第137話 観覧席では
View of ライスワルド=スティニア=ランティクス ランティクス帝国第一皇子
「……陛下」
「……マジか、アイツ」
私がかすれた声で陛下に呼びかけるも、陛下は絶句しておりこちらに気付いていない。
いや、陛下だけではない……ミザリーも目を見開いたまま茫然としている。
私がエインヘリアの齎した衝撃から一人脱することができたのは偶然……風でそよいだ前髪が目に入り痛みを覚えたからだ。
「陛下」
「お……あぁ、なんだ?」
「……空飛ぶ船がこちらに向かって来ていますが」
「あの野郎……相談する暇すら与えないってか?ほんっとうに、性格の悪い野郎だ」
苦々しい表情をしながら陛下が悪態を口にする。
恐らく……生まれて初めて見る、苦しげな陛下の表情だ。
「陛下……先程似たような事を口にされて、斧を飛ばされましたよね?」
「……いくらなんでも耳が良過ぎだろ。普通、この距離でちょろっと揶揄っただけで斧ぶっ飛ばしてくるか?陰険すぎだろ」
エインヘリア王と聖騎士が戦っている最中、エインヘリア王が焦ったような表情を一瞬だけ見せたことを陛下が揶揄ったのだが……その直後に聖騎士の持っていた斧を蹴り飛ばし、こちらの天幕のすぐ傍に落としたのだ。
非常に問題のある行為ではあるが……陛下達にしてみればじゃれ合い程度のことなのだろう。
我々は顔を青くしていたが、陛下は笑っていたしな。
まぁ、その直後から……陛下でさえも笑えないような事態になってしまったが。
「……ライスワルド。どうしたい?」
「どう、とは?」
「アイツがここに来るまでに決めろとは言わねぇが……アレを見た上でなお、エインヘリアと対等にいられるか?」
対等……軍事力、技術力で大きく水をあけられている相手と対等?
無理だ。
どう取り繕うおうとランティクス帝国はエインヘリアの下になる。
この場に来ている様な重臣達は……面白くは無いだろうが受け入れるだろう。
上層部の者達も、我々の言葉を理解して受け入れる筈だ。
だが、国政から離れた位置にいる貴族達はどうだ?
大国、ランティクス帝国の貴族であるという誇りを肥大化させた愚か者は、決して少なくはない。
そういった連中がエインヘリアに対してどう出るか……間違いなく碌な事はしないだろう。
「調整が……相応の時間が必要です」
「だろうな。だが、エインヘリアが待ってくれるか?」
「……」
「馬鹿を暴走させて戦争の口実を作る。ありきたりな手だが、有効な手だからこそ使い古される程使われた手とも言えるな。そしてうちの連中はその手に非常に弱い」
大国ランティクス帝国。
その事に矜持を覚えているのは貴族だけではなく、ただの民であっても自分達の国が大陸で一番優れているという意識を持っている。
その事自体は、国を発展させるために必要な自負だと思っているが、同時に他国との摩擦の原因となる事が少なからずあった。
そこに、自分達よりも格上の国が突然現れたとなったら……無能貴族だけではない、民の間にも火種は十分にあると言える。
駄目だ。
このままでは早晩我が帝国もオロ神聖国と同じように……。
最悪の想像が頭を過り、私が言葉を出せずにいると隣にいる陛下がゆっくりと息を吐く。
「この状況だ。流石にお前達に全部投げるのは酷だろう?俺も手を貸す……というか俺を好きに使え。アイツは陰険野郎だが話の通じない奴じゃない、下手な対応をしなければアイツが敵対する可能性はそう高くない」
「しかし、オロ神聖国やレグリア王国は……」
「降りかかる火の粉を払うのは当然だ。選択さえ誤らなければ、うちと連中が戦う事はまずない。ある一点だけを除いてな」
「一点?」
深刻そうな表情を見せる陛下の姿に私が生唾を呑み込みながら尋ねると、陛下が重々しく言葉を続ける。
「奴の臣下だな。アレは人を惹きつけるタイプだ。恐らく臣下で奴を慕っている奴は少なくないだろう。そういう連中がうちに対して強硬な姿勢をとらないとも限らん。前にも言ったが、俺達が直接召喚に関わっている訳ではないが、要因の一つといえない訳ではないからな」
「……」
エインヘリア王自身にその気が無くとも……か。
「国内の抑えと同時に、いざその時が来た時の対策も練らないといけないという事ですか」
「大変だなぁ」
何故か他人事のように言う陛下に少しばかり殺意が湧く。
「……そうですね。先程陛下を自由に使って良いとお聞きしましたし、存分に苦労して頂きましょう」
「……お、船がこっちに着くぞ」
私から視線を外し立ち上がる陛下。
……逃がしませんよ?
View of ライノール=ミリア=ヒルマテル ヒエーレッソ王国公爵 王弟
今、私は心の底からカウルン殿に感謝を告げたいと思っている。
エインヘリアの王と聖騎士の戦い……何やら飛んだり跳ねたり回ったりと、凄まじい速さで繰り広げられる攻防だったが、動作の大きさのお陰で只人である私の目にもその凄さが理解出来た。
聖騎士四名を……まるで子供扱い。
圧倒的な力の差が無ければあのような戦い方は出来ない……戦いの素人である私であってもその差が分かってしまう程、エインヘリアの王の強さは圧倒的だった。
私と交渉をした時……確かに尋常ではない雰囲気をまき散らしていたが、オロ神聖国という大国を支える聖騎士を相手にあのような戦い方をするほど凄まじい力量を持っているとは……。
本当に、あの時カウルン殿の言葉を信じて良かった。
しかもエインヘリアの王は武力一辺倒の人物ではない。
この観覧もそうだが……立ち回りが非常に奸智に……いや、思慮深いのだ。
力押しだけの人物であれば、やりやすい部分もあったのだが……。
とはいえ、その能力を持って理不尽を押し付けてくるようなタイプではない。
少なくとも恭順を示す限り、こちらを無体には扱わない……そういった情を持った人物だ。
もっとも、自らの国の為であれば……我々を斬り捨てるという判断を下すことを躊躇わないだろうが。
ただ、王としての矜持というか……そう簡単に他者を見捨てる様な事はしない人物にも見えた。
利と理と情……それらを併せ持つエインヘリアの王は、その庇護を受ける者からすれば最高の指導者といえるだろう。
国に戻ったら我が国の情勢は一変する……元々親エインヘリアの方針ではあったが、陛下にエインヘリアとの関係強化を進言する必要があるな。
戦闘が始まるまでエインヘリアを馬鹿にした態度を見せていた大臣達は、すっかり顔を青褪めさせている。
まぁ、あのムカデの魔物の威容を目の当たりにして……それでも戦闘が始まるまではあの態度をとれていたのだから、それに関しては大したものだと思う。
恐らく生存本能をどこかに忘れて来たのだろう。
エインヘリアの王が聖騎士四名を圧倒する……それを望んではいたし、それを見られると思ったからこそ観覧の誘いに乗ったわけだが、その効果は絶大だな。
……と、そんな風に暢気に構えていた。
空を飛ぶ船が西の空より飛来したあの時までは……。
正直、あの空飛ぶ船が飛んできて以降の事は、親エインヘリア派である私から見ても悪夢以外の何物でもなかった。
空を飛ぶ船も、ありえない高さから次々と飛び降りる人も、いつの間にか地面にめり込んでいる聖騎士も、突如現れた大きな壁とその中に捕えられた神聖国軍約八万も、そして……ここにやって来て、戦いを終えた直後だというのに気安い様子でランティクス帝国の者と話す姿も、その全てが現実のものとは思えないものだ。
我が国の者も、ランティクス帝国の者も……ほんの一部の者以外顔を青褪めさせていたにも拘らず、気にした素振りも見せずに我々に声をかける姿は正に唯我独尊といった感じだった。
幸いというか……エインヘリアの王は長居せず、ランティクス帝国の者とも私とも軽く会話をするだけですぐに去っていった。
これからオロ神聖国がどうなっていくか……それは分からないが、少なくともエインヘリアの上に立つ事はないだろう。
いや……下手をすれば……っと、そろそろ意識を切り替えねば。
今はまだ茫然自失と言った感じだが、これから帰りの旅路……大臣達から質問攻めにあうのは想像に難くない。
……まぁ、大半の者達はこれから国に戻れば排除されることになるから問題ないとして、問題は一部の有能な者達だな。
いや、連中は問題ないか。
アレを見てこちらに着かないようであれば、有能とは言えないしな。
だが、エインヘリアの見せた力。
あれに恐怖を覚えたのは我々だけではない。
オロ神聖国が力を失えば、この大陸に残る強国はランティクス帝国のみ。
エインヘリアとランティクス帝国……この二か国が手を取り合えば、山の向こうの魔王国に逆侵攻を掛ける事も容易いだろう。
いや、エインヘリア単独でもそれを成すことは難しくないだろが……ランティクス帝国が協調路線をとるようであれば、この大陸は一気に安定に向かう筈だ。
だがエインヘリアの有するあまりにも強大な力を、ランティクス帝国が危険視しないとも限らない……この大陸がこの先どうなるか、それはエインヘリアの王とランティクス帝国次第と言えるだろう。
明日2月10日は当作品の書籍版……『はおー』の発売日となっております!
ネット小説大賞の早期受賞を受けてから半年少々……遂にこの日がやってまいりました。
さて、折角の発売日……投稿をしないのは……よくないですよね?
ってことで、明日は偶数日ですが……普通に続きを投稿いたします!