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第87話 規格外の存在



View of ランホース=エティカ=シャワルン ランティクス帝国伯爵 使節団団長






 はっきりいって、只人に過ぎぬ我が目にはどのような戦いが繰り広げられているのか殆ど見えない。


 陛下達が近づいたかと思えば、次の瞬間距離を空けていたり……。


「プレア様。どのような状況なのでしょうか?」


 私と同じく普通の人であるレヴィアナ殿が傍にいるメイドに尋ねる。


 一瞬何故メイドに?と思ったが、先程会議室でエインヘリアの王が彼女に我々を守らせるから大丈夫だと言っていた事を思い出す。


 それはつまり、このメイドに英雄同士の戦いの余波を防ぐことが出来るだけの力があると言う事。


「お二人ともまだ様子見程度です。その意味するところは違いますが、お互いがお互いの力量を測っている段階です」


「意味するところが違うというのは?」


「ランティクス帝国の皇帝陛下は、純粋にフェルズ様の力量を測り……競い合う事を楽しんでいる様子です」


 フェルズ様か……随分と親し気に呼ぶものだな。


 恐らく……いや、深くは考えまい。


 エインヘリアの王の好みさえ押さえておけば問題ないだろう。


「純粋というと……陛下は違うのですか?」


「フェルズ様も実力を測っているところは同じですが、どの程度までなら大丈夫かを見極めようとしていると言った感じです」


「どの程度までなら……?」


「合意の上とは言え、流石にランティクス帝国の皇帝を殺めてしまうのは宜しくないので」


「……」


 サラッととんでもない事を口にするメイド。


 い、いや、英雄同士の戦いは何が起こるか分からない。


 下手をすれば相手を殺めてしまう事も十分にあり得る……うっ、また腹が痛く……。


 そんな私の心境はお構いなしに、陛下達の戦いは続く。


 しかし、何を考えているのか暫く攻防を続けた後、陛下はおもむろに木剣を地面に突き刺すと、その場に放置してエインヘリアの王に向かっていく。


 木剣が折れたらそこで終了と最初にエインヘリアの王が提案してくれたというのに、木剣を置き去りにして戦うのはルール違反ではなかろうか?


 い、いや、ルール違反をしたということで、ここで手合わせを終わりにしてくれるなら問題ないのだが……戦う二人にその様子はなく、寧ろ陛下が木剣を手放したことで激しさを増しているようにも感じられる。


「そろそろ終わります」


 メイドがそう言った直後、陛下が後方に物凄い勢いで吹き飛んで行った。


「陛下っ!?」


 地面を何度かバウンドして、砂埃を巻き上げながら吹き飛んで行く陛下の姿に血の気が引くのを感じる。


「大丈夫です。軽く吹き飛ばしただけですので大した怪我もしていない筈です」


 メイドが涼しい顔でそんなことを言うが、全く安心できない。


 英雄と言う存在の頑丈さは理解しているつもりだが、それでもあの勢いで吹き飛んで怪我をしないと言うのは……私がそんなことを考えていると、メイドとレヴィアナ殿が歩き始める。


 陛下が吹き飛んだ時に木剣を折っていたので、手合わせが終わったと判断したのだろう。


 慌てて私も吹き飛んで行った陛下の方へと走り寄ったのだが、私が近づくよりも早く立ち込める砂煙の中から陛下が姿を見せた。


「陛下!ご無事ですか!?」


「問題ない」


 そういう陛下の姿は明らかにボロボロで傷だらけだ。


 頭から血は出ているし、指がおかしな方向に曲がっているようだし、足も引きずっている。


 何処からどう見ても重症だ。


「ですが……」


「あれはやべぇな。純粋な戦闘じゃ逆立ちしても勝てそうにねぇ」


 痛みではなく、エインヘリアの王の強さに顔を顰めながら陛下が言う。


「へ、陛下まずは治療を……」


「大丈夫か?」


 私が治療を促そうとしたら、背後からエインヘリアの王の声が聞こえて来た。


 いつの間にやら近くに来ていたらしい。


「問題ねぇよ」


「……ふむ、治療が必要なようだな。プレア……」


「へっ、問題ねぇって言ったろ?」


 いえ、ここは強がらずに治療を受けましょう……私がそれを口にしようとした瞬間、陛下の怪我が綺麗に消える。


 変な方向に曲がっていた指も元通り……頬を伝う血こそそのままだが、出血自体は止まっているようだ。


 い、一体何が……。


「驚いたな。変身能力の応用か?」


「おう」


 体の具合を確かめるようにしながら、エインヘリアの王の問いに陛下が応える。


「便利なものだ。だがこうなって来ると、今のお前の姿も本当の姿なのか疑問になってくるな」


「さてな。自在に姿を変えられる以上、本当の姿なんてものには意味がないだろ?」


「そうだな」


 二人の会話を私は呆然とした面持ちで聞いてしまう。


 英雄と言う存在の常識外れな在り方を様々と見せつけられた。


 少し離れた位置から見ていても常人の目には殆ど見えない程の攻防を繰り返した事もそうだし、それだけの攻防を繰り広げながら息も切らさぬどころか汗の一つも掻いていないエインヘリアの王も、そしてあれ程の大怪我を一瞬で治してしまった陛下も……私の想像の埒外にある。


「それにしても、お前あり得ない程に強いな。ここまで手も足も出ない奴と戦ったのは初めてだ」


 そこはかとなく嬉しそうに陛下が言うが……悔しくはないのだろうか?


 そう思いはしたが、会話に口を挟む様な事はしない。


「お前が戦ったことのある英雄は自国の英雄だけか?」


「そうだな。他国の英雄と戦ったのは今回が初めてだ」


「なら仕方ないかもな。いくら英雄と言えど、自国の皇帝相手に本気で殴りかかれる奴はそう居まい」


「そうかぁ?うちの連中は結構全力で殴りかかってくるぞ?」


 ……これに関しては、陛下の言葉が正しい。


 いや、常識的な事を言わせて貰えばエインヘリアの王の言葉の方が正しいのだが……連中にはもう少し常識的な考え方を身に着けて欲しいと思う。


 頂点に立つ方がそういった事を気にしないので仕方ないのかもしれないが……。


「ランティクス帝国はトップも部下も問題が多そうだな」


「そんなことねぇだろ。まぁ、そんな事より、そろそろ二戦目を……」


「やらないからな」


 陛下のとんでもない提案をエインヘリアの王が一瞬で斬って捨てる。


 そのそっけなさに陛下はご不満のようだが、私としては頼もしさしか覚えない。


「なんでだよ」


「木剣が折れるまでという約定だっただろ?お前に渡した木剣が折れた以上、今回はもう終わりだ」


「ちっ、ケチ臭い野郎だ」


 陛下の言葉に、私はヒヤヒヤすると同時に、エインヘリアの王が気にした様子を見せない事に安堵する。


「ランティクス帝国との会談は……まぁ、良い感じに終わるだろう。となると次は……」


「オロ神聖国だな。こちらに向かって来ているのだろう?」


 エインヘリアの王の言葉に陛下が続ける。


「あぁ。連中は動きが遅いから確実ではないが、それでも一ヵ月もすればここにやってくる筈だ」


「一カ月か。結構あるな」


「くくっ……帰りはのんびりしている余裕はないと思うがな」


 エインヘリアの王が笑いながら言った台詞に背筋が冷たくなる。


「面白そうだな……」


「変身してこっそり潜り込もうとするなよ?」


「……一ヵ月滞在するから堂々と参加させろよ」


「それこそ出来る訳ないだろ」


 無茶苦茶言う陛下にエインヘリアの王が呆れた様子で答えた。


 普通に考えて許可が出る訳がないし、ここに一カ月の滞在となるとエインヘリアにとってはかなりの負担になる。


 色々と余裕のないエインヘリアに負担をかけるのは望ましくないだろう。


「じゃぁ、俺だけ残ってこいつ等は帰す。それならどうだ?」


「余計面倒だろ」


「じゃぁ、適当に時間を潰して連中がここに来るくらいの時期に戻ってくるからよ……」


 エインヘリアの王はすげない態度だが、陛下はなおも食い下がる。


 いくらなんでも絶対に通らないと思うのだが……しかし、何故かエインヘリアの王は思案するようなそぶりを見せる。


「部下を自分で説得しろ。それで許可が出たら変身して参加するのは認めよう」


「お?いいのか?」


 陛下自身、許可が出るとは思ってなかったようで意外そうな表情を見せながら言う。


 しかし……大丈夫なのだろうか?


「話は聞かせてやるが、余計なことは絶対にするなよ?それが誓えないならこの話は無しだ」


「おう、ブライロア=シリルミア=ランティクスの名において会談の場で一言も発さず、余計な行動もとらないと誓うぜ」


「ならば、話を聞かせてやる。連中は間違いなくアホな事を言いだすが、絶対に反応するなよ?」


「分かった。お前の性格の悪さを楽しませてもらうとするか」


 楽しげに笑う陛下だが……いや、本当に良いのだろうか?


 私が言うのもなんだが、陛下の行動は制御できないものだし、会談で余計なことをしないとも限らない。


 ……それとも、それすら計画に織り込んでいる?


 肩を竦めるエインヘリアの王の姿からは、何一つ読み取ることが出来なかった。



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― 新着の感想 ―
アホな事……「帝国が直ぐにでも攻めて来るから属国になれ」とかですかね。
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