に話をしているということは、受けるか否か……既に話はそういう段階にあるという事だろう。
そして、断るという選択肢は俺には無い。
「ありがとうございます。早速ですが、貴方の部下となる中隊長や小隊長を推薦して頂けますか?今すぐに思いつく人が居れば、ですが」
「先日一緒に中隊長に昇格したラッツは、治安維持部隊に入隊する前からの知人なので連携が取りやすいです」
アランドール様の問いかけに、俺は即座にラッツの名を上げる。
「分かりました、声をかけておきましょう。他には居ますか?」
「そうですね……」
俺はかつての同僚や部下の中で優秀な者の名を挙げていく。
流石に国一つ分の治安維持をするには少なすぎる人数だが、彼らが共に働いてくれるのであれば心強い。
「急ぎ招集しましょう。貴方も含め、全員向こうの言葉を覚えてもらう必要がありますからね」
「畏まりました」
そうか……別の大陸……言葉すら違うのか。
……そんな中、数日で国を掌握したのか、陛下は。
「それとランディさん」
「?はい」
エフェロット中隊長とではなく俺の名を呼んだアランドール様が、どこから悪戯っぽい視線をこちらに向ける。
「意中の女性が居るのであれば、行動することをお勧めします」
「……は?」
「向こうの大陸の治安はこちらに比べて非常に悪い状況です。恐らくかなり忙しく……勿論、休日は取ってもらいますが、こちらに帰ってゆっくりと休むことは暫く難しくなると思います。そういった時、何もせずにただ待たせているだけでは……心も離れてしまいかねません。仕事を理由に大事なことを後回しにしてしまっては……色々と後悔することになりますよ?」
「……ご忠告、感謝いたします」
……何処まで知っているのだろう?
好々爺といった表情でこちらを見るアランドール様が立ち上がる。
「先程貴方が推挙した方々と私達が目をつけている者を招集します。そうですね……二時間後に会議を再開するので、それまでは自由にしてくださって構いません。それと会議後はすぐ現地に向かう事になりますので、そのつもりで」
「はっ!」
俺も立ち上がり敬礼をする。
現地に向かうといっても、即座に治安維持部隊として動けという話ではないだろう……言語の習得もまだだし、地域住民の話を理解出来なかったら治安維持部隊としては致命的だからな。
しかし……これからすぐに忙しくなるのは確実。
……王都にある彼女の店に顔を出してみるか。
勿論、忙しい彼女がその店にいるとは限らないが……俺は数か月前に購入してからずっと胸ポケットに入れているものに触れながら、アランドール様の言葉を心の中で反芻した。