第134話 覇王のお時間
飛行船から降ってきた何かは、俺から少し離れた位置に激突してどでかいクレーターを作る。
それと同時に凄まじい量の砂ぼこり……いや、土砂が舞い上がり……何故かそれら全てが俺を避けながら吹き荒れる。
いや、どういうこと?
俺に土砂をぶつけないように調整したの?
気を使う所そこ?
遥か上空にいる飛行船から落ちて来た……いや、飛び降りて来たのは言うまでもなく人だ。
当然、覇王アイは飛び降りて来たのが誰なのかばっちり捉えた。
そうかぁ、誰が来たのかなって思ったけど一番乗りは……。
俺が懐かしい姿に笑みを浮かべた瞬間、砂埃を吹き飛ばす様に風が巻き起こり……同時になんとも鈍い音を三つ響かせる。
なるほど、流石に仕事が早いね。
そう思った次の瞬間、俺の前に片膝をついた状態で滑り込んできた騎士が声を上げる。
「フェルズ様!」
半年以上ぶりに聞く声は……多くの感情を内包しているように聞こえた。
「……久しいな、リーンフェリア。息災か?」
俺がこの世界に来て初めて会った人物……近衛騎士長リーンフェリア。
なんとなく……彼女が一番最初にここに来るような気がしていたのだが、その予感は正しかったようだ。
「はっ……はっ!」
顔を上げないリーンフェリアだが……肩が震えている。
膝をつかれるのはあまり好きじゃないけど、だからといって今のリーンフェリアに顔を上げて立てというのもな。
そんな事を考えながら飛行船を見上げると……更なる人影が飛行船から飛び降りるのが見えた。
いや……着陸するまで待とうよ……。
そう思わないでもなかったけど、少しでも早く合流したいという気持ちも分からないでもない。
さて次は誰が……って、それは色々マズくない!?
盾を地面にたたきつけてでかいクレーターを作ったリーンフェリアと違い、次に飛行船から飛び降りてきた人物は重力を無視するかのように非常に軽い着地音を立てながら地面に降り立つ。
その姿は清楚にして可憐。
身長は俺の胸程度までしかなく、桃髪に糸目という特徴的な美幼女……神々しささえ湛える彼女は……大司教エイシャ。
政教分離と信仰の自由を掲げているエインヘリアに於いて、本来の大司教という仕事とは違う仕事を強いてしまっている彼女が、宗教国家との戦争中にやって来てしまった。
大丈夫?
これ本当に大丈夫?
「神《フェルズ様》、お迎えが遅れた事、伏してお詫び申し上げます」
内心焦りまくる俺を他所に、組んだ両手をおでこにつけたまま深々と頭を下げるエイシャ。
「くくっ……遅れてなぞいるものか。寸分の狂いもなく、完璧なタイミングだったぞ?エイシャ」
「まぁ……」
顔を上げてにっこりと口元に笑みを浮かべるエイシャだったが……その頬に一筋の涙が流れる。
「あっ……も、申し訳……」
「心配をかけたな、エイシャ。すまない」
「い、いえ!そんな!神《フェルズ様》は何も悪くありません!悪いのは……」
そういってどす黒い何かをその身から漏れださせるエイシャの頭を、俺はぽんぽんと軽く撫でる。
いや、どす黒い何かを押し戻す様に軽く叩いたとも言えるが……俺がそうした瞬間エイシャから漏れ出た黒いものが霧散したから、間違った行為では無かったはずだ。
「あの船に乗ってきたのは二人だけか?」
「いえ、後はオトノハさんが乗っています」
俺が飛行船を見上げながら聞くと、綺麗なエイシャが答える。
「ほう?」
開発部長オトノハ……役職持ちが三人も乗っていたのか。
まぁリーンフェリアとエイシャの二人が居れば前衛後衛のバランスもいいし、戦闘力という意味では十分過ぎるだろう。
そこに開発系のオトノハが居れば、飛行船のトラブルが起きた時も対処出来るし、魔力収集装置を設置する場所を見つけた時も迅速に設置が出来る。
あと斥候系が居れば完璧だけど、俺の探索に外交官を引っ張りだしたらそれこそ本国の方が手薄になり過ぎるからな。
「しかし、二人が飛び降りて来てしまっては……オトノハが怒るのではないか?」
俺がそう尋ねると、糸目のエイシャがスッと視線を逸らす。
オトノハは開発系の子なので、戦闘能力は高くない。
常人よりは遥かに身体能力に優れてはいるけど、さすがに遥か上空から飛び降りて平然としていられるというほどでもなく……多分今頃船の上でやきもきしている筈だ。
「リーンフェリアさんが焦って飛び出してしまったので……」
「え、エイシャ!」
顔を伏していたリーンフェリアが慌てたように顔を上げるけど……涙でえらい事になってるのに、それでもリーンフェリアは美人さんだ。
あと、慌ててるけど、少し離れたところに貴女がメテオしたクレーターが残ってるわけで……エイシャに言われるまでもなく、慌てて飛び降りて来たのは分かってましたよ?
しかし……やはりこの空気感、懐かしいというか、落ち着くというか……。
この世界にやって来て以来……リーンフェリア達とはずっと一緒にいたからな。
八カ月ぶりくらいになるわけだし、懐かしさを覚えるのも当然だろう。
っと、そうだ。
アシェラートはともかく、プレアをこっちに呼んでやったほうがいいかな?
本当はアシェラートも呼んであげたいけど、まだ対陣中だからな……アシェラート一人だけ残すのも悪いし、申し訳ないけどもう少しプレアには我慢してもらうか?
もしくはアシェラートの体を小さくしてもらえば……というか、神聖国軍の方は大混乱中だし、挨拶に行ってやった方が良いかもな。
因みに、先程から静かな聖騎士達だが……最初に倒れた魔法聖騎士を除いた三名は現在土下座ポーズで地面にめり込んでいたりする。
リーンフェリアが飛び降りて来た直後に聞こえた鈍い音の結果がこれだ。
エンターテイメント的に、砂煙で強制土下座……いや、土中座させた瞬間が見えなかったのは痛いが……飛行船の登場でインパクトはばっちりだから些細な問題だろう。
「リーンフェリア、エイシャ」
「「はっ!」」
「この大陸で俺がどのように動き、今対陣している軍……いや、神聖国相手にどういう風に動くつもりなのかは把握しているか?」
「申し訳ありません。細かい戦略までは把握しておりませんが、対陣している相手がオロ神聖国であるということと、その国がフェルズ様を召喚するという大罪を犯した国であることは理解しています」
「そうか……」
その認識でリーンフェリア達を前に出すのは危険すぎるな。
「リーンフェリア、そこの聖騎士……お前が殴り倒した者達だが、生きているか?」
「はっ!」
なるほど……極力殺さないという俺の方針を尊重してくれたわけだね。
多分、リーンフェリア達にとって神聖国の連中は相当許しがたい相手だろうけど……それを抑えてでも……そして言わずとも俺の方針に従ってくれる。
リーンフェリアだけじゃない。
うちの子達全員が、俺の意思を第一と考え行動してくれている。
なればこそ……俺は覇王でなければ……彼らの敬愛する覇王フェルズでなければならない。
そしてその為には……。
「この戦が終わり次第、俺が拠点としている城に魔力収集装置を設置する必要があるな」
「はっ」
「設置次第キリク達を……いや、その前に一度俺が帰るべきか。設置までの間、二人はレグリア地方についてレヴィアナから聞いておいてくれ」
「神《フェルズ様》。レヴィアナとは……?」
大まかな人員とかこちらの大陸の情報はキリクには伝えていたけど、探索組っぽいリーンフェリア達は詳しく聞かされていなかったのかもしれないな。
「元レグリア王国の王女だ。今は側近の一人として使っている」
真剣な表情を崩さずに問いかけてくるエイシャに俺が答えると、彼女は小さく眉間に皺を寄せた。
「……側近」
レグリア王国は操られていたとはいえ、実際に召喚を行った国だからな……そこの王女ともなれば色々と思うところはあるだろうけど……。
「レグリア王国の者達には俺自ら罰を与えている。面白くないだろうが……」
「も、申し訳ございません。神《フェルズ様》の御心を煩わせるような真似はけして致しません」
エイシャが顔色を悪くしながら謝ってくるけど……怒っているわけじゃないんだ。
俺は片膝をつき、エイシャに目線を合わせる。
覇王らしく……とか考えた傍から、全く覇王らしくないと思うが……まぁ、少し勘弁してもらいたい。
「ありがとう、エイシャ。リーンフェリアも……いや、皆には辛い思いをさせてしまったし、納得がいかない事もあると思う。不満があれば必ず俺が受け止めるし、どうしても我慢できないというのであれば俺はその意を汲もう。だが、一度で良い……レヴィアナ達と話をしてみてくれ」
「は、はい」
「許してやれとは言わん。お前達が自ら判断してくれれば良い。それがどのような結論であろうと……俺にとってそれ以上に優先することはない。その事だけは覚えておいてくれ」
甘やかしている感じではあるけど、これはこれで厳しい事を言っていると思う。
責任は俺が取るから自由にやって良い。
そう言われて本当に好き勝手なことが出来る奴は滅多にいない。
ある意味、俺の意に従えと言っているのと大して変わらない圧力を持った言葉だと思う。
だが……間違いなく、エイシャ達はレヴィアナと真剣に向き合い判断してくれる……そう思っているからこそ告げた俺の偽らざる思いだ。
勿論その結果がどうであれ、口にした以上約束をたがえるつもりはない。
レヴィアナ達にも、最低限の擁護はするがうちの連中がどう判断するかは分からないし、その結果がどうなろうとその最終判断に俺は異を唱えないと伝えてはいる。
まぁ、最低限と言わず可能な限り庇うつもりではあるが。
「とりあえずレグリア地方の事はさて置き、この戦争を終わらせるとするか。オトノハももうすぐ来るだろうし、合流したら皆で敵本陣に向かうとしよう」
俺は下降してくる飛行船を見上げながら言う。
多分もう少し高度が下がったらオトノハも飛び降りてくるだろう……キャッチしてあげるのも面白いかもしれない。
いや、リーンフェリア達から物凄い目で見られそうだから止めておこう。
「……リーンフェリア」
「はっ!」
「右腕の無い老騎士がいるからそいつを連れて来てくれ。あぁ、気絶させたままで構わん。適当に引きずって連れて行く」
「畏まりました!」
バトルはこれで終わりだな……唐突に終わったとも言えるけど、リーンフェリア達が来たなら仕方ない。
まぁ、覇王の仕事もそろそろ転換期という事だろう。
ここで覇王力全開にして敵さんと話をして……後はキリク達に丸投げだな!