第131話 乾坤一擲
View of ラランガ オロ神聖国 聖騎士
最初の印象は……面倒そうな相手。
私達聖騎士も帝国の英雄も、自らの力で暴れまわることを得意としている者が多い。
だが、エインヘリア王がそういうタイプではない事はひと目見て分かった。
英雄に相応しい自信を漲らせた姿ながらも、その身に宿す圧倒的な暴力を完全に制御しているように見える。
この手の英雄は非常に厄介な手合いであることが多い。
力押しだけの単純な人物ではなく、色々と性格の悪いアレコレを画策するタイプ。
小国とはいえ、王という立場にあるならば力押しよりもそういうタイプの方がいいのだろうが……敵としては本当にありがたくない。
案の定というか……会話を始めてすぐちょっとした挑発を放ってきたが、パーラルの馬鹿があっさりとそれに乗った。
幸い、ギラン殿がすぐに制止してくれたので、その時はなんとか収まったが……何を血迷ったか、敵英雄が教皇を否定するようなことを言い放った。
その時点で俺はこの英雄はただの馬鹿だと判断した。
筆頭聖騎士ギランに対し、オロ神教絡みの挑発は絶対にタブー……それは近隣諸国の者達にとっては常識だ。
挑発に乗ってただ見境をなくす……それだけであれば相手の狙い通りであろうが、オロ神教絡みの挑発を受けたギラン殿はあらゆる意味で制御が効かなくなる。
挑発を口にした者は勿論、その時対峙していた軍……更にはその近隣の集落……に留まらず、その者が所属していた国までも滅ぼしかけたことがあるのだ。
ギリギリで教皇の制止が間に合い事なきを得たが……その時ギラン殿は、止めようとした当時の聖騎士一名を殺しているらしい。
私が聖騎士となるよりも以前の話なので詳細は知らないが……オロ神教に対してどう思っていようと、ギラン殿のいるところでは絶対にオロ神教の話はするな……これが、聖地に住む我々の不文律の掟だ。
知ってか知らずかは分からないが、この英雄はその愚を犯した。
だから、この英雄のみならず……なんとかいう小国の運命は決まった……少なくとも、私以外の聖騎士も同じことを考えた筈だ。
しかし、突如放たれたギラン殿の一撃も……後に続いたパーラル達の連撃も、この英雄は完全に見切って躱し続けた。
それこそ、鼻歌でも歌いそうな雰囲気でだ。
私はすぐに後ろに下がり詠唱を始めた。
一度パーラルの馬鹿があっさりと抜かれ距離を詰められた時はマズかったが……ギラン殿のおかげでなんとか詠唱も続けられた。
いや、あそこで詠唱を止めていたら、私がギラン殿に殺されていたかもしれないが……。
それにしても……尋常ではない戦闘能力だ。
膂力だけであれば聖騎士の中でも随一のパーラル。
名実ともに筆頭と呼ばれるに相応しい実力のギラン殿。
聖騎士としては派手さというか、自己主張に乏しいが技量に優れたファロット。
この三人に同時に襲い掛かられて、あれ程余裕のある姿……いや、これ程の時間、反撃すらせずに生き延びる事ができる英雄が果たして他にいるだろうか?
恐らく……現在過去を問わず、そんな英雄は存在しないと断言出来る。
それを目の前で容易く行われると……頭がおかしくなりそうだな。
だが……あの英雄がこちらを舐めていたからこそ、詠唱を終える事ができた。
戦闘能力は絶望的な差があるものの、私を含めた聖騎士達にそこまで焦りはない。
何故なら、ここには絶対の切り札……私が居るからだ。
私の詠唱が終わると同時に、ギラン殿とファロットは即座に離脱……更にパーラルが自慢の怪力で地面を割り、敵英雄の足元を崩す。
良くやったパーラル!
お前にしては上出来だ!
いざ戦闘が始まるまで、私達が連携して戦うことなぞ夢物語だと思っていたが……あまりの敵の強さに気付けばそういった動きができてしまっているのは、皮肉というべきか自然なことだというべきか……。
そんな事を考えている場合ではないな……足元を崩したとはいえ、相手は英雄。
ほんの僅かな隙でしかないが、その一瞬の隙があれば十分。
私は即座に対個人における究極の魔法を放つ!
放てば必殺……絶死の光。
如何なる防御も回避も許さない、あのギラン殿に神の裁きの名に相応しいと言わしめた一撃。
放った自身でさえ、その姿形を捉えられない瞬光が解き放たれ……じゅっ、という焼いた石に軽く水をかけたような音が辺りに響く。
……は?
一瞬前には確かになかった……闇で出来たような壁が、私と敵英雄を隔てるように出現していた。
だが、そんなことより……私の、究極の魔法は、どこに、いった……?
先程の……水が蒸発したような音は……?
「ぐっ……」
少し離れた位置からくぐもったうめき声が聞こえ、私はそちらに視線を向ける。
そこには右腕を抑えるようにしながら顔を顰めるギラン殿……いや、抑えている右腕は肘から先が無かった。
一体何が……。
「ふむ、中々の速度だったな。流石は聖騎士の放つ魔法だ。まぁ、惜しむらくは速度を重視するあまり威力が控えめだったことだな。防御される前に攻撃をする……悪くない発想だが、いざ対応された時に脆くなるのは……くくっ……リカルドと同じだな」
闇で出来た壁が消えると、そこには無傷の敵英雄が皮肉気な笑みを浮かべながら立っていた。
敵英雄と共に壁の向こうに居たパーラルは……少し離れた位置に場所が変わっているようだが……ダメージを受けている様子はない。
「防御魔法を貫くくらいの威力が無ければ不意打ち程度にしか使えないのではないか?」
皮肉気に口元を歪ませながら放たれた敵英雄の言葉にカッとなる。
馬鹿を言うな!
神の裁きとさえ言われた一撃だぞ!
防御魔法をどれだけ重ねようと全てを貫き問答無用で相手を死に至らしめる……それが我が魔法の極致!
そう叫ぶことができればどれほど……いや、実際に魔法を防いで見せた者にそのようなことを言っても恥の上塗りにしかならんが……。
この英雄……あれだけの体捌きをしながら、魔法使いなのか?
次の魔法を詠唱する……そんなことさえ思い浮かばない程の衝撃を受けていると、私から視線を外した敵英雄が驚いた様な表情を見せる。
「む?筆頭聖騎士……その腕は……もしや、俺の防御魔法に巻き込んでしまったか?」
「……」
防御魔法で……筆頭の腕を消し飛ばした?
そういえば、先程私が魔法を放つ直前に筆頭が飛び退いた位置よりも距離が遠い……あの位置まで防御魔法が届き、それを避け損ねたということか?
「ふむ。失ったのは利き腕と武器だけではないだろう?アレに触れてしまった以上、体力も一気に失っている筈だ。すぐに手当てをしなければ……死ぬぞ?」
敵英雄の……本気で心配している様な声音に、奥歯をかみ砕かんばかりに歯を食いしばるギラン殿。
しかし、その身から感じる気配は……敵英雄の言うように、ひどく儚げなものに感じられる。
「……ラランガ……もう一度だ……」
顔にはっきりと死相を浮かべながら吐き出された言葉に、私は即座に応じる。
だが、先程の魔法では駄目だ。
同じ魔法ではこの英雄の防御魔法を貫けない……いや、あの魔法で貫けなかった以上、他のどの魔法でも貫くことは不可能。
ならば、方法は一つ。
防御魔法を避けて魔法を撃ちこむしかない。
一瞬ではあるが、相手の防御魔法の範囲は見る事ができた。
それを避けて……更に威力を求めるのであれば、対個人用の魔法では無く、多数を同時に穿つ魔法だ。
流石にこの距離で対軍用の魔法を撃つことはできないし、何より詠唱に時間がかかる。
先程放った究極の一撃に比べれば威力は劣るし速度も劣る……しかも複数の光球を同時に撃ち出すこの魔法は、魔力の消費が先程の魔法とは比べ物にならない程多い。
万全の状態でも同時に十発の攻撃を放てば暫く魔法が使えなくなるが……先程の一撃を撃った後では七発も撃てれば良い方だろう。
だが……そんな生温いことは言っていられない。
ギラン殿は死を覚悟……いや、受け入れて、その身に残った全てを振り絞っている。
パーラルやファロットもその覚悟を受けて、先程までよりも苛烈に敵英雄を責め立てている。
私は詠唱をしながらちらりと太陽に視線を向ける。
まだ夕日という程日は傾いていないが……多少なりとも目を眩ませる助けにはなるだろう。
四人……いや、ギラン殿はもう殆ど動けていないようで、敵英雄とパーラル、ファロットが攻防を繰り広げる姿を横目に、少しだけ立ち位置を変えてから魔法を発動させる。
生み出した光球の数は……十三。
限界を遥かに上回る魔力の消費によって吹き飛びそうな意識を繋ぎ止めつつ、頭の中に十三の光球の軌道を思い描く……。
時の流れがゆっくりになったような感覚。
敵英雄から離れるパーラルとファロット。
満足気な笑みを浮かべるギラン殿。
そして驚愕に顔を歪ませた敵英雄……その表情に、私は勝利を確信する!
「……っけぇ!」
私の掛け声と共に解き放たれた十三の光球が瞬きよりも速く敵英雄に殺到し……。
「なん……だと……」
敵英雄の呟きが一瞬遅れて私の耳に届いた。




