第140話 ふーふのかいわ
「もしもし、フィオさんや」
『んぉ……?……ふぇるず……おぬし……いま……こえをかけたかの……?』
あ、これ完全に寝てましたね。
明らかに寝ていましたって感じの返事がフィオから返って来て罪悪感が募る。
「すまん、寝ていたと思うが……急ぎ報告したい事があってな」
『うむ……もちろん……かまわんのじゃ……じゃが……すこし……まってくれんかの……?』
「あぁ。勿論だ。本当にすまん」
フィオは結構低血圧……というか、夜中に叩き起こされているのだから無理もないか。
ちょっとテンション上がり過ぎてやらかした感が半端ない。少し冷静になれば……緊急性があるわけじゃないし……時間をしっかり確認してからでも良かったはずだ。
俺は今、レグリアの城にある私室で一息ついたところだ。
因みにリーンフェリアは部屋の外で護衛してくれているんだけど……オトノハ達の護衛について貰うのは、その場にいる全員から却下された。
それはもう……物凄い剣幕だったよ。
リーンフェリアは言うに及ばず……オトノハさんも直前までの満面の笑みが嘘かのように眦を上げて怒っていました。
まぁ、あんなことがあった上に合流した直後だからね……皆が過敏に反応するのも無理はない。
今部屋の前にいるリーンフェリアだって、本当は室内に入って護衛をしたかったはずだけど、フィオに合流出来たことを伝えるから少し一人にしてくれと頼んでなんとか一人にして貰ったのだ。
でもまぁ、フィオの状態から鑑みるに……合流出来た事の報告だけになりそうだな。
『すまぬ、待たせたの。今日はオロ神聖国との戦だったんじゃろ?終わったのかの?』
「あぁ、終わった」
『無事かの?』
「あぁ、怪我の一つもない」
『それは良かったのじゃ。心配で眠れんかったからのう』
「……いや、さっき明らかに寝てただろ」
俺がそうツッコむと、フィオがほほほと誤魔化すように笑う。
ふざけているようだが、恐らく戦争でささくれているであろう俺を労わってのことなんだと思う。
まぁ……今回の戦争に関しては、リーンフェリア達のインパクトが強すぎて、あまり戦争で殺伐とした気分にはならなかったけど……フィオの気遣いにほっこりした気分になる。
……ってことは、意識はしていなかったけど多少なりとも心がささくれていたという事かもしれないな。
『戦争が終わったとの連絡かの?』
「いや、そっちはついでだな。戦争の最中に予想外のことが起こったから、その事を伝えたくてな……」
『予想外の事じゃと?』
俺の台詞にフィオが険を帯びた雰囲気になる。
少し俺が不穏な感じで伝えたからだけど……あまりこういう事をやっていると信頼が失われるので程々にね……。
「あぁ。交戦中に……戦場に飛行船がやってきた」
『飛行船……っ!?着いたのかの!?』
驚きと喜びが混ざったような声音でフィオが叫ぶ。
「あぁ。リーンフェリア達がな……見つけてくれたよ」
『そうか!良かった……!本当に……良かった……!!』
一瞬で涙交じりの声音に変じたフィオに、俺もじんわりと込み上げてくるものを感じる。
「あぁ、苦労をかけて……いや、心配をかけてすまない。今オトノハ達が急ぎ魔力収集装置の設置を始めてくれている。完了次第、そちらに戻るつもりだ」
『うむ……うむ!待っておるのじゃ!……そうじゃ、皆にも知らせねばならんの!』
おぉ……フィオのテンションがかなり高い。
楽しそうだったり悦ったり……そういうのは見たことあるけど、こんなにテンションの高いフィオはかなり珍しい気がする。
「オトノハ達が張り切ってくれているから、遅くとも三日後には帰れると思う。あ、それと、式典みたいな仰々しい事はやらないように監視を頼む」
『ほほほ。やっても良いのではないかの?』
あ、これやばい。
フィオもテンションが上がってちょっとおかしくなってる。
「俺が居なかったことはうちの子達くらいしか知らないだろ?それなのにいきなり帰還の式典何かやったら他の国に何事かと思われるじゃないか」
『別に構わんじゃろ?お主が居なくなったことが漏れるならともかく、戻ってきたことが他国に知れたところで問題あるまい』
「……いや、まぁ、それはそうかもしれんが」
『間違いなく、皆はお主の帰還を祝いたい筈じゃ。違うかの?』
「……いや、まぁ、それはそうかもしれんが」
『お主も、皆に色々と申し訳なく思っておるんじゃろ?希望は可能な限り叶えてやりたいと思っておるんじゃろ?』
「……いや、まぁ、それは……」
いかん……畳み掛ける様なフィオの言葉に、全然反論できない。
というか、同じセリフを返すマンになってる。
「仰々しい感じなのは……あれやん?」
『どれじゃ?』
「……胃が痛い」
『……相変わらず、一国の王の言う台詞とは思えんのう』
仕方ないじゃろ?
覇王……まだ小学校にも行ってない年齢よ?
『体はの……』
「心が!?」
『お主は底が浅いからのう』
奥さんに底が浅いって言われたんじゃが?
これモラハラじゃね?
『まぁ、お主がやりたくないのであれば仕方ないのう』
「やりたくないです」
『ふむ……じゃが、謁見の間で皆に顔を見せて挨拶をするくらいはやるべきじゃないかの?』
「む……」
ま、まぁ、身内だけなら……そのくらいはやったほうがいいか?
……そうだな。
多分うちの子達は喜んでくれるし……心配かけたんだし、そのくらいはやるべきかもしれない。
「……分かった。そのくらいは……やろう」
『うむ。その日は外に出ておる者達も仕事を調整して戻ってくるじゃろうな』
「二、三日で調整できるもんか?」
ちょっとした仕事ならともかく、うちの子達が担っている仕事は国家運営の為のアレコレ。
ちょっと抜けるわ……って言って簡単に抜けられるようなものではない。
『あの者達なら問題なく調整するであろうよ。じゃが、お主の方は良いのかの?戦争が終わったと言ってもオロ神聖国とやらを潰したわけではないのじゃろ?』
「あぁ。だが、向こうの耳目は既にこちらのものだからな。数日誤魔化すくらいはどうということもない。捕虜に関してはイルミットが対応してくれるし、次は総本山を潰して……ドルトロス大司教に奇跡を起こさせるだけだ」
『ほほ、上手くいくと良いのう』
本当にね……。
折角ここまで頑張って準備して来たんだ……詰めの詰めで失敗したりしたら目も当てられない。
「宗教関係は拗れると厄介だからな。一撃で病巣を取り除き……その上で正当性を持った新しい頭を用意する。病が聖地に固まってくれていて助かるってもんだな」
オロ神教を潰すプラン……言ってみれば、教皇を挿げ替えるってことだけど……宗教組織においてそれは簡単なことじゃない。
国よりも遥かに広い範囲に思想が広がっているし、権力の分散も多岐に渡るからね。
信者を集める力……信仰心を操る力は上層部のみが持つものではないし、下手をすれば末端の方にいる教会が強力な力を持っている事もある。
しかし、オロ神教はそこのところがちょっと違う。
生臭というか……上に上がれば上がるほど信仰心ではなく権力志向が強くなっていくし、様々な利権や権力が中枢に集中し過ぎているのだ。
恐らく元々はオロ神聖国が母体で、オロ神教はその正当性を権威付けする存在に過ぎなかったんじゃないかな?
長い時間を経て、国と教会のパワーバランスが逆転したんだと思う。
オロ神教の上層部は昔から上位貴族の親類で固められていたわけで……信仰心そっちのけで権力闘争がメインで行われていたとしても何ら違和感はない。
まぁ、何にしても……だからこそ、やりやすい。
一番厄介な扇動者の大本が一か所に集まってくれているし、それを排除して正統性を示せば……現世救済を謳う宗教の末端はコントロールしやすいからね。
血塗れ教皇なんて物騒な呼び名が付けられても、歴代トップの長期政権を実現させてしまえるような権力機構。
元々中枢にいたドルトロス大司教なら如才なく掌握できるだろう。
「演出は考えた。後はドルトロス大司教の役者っぷりにかかっているな」
『まぁ、その辺は大丈夫じゃろ。その辺りこなせなければ大司教という地位まで上り詰める事は不可能じゃろうしな。どこぞのなんちゃって覇王とは違うんじゃよ』
「……研究者を名乗りながら、碌に実験もせずに本番に行って命を落とした魔王様には言われたくねぇなぁ」
「「……」」
やはり覇王と魔王は相容れぬ存在のようだな!