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第100話 スルラの影



View of ペペル スルラの影 頭領






 我々スルラの民がオロ神教の教皇に使われるようになってかなりの時間が過ぎた。


 ギボトゥス部族国において氏族間の争いに敗れた我々は氏を剥奪され、国の外へと追放された……らしい。


 俺が生まれた時は既に一族は流浪の民となっていた為、それが当たり前だと思っていたし、スルラの誇りを忘れるなと言われても最初から知らないのだ。


 年寄り連中は、いつかギボトゥス部族国に帰り、自分達を追放した者達への復讐と氏族の復権を考えているようだが、そもそも既に剣も持てぬような老人たちの戯言なぞまともに取り合うだけ無駄というもの。


 少なくとも俺を始めとする今の主力世代はギボトゥス部族国に戻る……いや、行くことなぞ望んではいない。


 世代をいくつも跨ぐ程の放浪は、我々にかつては有していなかった力をいくつも与えた。


 それは、諜報能力であったり情報網であったり……俺という英雄の存在であったりだ。


 俺が英雄として頭角を現し始めた頃、長老共が騒がしかったと先代の頭領から聞いたことがある。


 長老連中にしても既にギボトゥス部族国から追放された時は相当幼かった筈だが……やはり親から直接妄執を受け継いだという事だろう。


 長老たちの子世代くらいまでは帰郷を望む者が多かったようだが、更にその子世代……俺達の親世代まで来るとあまりそれを望んでいる様子はない。


 まぁ、親世代はオロ神教という非常に金払いの良い雇い主を得る事が出来たからな。


 収入も安定したし、安住の地も得た。


 無論厳しい仕事だし、命の危険は常に付きまとう。


 しかし、飢えることもなく、寒さに震えることもない。


 生まれた子供が息を引き取る姿を見る事も減った。


 そんな暮らしや仕事を捨てて、見た事も無いような故郷に戻り戦う……そんな事を望む筈もないのだ。


 もしスルラの民としての誇りを語るのであれば、それは失われた故郷にあるものではなく、個を投げうってでも今を生きる同胞を生かすために仕事を全うする……その精神に宿っているものだろう。


 自分達の妄執に囚われている老人共はそれに気付けない。


 同じ年寄りでも、過去ではなく未来しか見ていない教皇の方が幾分マシだろう。


 まぁ、教皇は教皇で自分の未来の為なら誰を使い捨てようと必要経費と考える様な人物なのでとても好感は持てないが、金払いは良いので雇い主としては悪くない。


 結果さえ違えなければ、やり方にも口を出してこないしな。


 我々が雇われた当時は司教だったあの男は、我々の力を使いあっという間にオロ神教のトップに上り詰めた。


 その向上心というか上昇志向は凄まじいものがあるし、雇い主が出世するのは悪くない。


 まぁ、上に行けば行くほど仕事内容は厳しいものが増えていったが、それでも『スルラの影』はその依頼の全てをこなし彼の望むままの結果を出してきた。


 オロ神教に於いて最も権力を持ち、最も情報を掴み、最も狡猾で残虐で自己中心的な者。


 それが教皇にして我々『スルラの影』の雇い主であるコルネイという人物だ。


 そんな絶対権力者であるコルネイだが……ここ最近の機嫌が良いとは言い難い。


 いや、それは俺も同じか。


 原因はエインヘリア。


 同胞達をどれだけ動員しようと、あの国に関するまともな情報を得られないのだ。


 あり得ない話だと断じたいところだが、同胞達が仕事に於いて手を抜くことはないし、そのような冗談を言う事もない。


 俺自身はエインヘリア方面ではなく帝国方面で活動していたのだが、教皇からエインヘリアに送る使節団に同道しろとの指示が届いた。


 すぐに俺は聖都へと戻り、使節団の一員としてエインヘリアへと向かったのだが……その国は何かがおかしかった。


 妙に活気のある民や、財政状況に見合わぬ配給の事ではない。


 情報が、とにかく情報が得られないのだ。


 使節団を監視するように諜報員が遠巻きに存在していることは分かっている。


 だが、正直そのレベルは我々が脅威と感じる程の物ではない。


 確かに以前より……この地がレグリア王国と名乗っていた頃に比べれば格段にレベルは上がっていたが、それでも我々の足元にも及ばぬレベルだ。


 ……つまり、これ見よがしに配置されている監視者達は本命ではないということ。


 この程度の連中にここまで完璧な情報封鎖は不可能だ。


 何かがいる。


 しかし、その何かが一切分からない。


 密偵として、そして英雄として……非常に情けなくはあるが、その影さえも掴むことが出来ないままエインヘリアの王都までやって来てしまった。


 無論、派手に動くことこそ出来なかったが何度も情報収集を試みた。


 しかし手に入る情報は全て各地の教会が得ていたものと同様の、表面をなぞる様なありきたりなものしか手に入れることが出来ない。


 遠巻きに監視している連中を出し抜くことは容易いのだが、連中を振り切った先で何も手にすることが出来ないのだ。


 誰かの手の上で完璧に操られている。


 それが誰なのか……謁見の間に辿り着いた俺は一瞬で理解した。


 化け物。


 エインヘリア王を見た時の正直な感想がそれだ。


 現在の国の状況から只者でないことは理解していたが、まさかこれ程の存在だとは……。


 オロ神聖国の聖騎士。


 帝国に所属する英雄。


 誰も彼もが英雄の名にふさわしい、超越したものをその身に宿していた。


 表に出る事はないが、それは俺も同じだ。


 だからこそ、エインヘリア王の前に姿を晒そうと何も問題ない……そう思っていた。


 しかし、それが自惚れに過ぎなかったと後悔するまで一呼吸の間すら必要ない。


 謁見には助司祭として参列していたが、正直俺という存在がバレるのではないかと……いや、既にバレているのではないかと戦々恐々としていた。


 特に、モルトロール大司教の首の入った箱をドルトロス大司教の合図で前に出した時は、動揺を噛み殺すのに必死だった。


 バレた様子はなかったが……それが真実なのかどうかは俺の目からも判断出来なかった。


 結局オロ神聖国としては宣戦布告を受けるという大事は起こったものの、俺のことは話題にすら上がる事もなく謁見を終える事が出来た。


 我々にとってその事が一番肝要と言える。


 謁見後、急ぎ俺は英雄としての能力を使い、聖地にいる教皇へと連絡をする。


 俺の能力は、ある程度の距離にいる同胞を中継してしていき遠く離れた地にいる同胞と短いやり取りをするというものだ。


 中継をする者や最終的に俺とやり取りをする者……それと俺自身はかなりの頭痛に見舞われる為、同胞達から非常に評判の悪い能力ではあるが、便利であることは疑いようもないので同胞達も積極的にこの能力を活用する為に協力してくれている。


 それだけの苦労をしても短時間しか使えない上、やり取りできる情報も一度に単語をいくつかといった程度だが、予め符丁を決めているので不自由さはあれど不足は殆ど無い。


 その能力を使い謁見の間での事や俺の感じ取ったエインヘリア王の事を可能な限り伝えると、教皇からはいくつかの仕事の依頼……それとドルトロス大司教を殺すように指示が出た。


 相変わらず苛烈な判断を簡単に下すが、やれと言われた以上我々がそれを拒否することはない。


 ドルトロス大司教はエインヘリアの重鎮であるレイフォンに呼び出され外へと出ていたが、流石にこのタイミングで暗殺を実行する訳にはいかない。


 会談にあたり部下が傍に着いていたそうだが、一見ただの貧民向けの食堂だったそこは非常に高い防諜力を有し、ドルトロス大司教とレイフォンの会話を確認することが出来なかったようだ。


 ここまではっきりとした防諜はエインヘリア国内に入っても見る事が出来なかったが……ドルトロス大司教の事が無くとも俺自身が調べておいた方が良いかもしれない。


 しかし、今は指示された仕事をこなす必要がある。


 ドルトロス大司教の暗殺計画を立てねばなるまい。


 死体は聖地に持ち帰る必要があるが、その保存方法も用意しておかねば旅の間に死体が腐ってしまっては問題だからな。


 それに、誰の仕業かバレバレではあるが、実行に移す際はエインヘリアの目を誤魔化す必要がある。


 目に付くところで殺そうとすれば邪魔される可能性もあるからな。


 気付かれぬうちにエインヘリア国内で殺し、ドルトロス大司教が暗殺されたと騒ぎ立てる必要がある。


 殺すのはある程度国境が近づいてからだな。


 それに他の依頼もある。


 難易度からすればそちらの方が厳しい仕事になるだろう。


 幸いにして切り札はある……暗殺の方に人数を割き、もう一つの依頼は最少人数で実行するとしよう。



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