第129話 筆頭聖騎士ギラン
View of ギラン オロ神教 筆頭聖騎士
驚きましたね。
最初は強大な魔物が現れたことに対する驚きでした。
オロ神聖国は西の森に接した領土を持っていない為、それほど強力な魔物を目にする機会は殆どありません。
聖騎士が魔王国軍との戦いに出向くこともありませんでしたし、国内……ましてや聖地に於いて魔物が出現することなぞ殆ど記憶にないと言っても過言ではありません。
基本的に聖騎士が聖地を離れるのは北の忘恩の輩……ランティクス帝国との戦争の時だけです。
偉大なるオロ神の愛を忘れ、恩を仇で返す帝国の連中。
いえ、オロ神の大いなる愛を感じられず、いつしか尊崇の心を失う事自体……私は咎めるつもりはありません。
神は万人を慈しみますが、人は自らの手が届く範囲でしか物事を考えられない生き物です。
大いなる愛に包まれている事に気付けない可哀想な者達……それ自体を責めてしまっては、彼らがあまりにも憐れというもの。
しかし、だからといって聖地を我が物にしようとする傲慢さを許すわけにはいきません。
彼らが神聖国に足を踏み入れようとするたび、私は戦場に赴き彼らの愚かさを正してあげようとしているのですが、今の所その想いが届いておらず……彼らには本当に申し訳ない事をしてしまっています。
ですが、私は諦めません。
彼らにオロ神の偉大さを思い出させ……再びあるべき人の道に戻すことこそ、私がオロ神より授かった使命であり、それを成す為にお預かりした英雄としての力なのです。
帝国の方々はまだ良いでしょう。
時間はかかっておりますが、元々オロ神の存在を知らぬという訳ではないのですから。
しかし、今回の相手……エインヘリア王は違います。
偉大なるオロ神の事を元より知らぬ、罪深き存在。
別の大陸より召喚されたとのことですが、英雄である以上その力はオロ神より与えられたものに違いありません。
だというのに、その存在すら知らずに王を名乗り、あまつさえオロ神聖国に宣戦布告をするという暴挙に出る……もはや、怒りを通り越して呆れる他ない状況といえます。
オロ神の偉大さをその身にしっかりと教え込む必要がある……聖騎士を四名もこの戦場に投入した教皇猊下もそれをお望みなのでしょう。
まぁ、これも使命に違いないと思いこの戦場に来ましたが……二つ目の驚き……それはエインヘリア王に対してのものです。
あれ程強大な魔物を使役している事にまず驚きましたが、その姿にも驚きました。
思っていた以上に若い。
しかし、真に驚いたのはその若さではなく、その身に纏う雰囲気。
これは……尋常の者ではない。
立場上、オロ神教に所属する聖騎士やランティクス帝国に所属する英雄……そしてそれ以外の小国にいた英雄を多く見てきました。
純粋に膂力に優れた者、非常に狡猾な者、特殊な力を持った者。
どの英雄も一筋縄ではいかぬ、一癖も二癖もある者達でしたが……それら全ての者がエインヘリア王の前では霞んで見えます。
なるほど。
教皇猊下があれ程警戒していたのは……エインヘリア王がどういった存在なのか、よく知っていたからという事なのでしょう。
聖騎士を四名投入している時点である程度予想していたつもりでしたが、正直想定以上だったと言わざるを得ません。
あのムカデの魔物とエインヘリアの王……それに、気のせいでなければエインヘリア王と一緒にムカデに乗ってきたメイド……あれも油断できない相手のようですね。
……少しマズいかもしれません。
エインヘリア王に二人、魔物に一人、メイドに一人……恐らくメイドは一人で問題なく対応出来るでしょうが、あの魔物は微妙ですね。
そしてエインヘリア王に対しても二人で果たして……いや、メイドを最速で潰してから合流……しかし、魔物の方も……。
「貴様等が聖騎士か」
「えぇ、そういう貴方は、エインヘリア王で間違いありませんか?」
必死にプランを練っていると、エインヘリア王の涼やかな声が届き、私は分かり切った質問を返す。
「くくっ……相違ない。貴様は?」
「失礼いたしました。私は聖騎士ギラン、筆頭聖騎士に任じられております」
私がそう答えると、エインヘリア王が皮肉気な笑みを浮かべました。
「貴様が筆頭聖騎士か」
「御存知でしたか?」
オロ神教の聖騎士、そして筆頭聖騎士という存在は周辺国に広く知られています。
我々と戦う為に情報を集めていれば、当然私の事も知っているでしょう。
「あぁ、そんな奴が居るという話は聞いた覚えがあるな」
こちらから視線を外し、少し考えるようなそぶりを見せながらエインヘリア王が言う。
なるほど……我々は眼中にないと、そう言いたいわけですね。
流石に私はこの程度の挑発でどうこう思ったりはしませんが、聖騎士……というか、英雄はそういう煽り耐性が非常に低いんですよね。
「あぁ!?何くだらねぇ嘘ついてやがんだ!?知らねぇわけねえだろ!?」
案の定、聖騎士の一人……聖騎士パーラルが挑発に乗ってしまいました。
「ん?聖騎士などと大層な称号を名乗っている割に、随分と品性に欠ける駄犬がいるようだな?筆頭聖騎士、躾がなってないぞ?」
「あぁ!?」
「聖騎士パーラル。控えて下さい」
今にも飛び出しそうな聖騎士パーラルに声をかけると、舌打ちをしながら下がります。
「くくっ……なんだ、思ったより躾が出来ていたのか。すまなかったな」
「ふぅ、陛下。あまり若い子達をいじらないであげて下さい。英雄という存在は畏れられこそすれ、侮られるなどという事には慣れていないのですから」
「くだらんな。まだ後ろにいる神殿騎士の方が苦労している分、精神的には強そうだ」
「耳が痛いですな」
冷めた目でこちらを見ながらいうエインヘリア王。
英雄という存在の精神的な未熟さを軽蔑している……面倒な目にあったことがあるといったところでしょうか?
「ところで陛下、一つお聞きしたいのですが……宜しいでしょうか?」
「ふむ、何かな?」
「あちらの巨大なムカデ……あれは……?」
「俺の友人、アシェラートだ。あぁ、心配せずともこの戦いに首を突っ込んできたりはしない。見学に来ているだけだ」
「御友人ですか……なるほど。しかし、あれ程の戦力を遊ばせておいて宜しいのですか?エインヘリアにそれほど余裕があるようには思えませんが」
私の言葉にエインヘリア王は肩を竦める。
流石に王を名乗るだけあってこの程度の長髪は歯牙にも欠けませんか。
「そういえば、軍はどうしたのですか?一万の兵を集めたと聞いていましたが」
「くくっ……オロ神聖国、いや、オロ神教か?まぁ、どちらにしても随分と情けないな」
「……どういう意味でしょうか?」
「まぁ、神の代弁者……教皇などという、詐欺師を敬い、ありがたがっている連中の巣窟だからな。現実が見えていないのだろう。一万の軍勢?貴様ら如きと戦うのにそんなものが必要だとでも?」
「……!」
「ふむ……会話の最中に切りかかってくるとは、筆頭聖騎士も他の連中と大して変わらないようだな」
「……」
「うん?会話をする知能すら失ったか?」
「パーラル、ファロット、ラランガ」
「お、おう……なんだ?」
言わずとも分る様な事を問いかけて来るパーラルに怒りが募る。
「殺せ」