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第124話 天幕での一幕:ランティクス帝国



View of レヴィアナ=シス=レグリア 元レグリア王国王女






「……なんだありゃぁ?」


 エインヘリアとオロ神聖国が激突する戦場より多少離れた小高い丘の上に作られた天幕の中、私が気付くよりも早く、ランティクス帝国の英雄帝が西の空に見える一筋の糸のようなものを見つけました。


 ゆらゆらと揺れているそれは、確実にこちらに向かって空を泳いできます。


 英雄帝が口をあんぐりと開けながら言った台詞に、天幕に居た人達もそちらに視線を向けました。


 来賓の方々には遠見筒の魔道具を渡しているので、すぐに飛んで来るものの正体が分かるでしょうが……まぁ、正直に申し上げれば、中々恐ろしい光景ではないでしょうか?


「ひっ!?」


 案の定、遠見筒を覗き込んでいたランティクス帝国の大臣の一人が引き攣った様な悲鳴を上げられます。


「フェルズ様が来られたようです」


 敵軍の準備が完全に整ってから、少しだけ間を空けて来ると陛下はおっしゃっていましたが、完璧なタイミングですね。


「フェルズ……?アレがフェルズ?いや、アレはどう見てもムカデ……」


 訝しげな表情をする英雄帝に私は頭を下げます。


「失礼いたしました。今空を飛んでこちらに向かって来ているのはアシェラート殿。フェルズ様の御友人にして、西の森の最深層にいた森の王の一人です」


「最深層の森の王だと……?」


「御存知でしたか?」


 私がそう尋ねると、英雄帝は少し難しい表情を見せる。


「以前とある小国が魔物の大侵攻によって潰されたことがあってな。そこに救援に行った時に馬鹿でけぇ獅子の獣が居た。あれが森の王の一角だって聞いたことはあったが……」


 そう口にした英雄帝が迫りくるアシェラート殿の方に再び視線を向ける。


「……アレは、その時見た森の王なんて一飲みにやっちまいそうな感じだぞ?」


「アシェラート殿はドラゴンを歯牙にもかけないくらい強いそうです」


「……そりゃ立派な災厄だな。んで、アレがフェルズの友人ってのは?」


「とある理由で陛下が森の最深層に向かいまして……意気投合したそうです。今アシェラート殿は城にて暮らしております」


「アレが城で……?」


 英雄帝がギョッとした表情で私の顔を見る。


 その姿を見て、笑いそうになるのを必死に堪えた。


 そうですか……英雄帝から見ても、陛下の成さる事はそんな表情になってしまうようなことなのですね。


 以前、英雄帝が我が国の城にやって来た時、その行動に英雄とはなんと無茶苦茶な事を当たり前のように行うのかと思いました。


 陛下も私達の常識では計り知れない事を平然とされる御方ですし、噂で聞く他国の英雄も過去の辺境守護もその行いは突拍子もないものばかり……だから英雄とは、陛下のような存在なのだと考えていたのですが……。


「勿論あのままの大きさではありません。アシェラート殿は自在に体の大きさを変える事が可能ですので。以前ランティクス帝国の使節団が陛下に謁見された際にも列席されていましたよ」


「……マジかよ」


 目を丸くしている英雄帝と、ランティクス帝国の重臣達。


 なるほど、英雄帝に振り回されているであろう重臣の方々も同様の感想なのですね。


 ……エインヘリアに慣れるということはこういう事なのかもしれません。


 妙な達観と、そこはかとない優越感を覚えながら私が微笑むと、重臣の方々が戦慄するような視線を私に向けてきました。


「因みにフェルズが来たってのは……」


「はい、アシェラート殿の背に陛下は乗っておられます」


「アレにか……」


 険しい表情をしながらそう呟いた英雄帝は、神聖国軍の方に視線を向ける。


「混乱しているな」


「無理もありません。あの巨大なムカデは明らかに戦場を目指して飛んで来ています」


「本陣付近は……そこまで慌てている様子はないな。まぁ、聖騎士が四人もいれば対処出来ると考えるだろうしな。だが、末端の兵はそうはいかない……下手をすれば恐慌状態に陥って大変なことになるぞ?」


 英雄帝と帝国の重臣が神聖国軍を見ながらそんな話をしています。


 確かこちらの方は、ランティクス帝国の第一皇子……向こうの女性は第一皇女だったはず。


 お忍びでの招待だったので互いに自己紹介はしていませんが、流石に帝国の重臣に関しては情報を得ています。


 このお二人は英雄帝を諫めることが出来る傑物という噂がありますが……会話を聞いている限り、英雄帝を慕い尊崇しているような雰囲気がありますね。


 これは、ランティクス帝国による印象操作もあるのかもしれません。


 次代のランティクス帝国……英雄帝という絶対的な存在に頼らない国造りを既に始めているという事ですね。


「正規軍はまだしも、相当な数の義勇兵がいますしね。彼らの半数以上は狂信というよりも熱狂……教皇に扇動され、薄っぺらい義憤に駆られているだけの民です。このままアレが戦場に降り立った時、正気でいられるかどうか」


「なるほど、信仰心が試されるという訳だ。それはそれは……見ものだな」


 そういって非常に意地の悪い笑みを浮かべる英雄帝。


 第一皇子は呆れながらも若干顔色が悪い。


 第一皇女も同じく呆れながら……しかしどこか英雄帝と似た面白がるような雰囲気を滲ませています。


 あぁ、これは……第一皇子は真面目で苦労性、第二皇女も基本的には真面目だけど第一皇子よりも謀略向きの性格をしているようね。


 陛下であれば、ランティクス帝国の重臣の事も把握されているでしょうが……一応これは報告しておきましょう。


「……一歩間違えれば、我々があそこにいたかもしれないですね」


「そうだな。こういっちゃぁなんだが、勝ち筋が見えねぇな」


「陛下……!」


 眦を上げながら語調を強める第一皇子に英雄帝は肩を竦めてみせる。


 あそこ……つまり、神聖国軍のいる位置。


 確かに一歩間違えれば、エインヘリアとランティクス帝国は槍を交える事になったでしょう。


 陛下をこの地に召喚した遠因はランティクス帝国にもあったわけですしね。


 それを回避できたのは……英雄帝の突拍子もない行動が最大の要因と言っても過言ではありません。


 そんな英雄帝があっさりと白旗を上げている姿は……臣下としては面白くは無いでしょう。


「仕方ないだろ?正直アイツ相手にうちの英雄全員ツッコんでも抑えられるかどうかわからねぇんだぞ?その上あのムカデ……アイツはあのムカデに乗れば、地形を無視して好きな場所を攻められる。こっちが用意する戦場は全て無視……いや、行軍中に奇襲だって自由自在だ」


「それは……」


 陛下がアシェラート殿にそこまで協力させるかどうかは分かりませんが、英雄帝の懸念は何一つ間違っていないと思います。


 というか、今まで陛下とアシェラート殿は味方で、今回の戦争もどのように戦うか聞いていたからこそ深く考えませんでしたが……陛下とアシェラート殿の組み合わせは凶悪にも程がありますね。


 英雄帝の言葉に、ランティクス帝国の重臣達が再び青褪め……いえ、先程以上に顔色を悪くしています。


 エインヘリアを仮想敵国として考える。


 ランティクス帝国としては避けられない事柄なのかもしれませんが……正直、エインヘリアの内情を聞いている私としては無謀としか思えません。


 そもそも本国が合流せずとも……英雄帝は、陛下とアシェラート殿のお二人相手で打つ手が殆ど無いと言っていますが、もう一人……ウルル様がいらっしゃいます。


 外務大臣という職にありながら、他国の者は誰もその存在を知らないという矛盾した存在。


 その能力が化け物じみている事を、私達は良く知っています。


 ウルル様の存在に現時点で一切気付けていない以上、万が一にもランティクス帝国の勝利は無いでしょう。


 それを表に出すつもりはありませんが……英雄帝がこちらを窺っているような気がしますね。


 まぁ、陛下からはもうここまで来たら何がバレても問題ないと言われてはいますが……私の言動からバレるというのは面白くありません。


 腹芸に関してはレイフォン殿に師事しておりますし……ここで見透かされでもしたら、あとでどんな嫌味を言われるか。


 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた師の顔を思い、内心ため息をつく。


 さて、ヒエーレッソ王国の方は問題ないでしょうか?


 私はだんだんと近づいてくるアシェラート殿の姿を見ながら、少し離れた位置に設置されている天幕の事を考えた。



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― 新着の感想 ―
もしかして英雄帝がハーピィのことを知ったら似たような戦法は出来る……?
まあ、一言で言うなら「阿鼻叫喚」でしょうね。
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